夜、相談を受ける
1996年08月05日(月)


 帰省の日。皆、ゴミ捨てるのに困る(もえないゴミ)。宮村氏「これ、どこに投げるか」 石井氏「投げるって……」 俺「それ、方言」
 それはいい。皆は帰る。俺は寮に。俺、高林氏、佐々木氏、根岸氏、林氏の5人が残った。メシは最初からテーブルにある。なんか家庭的だ。5人で。いつももテーブルは6人掛けだが。

 それはいい。さっき(PM10:30)、佐々木氏来た。最初、別になんという話はしなかった。しずかだ。今日は落ち着いていられる。高村氏は些細な音で怒る。そんなことなど。その中で、「俺も腹が立つけれど、俺の方が忍耐していられる分だけ優秀な人間なんだ!」と心の中で叫んでいる、という話に少し引っかかっていたみたいだ。それを念頭においてか、写真立て見ながら、「友人とか来ないし行かないことになっている」と。そのとき「彼は人間ができているの?」と。俺はできているやつもいるしそうでないやつもいる、と。すると佐々木氏は、できてる、できてないってなんだろう、というようなことを。自分はできていないという前提で言っている、と。まあ、これはボカしておいた。

 勉強の話、とにかく俺はやっている。時間も作って、眠いときは立ち膝。それと勉強のやり方。予習、復習はしないとダメだ。俺のノート見せながら。彼は予習も復習もしないで判定と各種ばかりやってていると。あれはあれでいいけれど、予習復習が中心だ。彼は自習室ではやっているが、寮ではこれっぽっちもやっていない。やる気がでない、と。模試も-20(ということは45ぐらいか?)。それでも明治に行きたい。スポーツが強いところに行きたい、と。野球のことも念頭にあるらしい。野球はともかく明治ねえ。それならば死ぬほどやるしかない。この時間、俺はひたすら(彼がやっていないことを前提に)やった方がいい、さらには俺の勉強法の方が正しいという前提のもとに(だって俺、結果出ているし)教える。俺は直接的なことはあまり言わなかったが、彼はちゃんとわかっていた。しかし俺の言っていることは結局、「お前はやっていない、やらないと受からない、勉強法も正しくない」。そう言っているのではないか?俺は確かにそう思うよ。偏45ぐらいで、特クラス特クラス特クラスで、自習室では時間いっぱいやっているが寮ではやっておらず、赤点とるし、予復習はしていない。本当に死ぬ気でやらんてヤバイと思うよ。俺はいい加減なことを言って変に安心なんぞさせたくない。やる気が出ないのならば、危機感を抱かせるまでだ。

 しかし結構ひどいことを言ったかもしれない。うちの親類の話で、完全に俺は余談のつもりで2浪して■■■■大学みたいなバカなところに行って、そういうふうになるという話をした。そしたら彼は「俺も落ちたら親戚にバカって言われるのか」と。たぶん言われるだろう。これも激励なんだ。でも、何か気が引けてならない。
 彼はもしかしたら相談に来たのでは?そして彼は最後には泣き出しそうなんじゃないかと思ってしまった。どう言ったかセリフは忘れたけれど、彼はとても悩み、そして不安なんだという。彼曰く、「自分は背も低く学もない」とかなり気にしているらしい。英単は4月までに5級やった。やり方は俺とかわらず(ただし俺の方が反復は徹底していると思う)。そして彼はこう言った。「これだけは認めてくれよ」。俺は、彼が今までやってきたことを、全て否定し、ムダだと言い放ったのではないか?でも、確かに彼は勉強不足だ。
 そして彼はこうも言った。不安云々がなければというようなことについて、「そうでなければ(不安を抱いていなかったら)、こんなところ来ねえよ」と。そうだ。やはり彼は相談に来たんだ。
 そして彼は12:00に出ていくとき、明日多摩まで大学見物に行くのに、一緒にと言っていたのだが、別々に行こう、その方が気が楽だ、と。彼、悩んでいる、苦しんでいる、俺は余計それらを促進したのか?俺は頼りにならない男だ。自分の言いたいことばかり言って、容赦せず、それに相手が相談していると気づくのが遅かった。

