高校を思い出して
1996年05月22日(水)
2356。寝る。いろいろと論文めいたことを書いてみたいという欲求はわいてくるし、そういうネタは頭に浮かぶ。でも、時間がないのだ。高校3年の後半は、日記と手紙だけでかなりの時間をとった。むろん後悔はしていない。その代償としてここで鍛えるという計画通りだ。ここで脱落したり、弱音を吐くのは最低だ。
**(高校時代の友人)に、見透かされたように「(両国なんかに行ったらお前は)死ぬぞ」と抜かされた。そのことを思い出して、もう数百回脳を煮えたぎらせた。だが、怒り狂っているヒマはない。一瞬で感情を処理しろ。オレが奴が想像するような弱者ではないことを証明して見せろ!奴をうち負かせ!
別に私は**が嫌いなのではない。奴という個人よりは奴がもっている弱者の精神、他人も弱者と見なしたがる精神、弱者のくせに人を自分以下の弱者と見たがる精神が、この世の腹立たしいものの象徴のように思えて腹が立つ。奴の全人格の否定ではない。こんなことは来年ゆっくり考えろ。とにかく来年本人に会えばうまくいく(注1)。
復習で時間がかかる。それはまだいい。予習で時間がかかる。あの長文を全部訳するのか。しないと問題を解けない。すべて訓練。艱難辛苦に勝利せよ。やってやる。のはいいが、時間が12時までしかない。もっと効率を工夫するべきか。
今朝も布井氏と登校。彼もPC9801UVを持っていたと。それがうごかなくなって、21にしてとのこと。Pentium搭載マシン。うちのRSは・・・もうろくにつかえないだろうな。彼はアメリカのRPGをやるらしい。あと「A列車4」。330年経過させたって?ウチのマシンでそれをやったら、本当に300年かかっちゃうよ。
この日のカネの動き
なし
財布残高 4822円
注1・・・
とにかく来年本人に会えばうまくいく
本人に会っていないときの、その人物に対する自分の記憶、その人物が持っていると自分が想像する人格に対して腹が立つ。本人と実際に会っているときは、それほどでもない。私はそういうことが多い。それを自覚しての記述である。1年という友人らと隔絶された時間は、しばしば記憶や想像への怒りにさいなまれたものであった。けれども、シャバに出てすぐに、また交遊し、そして今でもちゃんと友人関係として続いている。
解説
当時Pentiumと言ったら、よほどのハイスペック機にしか搭載されていない最新CPUであった。もちろんMMXなどではない、二桁MHzの代物だが。それに比べて私のRSは386SX/16MHz。予備校当時はもちろん、高校時代ですら時代遅れもいいところであった。高校時代からこんなパソコンが欲しいと妄想していたが、大学入ってパソコン買うぞ、というのは予備校に於いてさらに強い執念となった。