「やっぱり信じちゃうんだね」
1996年11月10日(日)


 昼の会話。
 山田氏がフリータイムの外出、俺と一緒に行くという。集合時間など打ち合わせる。そこに割り込んだ田山氏、「持ち物は筆記用具とナイフとライフ」、と。それは俺の装備品だ。手榴弾と地雷もと加える(田山氏)。俺が地雷は要らない、と言ったら、ムカツク奴ぶっ殺すのに必要だ、とか。俺は「毒で十分だ」というと皆うける。特に井上氏がうけまくる。田山氏、そういう答えが返ってくるとは思わなかったとのこと。ふふふ。

 山田氏の部屋のドアを蹴って呼び出す。ひとりで自由にできないので別に一緒に行きたくはなかったが、これも同じ屋根の下の付き合いだそう思って約束通りに来てやったのだ。彼が言ったのだ。行くときに呼べと。

 そして地下鉄駅まで同時に出発した何人かで徒党を組んで一緒に来て、白山で用事を足す他の人々がいなくなり、そして山田氏と二人になった。そして彼はいう。「やっぱり信じちゃうんだね」と。確かに彼は今日一緒に外出しようと言った。部屋に来いと言った。出るときに呼べといった。これで契約成立だ。「信じちゃう」ってつまり冗談だったのか。冗談だったとしても冗談だというシグナルがなく、具体性しかない。「今日のフリータイム」という極めて具体的な時間が特定され、「出かけるとき呼んで欲しい」とフリータイムの開始時における具体的な行動をも求め、俺もそれに答えた。これで信じるも信じないも、これは約束だろう。これで奴の部屋を素通りして一人で行動したり、部屋で寝ていたりするのは信義に反するのではないか。彼は自分の発言に責任を持たない。というか現実の行動とは関係のない音声をよく発するのだ。自分でもそう言っていた。よくない態度だ。

 願書を買うとき、山田氏は「俺は晴天君ほどできない」と。そして続ける。「でも、俺は本当にバカだったから、両国よくやってくれている」、と。それならばそれでいいじゃないか。
 とにかく彼といたら俺は疲労困憊。そして俺の一挙手一投足が彼にひどく受けとめられ「得る」。1,009円の時計を買った。代理で。釣りの41円を返そうとしたらいい、と。それでも俺は彼に渡した時計の入った袋に41円入れた。すると「どうしてそういうことするの」と。俺なんか悪いことした?

 迫水・藤田、両氏帰寮。藤田氏、あの縄文人ロン毛を切った。通勤快速ってイメージだ。人間、髪でイメージがかわるものだ。短くなったのに、彼はバンダナで髪を見てあげて、上の方だけタワシのように……。

 宮村っぺ氏のねーちゃん見た。東京人らしい。2人姉がいるが、2人とも東京らしい。ほう、やっぱりそういう上か。彼はあまり成績がよくないが、それは理転のせいだろう。


この日のカネの動き

願書 國學院大学 -850
銀行 +1,600
電気代 -678
ゴミ袋 ?

財布残高 記述なし


解説
 山田氏に苛立っている。具体的な時間まで指定して人を誘うような音声を発して、「そうする」と話の相手が合意して、その時間に相手がその通りにやってくると驚くというのは、理解しがたい話である。「今度」「そのうち」という具体性のない話なら社交辞令だとわかる。しかし「フリータイムの開始時、外出する際に俺の部屋に寄って呼んでくれ」とまで時間、場所、行動の具体性がある発言をしてそれが他者を拘束しないと考えるのは不思議なことである。
 冗談だったのか。確かに第三者が途中で介入してきて冗談を言い合ってはいるが、話としては山田氏から私に対して具体的な話をしてきて、私が具体的な返事を返したのであって、そこに冗談だというシグナルは一切なかった。考えられるのは「お前のようなクズと一緒に外出するわけなどあるはずがない」という前提において、そのあり得ないことをするという含意のある悪質な冗談である。だが、彼とはこのときはまだそこまで関係は悪化しておらず、また、私は寮の中でもそのような存在自体が嘲笑の対象となるような位置づけではなかった(バカにされる位置には三浦氏がいたが、その彼に対しても人々は一緒に外出などしていた。そこまで性悪などいないのだ)。つまり山田氏は、悪質な含意のある持って回った冗談を言ったわけでもない。そこまで悪人でもなければ、複雑な思考をできる人間でもなかった。ただ単に、思いつくまま何でも言ってみて、そのコトバが他者を拘束するとは思わず、自分を拘束するとも考えていなかったらしい。思いついたことを思いついたまま口にするという彼の発話傾向は、トラブルの原因になりそうである。そしてなぜか彼に付きまとわれていた私はこうした彼との意思疎通の困難性に疲労困憊を深め、それが胃にいくのである。

 結局、この日は山田氏とフリータイムを過ごしたようで、カネがないわけでもないのに、なぜか頼まれて私が安い時計を買っている。別の買い物をしたかったのか、店員に言い出せなかったのか、関係悪化の気配を感じて敢えて頼み事をして見せたのか。しかしたかが41円と言えども釣りを頑なに受け取ろうとしない、とにかく人にものを与えれば友好関係に資すると信じている山田氏と、施しを受けることを嫌うプライドの高い私の間で、やはり齟齬が起きている。

帰省していた人々が寮にもどってきている。そのまま戻ってこないのかとも思ったが、やはり戻ってくると心強く感じたものであった。


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