last up date 2003.02.09
道東自動車道を巡る、議論以前のステレオタイプ
序文 「キツネと熊しか使わない道路」
1.「利用者数」の迷妄
2.「北海道の道路は高速と同じ」
3.道路空白地帯
結論 もう一度、考え直すために
序文 「キツネと熊しか使わない道路」
テレビ等で「公共事業のムダを検証する」のごとき番組が組まれた際、ほとんど必ず登場するのが北海道東部と札幌とをつなぐ予定の高速道路、道東自動車道だ。この道路は「利用者がほとんどいない」からムダとされ、さらには建設を強く推進した代議士が別件の収賄容疑で逮捕されたことも相まって、評価はすこぶるよくない。
しかし、利用者が少ないことを称して「誰も使わないからムダだ」との評価は適切なのか。このような評価は、至るところで耳にする。それだけで、この道路に関する全てを言い切った気になってしまう人も少なくない。さらには、「キツネと熊しか使わない」なる侮蔑的なコトバもまかり通り、「どうせ北海道の道路は高速道路と同じなんだから、そんなものは要らないだろう」との物言いまでもがまかり通る。こうした、あまりにもずさんなステレオタイプがテレビや新聞にまで溢れる始末である。
果たして、こうした人々の物言いにどれほどの妥当性があるのだろうか。その妥当性を検証していくとともに、人々がいかに実際的な考えなしに、この道路について語った気になっており、それが北海道東部にとってどれほどのデメリットになっているかを紹介する。
1.「利用者数」の迷妄
まず、「誰も使わない」との文言。評論家から個人の床屋談義に至るまで、この道路を称して「熊と狐しか通らない」などという侮蔑的な言いようまでが公然と為されている。そしてメディアには、「何時間に何台しか通らない」という統計が引っ張り出される。例えば北海道の別の高速道路・札樽道と一般道との利用比率は次のようになる(UHB・北海道文化放送調べ)。夏場は一般道61:高速道36、冬場は一般道53:高速道47。しかし一方で、道東自動車道は、夏場で一般道95:高速道5、冬場も一般道94:高速道6。道東道を誰も使わないという判断は、妥当なように聞こえる。だが、道東自動車道は繋がっていない道路であるということを忘れてはならない。
道路は、最低二箇所の場所を繋ぐために存在する。しかし、道東自動車道は建設途中であるため、人口10万以上の都市は帯広1市しか通っていない。他は、人口密度が極めて低い酪農の町村にしか通っていないのである。この道路は、札幌と道東を繋げてはじめて意味のある道路になる。未だに帯広とその周辺部の農地にしか通っていない道路を称して、「熊と狐しか走らないような道路だ。こんなものに、これ以上カネかけるのはムダだ」と称するのは、北海道への不当な蔑視をも含んだ非合理な発想だ。
札幌と帯広とをつなげて、そして釧路にまで1本の高速道路が通ったら。北海道のあらゆる産業の在り方が確実に変化する。農業・漁業・食品加工業はもちろん、その他の工業・商業すべての原料・製品の流通が変わる。そして北海道観光の在り方にも大きな変化を及ぼすことは確実である。こうした経済効果に対する現実的な検証なしに、未完成の道路を称して誰も使っていないからムダ、これ以上作る必要はないとして思考停止するのは粗末としか言いようがない。道路は、繋げて初めて交通が生じるものである。必ずしも交通があるから道路を作るのではない。そして道路が整備されないからこそ、産業は振興せず、過疎は進む。せめて経済効果の試算ぐらいしてから批判して欲しいものだ。
2.「北海道の道路は高速と同じ」
次に、「北海道の道路は高速道路と同じ」だから、高速道路は要らないという発想。こうした発言には、北海道の道路は道幅が広く、誰もが法定速度をかなりオーバーして走るという前提がある。これもひどい北海道蔑視的な発想である。
確かに北海道に於ける一般道の平均速度は、道外のそれをかなり上回る。しかし、だからこそ交通事故も全国最多である。道が広く、交通量は少なく、市街地も少ないからと言って、いつでもどこでも80km/hも100km/hも出していいわけはない。あくまで一般道なのだから、どんなに小さくとも道路沿いに民家の集落はある。学校もある。もちろん交差点もある。そんな道路を猛スピードで走ってよいわけはない。高速道路と違って子供は飛び出るし、老人も道を渡る。脇から他の自動車が出てくることもある。こんな道路を猛スピードで走るのは極めて危険である。
さらに言えば、実際の平均速度がどうあれ法定速度をオーバーして走るのは当然違法である。「誰もが速く走っているから」と周囲の平均速度で走っていても、警察は容赦なく捕まえる。単純にスピード違反によってドライバー個人が受ける罰金や減点も大きな痛手だが、運送会社にとってスピード違反はより深刻な問題である。もし運送会社が組織的・恒常的に違法運転を行えば、業務停止などの行政処分を受けかねず、さらには依頼者による取引停止や代金不払いの口実にもされかねない。プロドライバー個々人にとってもスピード違反で検挙されることは、減給・始末書どころか懲戒解雇にさえ繋がりかねない大失態である。その為、多くの運送会社のトラックは、平均速度がどうあろうと法定速度を墨守している実態がある。
「北海道の道は高速道路と同じだから、高速道路は不要」などと称している人々は、子供や老人が飛び出すかも知れない道路を猛スピードで走り、運送会社は組織的に違法運転をドライバーに強要してもいいとでも言うのか。
