約18時間、クズ映画上映会
2003年06月28〜29日(土〜日)


 なぜこんなことをしようという話になったのかはよく覚えていない。しかし大学時代の後輩PGO氏(仮名)との間で、クズ映画の上映会をしようという話が持ち上がった。会場は大きなテレビと広い部屋のある美津濃氏(仮名)宅。参加者は前述のPGO氏、美津濃氏の他、П氏(仮名)も呼びつけた。他にも声をかけたのだが人々の都合が付かず、去年の山梨旅行と同じメンバーとなった。


 さて、28日当日、美津濃氏宅にはまず私が最初に到着した。1700時頃だったと記憶している。秋葉原で新デジカメDiMAGE Xtを購入し、その足で訪れた。秋葉原を出る時、駅でこれから行く旨Cメールを打ったが、美津濃氏宅の最寄り駅に到着したときにはすでに携帯の電池が尽きていた。電源すら入らない。そこで私は公衆電話で、駅についてすぐにに到着することを美津濃氏に伝えた。美津濃氏宅の加入電話番号は、私が記憶している数少ない番号のひとつである。別に暗記した記憶もなく、短縮が発達した今、番号のボタンを押した記憶さえそうそうないのだが・・・。
 そして美津濃氏宅の敷居をまたいだ私は、まず真っ先に美津濃氏の充電器に、携帯電話A5303Hをセットした。同じ携帯電話を使っているので、充電器は共用できる。便利だ。そして買ってきたXtの充電器も早速コンセントに差し込む。









 それにしても、美津濃氏宅はどこを見ても二次元的だ。スキャナーにまでシールを貼るとは。
 立体造形物を見上げて、DiMAGE Xtの光学3倍ズームも試してみる。レンズがせり出さない小さいデジカメなのだが、確実にズームは利いているわい。





 やがてП氏も美津濃氏宅に現れ、それぞれ思い思いにパソコンを起動してゲームをしたり、薄い本を読んだり、メシを食ったりなどした。そして1800時にはもちろん「ガンダムSEED」を鑑賞。このときだけは3人が同じことをしていたと言える。


 そして2100時近くになって、ようやく所用を済ませたPGO氏がやってきた。
 彼もまた、美津濃氏宅に上がり込むと同時に、自分の携帯電話を美津濃氏の充電器にぶち込んだ。
 やはり同じ携帯電話を使っているというのは便利だ。




 そして、PGO氏は地元のレンタル店で、ビデオ・DVDを借りてきた。我々が事前に挙げた候補のなかから、レンタル店にあるものをPGO氏が自身の趣味も加味して借りてきたのだ。内容は次の通り。
「キラーコンドーム」
「さらばアフリカ」
「未来世紀ブラジル」
「ドーベルマン」
 そして、今回参加できなかった課長(仮名)から拝借してきた「ユナイテッドトラッシュ」を足して全部で5本。これは大変だ。2100時過ぎに上映を開始して、終わるのは朝方か?




 とりあえず、美津濃氏宅の近所にあるコンビニにて、食料・飲料水・エタノール飲料を購入。長期戦になるので、飲み物や食べ物は必須だ。私はウォッカも購入した。だけれどもこのウォッカ。どこにでも在庫があり、今回のコンビニにはこれしかなかったが、フィリッピン産のいかにもあやしげな品。見るからにうまくなさそうである。私の自宅にはロシア産の名ウォッカがあるのだが、持ってくるべきだったか。
 それでも購入したこのウォッカは、冷凍庫に放り込んだ。エタノールの凝固点はだいたい-118度。アルコール分40パーセント前後のウォッカは、家庭用冷凍庫程度の温度では決して凍らない。まずそうなウォッカでも、冷やしていきなり胃に放り込めば、それなりに飲めるだろう。





 以後、ネタバレについては一切関知しないで記述します。
 さて、さっそく上映を開始したのだが、まっさきに上映することになったのは「ユナイテッドトラッシュ」。これは総員一致で決まった。この、最も支離滅裂で理解不能なクソ映画は、体力と精神力が豊富な最初に観なければ、途中で必ずや寝てしまう。寝なくても、極めて耐え難い時間を過ごすこととなる。そう判断したからだ。
 この映画のナンセンス、低質なエログロ、意味不明な描写の数々に、参加者諸氏は誰もが閉口していた。特にシーンのひとつひとつに意味を見出そうとしていたPGO氏が真っ先に「これはダメだ!」と叫んだ。言うまでもないことだが、この映画に「意味」なんて見出そうとしてはならない。敢えてそれを行ったPGO氏は、この映画についてこう語った。「神学論争の類はいくら考えても結論が出ることはない。この映画はそうした考えることの無意味さを風刺しているのではないか」と。考えてもムダ。それが考えられる唯一の結論かも知れない。
 シーンが気持ち悪い、グロテスクということではなくて、観ることそのものが苦痛。こんなものみたことがない。というのは参加者共通の感想のようだ。



