距離を詰める山田氏
1996年10月17日(木)
山田氏と帰る。昼メシ抜いて喰って行こうか、と山田氏は言うが、カネないし、学校のメシがあるのに何故外で喰う必要がある。俺はこのメシに満足しているんだ。誰かに感謝をするわけではなく、いつもこのメシを喰うとき幸せだと思っている。それにカネの貸し借りはトラブルの元だ。彼は、よく貸し、よく忘れる、という。まあ自分が損するだけならばまだしも、トラブルになったらマジで殺されることもあるから気ィつけんとな。彼は野球部で帰りが遅いからよくカネの貸し借りしてメシ喰ったり、おごったりしたそうだ。あ、そうだ、山田氏は「おごる」と言ったんだっけ。いやおごられるのも貸し借りのうちだ。あまり借りを作りたくない。野球で賭けをすることもあったと言うんで、賭けは最低だ、と言ってやった。でも、ギャンブルの貸し借りは最悪のトラブルの元だ。リンチされる。などと言うと彼は、やられたらやり返す、■■空手やっているから世界が違う、と。はぁ……だから何。やったら投獄じゃねえか。彼の話を聞くところによるとキンタマなどの急所を狙うことを重視し、練習もマジで打ち合う、そうしないと試合で危ない、とのこと。マジで実戦的らしいな。これなら勝てねえや。ヤクザみたいのと2つに分かれたそうだ、ヤクザの方は月に上納金100万円!どうやって払うんじゃ。門下生から集めるとのこと。なんてこったい。ネズミ講じゃねえか。離れた方も月10万とのこと。個人できないのらばそういうもんか。彼、自分ではわかっていることを何の脈絡もなく唐突に話しはじめるから、俺としては突然何の話をしているのかわからなくなる。上納金は、門下生を持つような人の話だな。自分でも表現力がねえと言ってたもんな。
彼は俺のようにスポーツ興味ない人に会ったことがない、と。しかもフルマラソン強制、リタイヤ許さず。なんてこった。生徒を殺す気か。実際、練習(これはマラソンではなく部活の話だろう)直後の風呂で心臓麻痺で死んだ人や自殺した人(友人だったという)もいたという。よく問題にならねーな、と言ったら、もみ消している、と。わざと追悼式もしない、とのこの。最低の学校だな。生徒殺すのだけは許されない。皆わかっているが公然の秘密ってやつか。やりきれねーだろうな。あんなふうに彼が悲観的になるのもわからんでもない。やっぱ戦後50年。中世に毛の生えたような時代から50年しか経っていないんだな。くだらん学校だ。そんなに勝ちたいか。生徒殺してもか。軍隊なら結果のために多少の犠牲は仕方がないのかもしれないが、しかし学校だろう。親から預かった子供殺して、将来ある若者殺して何が教育だ。まあ、どうにもならんから今さら怒らんが、許しがたい。マスコミに連絡するか、人権ナントカ委員会に報告するか、ナントカできねえものか。そのバカ教師・バカコーチ。バカ教師・バカコーチを血祭りに挙げて、家に火をつけるか(家族が気の毒か)。人権なんてのは、理想や道徳の一種で、実際には大した意味がないと常々思っている。しかし大切だね。法律に力を与えるのは力だ。実力の裏付けがあってこそ法は意味を持つ。なんとかならねえもんか。俺が政権を奪取したら、学校に監査官送るよ。
俺はもう高校を出た。そうしたら何でもある。ごく当たり前にあることも、それまでは何か対岸の火事のような感じだった。これからは何でもある。わかりきっていることだ。
■■空手ね、こりゃ本当にすごい。素手なら特殊部隊とでも勝負できるだろう(もっともこんな過程は無意味だ。特殊部隊は効率的にやる。確実な状況を作り、有利な状況でやる)。中学のときはそのへんのバカ相手には気迫で勝てただろう。高校もどうかな。しかし、今の年齢以降は何でもありだ。このように勝つために専門の訓練をしている奴には勝てまい。訓練をしていないチンピラ、ヤクザとて、場数、慣れというものがあるだろう。これからの年齢ではなんでもある。まあ、正面から堂々とやるからやられるんだ。ここを押さえておけばいいか。それに試合じゃねーんだ。正面からでも武器を使ったり、有利な状況を作ったりすればどうだろう。しかしすべてがうまくいっても、相手を殺傷したらろくなことがない。
山田氏曰く、自分と違うものを見出すのはスポーツしかなかった。俺とそれ以外のおける違いを「見つけた」。そう言った。自分の持っていないものを相手に求める。それが女性を愛することだ、と。ちょいと飛躍してるやん。それよか俺としては、自分と同じものを他人に見つける方が難しいと思うがな。それに「愛する」なんてことを熱病か錯覚の一種だと思っているしね。まあそういう精神活動もあろうが、陳腐な言葉だ。神格化し、期待しすぎている。実にくだらん。人が思うのは勝手だが。
そんなことはどうでもいい。彼は俺の部屋を物色した。そう言った。写真で俺がウーロン茶を持っていることも知っているとは、侵入したのはマジだな。迂闊だった。侵入を許し、気づかないとは。メシや風呂や登校するときは施錠しているのだが、WCや洗濯、TELぐらいだな。その間にか。全員集まるミーティングでは侵入できまい。なんて素早い。そして大胆。見られてまずいものは日記だけ。見てねーだろうな。そんなヒマないか。なんか盗んでねーだろうな、いや、そりゃないだろう。別にショックを受けるとか信頼を裏切られなどというくだらんことは思わないが、なんて奴だ。「変だと思われるのがムカツク」と言いながら、そう思われても仕方がないことをしたのか。まあ、今回はどうでもいい。しかし2度目は覚悟してもらおう。
