『インディペンデンスデイ』を観た
1997年02月04日(火)


 『インディペンデンスデイ』を観た。
 まず、円盤がやってくる。地球の方ではかつてない事態に混乱。各機関、マスコミの対応への苦慮、市民のパニック、略奪。すでに重い。特に市民の方はこのときからすでに、今までの生活の崩壊を感じさせる。そして攻撃。すさまじい破壊。忘れかけていた核兵器の恐怖がよみがえる。逃げる場所など、まずない。一瞬で人が、車が、あらゆるものが吹き上げられ、すべての建造物が砕けてゆく。ひとつひとつの建物に、どれだけの人の生活が、財産が、思いがあったのだろうか。すべては一瞬だ。人々も自分の身ひとつさえ守れない。実に重い。悲しい。さらに強烈な日常の基盤の破壊が、無意識のうちに当然だと信じてきた基盤の破壊が起きたのだ。これからどうやって、何を拠り所にして、何のために生きてゆくのだろうか。第一、生きてゆけるのか?
 反撃がはじまる。こんなときにも冗談を口にするパイロット。しかし司令は真顔で頼む、と。切実だ。緊迫している。ミサイルの斉射。しかしまったく効果なし。敵小型機へさえもダメージを与えられない。逃げることもできずに次々と落とされてゆく攻撃機。これだけの技術の差があるんだ、全滅しても当然だ。しかし1機、正確には1人は生き残る。グランドキャニオンの地形を利用して敵を自滅させて。これぐらいの例外はよかろう。実際、例外は山とある。宇宙人を鹵獲するってのはやっぱ出来すぎだが。
 地上はもう廃墟。しかし、例外というやつか、生き残りはいる。生き残り同士が助け合い、トラックで移動する。この中のひとり、というか、リーダーが先の生き残ったパイロットの女だ。そして助けた人々の中にはファーストレディーもいた。これも出来すぎではある。ありうる偶然ではあるが。ご都合主義といえばそれまでだが、「必然」で死ぬ死人が主人公なら映画にならない。
 軍の基地を破壊され、都市も次々と破壊される。先の生き残りの女は、パイロットの勤める基地へ向かうが破壊されている。
 炎が擦るぐらいの危うさで離陸した大統領専用機は「エリア51」なる秘密基地へ。技術者のオヤジが眉唾もののUFOネタのことで大統領を責める。大統領は眉唾だというが、長官(?)は本当だ、と。UFOは前から来ていた!軍は秘密基地を持っていた!宇宙人の標本がある!UFOを修復している!なんとアホらしい!映画を観ている「今現在の我々」への侵略ではなく、あくまでつくられた世界の話だと、当たり前のことを再認識する。でも、そんなことであきれたりはしない。
 ぶん殴って気絶させた宇宙人を運ぶ、例のパイロットは移動する一団に会う。そして「エリア51」(なのか?)へ連れて行ってもらう。「エリア51」に宇宙人を置くとヘリをかっぱらって自分の基地へ。そして、そこに来ていた女と再会。そこの生き残りをヘリで「エリア51」へ。ファーストレディはそこで手当てを受けるが手遅れ。大統領と娘に会ってから死ぬ。うーむ、ヒロイック映画というか、キャラクターが特別すぎる。でも素直に泣けた。
 とらえた宇宙人、解体中にあばれて、博士の「口」を借りて話す。そして「念波」も送る。和平の意志などない。そして連中はただ惑星から惑星へと移り、資源を略奪しているイナゴであることも(現代文明への皮肉か?)。軍人の何人かがベレッタM92F(FS?)を抜き、撃ち倒す。連中も、銃で撃てば死ぬ。そして頭をぶち抜いてとどめを刺す。カッコイイぜ!ベレッタM92F!
 核反撃を行うも効果なし。そこで技術屋がコンピューターウィルスを流してバリアを無効化することを提案。1950年代に落ちた敵の小型機で宇宙の母艦に侵入し、ウィルスを流し、ついでに核を置いてくるという、まさにヒーロー映画的なもの。俺はここでどんなアホらしいシーンになるかと思った。
 アメリカから全世界へ通信。一斉反撃と。イラクのUNナントカ軍、ロシア(か?)、日本(三沢だった)がそれぞれ反撃準備を整える。ひとつ思うが、日本が非常時に全滅しないでいられるか?まあそんなこともあろう。全滅はしていなかったのだろう。外国というか世界が映るのが少ない。世界=アメリカか?
 大統領の反撃演説。「インディペンデンス・デイ」だ。歴史だぜ。涙が出てたぜ。軍の残存は15%!そこまでやられたか。しかもパイロットが足らんので急に集める。パイロット資格保持者を集めるが、そんなにうまくF18をあやつれるのか?それと電子装備の改造も。まあ、そこを考えても仕方ないし、考えながらどうとも思わなかった。
 アホらしくなるのではと思っていた、「エリア51」からのUFOの発進は、まあ、アホらしいと思える人には思えようが、さしたることは思わなかった。シンクロしている。そして、何と侵入してすぐにウィルスを流すのに成功。F18の大部隊がミサイルを撃つ。効く!しかし、決定打ではない。山と湧いてくる小型機とドッグファイトに!20mmバルカンもUFOをぶち抜く。そして「エリア51」を狙うエネルギー充填中の超兵器にカミカゼ!そして、敵は沈む。マザーシップの方も核で木っ端微塵。世界中に攻撃法を教える。そして、世界中でうまくいった、と。さらにUFOで侵入した2人も帰還。アメリカ中心、そしてヒーロー的活躍。それでも爽快だったぜ!できればこのあとの復興も見たかったが、この映画にはそぐわない。
 ずっと涙流しっぱなし(流れてはいないが)。確かに、アホらしいヒーロー映画的側面も強いし、実にうまくゆきすぎる。すべてのキャラクターが最後には1つになる。でも、それはそれで、また、楽しい。感涙ものだな。別にひとりひとりの人間に多数の中の屁みたいな1人程度の意味しか与えずにつくったら、「記録映画」になる。それはそれでまたいいがな(そういう創作が可能かどうかは知らんが)。やはり何だかんだ言っても重い。

