ast up date 2004.11.28

 渡露・在露経験のある知人・友人・親戚・教員から聞いた、ロシア話の集積場。
 もちろん、ロシアに渡り、ロシアに長く住んだからと言って、それでロシアないしロシア人を一刀両断できるわけはない。何年何十年住んでも、「ロシアでは」「ロシアとは」「ロシア人は」などと大主語で語れないのがロシアである。もっとも、それは中国もアメリカも日本も同じだが。さらに言えば、発言者の悪意・偏見・誤解・誇張・恣意的な歪曲は必ず含まれているであろうことと、私が発言者の伝えんとしていることを解釈しきれていないかもしれないことに留意されたし。
 最終更新日現在、私自身は未だ渡露経験はありません。


 ロシア人は映画を観て感想を言い合うのを好む。


 ロシアの大学は、「うまく世の中を渡っていきたい」として入るのではない。「勉強したい」から入る場所である。夜学や通信制大学には熱気がある。特に通信教育は、国土が広いから発達している。しかも無料である。スクーリングへの交通費まで。仕事はそのために休みをとることも出来る。


 レニングラード攻防戦を生き延びた人々は、あらゆる公共料金が無料である。当時赤ん坊だった人に至るまで。


 ロシアにはサーカスの大学もある。英語やフランス語も叩き込まれ、芸もスパルタ式で叩き込まれ、非常に厳しいという。しかも自分でコースを選べず、2年生でクラウンや動物使いなどのコースに分けられる。


 ロシアは2100時ぐらいになると、街の電気が消える。節電は徹底されている。外灯がたまにあっても、すぐに酔っぱらいやチンピラに割られる。だから遅い時間にバスに乗っていると、道がまったくわからない。現在のモスクワやペテルブルグは、いかがわしいほどネオンに満ちている。両極端なのがロシア。


 ソ連時代は住宅の配給も、電話の設置も、抽選だった。住宅不足は慢性的で、電話もなかなか手に入らなかった。しかしこの抽選は、事実上恣意的な順番による、順番待ちであった。担当する人間はワイロを集めて、共産党の幹部は金持ちになった。田舎の支部の人間も都会の支部の人間も自己の権限をエサに小銭を集め、末端の党員がさらに上にカネを上げて様々な便宜を図って貰おうとし、結果として頂点に党幹部にカネが集まった。この仕組みは中共の役人や日本の暴力団と同じである。
 だからこそ、ソ連国民は共産党や党幹部を憎んだ。イデオロギーの問題で憎んだのではない。不公正や理不尽を憎んだ。


 海軍記念日には、戦闘機がネヴァ川にかかる橋の下をくぐり抜け、運河の水位調節機能で水かさをましておいて、巡洋艦がネヴァ川へとやってくる。壮観である。もちろん橋は跳ね橋なので開く。


 留学すればコトバを出来るようになると思っている人には困りもの。ロシアに限ったことではないが、ロシアもまたカネのある日本人留学生は簡単に誰でも受け入れる。語学だけでなく、芸術留学でも大してうまくもないのに日本人のダンサーを歌手を受け入れることもある。もちろんカネのためだ。


 社会主義が崩壊してからは、ロシアでは宗教と超常現象がcoolな流行となっている。カルト宗教は山ほどできている。さらに言えば、オウム真理教は相当早くからロシアに進出していた。ロシアでテレビをつけていたら、「この番組は、オウム真理教の提供でお送りしました」と流れたこともあったという。
 現在はもちろんオウムはロシアでも非合法化されているが、現地信者グループは地下に潜り、まだ活動し続けているという。


 ロシア語業界は狭い。知人の知人レベルでは全員と繋がるとも言われる。私がこんなサイトを作っていると、いつか「ロシア」というキーワードで誰か知っている奴に発見されるのではないかと恐れている。もう手遅れかも知れないが。さらに言えば、ここに載せているネタが誰の体験談かさえもヘタをするとバレそうだ。
 それはともかく、ロシア語関係者がノボシビルスクなど極東の空港にいると、高い蓋然性で知っている日本人と会ったりするそうだ。大学・専門学校の先輩後輩、師弟など。ヘタをすれば20人ぐらい集まってしまって、大宴会になったこともあるという。どうせ乗るのは同じ飛行機だから、機内でもドンチャン騒ぎ。そうしていたら、機長にスピーカーで怒鳴られたとのこと。
「もうお前らの領土だ。すぐ降ろしてやるから大人しくしていろ!」と。


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