手紙未投函
1996年11月28日(木)


(実家あて。未投函)

 俺はあの■■への憎悪で脳が破裂しそうだ。あのクソは自分が空手をやっていたもので図に乗っていやがる。奴も俺に腹を立てているところもあるのだろうか。自分はヤバイ人間だといい、キレたら俺をぶち殺しちまうなどとほざく。何だとこの野郎。そして、そうならないために俺に「やさしく」している、と。なんだところ野郎。「やさしい」だとこのタコ。俺を何だと思っていやがる。
 しかも世間話として十二指腸潰瘍だといったら、「なんで、俺がこんなにやさしくしてやっているのに病気になるんだ」と。お前はホモか。なにが「やさしい」だ。そんな上っ面で平穏にしていることが「やさしさ」か。「やさしさ」の定義なんて神学論争をするつもりはないが、あの野郎はくだらん意味に凝り固まっていやがる。しかも自己完結していやがる。思い込みも激しい。
 自分が変だと思われることをすごく気にしていて、そのクセ、変だと思われても仕方がないことばかりする。部屋で経文を唱えているあのバカは、宗教狂いと思われているらしい。「俺のことを宗教マニアだと思っているだろう」などとしばしば言ってくる。そんなこと思っていないと言うと、その場で経文を口にする。アホか。試しているのか。それとも期待通りの反応を引き出したいのか。しかも奴が上等なハチマキを絞めていめところを目撃したら、奴はすさまじい形相をしたまま停止しやがった。「鬼」とでも言えそうなツラだつた。そして俺の方に歩みよってきて、「今、宗教マニアだと思ったろう」と。異常者め。だが、俺はそのとき何も思ってはいなかった。俺は奴の姿勢と距離が一撃必殺の暴力の構えだと悟った。「乱暴だ」というと、奴は後ろを向いて「宗教なんて家のことだから仕方がない云々」とひとりでいじけるように口の中でつぶやく。アイツ、精神病ではなかろうか。マジでヤバイ。俺はあの、偏狭で自己完結し、人を見ながら人を見えていない、それでいてくだらん意味にこだわり悲観的な狂人の存在そろものが気に喰わない。

(寮監ハガキ宛。匿名。未投函)

 俺が誰かは聞かないでください。俺は××(記号はすべて現文ママ)のせいで勉強に身が入らない。××は人の部屋に突然押し入り、人を驚かせて喜んでいる。しかも勝手に部屋に上がりこみ、あちこち調べることもあった。俺が洗濯か便所に行っている間に勝手に上がり込んでいた。
 俺は××と徹底的に意見が合わない。しかし、××は意見が違うこと自体を理解できないらしい。〇〇学部に行っても仕方がない。△△に興味がなくて何が楽しい。などと自分が正しいと言わんばかり。
 しかも、××は俺に腹を立てているのだろうか。自分が怒ったらお前なんて殺してしまう、などと言う。自分が暴力に優ると思って調子に乗っている。多分××は自分が何を言っているかよくわからないのだろう。しかし「殺す」などと言われて落ち着いてはいられない。
 俺は××を完全に無視することにした。屈辱に耐えて、部屋に来ないよう頼みこんだ。もう××とは口もきいていない。しかしこの記憶を克服できない。この怒りをどうすればいいのか。××が誰かが探そうとしないでください。××にバレたら俺は殺されます。


解説
 どちらも怒りのままに書き募った手紙だが、さすがに未投函である。寮監宛については、寮の住所宛に「一寮生」とのみ差出人を書いたものである。だが、こんなものが届いても寮監も困るし、もし何かしようとしたら「こういう投書があった。これこれのことはしないように」とミーティングで言うぐらいしかできないはずだ。そしてそれを聞いた山田氏は自分のことを密告したとしていよいよ本格的に激昂しただろう。怒りを解消するために他者に書いている気持ちで書いて、投函しない。これが一番の解消法ではある。

 日記には書き漏らしているが、山田氏がこれまでにした異常な言動について補足がなされている。ハチマキ事件の前にも「俺のことを宗教マニアだと思ったろう」と被害妄想を口走ることがあったが、「そんなことは思っていない」と私が言ったら、山田氏は敢えて念仏を唱えてみせて、こちらの反応を伺ってきた。本当に自分を変だと思っていないのか執拗に試している。目の前でいきなり念仏を唱えられて私は困惑したし吃驚もしただろうけれど、どうそれを表情に出さず、彼を傷つけず穏便に応対するかしか考えなかったはずである。しかし困惑の表情が、自分に対する不審の表情に見えたことは想像に難くない。とにかく、精神医学マターのような気が強くするが、そうであろうとなかろうと、こうした困った人物に対して素人に出来ることは、刺激せず関わらないことだけである。


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