last up date 2005.05.01


権力交代(けんりょくこうたい)
 本来権力とは、人間集団に於いて諸価値の配分・調整という合理的機能を果たす為に存在する。もちろん国家に於ける権力もまた、社会へ利益を配分し、利害を調整する為に存在すると言える。その機能の担い手が替わることを権力交代と呼ぶ。では、何故政治権力の交代が行われるのか。それは、社会の変化に対して、権力者が対応できない為に起きるのである。


 まずは社会の変化について述べたい。社会に変化をもたらす要因として、生産力が大きな影響力を持つものとして挙げられる。なぜならば、生産力のサイズが生産関係を規定するからである。生産力が向上すると、生産手段の所有者と被使用者との間の生産関係が現状に適さなくなるのだ。この生産関係は社会制度によって規定されている為、制度が改変されない限りは、生産力と生産関係との齟齬は拡大する一方である。こうした問題に際して、新しい政治思想・政治制度などのオルタナティブが考え出される。
 しかし権力者は往々にして、社会の変化が引き起こす問題に対して適切な対応を取れない。なぜならば、権力者には権力維持を自己目的化する傾向がある為だ。これは人間が持つ権力欲なる非合理的要因によって引き起こされるものである。この欲望に従った結果、権力者は権力交代を避けることを第一義的に行動するようになってしまうのだ。そして自己利益追求に邁進するあまりに権力者は社会の問題を把握することが難しくなり、権力者と被支配者たる大衆との間に、問題認識のギャップが広がってしまうのである。


 この問題認識のギャップは、社会的経済的な混乱を誘引することになる。社会に生じた問題に対して体制内政治過程による政策で対応できる限りは、政治体制は安定を保つことが出来る。だが、問題認識のギャップが大きくなればなるほど、その政策の有効性は薄れ、問題をより大きくすることになる。こうして社会的経済的な問題が拡大していくと、既存の体制の枠組みの中で政策を部分的に修正しても、問題を解決できなくなってしまう。社会問題を解決する可能性を体制に見出せなくなると、権力者の支配の正統性は揺らぐ。権力者の特権的な自己利益追求に対する被支配者の反感は、正統性への懐疑に拍車をかける。かくして支配の正統性が揺らいだ結果、政権担当者の全面的な交代と政策の徹底的な変更が求められる。このようにして既存の政治体制は否定され、政治的対抗者あるいは民衆の抵抗によって、権力交代が図られることとなるのである。


 つまり権力交代を引き起こすものは、生産力拡大が社会変動を起こす点であり、権力維持という利己心の為に権力者が社会変動への対応能力を持つのが難しい点である。そして問題解決能力を持たない既存の体制に替わって、社会の変化に対して提示されたオルタナティブを実行することを正統性として、権力交代が行われると言える。
 このようにして国家の支配者が国内の経済構造や社会階層の変動に対応できないとき、支配者は政治的対抗者や民衆によって権力の座から追い落とされ、権力担当者が入れ替わる。次に、この権力交代にはどのようなタイプがあるのか検証していく。


 まず、権力交代は大きく2つに分けられる。それは平和的交代と武力的交代である。前者は、体制が安定している場合に見られる権力交代である。古代から伝統的に行われてきた方法である世襲や、近代以降発達してきた制度的方法である選挙が、平和的権力交代の例として挙げられる。後者は、体制が不安定な場合に見られる権力交代であり、社会的経済的な矛盾の恒常的な存在、あるいは拡大に対して発生しやすい。例としては、近代以前に広く見られた宮廷革命、近代以降しばしば見られるクーデター・武力革命が挙げられる。


 次に、これらの権力交代様式の特徴を見ていく。
 平和的に権力交代が行われた場合、新たに権力の座に着いた新支配者には3つの選択肢がある。1つ目は従来の体制をそのまま継続すること。これは、既存の体制にさほど問題がなかった場合に有効である。2つ目は、従来の体制に対し、部分的に修正を加えること。これは既存の体制の問題が大きい場合に、問題解決の為に有効な対策である。そして3つ目は、既存の政治体制を全面的に否定すること。これを行う必要があるときは、極端に体制が不安定な場合に限定される。
 ただし平和的権力交代は問題を孕んでいる。それは新権力者がファシズムや社会主義を志向し、結果として新たな権力交代を起こしにくくする場合がある点である。例えばヒトラーは選挙という平和的な方法で、既存の体制を全面的に否定することによって、大きな得票を得ることが出来た。高い支持率の下に権力を掌握してからは、彼は世論を統制し国民の権利を制限する立法を打ち出し、独裁を敷いた。このように平和的権力交代には、国民自らがそれ以後の政権交代を困難にしてしまう危険性を否定できない。


 一方、武力的政権交代は、軍事クーデターと武力革命の2種類がある。
 軍事クーデターの特徴は、既存の体制内部で武力と行政能力を発達させた軍人によって行われることにあり、体制は温存され強化が図られる。つまり社会矛盾の革命的解消ではなく、革命的な兆候への反動として現れる。その具体例としては、民主化運動が展開された時期にクーデターを起こし独裁体制を築いた、韓国の朴正煕が挙げられよう。
 また、武力革命は進歩的立場から既存の体制を否定する点で、クーデターとは異なる。そしてその担い手は政権の外の人間であり、大衆や兵士の支持によって実行される。しかし既存体制の指導者だけが入れ替わるクーデターとは異なり、既得権益が失われることへの恐れから、革命に対しては必ず反革命勢力が立ち向かう。革命の成否を分けるのは両者の力関係に依る。


 これが、権力交代のプロセスとその類型である。


参考文献
阿部斉 「概説現代政治の理論」 東京大学出版会 1991年
「新訂版現代政治学事典」 ブレーン出版 1998年


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