朝から日記
1996年04月22日(月)


 本日も曇天。目覚まし鳴る5分前に起きる。目覚ましがONになっていることを確認して、また眠る。0600時になり、アラームが何度も鳴らぬうちに止める。二つある目覚まし時計の両方とも。しばし起きあがった姿勢でほうけていたが、もう背を床につけない。着替えて、ふとんを上げ、顔を洗いに行く。便所から戻るころには、放送は「フレーフレー両国」のあたりになっていた(注1)。隣の田山部屋では未だにアラームが鳴ったり止まったり。喉が乾燥しているので、ウーロン茶を一口。うえ、気持ち悪い。腹の中に何か異物が入った気分だ。ウーロン茶の開封後の賞味期限って、どれぐらいだっけな(注2)。


 朝食のとき、ジャム袋の切れ目がいいかげんで、開封できず。見れば横でも前でも悪戦苦闘。小銭入れからカッターを取り出し(注3)、袋の端に突破口を開く。「何それ?」と田山氏が聞くのでカッターであると示す。俺のも頼むというので、切れ目をいれてやると「ナーイス」とのこと。


 0700時に出る。7時ちょうどの出発はかなり早い方だ。寮の中でも、自分としても。道中山田氏と一緒になる。彼の提案で近道から行く。山田氏の今日の授業は4時間、俺は2時間。朝っぱらから、もとい、月曜から4時間か。
 誰がどういう高校を出ているか、などということを少し話した後、床屋の話になる。俺は・・・行かない。彼も床屋に行かずにいるとのこと。伸ばすのに挑戦してみるとのこと。野球部で中学高校通してボーズだったという。
 電車に乗ってからは、それぞれが単語をやる。あまり話さず。しかし北海道からここまでどれぐらい、などと聞かれた。時間のことか。1時間半かかると答えた。するとそれで着くのと驚いた。飛行機の釧路−羽田はそれぐらい。しかし彼は飛行機に乗ったことがなく、その感覚がわからないとのこと。


 同じ号館の6階で別れる。山田氏は7階。


 12号館で昼食のあと、電話を探す。灰色のは使用中だ。地図を広げた若者が楽しげに話していた。旅行者か?なんにせよ、これは長そうだ。1回りして12号館をまた過ぎる。そのとき山田氏に見つかって「どこいくの?」と。そして「メシ喰ってないの?」と。そしたら喰ったのならばなんで歩くと聞かれる。散歩だと、テキトーに言ってわかれる(注4)。


 今日のテストも授業も眠くなかった。朝っぱらから日記を書いて脳を使っていたからな。朝日記も習慣にするか?いや、勉強を日記なみに脳を使おう。


 帰ってきて寮の前の電話ボックスで、電話をかける。210円はすぐつきた。道を戻って自販で泥水(コーヒーのこと)を550円投入して買い、440円入手する(注5)。
(家族との電話内容が長く書き留められているが、これは記載しない。この時期、家にちょっと問題があった) 
 こんな恵まれたところで自分の勉強をしきれていない俺は、**に会わせる顔がない。やはり法政!いや、入るのは法政だが、早稲田行くつもりで目から血を出すつもりでやろう!(伯母のコトバから引用)


 ここの電話ボックスに「高島屋向山寮前」とあった。高島屋?デパートのか?ここは、デパートの女子寮だったのか。なるほど、やはり両国は商売上手だな。だからテレビアンテナ用の端子があったのか(注6)。それに、この寮の建物に「株式会社**」という表記もあるが、それももう存在しないのか?会社だったところを寮監が使っているのか?(注7)


 寮の部屋。窓の外から、女の子の泣き声が。「どうしたの?」と女の人の声。どうやら迷子らしい。親切な女性は、その子がどこに行こうとしていたのか、お母さんはどうしたか聞く。聞けば、ナントカちゃんのマンション近くの公園にお母さんと行く途中、はぐれたらしい。「先に行っているから」とお母さんは行って、「ここにいるように」と言われた場所に行ったがお母さんはいなかったという。うーむ。ガキほったらかしちゃいかんよ。放ったわけじゃなかろあが、目を離すな。この街は複雑だ。俺も迷った。通りがかりの女性が事情を聞いているうちに母親がやってきた。通りがかりの女性は女性だからいいが、もし俺みたいな身なりのきちんとしていない男が相手をしていたら、どう思われたか。
 とにかく、ガキの泣き声は聞きたくない。うるさいとかそういうことではない。


