宇宙食なフリーズドライ食品
2005年04月21日(木)


 私は子供の頃宇宙に関する本が好きで、適うわけがないと思いつつも、「宇宙に行けたらいい」「スペースシャトルに乗りたい」と思ったりしていた。小学校のとき、個人作成の壁新聞に「将来の夢:宇宙の飛行士」と書いた記憶もある。この壁新聞は、作文の部分だけ抜粋して先生が文集にしたのだが、私は「うちのおかあさん」とかありきたりな作文を書いたのにもかかわらず、先生が何を勘違いしたのか作文の後ろに1行(将来の夢、宇宙飛行士)と付け加えられて、その不自然さになんとも恥ずかしい思いをした記憶がある。
 それはともかく私にとっては宇宙飛行は、強い憧憬を覚える行為だった。しかもそれが後の時期に考えるようになった「科学者」や「作家」なる夢なんぞよりも、遥かに実現性が低いのは子供にもわかることだった。そして、宇宙飛行士が宇宙で口にする宇宙食を食べることも、私にとってはとても適いそうにないことだった。だからヒューストンへ出張に行った父が持ち帰った土産の宇宙食に、私はどれだけ驚喜したことだろうか。


 それからおよそ20年。子供の頃は、周囲の大人は「将来大学は理学部か工学部に行くのではないか」と当然のように思っていた。名門大の理学部にでも入ってそこから院へ進んでいれば、専攻次第では宇宙飛行士は無理でも宇宙事業に関わることぐらいは出来たかもしれない。しかし私の宇宙への探求心も宇宙開発への憧憬もいつの間にか薄れていた。そして選んだ学部は法学部。高校1年次の最初の進路調査で既に、社会科学の学部を受けることを表明していた。いつからこうなったのかはわからないだけれども、もはや宇宙は「将来に対しての目標」どころか趣味でさえなくなっていた。「ホーキング、宇宙を語る」で中学の読書感想文の最終選考に残ったことを覚えているが、それ以降宇宙に関する本を買った記憶がない。もしあるとすれば、SDI計画についての本ぐらいだろう。


 かくして宇宙に対してそう思うことも少なくなった私だが、先日ちょいと思い立って、「宇宙食」という単語で検索をかけてみた。すると三井物産系の専門商社が、宇宙食を扱っているのを発見。物珍しさと、昔持っていた憧憬への懐かしさから、さっそくカード決済で注文をし、翌々日に到着した。まあもちろん、その昔夢見たジョグメイトのごとくチューブ型宇宙食でも、絵の具のパレットのごときプラスティック容器に盛られた毒々しい色彩の練り物でもない。現在では有り触れた技術であるフリーズドライで加工された食品である。 さて、届いた品々について観ていきたい。


 ただ、デジカメのデータが壊れていた為、「ミックスフルーツ」の画像はなく、「アイス」の画像も袋の裏しか残っていない。そのため、写真の数のバランスはわるいがご了承されたい。


・アイス


 アイスをフリーズドライ処理で乾燥させた「冷たくないアイス」。バニラとストロベリーがある。袋を開けると、薄い豆腐のような四角い物体が入っていた。ただし、輸送時に割れたのであろうか、注文した4つすべてがひび割れを起こしていた。ちょうどいい大きさに割れた欠片を1つずつ口に放り込んだのだが、なかなか濃密な味ですな。アイスはただでさえ乳脂肪分の高い食品だが、水分を飛ばして圧縮されているのだから濃密なのもうなずける。ミルク味の飴よりも柔らかく、口の中で少しずつ溶けていった。今回注文したものの中では、一番美味かったかもしれない。ただし、割れて粉が出るようで、本当に無重力状態の宇宙に持っていけるのかどうかは、けっこう疑問。もっとも市販されているものと本当に宇宙食として使われるものとでは、差違があるのかもしれんが。
 ちなみに、私の父がヒューストンの土産物屋で買ってきたのは、おそらくこれと同一の品である。そう思うと懐かしかった。


・ミックスフルーツ
 マンゴー、ジャックフルーツ、パイナップル、マンゴスチンの4種の果物をフリーズドライ処理したもの。開けたときは、マンゴスチンのせいか、結構匂いがした。どことなく納豆に近いような、粘りけを感じる匂いであった。それはともかくとして、半生状態で売られているドライフルーツと違って、ここまで水分を飛ばされると、正直どれが何なのだかよくわからなかった。味もこれといって特徴がなかったような。これは匂いでフルーツと認識して楽しむものなのかもしれない。


・杏仁豆腐






 杏仁豆腐はかなり砕けていたが、本当は四角い形に製造されたのであろう。アイスと違って、密度は低いように感じられた。なぜならば、パイのような多層構造に見えるからだ。ナタデココは高温圧縮を繰り返すと繊維質だけが残るというが、杏仁豆腐は水分を飛ばすと層を成すのか・・・。
 味は、どことなく乳製品っぽい感じがした。あとは練り込まれた果物の味と糖が強かった気もする。このシリーズのほとんどの品に言えることだが、結構糖分が高いような気がする。