 重さと言えば、『アウトブレイク』だ。あの映画ははじめ、重々しい社会派、あるいはありうる危機を描いたシミュレーション映画だった。しかし突然、アホらしいヒーロー映画に変わってあきれた。何故、『ID4』ではあきれなかった?『ID4』ははじめから絵空事だが、『アウトブレイク』は今すぐ起きても不思議じゃない話だ。現実的だと震撼させる地続きの恐怖を描いていたからこそ、ヒーローの存在は、そこだけ絵空事に見える。そういうことか?
 あとビデオと映画の違いだ。『アウトブレイク』は、母が掃除機をかけ、電話が鳴り、レオが走り、宅配が判子を求める中で観た。日常の中の小さな画面だった。しかし『ID4』は映画館だ。目の前には弛緩のほとんどを占めるスクリーン。暗く、他に見えるものはない(わけではないが、重要性、必然性は低い)。そして身体全体に叩きつけるような大音量。邪魔者もまず、いない。WCに行くやつやポップコーンを喰うやつやケータイを鳴らすバカなど許容できる。同じ映画で、TVで観るのと映画館で観るのとでは、シンクロ率が違うのだろうよ。『エヴァ』も映画館で観よう。

 今、すでに布団の中。すぐに2/5になる。そして2/5を終えたら2/6國學院だ。実質的にはじめての大学入試だな。俺には香川、立命館という確定大学があるし、そり気になればTIUや二松学舎もある。余裕っち。完全ではないが、不安、焦り、のようなものはないに等しい。
 どこに受かり、どこに落ち、そしてどこの大学に入学し、どこに住む。どんなパソコンを買って、どんな生活をするのか。どんな人々と会い、どんな講義を受けるのか。まったくわからん。もちろん先のことなどわかるわけがないが、ここまで先が分岐しているのもはじめてだ。予備校はここしかないと思っていたしな。

 『ID4』にて、宇宙人は9mmルガー弾でくたばった。殴ると気絶した。生物としての耐久度はまあ、どうにでもなる。それよか、強力なエネルギーがうずまく宇宙空間を長距離移動するあの巨大宇宙船が、F18に積めるような華奢なミサイルでダメージを受けるとは。たいした材質つかっていないな。そして小型とはいえ、小型機も宇宙船。M61A1の20mmでぶち抜かれるとはな。
 LDほしいね。まあTVはたかがTVなのだがね。DVDならなおよし。


この日のカネの動き

映画 インディペンデンスデイ -2,000

財布残高 30,300円


解説
 例によって「大学の下見」などの口実をつけて外に出てきて、テレビで観て心動かされていた『インディペンデンスデイ』を観て、感動している。刺激的すぎて、その記憶を反芻するべく映画な内容を再現などしている。
 なお、映画館では『新世紀エヴァンゲリオン』の予告編もながれて、アスカの「殺してやる殺してやる……」など激しいシーンの連続で、期待はいやがうえにも高まったのである。
 携帯電話がようやくビジネスマン以外の層にも普及しはじめたこ時代、ここで「ケータイ」という言い回しをしていたが、たぶんマンガ雑誌あたりで見た表現なのだろう。また、映画を買うメディアとしてDVDも選択肢に挙がっている。1996年にプレーヤーが発売されはじめたばかりのこの新しい規格についても、パソコン雑誌などアンテナを高くして知っていたのだろう。DVDが本格的に普及しはじめたのは、DVDビデオを視聴できるゲーム機プレイステーション2が発売された2000年以降ではないかという気はする。

 センターリサーチで「合格確実」を出した香川大学と立命館大学にまだ行ける気でいる。それはそれとして、ここが目に見えるはじめての大きな人生の岐路であることに奮い立っている。


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