久々に長めの帰省
2006年08月18〜30日(金〜水)


 今回は、12日という長めの帰省をすることとなった。18日と30日の便しかマイレージで航空券が取れなかったという事情もあるが、学部時代にはゼミ合宿や武道部の合宿で、スケジュールに穴が空いた。さらには東京に残る仲間連中とアホをするべく、意図的に帰省を短くしたり、あるいは帰らなかったりもしたものだ。勤めてからはもちろん、長い休みなど存在せず、その休みは学部時代の連中との旅行に使った。それを考えれば、久々の長い帰省である。
 と言っても、釧路には高校時代の連中はほとんどいないので誰とも会う予定はないけれども。学部時代でさえ、夏は各々の時間が合わずになかなか集まれなかったものだ。







 羽田空港からエアバスで帰省。
 帰省シーズンをやや外しているので、満席ではなかった。
 私は前々からネット予約で座席まで取っている。それは(普通席の)前から2番目の通路側である。2番目なのは、1番前の席だと荷物を足下に置けないから。私は、到着してからベルトコンベアを待ち続けるのを避けるため、極力荷物を預けず機内へ持ち込む。その際は、頭上の荷物入れよりも足下に置いた方が何かと便利。その為2番目にしている。そして到着時は、前から2番目通路側という立地は、すぐに手荷物を持って機からまっさきに出ることを可能にする。預け荷物がないので、そのまま空港から出られる。この快感を覚えたら、もう預け荷物なんか出来ませんし、後の席の真ん中などに座れません。




 帰省した何日目かに、厚岸の「コンキリエ」にメシを食いに行った。
 さすがに霧が深い。




 「コンキリエ」の牡蠣重である。
 宣伝するわけではないが、量もほどよく、なかなか旨かった。




 こんなところにも非常時に開放される自販機が。
 映画ではイスを窓に叩き込んで商品を調達するのだが、実際には強化プラスティックの強度は鉄よりも高い。そういう略奪は難しいことであろう。




 自衛官も「コンキリエ」にメシを食いにきたのだろうか、73式小型トラックが。




 そして地元の海産物を扱っている漁協直売所で買い物を。




 ここにもパジェロベースの73式小型トラックが。
 直売所では、若い下士官がしこたまパックの加工魚を買っていた。部隊のメシなのか、それとも余所からきている下士官が原隊への土産に持ち帰るのか。厚岸は案外陸自が多いかもしれない。




 またある日は家族で茅沼温泉へ。




 風呂に入ったら、やはりフルーツ牛乳である。




 ここの施設で買われているのか、にゃんこが数匹見られた。
 ある程度近づけたが、触ることは出来なかった。
 まあ猫は多少警戒心があった方がいい。




 ちなみに帰り、突然道路が真っ白な煙で覆われた。この写真は露光過多ではなく、白煙で視界がわるくなっているの図だ。事故でもあったのか、火事なのか。なんにせよ、前方から順々に車が速度を落とし、そして停止した。私の乗った車も止まった。しかし何を思ったのか、その刹那、我々の真後ろの軽自動車が突然反対車線に飛び出して、凄いスピードで煙の中に突っ込んだ。


 いやはや、何を勘違いしたんでしょうかね。目の前の車が何台も停車したのは、便所かコーヒーでも買う為に止まったとでも?それにこの数メートル先も見えない白煙。異常事態だというのはわかるだろう。異常事態であろうとなかろうと、この視界不良の中、対向車線に突っ込んで、対向車が来たらどうするつもりだ。対向車が来ても直前まで見えはすまい。まったくもって理解に苦しむ。どんなに急いでいたのかは知らないが、対向車や事故車と衝突したり、あるいは行く手を阻まれて立ち往生したりと、却って悪くなる可能性が高いのに。


 しばらくしたから車列は動き出したが、この白煙の原因はトラックの火災だった。過積載のオンボロトラックがエンジンから火を噴いたらしい。軽自動車は運良く事故にも遭わなかったようで、すぐに追いついたが、中年女が乗っていた。このババア、何を考えているのやら。まったく。だから田舎はイヤだ(強引゜に田舎への悪意とステレオタイプで締める)。


 実家にはもう猫はいない。最後の猫、サーシャは1月に出ていったきり帰ってこない。おそらくは交通事故に遭ったのだろう。我が家の歴代の猫は、概ね畳の上で死んでいるので、珍しいやりきれない事例である。なんにせよ猫はいない。




 だからベランダの手すりに米粒を撒いたらスズメがやってくるようになった。もちもちそこそこの面積の庭があるので、木の実や草の芽、虫を食う為に小鳥はやってきていた。




 それが毎日3羽の親子スズメがやってくるようになった。




 何故親子とわかったかというと、母鳥が米粒をくわえては他の2羽の口に入れているからである。子スズメたちも、すでに自分で米をつついて食っているというのに。母スズメは自分の腹にはほとんど入るまい。サーシャとその兄弟猫どんと、その母ミルとの関係を彷彿させる風景だ。


 どんとサーシャはすでにキャットフードを食えるようになってもしばらくはミルの母乳をも吸い、さらにはミルがエサを食べようとすると威嚇音を出してくわせまいとしたものだった。それを見かねた私の母が、ミル1匹のときにこっそりエサをやっていたが、気配を察したどんとサーシャもすぐに駆けてきたという。母は大変だ。


 まあ、サーシャがいる時期だったら、このスズメたちもすぐにサーシャに食われてしまったろう。猫がいないからこそ、米を撒ける。しかし猫のいない実家は火が消えたようだ。28年間こういう時期はなかったのに。




 そして30日。何一つ生産的なことをせず、帰省の日程を終えた。まあ帰省とはこんなものなのかもしれない。


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