last up date 2005.06.25


古典的リアリズム(こてんてきりありずむ)
 国際関係に於けるリアリズム思想とは、国家の定義と国家間の関係を理想ではなく、武力とそれを持つ権力の面から探る思想である。国家権力と軍事力を中心にした、ビリヤード・モデル的な国際関係観をもたらす見方と言い換えることも出来る。このリアリズム思想は、後述するホッブズ的な人間観に国家をなぞらえた国際社会を前提にするものが古典リアリズムとされ、一方、国際システム論やミクロ経済といった科学的手法を採り入れつつ国際社会そのものが不安定なアナキーであるとする前提を持つのがネオリアリズムとして、区別される。ここでは、古典的リアリズム思想の発生とその系譜について述べる。


 リアリズム思想は、15世紀後半の都市国家フィレンツェの官僚マキャヴェリにその源流を見出せる。マキャヴェリは君主の利己心によって統治することが国家の強化に繋がると説き、宗教や倫理による統治の拘束を否定した。この背景には、スペイン・フランス・イギリスといった強国が勢力を伸ばしていたことが挙げられる。マキャヴェリはこの脅威に対抗する為、急速なイタリアの統一と強化を志向し、その為には理想ではなく利己心が現実的な原動力となると見なしたのである。


 マキャヴェリの国家像は、16世紀後半、フランスの重商主義者ボーダンが主権概念によって補完した。マキャヴェリの説く強い国家を実現する為には絶対不可侵の主権が必要であり、国内の人口・生産力・軍事力を絶対的に支配する主権国家こそが、国際関係の構成単位であるとボーダンは説いた。この主張は、国土を統一し、重商主義の利益によって常備軍を発達させた絶対主義国家同士が、覇権を競っている状況を反映したものと言える。


 オランダのグロチウスは17世紀前半、ボーダンの主権概念を基礎にして、主権国家間の合意・条約・協定が戦争と平和と中立を分かつとし、国家間の状態を法的に定めることを提唱した。グロチウスが生きた時代は30年戦争の最中であり、やがてこの戦争は主権国家同士の条約であるウェストファリア条約によって終結する。


 英国のホッブズは17世紀半ば、マキャヴェリやボーダンの理論をより原理的な視点から精緻化した。国家を構成する最小単位である人間は闘争し合うものであり、他者との闘争から逃れる為に人間は国家を結成し、国家同士の闘争は軍事力の均衡によって抑止される。このホッブズの主張は、バランス・オブ・パワー論の萌芽と言える。この背景には、主権国家同士がウェストファリア条約に基づき戦争を終結させたことがある。


 かくして平和は主権国家同士のバランス・オブ・パワーによって実現するとの発想が広まるが、これに対してプロイセンのクラウゼヴィッツは19世紀前半に、新たな戦争の定義付けを行う。彼は戦争を権力による政治の手段と定義し、勝つための戦略論・戦術論を構築した。この背景には、ウィーン会議によってバランス・オブ・パワーが平和の原理として定着したことがあった。これは逆に言えば、力の均衡さえ崩れれば国家間関係はいつでも戦争状態になるとの認識が定着し、武力が外交の基軸となったことをも意味した。だからこそ、クラウゼヴィッツの合理的な戦略戦術が必要とされたと言える。


 こうした系譜を持つ古典的リアリズム思想は、主権国家を中心するビリヤード・モデルやホッブズ的人間観等への様々な批判を受けながらも、現代に至るまで国際関係観を見る有力な視座を提供し続けている。そして、古典的リアリズムへの批判に対して1970年代に登場したのが、ネオリアリズムである。   


参考文献
進藤栄一 「現代国際関係学―歴史・思想・理論」 有斐閣 2001年


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