また、北海道の一般道で法定速度が守られないのは、道路状況や現地民のモラルの問題もあるが、北海道が全国で例外的差別的なまでに高速道路の整備が遅れている側面があるのも、見逃してはならない。高速道路整備率は北海道以外の全国が64%、それに対して北海道は36%(国土交通省資料より)。日本に於ける人口20万クラスの都市で、高速道路が通っていないのは釧路と函館と鳥取の3市しかない。もちろん、全国に高速道路が整備されているからとして、とにかく北海道にも同水準を求めるのは非効率的な論理である。しかし北海道の現状を顧みることもなく、ただただ「どうせ高速みたいに走っているから本物の高速道路などいらないだろう」というバカにした発想は怒りを禁じえない。
ちなみに、北海道の道路に対して道外と同じく一律な速度制限をすることも合理的ではない。道路状況に合わせた速度制限がもし実現すれば、ドライバーはもう少し安心して走ることが出来るようにはなるだろう。しかし、高速道路のような巡航性が得られないことには変わりはない。
3.道路空白地帯
北海道東部が高速道路空白地域であるだけではなく、一般道さえも1本の国道に依存しているという現状もまた、あまり知られていない。札幌から大雪山系を越えて帯広に至り、そして釧路に向かう道路は国道38号線1本しか存在しない。道東の大動脈たる国道38号線は、道東の細い命綱である。小売卸売り商品から農業漁業の産品、工業の資材・原料、エネルギーに至るまで、あらゆるモノがこの1本の国道を通って札幌などの道央へ向かい、あるいは道央からやってくる。しかし日勝峠はボトルネックで、いつでも重量の重いトラックが大渋滞を引き起こしている。平地に於いても、国道38号線は過積載のトラックが激しく往来する為、アスファルトは歪み、表面は削れて、深いわだちになっている。それでも道東へ生活物資は届けられ、道東と道央との間をあらゆる物資や人が運ばれている。この1本の道路しか、道東100万人の人間とそれらの人々が作る産業を支える道路はない。その為、大規模な補修工事さえも難しい。この道路1本に100万人の労働と日々の糧が依存しているのは心許ない状態であり、効率も悪い。
いくら人口密度が少ない地域といえども、100万の人間が暮らし、一つ一つの市町村が道外の県に匹敵する面積を持つ北海道東部。そこに主要幹線道路が1本しかないのは異常なことである。もし事故や災害でこの道路が寸断されたときに、迂回路はほとんどない。あっても極めて遠回りになるか、あるいは乗用車ならば通行できても、トレーラーやタンクローリー、カーキャリーなどの大型車では通行が困難な細く未整備の道しかない。万一の際は、100万もの人々が、道路1本の寸断のために日常的な物流から孤立することになってしまう。さらに言えば、この道路は自衛隊車両の緊急展開にも、警察・消防の緊急出動にも用いられる。災害や大事故、有事の際に道路1本しかないのは極めて危険である。
もちろんこの問題を解決するためには、必ずしも高速道路を建設する必要はない。今北海道が計画を進めているように高規格道路の整備という形でもよいし、国道を並行して重複させてもよい。道外や道央に対して高速道路の整備が極端に遅れているからと言って、道東にも同じような高速道路を作れというのは財政面から適切なことではないかもしれない。しかし「道東に道路を作る」というだけで、ある衆議院議員の顔を連想しながらも「ムダ道路」なる発想しかしない人々は、あまりにも実情に無頓着であると言わざるを得ない。そして北海道、特に道東の低開発状態を知らずに、道路の建設と聞けば機械的に「我々の税金を田舎に投入してムダにしている」としか思わない内地の都市住民の無知と被害者意識には、怒りを禁じ得ない。
▲早くも10月には吹雪、積雪、路面凍結で過酷な条件になる日勝峠。
▲大型トラックの頻繁な行き来で出来た、深い轍(わだち)。
結論 もう一度、考え直すために
この道東自動車道は、全国の高速道路整備から大分遅れて着工された。地元の強い政治家がようやく実現にこぎつけたのだが、その方法は非効率的だった。「いつかは繋がるだろう」方式で、細切れにいきなり帯広を基点に東西に伸ばす方法では、利用はなかなか望めない。その未だ奇形的なスタートを切ったばかりの道路を見て、別件の収賄容疑で逮捕された件の代議士の所業だから悪と決め付け、今現在誰も通っていないからムダと決めつけるのは、極めて非合理的な発想である。まして、高速道路なる存在に纏わる放漫経営・非効率な拡大計画・天下り・不正入札といった漠然としたマイナスイメージのみによって、道路を作ることそのものをも否定するのも、実際の経済効果や格差是正の問題を見えにくくする。
北海道は道東を含めてほとんど道路が整備されておらず、細々とくたびれた一般道でどうにか流通を成り立たせている。ここに於いて、こんな道路しかない現状がどのような問題を引き起こしているか。新しい道路を作ればどういう経済効果が生まれるか。それはどういう方法でどこから資金を調達して、どんな体裁の道路を作るのが最も効率的か。これらを実際的に検証することこそが必要である。くだらないステレオタイプから離れて、「今はとりあえず道路があるからいい」などという停滞した発想をも一度疑って、本気で議論を進めていく必要があるのではなかろうか。