last up date 2005.04.06


徴兵制(ちょうへいせい)
 国民の一定年齢の男性、あるいは男女に、軍隊勤務を強制的に行わせる義務兵制の一種。封建領主が擁する騎士や傭兵の軍隊とは一線を画する、国民国家の勃興と共に生じた近代的な制度である。近現代に於いては志願兵制である募兵制と共に、主流な兵員確保手段のひとつとなっている。


 徴兵制の利点は、安価に大量の常備兵力を維持出来ること。強制的に軍隊勤務させられるので兵員の数を集められるのは当然として、徴兵された兵の人件費は安価である。衣食住は宛われるが給与は驚くほど低い。シャバでは数日と生活できない程度の金額に過ぎない。国家財政によっては、現金そのものが支給されないこともある。このように低コストで大量兵力を確保できるので、差し迫った脅威に瀕している国や財政にゆとりがない国には、ほとんど唯一の選択肢となっている。ただし、下で述べる行政的コストの問題から、貧しすぎても徴兵制は難しい。
 一方で完全に募兵制のみによって兵力を賄う国に於いては、下士官・将校だけではなく、兵からして職業軍人である。そのため兵にも人並みの給与を与えねばならず、非常にコストが掛かってしまう。また、当然の事ながら、募兵制は国民の自由意思に依存しているので、徴兵制よりも兵員を集めにくい。そのため、それほど大きな脅威にはさらされておらず、また、経済的に裕福な国にしか完全な募兵制への移行は出来ない。


 徴兵制の問題点は、非常に大きな社会的コストがかかること。徴兵制を維持するためには、行政的コストが不可欠である。まず行政機関は、全国民を把握し、徴兵年齢に達した人間に徴兵検査を受けさせねばならない。適性ごとに訓練施設に送り、身体的能力や思想信条に応じて兵役の代替として公益奉仕も割り振ることも必要である。訓練を終えた兵を現役勤務させる為に各基地へ送ることも必要だ。現役勤務を終えて除隊した兵を、一定年齢まで予備役として管理する必要もある。この管理・通信・輸送業務だけでも、かなり巨大な官僚機構を必要とする。
 さらに言えば、徴兵制は経済発展にもマイナスとなる。10代後半〜20代の若者を十数ヶ月〜数年もの間束縛することは、学業や職業訓練の機会を奪い、社会で労働する機会や賃金を使って消費生活をする機会をも奪うことに他ならない。その為、国民の人生設計にとっても市場経済にとっても、徴兵制は大きな負担となる。
 このように社会や個人に多大なる犠牲を払うことを強要する徴兵制は、徴兵拒否や士気の低下などの問題を引き起こす。これに対しては、厳罰による対処療法だけではなく、国家と国民を守る崇高な行為として常に正統化され、神聖化されて滅私奉公を促している。このように、国民と国家の命運を一体視するという意味に於いて、徴兵制は国民国家特有の兵制と言える。


 現在徴兵制を採っている国は、ロシア、中共、台湾、北朝鮮、韓国、フィリピン、ヴェトナム、カンボジア、タイ、シンガポール、イラン、イラク、イスラエル、エジプト、トルコ、ギリシャ、ドイツ、スペイン、ポルトガル、ブラジルなど。
 徴兵制がない国は、アメリカ、イギリス、日本など。現在は欧州をはじめとして徴兵制廃止の過渡期にあるため、完全な募兵制の国は今後増えていくだろう。ちなみにフィリッポ・アダーニが13ヶ月勤務したイタリア軍も、既に徴兵制廃止を決定している。
 韓半島のような双方100万の兵力が至近距離で対峙している緊張地域はともかくとして、現代の戦争に於いては兵員の数はそう問題ではない。情報機器の発達によって兵器・作戦は高度化し、大量の兵士よりも少数の技術者・専門家が重要になっているからだ。僅かな徴兵期間で先端機器に精通することは不可能である。さらに言えば、国民所得が高く政治運動が盛んな先進国に於いては、1人の兵士の命は政治的にも経済的にも非常に高コストになっている。その為、自軍の兵士を危険にさらさず敵を攻撃できる先端兵器と、それを運用する専門家を擁することの出来る先進国に於いては、もはや数を揃えるための徴兵制を実施する必要はなくなりつつある。また、官業の民間委託が軍事分野にも進んでいることを鑑みれば、単純作業分野にも徴兵された兵士を充てる必要は薄れている。そのため徴兵制は、先進国では消えていく流れにあると言える。


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