 次に見たのは「キラーコンドーム」。コンドーム型の化け物が、男の男根を食いちぎってしまう三文ホラーだ。これはあまりにもセンセーショナルな設定のために、わりと有名な映画である。だが、それ以上のことはあまり知られていない。あまりにもアホらしくて、わざわざ時間とカネを消耗して映画館やレンタルで観ようと思わないからだ。


 この映画はドイツ映画。舞台はニューヨーク。話される言葉はドイツ語(私以外の3人は多少なりともドイツ語に触れているのですぐにわかった)。そして主人公はイタリア系アメリカ国民。つまり移民。なかなかの無国籍ぶりである。まあ、日本で作られる映画・ドラマ・マンガ・アニメ・ゲームで、日本以外の土地に於いて、日本人でない人々が日本語を話して活動する代物なんかはザラにある。ドイツ映画で同じことをしたからと言って、それを責めることはできない。けどもまあ、ドイツ映画が、「アメリカ」「ニューヨーク」「オクラホマ」「イタリア移民」がどう捉えられているのか、というのは興味深かった。性格喜劇みたいに、なんかの権化みたいな人々が登場しがちなのは、やはり「外国」を描いた映画だからか。
 そして主人公はゲイの警官。登場人物も、ゲイの若い男娼や、主人公によってゲイの道に目覚めた元警官など、ゲイが多い。実はゲイ映画である。そしてゲイの日常として、ものを贈ったり、別れたりヨリを戻したり、まぐわったりと話は展開する。そういうケのない人間としては冗長というか、たんに好奇の目でしか見られないが、このへんはクソ映画ではなくてゲイにドラマとして一般的な部類に入るのかも。


 ホラーとしての展開。化け物の正体。それを探索して追いつめる主人公ら。名作として賞をもらうような代物ではないが、娯楽作品としてはちゃんと出来ている。そして中年の主人公がときどきつぶやくセリフ回しも決まっている。なんかに流用できそうだ。・・・まあつまり、無国籍ぶりと登場人物らがゲイであること、そして化け物が男根を食いちぎるということばかりが目にとまるが、これはフツーの映画であるわけだ。良くも悪しくも凡作と言って差し支えないだろう。つまらなくはない。だが、さして面白いとも言えない。面白くないとも言わないし、場面場面にはそこそこのおもしろさがあったが、我々が期待するようなクズ映画ではなかった。
 それにしてもコンドーム型の化け物・・・。性感染症や避妊の推進にケンカを売っているような映画でありましたわい。





 ここで小休止。コンビニに行って、カップラーメンや飲み物を購入。私も眠気防止に1リットルの緑茶を買い込んだ。
 そして美津濃氏宅に戻り、霜の降りた安ウォッカを冷凍庫から取り出して、ごく微量胃に叩き込んでみる。これはダメだ。ウォッカにしてはくさみがある。いつもやっているロシア産ウォッカを持ってくればよかった。とりあえず、トマトジュースにぶちこんでかき混ぜ、これでお茶を濁すことに。



 各自カップ麺などを作ったところで、上映を続ける。今度は「さらばアフリカ」。アフリカ独立のうねりを描いたドキュメンタリーだ。監督は残酷モノで有名なヤコペッティだ。これはPGO氏の趣味のチョイスだ。
 1960年代、宗主国への独立運動が高まりを見せるアフリカ。いくつかの国からは宗主国は撤退。独立国家が誕生する。しかしそこに住み続ける白人に対しては嫌がらせや略奪、虐殺が相次ぎ、また脆弱な政権は秩序を維持できない。何度も政権は転覆され、その混乱の中で現地民族同士の殺し合い、あるいは先住民によるアラブ人など移民への迫害・虐殺が行われる。野生動物の保護も有名無実となり、動物は大量虐殺される。そういう様を残酷描写を交えながら描くドキュメンタリーなのだが、これはやらせの王者・ヤコペッティ作品であることを忘れてはならない。


