last up date 2006.05.11


民主主義平和論(みんしゅしゅぎへいわろん)
 民主主義平和論とは、戦争は拡張傾向を持つ専制国家が起こすものであり、民主主義国家は戦争をしないとする思想である。古くはウッドロー・ウィルソンのリベラリズム的な平和思想に起源を発している。しかし現実には多くの戦争を民主主義国家が引き起こしており、特にヴェトナム戦争へアメリカが介入したこともあって、1970年代には民主主義平和論は一度否定されている。それにもかかわらず、1990年代に民主主義平和論は復権している。その背景としては、冷戦終結がアメリカ民主主義の勝利だったとする発想が原動力として存在し、民主主義国同士は戦争をしないとする二項関係に注目した民主主義平和論に再構築されたのである。
 この思想はクリントン政権によって外交方針に採り入れられ、独裁国家の民主政体への移行がアメリカによって図られることとなった。この新しい民主主義平和論は、民主化と市場経済化を推進するレジーム構築によって平和と繁栄を実現するネオリベラル制度主義に組み込まれて、アメリカの現在に至る戦略を形作っている。


 しかしネオリベラル制度主義は、逆に平和と繁栄を損なっている現実がある。つまり民主化への移行が図られている国で、却って紛争が激化しているのだ。それまで強権的に諸勢力を抑えていた体制が崩れ、選挙が実施されて民主化が志向され始めた「半民主主義国家」こそが、戦争を志向するとスナイダーとマンスフィールドは指摘している。実際、選挙後にボスニア、ルワンダ、アンゴラ、スーダンで分裂と紛争が激化している。
 そしてネオリベラル制度主義が民主化と同時に進めている市場経済化が、ナショナリズムを激化させ、戦争志向性を増大させている。つまり、市場化によって生まれた新興実業家層はより一層の体制転換を進めて利益を確保する為に、旧支配層も復権の為に、ナショナリズムを利用して民衆の不満を煽るのである。ナショナリズムの激化の結果、マイノリティへの迫害や国外への膨張を押し進めるのである。市場経済を導入した旧第二世界に於ける、カフカースやアルメニア、旧ユーゴスラヴィアの内戦がこのことを示している。
 さらには第一次・第二次の湾岸戦争で見られるように、ネオリベラル制度主義を実践するアメリカ自身が戦争を引き起こしていることも、民主主義平和論の陥穽を顕わにしている。両湾岸戦争は、先進国によって運営されるネオリベラルなレジームに反する独裁国家を支配し、このレジームによって石油権益を分配することを狙って起こされた。その背景には、石油業界や軍需業界などの自己の利益を追求する圧力団体の存在が指摘できる。つまり民主主義国家だからこそ、アメリカは自己の利益追求の為に戦争を起こしているのである。


 これらのことから、民主主義国家同士は覇権国のレジームに参加している限りは互いに戦争をしないかもしれないが、民主政体はレジームの利益に反する国家への戦争を抑止する機能を持っていないこと、そして強権国家の民主化が却って戦争をもたらす可能性があることが指摘される。ここに、民主主義平和論の限界がある。


参考文献
進藤栄一 「現代国際関係学―歴史・思想・理論」 有斐閣 2001年


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