last up date 2005.06.25
ルソーの政治思想の現代的意味(るそーのせいじしそうのげんだいてきいみ)
ルソーは、人間は本来善良なものであり悪徳は社会制度によってもたらされるとして、それを打破する為に平等主義・民主主義を主張した。しかしその主張には、現代の全体主義に通底する面がある。
ルソーは人為的諸制度のない自然状態を、人々の自己愛と憐憫によるユートピアとして見たが、それは文明によって失われたとした。文明が不正な諸制度を生みだし、政治社会は人間を奴隷状態に貶めているのである。これに対して人間性を失わずに政治社会を構築する方法として、ルソーは市民的自由を掲げた。つまり人々が全員一致して自己の身体と能力を社会に譲渡して、自己を人民全体の中の一部として政治参加することを説いたのである。
この思想は現代の大衆社会に於ける、疎外の問題に通じる。産業資本主義の発達によって、工業が農業人口を吸い上げて都市化が進む中で、村落共同体などのゲマインシャフトは崩壊し、人々は孤立した個々人に分解された。そして社会の産業化と官僚化は分業を急速に進め、労働には代替可能な部分的人間としての労働者しか必要とされなくなった。つまり、帰属意識の持てないゲゼルシャフトの中で人間性が必要とされない状態に、人々は疎外を覚えている。この疎外こそが、ルソーの言う文明による人間の奴隷化に当てはまる。
疎外を打破する欲求が、全体主義を生んだ。フロムが「自由からの逃走」と称したように、疎外された人間は自己の人間性回復を求めて、強力なリーダーや政党に自己の判断を託して一体化を求める傾向がある。そうした心情を利用して、社会を変革するユートピア的なイデオロギーを用いて扇動し、独裁者が権力を掌握するのが全体主義である。
ルソーは人民の一般意思を政治に反映させることを阻害するという理由で政党や代議制を批判したが、人々が人民として一体化する志向こそが「自由からの逃走」である。また、一般意思の政治過程へのインプットは現実的には政党などの特定集団に託すしかなく、ルソーの求める人間性を保持した人民の政治参加は、独裁政党による全体主義の形態で現れる危険性があるのだ。実際、ロベスピエールの民衆独裁はルソーの人民主権論から着想を得ている。
ルソーの政治思想は、文明の発達が人間疎外をもたらすことを指摘した点に於いては極めて現代的であり、それと同時に、疎外を打破して自由を得る方法として人民の一体化を述べた点に於いては、大衆社会に於ける政治的自由の陥穽というやはり現代的な問題に陥っていると言える。
参考文献
「新訂版現代政治学事典」 ブレーン出版 1998年
「政治学事典」 弘文堂 2004年