 南ベトナムに於ける僧侶の焼身自殺といった実際にあった出来事でさえも、捏造映像によってさも本物であるかのように語り、動物の悲劇も自分でシーンを捏造してしまう(つまり実際に殺して、勝手に物語を捏造する)。それがヤコペッティだ。今回の「さらばアフリカ」でも、明らかにやらせとわかるところはいくらもあった。しかしヤコペッティ作品で凄いのは、やらせで本当に人や動物を殺すところだ。わざと象やワニを殺させたり、わざと人を殺させたりする。内紛で捕虜を射殺するシーンは、おそらくはヤコペッティが「殺しても殺さなくてもどうでもいい人間」を傭兵に殺させたのではないか。そういう疑惑から裁判にまでなったほどだ。そして「これがアフリカの悲劇だ。なんという暴挙だ」と語る。すばらしい面の皮である。
 いくらやらせ映画でも、1960年代のアフリカの映像は我々には物珍しかった。現れては消えたアフリカの指導者の映像なんかは、なかなか観られるものではないし。そして1つ1つのシーンは作り物でも、そうした事象が実際にあったのではなかろうか、ということは十分に興味深かった。もちろんこれは「冷徹な記録映画」なんかではなく、「記録映画を模した劇映画」である。だけれども、我々にとってはなかなか興味深いことには変わりなかった。





 次は「未来世紀ブラジル」。アメリカ・イギリス合作映画のSF映画だ。いつ終わるいつ終わる、とビデオデッキのカウンターばかりが気になるようになってきたので、今度は時間を確認してから観ることに。本編が143分あるらしい。これは気が遠くなりそうだ。
 この「ブラジル」。私は高校時代に観たことがある。管理社会で虫がコンピューターに侵入し、エラーが発生した。そのために無実の人間が拷問の末殺されてしまう。そのトラブルを処理するのが役人である主人公だ。この主人公は、無認可暖房工なんかと知り合ううちに、管理社会を打破して自由を得ようと思うようになる。こう書くと、やや陳腐だがしごくまともなSF映画のように聞こえる。だが、そうでもないのだ。管理社会云々という以前に、主人公は異常者なのだ。


 自由へのメタファーとして、空を飛ぶ夢ばかりを観る主人公。これはまあよい。その夢にはいつも同じ女が登場する。その女を追い求めようとするが、灰色のゴミ溜めに落とされ、小汚い化け物や怪物に行く手を阻まれる。夢、しかも白昼夢としてもそんなものばかり観る主人公。この夢のシーンは冗長すぎる。時間を20パーセントに削るべきだ。この映画は143分もいらない。
 そして、ある日、偶然夢に出てきた女を目撃する主人公。彼女はお尋ね者だったのだが、彼は仕事を放り投げて女の車に乗り込んだばかりか、「君をずって夢でみていた」などと詰めより、車のフロントガラスに「I love you.」などと指でなぞる。異常者ストーカーである。あまつさえ、彼は女の車で無用なのに検問を突き破り、追ってきた警察官を殺してしまう。犯罪そのものである。さらには彼女への司直の追求を避けるために戸籍まで消してしまう。


 確かにおかしな社会であるし、様々な理不尽・不合理がある。管理部門が肥大化しすぎた社会にろくなことはない。だけれども、すべての問題を社会のせいにはできず、いきなり社会に反発した主人公を応援する気持ちにはなれない。なにせ主人公は異常者であり、彼がその後陥る状況の大半は彼自身の身から出た錆なのだから。まったく主人公に感情移入できない映画であった。
 そして冗長すぎる。夢のシーンをはじめ、シーン展開が停止しており、そして何かを意味しているとも思いがたいのにもかかわらず、時間ばかりかけるシーンが多すぎ。せめて120分。できれば97分ぐらいにまとめれば、それなりに観られる映画にはなったかもしれない。あくまでいびつな社会で、もっとおかしな主人公が奇行をするシュール映画として。


 なんにせよ、そろそろ疲れがたまってきました。酒を飲んだせいか、眠くなってきたわい。

 



 そしてラストは「ドーベルマン」。これは有名なフランス映画で、登場人物が異常者であるというだけで、映画としての出来は今回用意した他の4本とは比べものにならない。すばらしくスタイリッシュで、カネのかかった特殊効果撮影でもって、かっこよく映像を見せる。
 これもまた、今回の上映会にふさわしい異常者が登場したが、映画としての出来はすばらしすぎた。これは「トランスムービー」などと銘打たれているが、「ユナイテッド・トラッシュ」もまた、そのように呼ばれることがある一緒にしたらまずいというか、一緒にはできないでしょう。やはり区別するため、「ユナイテッド・トラッシュ」は「トラッシュムービー」と呼ぶべきか。
 このころ、美津濃氏が真っ先にくたばり、イスで眠ってしまった。