 20分後、彼がまた来た。階段駆け上がってきたように息を上げ、声はかすれてた。もしかして、自室で泣いていたのか?そして俺にひとつ聞きたいことがある、と。英語の宿題もテキストと同じように予復習するのか、と。まず、独力でわからない単語があっても無理矢理訳してみて、次に辞書を引く、と。そして英単やって(「やり方間違ってないんだから、繰り返しやった方がいい」と言った。だが、本当に正しいのかどうか。他は間違っているのかどうか)。世界史は俺のやり方でいいの?と。どういうやり方だっけ?とにかく反復が大切だ、と言っておいた。古単は……難しいな。古文の解説理解して、左の例文読むだけで意味がわかるまで読む、と。誤解を招く言い方だったか?
 俺にやり方を聞きに来たんだ。俺のやり方、自信ないけれど、彼のよりはいい(自分の勉強は自分で構築するものだ。それに彼が俺のやり方を理解し、そのやり方に適応できるかどうかもわからない)。出ていくとき、彼はなんと言った?「お世話になりました」だっけ?そんな……12:00のときも、そんな感じのことを言って出ていったな。俺としては、恨み言か反論でも言われた方が遥かに気が楽だ。

 彼も自分が楽をしている、怠けているということはわかっている。そして俺の方がやっており、効果を上げていることも。だから俺に相談に来て、文句も言わずに俺の言うことを聞いて、そしてあの礼儀正しい挨拶……。俺としては、かえってしんどいよ。俺の力不足、頼りなさを感じる。この問題は、勉強のやり方そのものもさることながら、まずやる気、根性だ。それは彼が自分で奮起するしかないことなのだ。

 もし俺が高校の先生になったらいろいろあるだろう。経験を積み、もっと頼りになる男にならねばな。
 AM01:04、もう寝ろ。これ以上は時間感覚が狂う。 


この日のカネの動き

のみもの 玄米茶 -110
タバコ マルボロライト -250
ライター -100
のみもの 麦茶 -110

財布残高 1,588円


解説
 寮から大半の学生が帰省し、交通の便などの都合で翌朝出発する5人がもう1泊寮に残った。食堂では従来の席ではなく、残った5人分だけ1つのテーブルに固めてすでに配膳されているなど、普段と違った様子で、これぐらいの規模だったらアットホームでいいなあなどと思ったりもしていた。帰省日とゴミ収集日との不一致についてはどう解決したのかは記憶にない。

 この静かな夜、佐々木氏が部屋を訪れてきた(本来、他室出入りは禁じられており、その旨すべての個室のドアにシールが貼られている)。彼は勉強が手につかず、できる範囲でできることをしているが成果が上がらず、不安と焦燥とに苛まされていた。だから、それなりに成果が出ている私に話を聞いてほしかったのだろう。しかし若く、しかも自分のやり方がうまくいって自信をつけていた当時の私は、相談とは「話をする」のではなく「話を聞く」方が大切であり、「話を引き出す」技術こそ肝要だということ全くわかっていなかった。そして一方的に彼の勉強不足と勉強方法の瑕疵とを指摘し、彼が今までやってきたこと(やってこなかったことも)を否定してしまった。これは当時の私もそうしたことに心を痛めていた。私は自分自身ほんの数か月前は箸にも棒にもかからなかったボンクラで、いま成果が出ているといっても「白紙解答」が「何かそれらしいことを書いて間違える」レベルに上がった程度で、他人様に説教できる立場でもなし。しかし他に何を言うことが出来ただろうか。内容ではなく言い方、聞き方こそ工夫するべきだったろうか。
 「自習室ではやるが寮では勉強しない」のは明らかに勉強不足で、「クラスを上げる校内試験対策しかせず、肝心の授業の予習復習をしない」のはいかにも本末転倒であり、校内試験は授業の活用方法として組み合わせないことにはほとんど意味がない。そして勉強のやり方を確立するには量をやるしかない。しかしその、やる気が出ない、焦燥感は募るがやる気が出ない、という人間相手に私に何ができたのだろうか。少なくとも、この晩は彼を奮起させるつもりでむしろ心を折った気さえする。
 私は結果として教職を取るルートには乗なかったが、もし私が教師なんぞになっていたら、こうしたことは数多く訪れたことだろう。重い仕事だ。 


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