夏休み11日目・親戚が訪れ、友人たちの手紙も来る
1996年08月17日(土)


 左の鉛筆書きの文は、手紙のつもりが寝言になったので、日記として吸収した。

 根室人来る。いとこがわざわざ俺を見に来てくれた。感想、「都会的になった」とのこと。オールバック風にして巨大な豹の顔面の描かれたシャツを着ていたからか?しかし声も外見もあまり変わっとらんようだが、彼はやっぱ紳士だわい。俺はしばらく会っていないが、他の第3世代の男たちはまだまだだという。伯父さんに会う。頭が白いのと黒いのがほどよく混ざり、灰色になっている。歳をとったなあ。記憶では真っ黒で豊かな髪だったのに。……父さんを後で見たら、こめかみの方の髪が白い!これは■■の伯父さんのイメージだ!(■■の伯父さんはいまだと真っ白になっているだろう)。父さんも確実に年をとっている。俺もこれだけでかくなっているのだもの。なんか、これからも4年半、カネを取るのが悪いような気もする。

 医者は大変だ。命の定義、死の定義、など。生物医学ではどうにもならない問題も出てきたし、ミスは重大な責任問題だ。それに休みはないし、いつでも何かあると呼ばれるし、医者の不養生とはよく言ったものだ。
 医学生も大変だ。当直はあるわ、寝るヒマないわ、勉強しまくらないとならないな。何よりも体力勝負とはよく言ったものだ。某人の付き合っている医学生は、某人と会うときが心の安らぎという。どうなるかは本人たちも見当もつかないが、医者の嫁さんは大変だ。ヒマはないし、帰ってこないし、旅行はできないし(だから学生のうちに結婚というのがめずらしくないという)。カネがある、エリートだと医者を求める人間らは覚悟があるのだろうか。インターン時代は2〜3万の給料。これでは丁稚奉公と変わらない。親のカネか嫁さんの給料で生活することになる。

 草刈部氏から手紙来た。脳が久々に昂ったわい。しかしすさまじい。時間もないのか、急いで描いたようなものも見られた。
 総統からも!62円切手!だから差出人住所氏名なしか?いや無記名はいつものことだし、62円は気付かなかったのかも。「自己に達せよ」と國學院のレポート用紙で(俺も母校のグッズを買うぜ!)。これは……?俺が釧路にいるとけんしろ氏から聞いたか?ならば学力上昇も聞いているな。慢心せずに頑張れということだな?

 今日もろくな勉強していないぜ!荷物送ったぜ!帰る日近いぜ!『エヴァ』残り半分、合格後だぜ!

 花火した。ふふふ。けむし。あの防塵マスクをしたら少しは違ったか?あれはあくまでチリに対してで、煙のような細かい粒子、一酸化炭素二酸化炭素のような気体には効かないだろうな。

 『Gun誌』の読者コーナー、俺の投稿読んだぜ。だいぶ省略、手直しされていた。ありがとう伊江さん!恥ずかしいことを書いたと思ったけれど、これで少しはマシになった。しかし没にせず、そこまでして載せてくださるとは……。
 『ニュータイプ』の投稿書いたぜ!
 『エヴァ・コレクターズディスク』1〜3の書留書くも土曜にて送られず。


この日のカネの動き

花火 手持ちセット -4(あとは母払う)

財布残高 記録なし


解説
 第3世代というのは、まだ元気だった祖母を第1世代とし、その孫たちを指している。別に親類でそういうコトバが使われていたわけではない。

 当時の郵便料金はわからないが、62円切手では不足していたのだろう。しかし差出人名がないためか、無事に私のところまで届いたのであった。正当な料金を払われていないことには一応は受益者である受取人としても気が咎めたが、届いてよかった。

 これから4年半、父に経済的な世話になると言っているが、予備校の残り半年はともかく、学部は留年して5年になり、ましてや語学学校に通ったり大学院に通ったりして、4年ではまったく済まなかった。大変な話である。

 花火を庭先で親子でやるとは慎ましい夏の夜である。正直、親子で手持ち花火をするには歳がいきすぎている気もするが、はじめて親元を離れて上京し(それも親が想像していなかったような環境に身を置き)、そしてはじめての帰省をし、その夏休みも過ぎ去ろうという頃合いなので、何か行事をしたかったのだろう。前日に打ち上げ花火に連れ出したのもそういうことだったのだと思う。私が4円だけ払っているのは母の財布に端数がなかったからだろう。  


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