 さて上映すべて映画はすべて上映し、夜も明けた。さすがに横になれば、すぐさま眠ることができそうだ。 
 朝飯を買い込み、日曜朝っぱらのアニメを観て、起きてきた美津濃氏は「ファーストKissストーリー」のDVDなんぞをかける。アニメでダメ作品を探せばきりがないので今回は除外したが、これもまたかなり意味不明なダメ作品である。ヒロインは思いを寄せる男が別の人間と口を利いたり、笑ったり、社交辞令を言ったりしただけで絶望する。なんも出来ん!さらには、すべての言動が性的な示唆に思えてくるのは、我々の脳がおかしいのか。あらゆるシーンで、次の瞬間18禁になってもおかしくないような。まあ、よくある粗製濫造もののOVAでした。


 さて、そろそろ解散か。と思ったが、PGO氏は24時間営業のレンタル屋に出向いて、また映画を借りてこようと提案。私は即時賛同。寝ぼけている美津濃氏とП氏はかなり露骨にいやがったが、私とPGO氏とで断行。無理矢理レンタル店へと連行した。しかし私自身もすでに気が狂いかけており、反射的に美津濃氏宅玄関にある特殊警棒に手をやり、あわてて元に位置に置き直した。今こんなものを持って外に出れば、必ずや振り回して何かをぶち壊すことであろうて。




 レンタル店には、思いの外クズ映画が大量にあった。「テロ2000年集中治療室」や「MOON44」、「幼女丸焼き事件」のような、前々から話に出ていたゴミ映画が山とある。どれを借りるか、何本かりるか。なかなか決まらなかったので、1人が1本ずつ持ち寄って4本借りることとした。
 私が選んだのは「チカチーロ」。英題「Citizen X」だ。
 PGO氏が選んだのは「風雲ストームライダーズ」
 П氏は「火山高」
 そして美津濃氏は「ラドン」を選んだ。



 後半の4本。すべての映画で起きていたのは私1人である。まあ私も座りながら一瞬意識が飛ぶことが数度あったが。
 まず上映したのは「ストームライダーズ」。香港アクションにCGをプラスした代物らしいが、派手なわりには何が行われているのかよくわからん。CGの使い方を間違ったらこうなるということか。ストーリーはあってないような。歌が冗長なこと、ヒロインが電波なこと、セット委がよくわからんことがクズ映画たる条件に合致。PGO氏によればテレビシリーズの総集編とのことだが、いにしえのテレビアニメの劇場版みたいなことを・・・。冗長な割には話がよく飛ぶし、設定もよくわからんと思っていたら、そういうことですか。
 正直なところ、今回観た映画全体を通して、もっともつまらなかった。さすがPGO氏。よい駄作を知っておられる。



 次は「チカチーロ」。私が大学1年のときに流行った(流行らせた)映画だ。ロシアに実在した連続殺人鬼を描く。といっても、グロテスクな表現は一切なく、ソ連/ロシアの捜査官が体制の妨害や猟奇犯罪への経験のなさに苦労しながら、犯人をつきとめ追いつめるといった警察モノだ。もっともソ連/ロシアに「警察」などないが。「民警」と「警察」とは違う。
 犯人が少年少女を性的な目的でさらい、自分の興奮のためにひどく惨殺する・・・というのは関心を呼ぶストーリーだ。だけれども、それ以外はちゃんとしてサスペンスとして展開していった。わるくない。我々が観るべき見所としては、犯人の変態性の他、アメリカによるソ連/ロシアへの勝利宣言である。


 これはアメリカ映画である。アメリカがソ連/ロシアに於ける事件を描いた代物で、英語が話される。外国人によって別の国が描かれた映画は、どうしても極端なステレオタイプ、憧憬や蔑視といった感情、そして無知が見え隠れする。これは冷戦終結宣言からわずか数年で作られた映画なので、ソ連/ロシア蔑視がかなり露骨である。
 人々の多くはボロキレを身に纏い、出てくる建物はどれも古ぼけ、漆喰は剥げてレンガが露出している。ベンチはペンキが剥げ、線路は赤さび、よくわからないゴミがここそこに積まれている。多分ロケ地はアメリカ北部かカナダだと思うけど、よくもまあこんなにボロを集めたものだ。駅というのはソ連が美化に極めて力を入れた施設である。もう冗談としか思えない駅であった。そしてロシア文字は、「ド田舎の小さな駅」と称する掘っ建て小屋に駅名が書かれていたことと、ケチな出店で「ビール」「カフェテリア」などと書かれていただけである。現地ロケではない、ということである。
 そしてチカチーロは自動拳銃のマカロフで射殺された。しかし処刑シーンでは、なんとグロック17が使われているではないか。しかも処刑室はどこの岩窟か。ロシアの刑務所や処刑場を「陰気な場所」として見せたいのはわかるが、これはなかろうて。
 いや見所満載であった。



