手紙
1996年12月04日(水)


 くだんの■■氏は、俺に近づいて来ない。話しかけも挨拶もしない。これこそ俺の望むところだ。奴のツラなど見たくもない。今まで勝手に「奇遇だ」とかほざしい俺について来て、人の貴重な自由時間をムダにしてくれたものだが、せいせいするわ!
 だが、あの野郎、俺を無視しているつもりか?俺を疎外しているつもりか?あの野郎、俺に「やさしくしている」などとほざいていたが、もしや俺に話かけてやって(人の勉強を邪魔し)、俺に付き合ってやって(自由時間をムダにし)、俺に情けをかけてやっていたつもりなのか?俺と親しかった布井氏が自宅通学に切り替えて以来、俺は登下校時ろくに人と話していないからな。
 あの野郎、1人でいるより集団の方がよいに決まっていると確信しているのか。そして、俺に付き合ってやっていたつもりなのか。それが「やさしい」ってか。俺は奴にまとめりつかれるのが、隅田川に流して殺したいぐらいに煩わしかった。
 それでここ最近は、奴と一緒になりそうになったら、無視して道を急いだ。奴め、俺が恐れをなしたと思ったか?空手をやっているからお前なんかいつでも殺せる、と称していたのが効いたと思ったか?いまいましい。奴の空手とやらがどれほどのものだというんだ、くだらねえ。人間誰だって本気で相手を殺そうと思ったら、なんでもできる。空手がなんだというんだ。正面から行く必要もないが、正面から行ったところで、自分が死ぬのも刑務所に行くのも気にせず、後先考えずに相手を必ず殺すの執念を先に持った方が圧倒できるんだ。打撃、苦痛、損傷など無視して、目を指で突き、鼻でも指でも噛み切ってやりてえ。だが、そんなことをしても意味はない。

 それはそれとして、あのくされ視野狭窄バカ、一緒に歩いて話をしながらも、俺のことを「人間じゃない」とほざきやがった。奴はあれでも抑えて言いたいことを言ったのだろう。俺がスポーツに興味がなく、奴の冗談を理解せず、奴の知る誰とも似ていない言動をし、奴の青臭い人生論など本気の言葉を冷徹に突き返すから、「人間じゃない」のか。「俺が人間ではないのならば、お前は人間のクズだ」とでも言うべきだったか。しかし解せないのは、「晴天は、人間じゃないからな」と曲がりなりにも一緒に歩きながら一度ならず口にしたことだ。別に私は自分がホモサピエンスであると一応は認識しているし、それについて奴が疑念を持ったところで何とも思わない。だが、気持ちが悪い。「お前は人間ではない」というのは、意見一般の感覚においては悪口だ。これは決別するときに口にする言葉だ。それにも関わらず、この言葉を口にしながらも一緒に歩き続けようとしていることが気持ち悪い。関係がこのまま継続するし、継続していくつもりだというのが気持ち悪い。まあ、奴は単に、「お前は理解できない」という程度の意味で、思った通りに口にしただけなのだろうけれども。

 そう、奴は思ったことを思った瞬間に口にしているだけなのだ。奴が、俺以外の第三者と話をしているのを見ても、ムリを感じる。会話という形になっていない。奴、他人に話をしているのではない。奴は、人の形をしたモノに話しかけている。奴は話を聞いているんじゃない。人の形をしたモノの発する音を聞いている。会話は共同作業だ。しかし奴は単独プレーをしている。自分勝手なふるまいをしていると、傍から奴と第三者との会話を聞いていてもよくわかる。あいつ、きっと友人がいない。こうして一方的に言葉を浴びせて、意味もなくメシを奢って自分が優位と確認するような行為以外、他人と接する方法を知らない。ようするに下手なんだよ、何事につけても。うまく折り合いをつけるのが。現世に、社会に定着していない。ただ、そこに「いる」だけだ。
 なんでもただひとつり答えに固執しやがる。いや、信じ込んでいる。違う価値、違う発想と触れたら、本当に理解できない。それどころか違う価値、違う発想が存在することそのものを不条理だとでも言わんばかりのツラをしおる。勉強でさえな。こんなバカ(本当にこころの底からバカだと思う)に勉強の何がわかる。奴は、現代文で文章を読解できないので、文法から攻める参考書を買った。そして接続詞にバカみたいに(本物のバカだ)固執する。接続詞以外を見ていないかのように、接続詞のみ見て文章全体を判断する。そして当然その答案は間違いだ。当たり前だ。第一、接続詞などの日本語文法だって、突き詰めていったら1,000ページ2,000ページの専門書になるんだ。たかが学参を貧しい読解力で読んだぐらいで、接続詞についてだって何がわかるんだ。しかし奴は、「わかる」「本にはこの方法が正しいと書いてあった(ので授業や試験の方が間違っている)」の一点張りだ。この現代文偏差値75で東大クラスの俺よりも、特Eの偏差値40の自分の方が現代文をわかっているという態度さえとる。
 あいつ、明確かつ唯一絶対の答えにしがみつかないではいられないのだろうな。生まれる国を間違えたのだろうか。こういう人間こそオウム真理教にはまるんだよ。自分だけは真理を知っていて、周囲の人間はどうでもいいくだらないことに囚われているという感覚を与えてくれる相手になら、簡単に従うだろう。奴が異なる考えに触れて動揺する様は、外界とのはざまで揺れるオウム信者を思わせる。

 ここでくだらん話をひとつ。
 今日の帰りの電車で、頭金髪ロン毛で、身体中金属だらけの2人が、かなり下品なことを話していた。しかも大音量で携帯電話を鳴らしたりもするので、露骨に嫌な顔をしてやっていた。そんな中、彼らが話題転換して、「お前の学部、偏差値いくつだっけ」?」などと。出てくる単語、経営学部、法学部、市ヶ谷キキャンパス、経済、多摩キャンパス……うげ!こいら「先輩」た!どうもおみそれしました。そうとわかると、さっきまでの苦々しさがどうでもよくなった。なんてやつだ、我ながら。


解説
 山田氏が私に近づいて来なくなった、挨拶もしなくなった、というのは私から先に避けるようにしたからである。私の明確な拒絶の態度に怒って、山田氏もこちらに接するのを止めたというごく当たり前の反応ではある。異常者に対しては避けるのが一番。相手の方では、親切にも話しかけてやっていたのを、ダメージとなるようにやめてやった、ぐらいに思ったことも想像に難くないが、結果として私は平穏を取り戻したので願ったりかなったりである。

 法政の態度の悪い学生を見て不快に思っていたのが、法政の学生とわかったとたんに手に返すように好感をもつのは、当時の私の大学への憧憬具合をよく表している。


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