ヤブヘビ
1996年11月29日(金)
タバコ屋でライターを買った。使い始めは火がつかないことがあるから試してみて、おばさんわからないから、と。「おばさん」というのは一人称。まあ、確かに俺は19歳のガキだ。わかるよね。20かどうかはわからんか。
さっそくホープライトに火をつける。学校で吸うのははじめてだ。83寮生に見つからないだろうな。火を点けるのもうまくなったものだ。左手で挟んで持って、右手で地図帳を開き、アフリカの勉強をする。TJ氏が「晴天くーん」と。しまった。タバコ見つかったか。地図帳を見て、「何で地理やってるの?」と。勉強しているのでわるいと思ったのか、それでどこかに行った。
ちと、まずかったかな。山田氏に伝わると大変だ(別にいいけれど)。教室で寝ているTJ氏に話しかける。適当に睡眠のことについて話をした後、やっぱタバコは健康によくないね、と。彼は「タバコ吸ってるの?」と。しまった!気づかれてなかった。ヤブヘビ!いや、俺は吸っていないよ。火をつけてるだけ。アクセサリーだ、などと人に伝わるコトバではないなというセリフをまき散らす。いかん。俺は人と話す技術が落ちている。ただ言いたいことを言うだけで話していない。アホだ、俺は。終わったら高校の連中と遊んで会話力を確かめよう。
山田氏について話す。隣に座ると起こしている。しかし俺は起きている、と。それは寝ないようプレッシャーかけてるんじゃないの?と。うーむ。山田氏を非難しているように聞こえてしまったかな。男らしくない批難を口にしたととられただろうか。どうでもいいけれど。
どうでもいいが、ホープは苦い。ライトでも頭とノドにくる。俺はホープの味がわからないガキなのさ。しばらくやめよう。本当に頭にわるい。授業中ダルかった。
英法の授業中。話をしていたNM氏とSZ氏の2人が出ていかされる。ちなみに終了3分前のことでうる。
こうして毎日、日記をつけてはいるが、表現力が確実に落ちている。だって表現らしい表現をしていないもの。終わったら訓練し直そう。高校のときは遥かに訓練できていた。だからといって、そのときいい表現が出来ていたとも言えないけれども、今わよりはいい。
表現は技術だ。感じることは誰でも陳腐ではないが、文字にすると陳腐になることが多い。
大事なことを忘れていた。金田氏帰寮!昨日のTM氏といい、特訓には参加する腹か。風呂で会った。たぶん俺がはじめて再会した人だ(2番目か?)。水道橋の捜査は彼が帰省してすぐに始まった。「三浦君まだいらっしゃる?」と。「いらっしゃる」と返すと、「なかなかがんばりますね」と。帰った人いる?自宅通学いいなあ、と。そのぐらい。またCクラスで一緒か。毎回休みの人が突然現れると先生がどう反応するかな。毎年よくあることか。
夕食時、寮に帰ってきた人々の反応を見る。田山氏など近くから顔を覗き込む。迫水氏は「はい道を開けて。見ないで、見ないで。俺を通してからにして」と。芸人か。やっぱりこうでなくちゃ。
今俺は、ライトを上に向けて置いて、白い紙で反射させて、日記を照らして書いている。少し暗いが、直接だと強すぎる。
この日のカネの動き
ライター -100
水 -160
財布残高 記述なし
解説
知っている人に見られると面倒と言いながら、予備校の廊下でタバコを吸っている。しかもライターもあえてタバコ屋で口頭でライターを頼んで買っている。見られたくないようなやましい気持ちがありつつも、見せたい、見られたい気持ちも少しあったのだろう。まったくどうしようもない話である。しかし人はそんなに人が何をしているか気にしていないので、ましてやタバコの煙が濃い廊下では匂いで私が吸っていると思われることもなく、話しかけてきた人間が気付きさえしなかったのである。そんなものである。
山田氏は基本的に親切なので、席が隣になると私が居眠りをすると叩き起こしてくれることがしばしばあった。ただ、低知覚状態ではなく完全に起きているときでさえ、寝ていると思い込んで揺さぶってくることもたびたびあった。「起こされた」というていになるのも癪なのでそのまま微動だにしないでいると、揺さぶりが激しくなってきて、笑いを堪えなどもしたものだった。
高校時代は確かに往復書簡として、かなりの文章量を複数の友人相手にやり取りし、読む相手がおり、その反応がある文章を書くことをかなりやってきた。それが何かの訓練になったかどうかはわからないが、しかし日記と投函しない手紙とたまに投函する手紙しか書かない予備校時代では、やはり何を書いても張り合いがなく自らの表現を顧みる機会もなかったのだろう。表現力とやらがそもそも過去にあったのか、それが落ちたりなくなったりしたのか、というのはなんとも言えない話ではあるが。