 3本目は韓国映画の「火山高」。借りてくるまでこれが韓国映画だとはまったく気づかなかった。
 これもまた、最新CG技術とやらを駆使したアクションである。しかしねえ、CGを使ってハリウッドばりのアクションおっぱじめたいのはわかるが、「ストームライダーズ」同様何にやっているのか、何が起きているのかがよくわからないのがなんとも。爽快感もなければ、観ている方が痛くなるような暴力性もなく、興奮も感心もない。冗長なだけである。
 そしてストーリーや設定はあってないようなもの。それはどうでもいいが、肩触れただけで人殺しそうな面した主人公が、固く自戒を守って暴力を避け、冷静な判断を心がけるのは以外であった。
 まあ、二度観ることはない類の映画である。もちろんいい映画ではないが、駄作としての見所もない。



 ラストはいよいよ「ラドン」。これは東宝ではじめて総天然色で撮られた怪獣モノで、海外にも輸出された代物。別に駄作ではない。ただ、撮影年が1956年と古いことが見所なのである。しかも美津濃氏の郷里九州が舞台なのがいいらしい。
 いきなり炭鉱労働者がケンカをおっぱじめる(「くもすけ映画だ」と誰かが言ったような・・・)。炭坑で死んだ抗夫はいきなり学校の教室みたいなところで洗われ、さらに衛生もクソもないような手術台に載せられる。子沢山で誰もが割烹着を着たババァ連中は、ここそこで騒ぎ立てる。電話は交換式。警官はすぐに発砲。自衛隊(一瞬保安隊かと疑った。自衛隊発足から2年ぐらいしか立っていないはず)は、炭坑の中でM1919重機関銃や対戦車ロケットを使う。粉塵爆発というコトバを知らないのか。そして、抗夫、自衛官、警官、学者、新聞記者などよくわからない人々がとにかく大人数で移動し、何かある度に何人か逃げ遅れて死ぬ。いや滑稽だ。
 当時は自衛隊虎の子の新鋭戦闘機F86も登場するし、米軍供与の戦車、そしてよくわからない自走ロケット弾発射機や地対地ミサイルも登場。決戦は福岡で行われ、福岡は灰燼に帰する。後に廃止される黒人のカルピスマークが描かれた看板が戦車に踏みにじられ、ボロ屋は吹き飛ぶ。すばらしい出来である。特撮技術は今の目で見ると高度ではない。しかし、「ラドン」はなかなか楽しめたわい。あからさまにミニチュアでみ観る者を楽しませる技術というものを心得ている。
 そして、東京にせよ福岡にせよ、当時は高い建物がまるでなく、東京の国会議事堂周辺でさえも緑がちらほらと見える様には驚いた。これはまあ、時代への珍しさが先に立った映画となった。


 ただ、怪獣発生の原因はすべて「原水爆」で片づけらる。そして、ウルトラマンもスーパーXもいないのにどうやって怪獣を片づけるのかと思ったら、ただ単に火山と帰巣本能で片が付く。ラドンは帰巣本能によって阿蘇に戻るが、そこに自衛隊が総攻撃をしかけて火山を活性化させる。噴火を始めた阿蘇の溶岩に自ら飛び込むラドン。一度は飛び立ったものの、また溶岩流の中に戻り、今度こそ本格的に燃焼する。「原水爆」ではじまり、「火山」でおわる。なんとも安直に思えるが、これもまた時代性というものなのだろうか。



 さて、ようやく全映画を終えたとき、外は暗くなっていた。
 とりあえず夕飯だけ一緒に食って、駅前で解散することとした。
 健康に悪い行事をしたあとは、やはり健康に悪いものを食おう。そういうコンセプトでマクドナルドへと出撃。
 足下はおぼつかず、もはやまっすぐ歩くことさえも困難であった。
 マクドでは誰もが味の濃いものを頼んだ。そうでないと味がしなかった。疲れた身体は塩分を欲するということか。
 食い終えてから、さすがに意識が落ちそうだったので早々に解散。
 翌日は月曜。明らかに明日に影響を残しそうな体調である。
 こんなことは、当分することはないだろう。



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