 どうでもいいが、早く風呂にしてくれ。寒くて身震いがする。1600時が待ち遠しい。


 1900時ごろ、どこかで「マンガの本、ダメ」という寮監の声が。見つかったな。人に見せびらかし、賃貸してるからだ。要領が悪い。明日の登校後の部屋調査はひと味違うだろう。まあ、書物はカバンの中だから大丈夫。しかし日記には問題がすべて書かれているが。しかし「ノートの類」としてしか認識しないだろうな。
 それにしても本が溜まってきた。宅急便で送るのはいいが、5/1までカバンで携帯できるか?辞書は持てんな。持とうと思えば可能だが、自習しないから要らん(注8)。


 来月から電気代と定期代、生活用品費を出したらどれぐらい残るだろうか。少しずつ貯金したいんだよな、パソコンソフト代かLDプレーヤー代かわからんが。それでいて毎月「アニメージュ」と「エヴァ」のフィルムコミック、いかす同人誌を買って・・・カネ残らんかな。


この日のカネの動き

泥水 12号館下にて -110
電話 寮前にて -210
泥水 -110
電話 寮前にて -440
財布残高 1001円


注1・・・
放送は「フレーフレー両国」のあたりになっていた

 0600〜0625時の間、寮では両国の校歌・応援歌・賛歌などの曲が流れる。同一のテープを流しているので、曲や歌詞がどの時間にどのへんかはわかるようになるものである。


注2・・・
ウーロン茶の開封後の賞味期限って、どれぐらいだっけな

 個室には冷蔵庫などない。小型冷蔵庫を買って持ち込むことは許されていたが、私は最後まで買わなかった。必要と思わなかったので。だから飲み物のペットボトルは常温保存だった。腐る、カビるということは常に気にしていたが、実際問題どれぐらい保つんだろうか。


注3・・・
小銭入れからカッターを取り出し

 中学からだったか高校からだったか忘れたが、私は小銭入れに小さなカッターを入れていた。小銭入れに入るような小さなもの。鉛筆さえも削れないような代物だ。だが、こういう「切れ目を入れる」という用途には十分使える。そのために携帯していた。


注4・・・
1回りして12号館をまた過ぎる。そのとき山田氏に見つかって「どこいくの?」と。そして「メシ喰ってないの?」と。そしたら喰ったのならばなんで歩くと聞かれる。散歩だと、テキトーに言ってわかれる

 家で問題があったことや、親への定時連絡(しないと心配されるので欠かせなかった)のため、私は頻繁に電話をかけた。しかしそういうことは他人に言っても理解されまい。せいぜい親離れできないガキとしてしか見なされなかっただろう。だから山田氏に見つかったときは、ちょっとコトバに困ったのであった。


注5・・・
道を戻って自販で泥水(コーヒーのこと)を550円投入して買い、440円入手する

 この時期、自販機の飲み物は110円だった。小銭入れには多分500円玉と50円玉という、電話では使えない二枚しか残っていなかったのだろう。


注6・・・
ここは、デパートの女子寮だったのか。なるほど、やはり両国は商売上手だな。だからテレビアンテナ用の端子があったのか。

 まあ、中古の寮を買い取っただけで「商売上手」という発想はいかがなものかと。とにかく、両国のために建てた寮ではないので、存在する必要がないVHF端子なんかが部屋にあったわけだ。あと、女子寮だったために風呂はピンクのタイルだし、便所は個室しかなかった。


注7・・・
この寮に「株式会社**」というプレートもあるが、それももう存在しないのか?会社だったところを寮監が使っているのか?

 寮生活で解明できず、そして永久に解明できなくなった謎のひとつ。寮の建物には明らかに、我々寮生が生活する場からは出入りできない空間があった。外から見ただけでもそれはわかる。そこに人がいるのを見たという話もあるし、私も見た記憶があるようなないような。いったい何だったんだろうか。


注8・・・
宅急便で送るのはいいが、5/1までカバンで携帯できるか?辞書は持てんな。持とうと思えば可能だが、自習しないから要らん

 なぜ5/1にこだわるのかはわからん。実家が5月はじめまで留守だったのかもしれん。この時期は「家の問題」のために、親は釧路にいなかった。「自習しない」というのは勉強しないという意味ではなく、放課後両国の自習室に残らないという意味。


解説

 わりと詳細に一日の動きを書いた日。朝起きて朝食をとるあたりまでは、登校前に書いたのだろう。


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