・大学いも




 これが一番粉っぽかった。宇宙船内で開けたら、地球帰還まで永久にイモと糖の微細な破片が、船内を飛びつつけることだろう。それはともかくとして、これはなかなかにイモだった。フルーツや杏仁豆腐は知らずに食べたら何だかよくわからないが、これは目隠しして鼻をつままれて食べても、イモと認識できる。これもまた糖が強いが、ちゃんと大学イモっぽい味に仕上がっている。粉末までも。食べすぎると甘くて飽きるが、これはこの中も美味い部類に入った。個人的な断定だが。


・エビグラタン




 これは1袋に2個入っている。予想より量が少なかった。中身はちゃんとエビも乗っているし、グラタンの高カロリーな味がそのまま保存されている。量の少なさはともかくとして、保存食・非常食としてこの高カロリーな味わいは心強い。ただし、圧縮しているだけあって油が少々強く、一気に何個も食べると胃にもたれるかも。


・たこやき






 量に一番驚いたのがこれ。1袋に4個しか入っていない。だけれどもちゃんとたこ焼きで、中にはタコが潜んでいる。たこ焼きをフリーズドライするにはかなり研究したのではなかろうか。ただし味は、たこ焼き味のスナック菓子に近い。

・もち




 この中では、唯一そのままでは食べられない品。いや、そのままでも食えるだろうけど。そして毛利衛宇宙飛行士によって、本当に宇宙へ持って行かれたことが確認されている品でもある。ただしきなこは飛び散るので、ただ水に漬けてプレーンなまま食べたというが。




 モチを皿に移して、トレイのモチが入っていた場所に水を張る。
 わかりにくいが、左側には水が入っている。




 そこにモチを漬けると、数秒で水を吸う。思いっきり乾燥している為か、復元技術の賜物か、トレイに張った水は目に見えて減っていく。多すぎるかな、というぐらい水を張ったのだが、全部食べるには水が足りなかった。




 数秒で飽和状態まで水を吸ったモチを、付属の楊枝できなこにつけて食べる。きなこには最初から砂糖が混ぜてある。ただし、これも甘すぎるように感じられた。まあ非常食としてはこれぐらい甘い方がいいのかもしれないが。



 上述の通り、 「冷たくないフリーズドライしたアイス」は、21年か22年前にヒューストンへ出張して来た父がアメリカ土産に買ってきたことがあるような気がする。当時としては、とても珍しいものだった。今だって、技術的にはすでにたいしたものではないけれども、「フリーズドライ加工したアイス」そのものはスーパーで売っているわけではない。ましてや「宇宙食に使われている」という付加価値をも買うには、スーパーではなくヒューストンの展示館、あるいは航空軍事の専門商社から買うしかない。それがネットですぐ買えるとは便利な時代になったものだ。けれどもこれは、珍しいものでもすぐに陳腐化してしまいやすい時代ということなのかもしれない。親父がアメリカから子供たちのために持って帰ってきたときの宇宙アイスと、私がネットで買った代物とは、多分同一の製品だ。けれども、感激が違うことは否めない。
 ちなみにどこかの科学館では、抽選で子供たちに宇宙食を提供しているそうだ。その科学館の写真を見たら私の手元にある商品とまったく同一のものだった。まあ子供たちにとっては、科学館で抽選に一喜一憂しながら口にしたら、「宇宙食」は特別な思いでとして記憶に残るかもしれない。少なくとも、親がたまたまネットで「宇宙食」を見つけて気まぐれで注文し、ある日突然「ほら、宇宙食だ」と言って与えるのでは、「単なる風変わりな食い物」で終わってしまう。
 だけれども、私のような暇人がある日突然思い立って風変わりなものを購入し、日常にちょっとばかり変化をつけられるという意味においては、ネット社会は便利ではあります。なにはともあれ、面白い食べ物でありました。私は3日連続でこれらの品々を朝メシにしたのだが、思いの外ボリュームがあって驚いた。乾燥しているから胃の中で膨れるのだろう。そういう点では単純な非常食にも使えるね。味の面では、もう1度ぜひ食べたいと思うのはアイス。近くで売っていたら再び買うのはイモとモチとグラタン。他のものはあんまり印象に残っていない。


 それからこれを書くのは蛇足だが、上記の品々の中で、実際に宇宙へ持って行かれたことを確認したのは、アイスとモチだけである。他の品は確認したわけではないが(持って行ったことを確認するより、持って行かれなかったと確認する方が難しい)、多分「宇宙食に使われているフリーズドライ技術」で加工されただけの品である。だけれども、それ自体は大切なことではない。要は気分の問題なのだ。市販のレトルト製品がそのままスペースシャトル用の宇宙食にも採用される時代。これらの品々は、これからのフライトで採用されるかもしれないし、されても不思議ではない。そう思うだけで十分なのである。
 そう思えば、ジョグメイトだってマーキュリー計画の宇宙食と大して違いはないだろう。技術的にはジョグメイトの方が明らかに高い。だから、「2001年宇宙の旅」のごとき宇宙食も、商品化されれば売れると思うのだがねえ・・・。「宇宙食」を買う人間は興味本位で、商品そのものというより商品に伴うイメージを主に買っているのだから、ステレオタイプな「宇宙食」を製造販売するのは商売になってもおかしくはないのだが。


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