last up date 2005.06.25


冷戦期権力政治論の構図(れいせんきけんりょくせいじろんのこうず)
 冷戦期の権力政治論は、相反する権力構造を持つ2つの陣営が、伝統的なバランスオブパワーとそれを発展させた核抑止に基づいて戦争を防止する、極めてリアリズム論的な構図を示していた。この構図の根底にはいかなる理論があったのか。


 まず最初に、この構図がヒューマンアナロジーを起点としていることから指摘する。ヒューマンアナロジーとは、主権国家を人間になぞらえて国際社会を認識しようとする方法である。ここに於ける人間はホッブズが述べるところの互いに闘争する存在であり、主権国家もまた本質的に闘争するものと見なされる。
 人間と主権国家に共通性を見出すヒューマンアナロジーは、人間社会と国際社会との差違を強調する。ホッブズ的人間と同様に、闘争するものであるが故に主権国家は自己の生存に最高の価値を置く。しかし国際社会は国内社会と異なり、普遍的な道義や統一的な権力機構を持たない。つまり人間が自己の安全を国家に依存するように、主権国家が自己の生存を何かに依存することは出来ない。その為、主権国家は自らの生存の為に軍事力の増強を図り、主権国家同士がバランスオブパワーを保っていてこそ平和は保たれる。力の空白や不均衡が、戦争を招く。このようにヒューマンアナロジーは、武力を基軸にして国際関係を観て、バランスオブパワーを重視する発想であると言える。


 この認識を礎にして、諸国家は相反する権力構造を持つ2つの陣営に分かたれるとする、権力政治論が展開される。この権力政治論に於いて諸国家は、現状維持勢力と現状破壊勢力の2つに分けられる。この区分の基準となるのは、国内権力の集中ないし分散の度合いに依る。権力が国内で分散され、権力同士が抑制と均衡を保っている国家は現状維持勢力となる。一方、権力が単一の個人ないし集団に独占されている国家は、現状破壊勢力となる。この区分は冷戦期に於いてはソ連・中国などの社会主義陣営を現状破壊勢力とし、こうした現状破壊勢力の動向に対してバランスオブパワーを実現・維持することこそが、現状維持勢力を自認する西側の冷戦期外交の基軸であった。
 そして核兵器の登場が、国家は武力を基軸にして自己の生存を追求してバランスオブパワーが生存を約束するというリアリズム論を、一層強化させる。一度核攻撃を受ければ国土は灰燼に帰し、相互に核兵器を撃ち合えば地球そのものが壊滅しかねない核時代に於いては、事前の核戦争抑止が最重視された。その方法はバランスオブパワーを発達させたものであり、相手が核兵器を使えば自身も核兵器によって壊滅する状況を作り出し、核兵器を使えない心理的状況を作り出すことである。具体的には、核攻撃を受けた後に反撃する「第二撃能力」の保持。あるいは、「第二撃能力」の発達によって、核戦争になれば双方が壊滅する「相互確証破壊」状態の現出などが挙げられる。


 一方、敵核戦力の無効化を狙って、核ミサイルを迎撃する弾道弾迎撃ミサイル(ABM)の開発や、大気圏外で核ミサイルを撃破する戦略防衛構想(SDI)が進められた。しかしこうした防衛策は相互抑止状態を崩し、却って核戦争の危機を高めるものとして批判が為され、後者は実用化に至らなかったが、実戦配備されていた前者は条約によって規制された。
 このように冷戦期は、対立する2陣営が相互に壊滅する恐怖を持つことによって核戦争が抑止されるという、バランスオブパワーの究極形態とも言える構図の中にあり、この状態の維持に軍事的・外交的コストの多くが注ぎ込まれたのである。


参考文献
進藤栄一 「現代国際関係学―歴史・思想・理論」 有斐閣 2001年


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