彼は勉強になる男だ。
洗面所にPM11:00行く。入ろうとしたら、窓に人型の影が!何も考えていないのだろう。そのまま入って電気をつける。藤田氏か。きっと俺は何も考えずに行動したのだろう。いや、言語を使わずに考えたのか。「おどろいた」と言ったら、彼は受けていた。
『ヤンジャン』ではなく久しぶりに『ヤンマガ』読んだら、ロリコンネタが多い気がする。
五十嵐氏を「ホモロリ」と迫水氏。「ロリはままいいけれど、ホモはないだろう」と五十嵐氏。
迫水氏「根岸はロリコンだ」と。
この日のカネの動き
水 -200
財布残高 541円
解説
山田氏はさらに私に距離を詰めようとしている。メシに誘うのも、おごろうとしているのも、その手段である。つるんでメシを食いに行って気軽に奢ったり、カネを貸して忘たりするというのは、彼がいい奴だということなのだろう。野球部時代の輝かしい思い出の日々ではそうだった。しかし既に濃厚な友好関係を確立した仲間内のやり方を、大して関係を築いていない私に「メシを奢る」「カネを貸して忘れる」と突然提案しても気味が悪いだけであった。プライドが高く困窮したこともない私は、意味のわからないカネを受け取ることなどできなかった。
ましてや私はカネのやり取りなしにしても、すでに彼からの食事の誘いを受ける理由はなく、受けない理由しかなかった。私は両国のメシに満足しており、他所で喰う理由がなかった。両国のメシを抜かすこともあったが、それは自分の娯楽の時間を捻出するためである。時間に余裕があるときは両国のメシを食うし、それに満足して悦びを覚えている。私は食事に対してこうした姿勢を確立しており、それを他者に干渉されことは好まなかった。それでも人付き合いだと思ってメシを一緒にしたことは何度かあった。しかし彼とはそうしたスタンスを曲げてまで付き合う値打ちがないどころか、必要以上に関わりたくなかった。
「スポーツをしなくて何が楽しい」のような、自己とは異なる営みをする人間に対する不躾で、その暮らし営みの、生の値打ちさえ貶めるような不快な言動をする人間と敢えて食事をしたくなかった。ましてや、「今俺を変だと思っただろう」という異常な被害妄想を見せて、暴力を示唆してきた段階で、もはやかかわってはいけない人間と認識しつつあった。
それでも登下校その他の機会の対話までは拒絶してはいなかった。同じ寮で一緒に生活しているから、敢えて雑談までは拒絶するのは固い意志が必要たった。また、同じ屋根の下で暮らしている人間に対して明瞭な拒絶をすると、報復のリスクがあった。
そして肝心なことだが、山田氏は私に「話しかけてやっている」と親切にしているつもりだった(これは彼が明言する)。しかし人間関係ならば間に合っている。シャバに親友は何人もいる。両国でまで人間関係が欲しいわけではない。そして例え人間関係に渇望していたとしても、不快で危険な言動をする人間とは関わりたくなかった。
山田氏は私の拒絶に対して、なぜ自分の提案を受け入れないのかと質問を繰り返して、そのたびに自分の話ばかりしている。カネの貸し借りはしたくない、トラブルの元だという話に対して、自分は空手で鍛えているから暴力で解決する、という話をしている。私がトラブルが怖いと発言をしたので、自分はトラブルは怖くないと連想したままを口にしたのだろう。しかし相対している私としては、意味不明なカネの貸し借りを提案してきた当の本人が、「俺は金銭のトラブルは暴力で解決する」と放言していることになった。戦慄するほかなかった。彼は連想のままに次々に説明もなく違う話を唐突に始めるので、何を言っているのか理解するのに手間取ることも多く、ましてや対話の答えとなっていないことを突然言うことが多すぎた。そういう話である。
ここまでは不幸な行き違いである。それまで過ごしてきた文化の齟齬、対人関係の在り方の違い、そして輝かしい思い出の日々の再体験するかのように振舞い、それが受け入れられなかった。その程度の話ではある。しかし「一瞬の隙をついて部屋に侵入した」というのは一線を越えた行いである。これも同じ屋根の下の寮だから、兄弟の部屋に忍び込む程度の感覚だったのだろう。しかし私にとっては、彼は他人であり、友人とさえ認識しておらず、そして不快で危険な人物であった。それがメシや風呂の時間でさえ施錠している部屋に、一瞬の不在の隙をついて侵入している。当人としてはちょっとした遊び心・いたずら心のなせる業だったのかもしれないが、これは泥棒か破壊工作か変態と受け取られても仕方がないことである。学校だろうと寮だろうと世の中は泥棒がとにかく多い。他人に部屋に侵入して泥棒だと思われないと認識していること自体が不思議なことである。
こうして私は山田氏に対する不快感を募らせ、危険人物であるとの思いを深めていった。しかし山田氏は、私への距離を一層詰めていくのである。人間関係がそんなに恋しいのか、それとも理解不能な人間に対して理解を得ようとしていたのか、不快な人間(山田氏から見ると私は不快だったことだろう)に対してはより距離をつめれば友好関係を気付けるという処世術を持っていたのか、人付き合いの悪い私に対して親切にしてやっているつもりだったのか。それはわからないが、迷惑なことであった。