last up date 2005.03.27
ロシア人向け書籍より。「日本の標識」
この画像は、あるロシア語講師がモスクワで留学をしていたときに入手した本の1ページである。ロシア語で書かれた、日本の紹介本だ。表紙にはアジアの街並みや東洋人がダンスをしている写真が総天然色で載り、ロシア製にしてはカネを掛けて印刷している印象を受ける。そして裏表紙には、堂々たる天安門広場が。いかにもヨーロッパロシアの人々に東洋のエキゾシズムを訴えかけそうな写真である。いや、よく見たら表紙の街の写真にも、ハングルが見えるような気が・・・。こうなるとダンスをしている東洋人も、日本人かどうか疑わしい。多分違うだろう。開く前から期待させてくれる。表紙・裏表紙の写真かコピーをとれなくて残念だ。
さしあたって、コピーを入手できた「日本の標識」のページを紹介したい。
外国へ行って一番困るのは便所の所在。トイレと利用者の性別を示す文字の識別は、海外を旅するに当たって切実に必要とされる。だが、「トイレ女」「トイレ男」とは。何かの怪人か変態のことですか。私は日本で暮らして27年、こんな表示を見たことが一度もない。
「人口」ではなく「入口」である。どこから入ってどこから出るのかは見ていればすぐにわかるし、厳密に出口と入口が区別されるシチュエーションは少ないので、それほど重要度が高い知識ではないかもしれない。
外国を旅行していると、土産物を買いに商店を回ったり、土地の料理を試す為に飲食店を探したりするもの。しかし店が開いているかどうかの判断は、外国人には見ただけではわかりにくいこともある。だからこそやっているかどうかの表示を知ることは有益である。
だが、「休業」って、「営業中」の対の表現として使うだろうか。もちろん辞書的な意味では、営業しないで業務を休むことを「休業」という。しかし「本日休業」ならばともかく、「休業」の2文字だけがシャッターに貼られていたら、「この店、潰れたのか」と思われかねない。こうした否定的な表現が嫌われる日本では、「準備中」という語が使われることが多い。この「準備中」なる表現は外国人にはわかりにくく、「準備しているということは、待っていればそのうち開くだろう」と思っていつまでも店の前で待っていたという話も聞く。だからこそ、「準備中」をзакрыто(閉まっている)の意で使って欲しかったところ。
さて、店に入ったのならば、今度は割安なものを探したいところ。一般論だが、普段は慎ましくとも旅先では気っぷよく札ビラ切る傾向にある日本人やアメリカ人と違い、(ロシア人も含めて)欧州人の財布の紐は行楽地でも観光地でも固い。安いものを探すのは彼等の習性とも言えよう。
漢字が若干違うような気がするはそれはさておき、「奉仕品」って今時言うか?たまにこの表示を見ることはあるけど、それは個人経営の雑貨店やスーパーの食品コーナーの話。つまり、日常生活に密接なシーンで目にする。だが、外国人観光客が訪れるような店では、単に「SALE」とか書いてあることの方が多いような気がする。
外国へやって来て世話になるのはホテルと郵便局。ホテルは泊まるから当然としても、郵便局は旅の記念に家族や友人に絵はがきでも出すのに重宝する。旅行にカネはかけなくとも、家族や友人のことを旅先でも忘れず、思い出も共有しようというのがロシア的。
それはともかくとして、このバランスのわるい「ホテル」の文字だが、日本で宿泊するときにホテルのカタカナ表記を知っておく必要はないのではあるまいか。外国人が泊まるようなホテルならば、そう高くないところでも「HOTEL」と英語表記されているはずだ。外国人が来ることなどまったく想定していない、駅前の一泊素泊まり3000円ぐらいのホテルならばどうか知らないが。
あと「郵便局」は、何かが足りないような気がする。ついでに、こんな漢字表記よりも「〒」マークを知るだけで十分な気がする。
次は駅で使うであろう表現だが・・・「コインロッカー」はいいとして、「出札所」とは何か?無知と侮られるのを覚悟して書くが、私はそんなコトバは知らない。見たこともない。もしかして改札のことかと思ったが、кассаにそんな意味はない。кассаは販売所やレジを指す。それを修飾しているбилетнаяも「切符の」という形容詞だ。つまり切符売り場か。国語辞典で調べたところ「出札」とは切符を売ることを指すとのこと。間違いない。つまり「切符売り場」のことを指しているのだ。だがこんなコトバ、自動券売機が普及している日本では死語に近いのではなかろうか。日本人がわからんマイナーな表現を書かれても、ロシア人への案内本としての役には立たないのでは。
仕事でも知人を訪ねるわけでもないただの観光旅行でも、電話が必要になることもある。最低限でも自国の公館の電話番号ぐらいは知っておきたいし、日本語も英語も出来ないのならばトラブルの際にはロシア大使館か手配した旅行会社に電話するしかない。だから「公衆電話」の表記は覚えてわるくないのだが、何かデッサンが狂っている気がする。ついでに「公衆電話」と訳されるтелефон-автоматは、直訳すれば「自動電話」。автомат(オートマチックの意)だけでも「公衆電話」「自動電話」の意味を持つが、この語は「自動小銃」の意も強く帯びるので注意。
「公衆電話」はいいとして・・・「タクシー駐車場」ねえ。確かに「стоянка
такси」は直訳すれば「タクシー駐車場」だ。だけれどもこれでは、タクシー会社の車庫みたいだ。要するに「タクシー乗り場」のことでしょうに。この本を書いた人間は、日本に来たことがあるのか?駅前や空港で「タクシー駐車場」なんて標識が立っているのを私は見たことがないのだが。
外国でも生きていれば、病気もケガもすることはある。いや、環境の違う外国だからこそ、抵抗力を持ち合わせていない毒素や病原菌にやられたり、水が合わなくて腹を壊すこともある。だから「病院」や「薬局」の表記を紹介本に書き記すことは必要だ。特に日本は数多くの薬を、処方箋や保険証がなくてもく薬局で買うことが出来るので、外国人には重宝することであろう。
だが、「病院」。何か足りなくないか?
「薬局」に至っては、「局」を無くして「薬」一文字だけ示されたら、日本人でも何を意味しているのか少し考えるよ。
緊急時に頼るべきものとしては、現地警察も挙げられる。多くの国では警察官の給与は安く抑えられ、小遣い稼ぎの為に不正を働くものもいる。ワイロを渡さなければ警官が働いてくれない国も珍しくはない。そうした国では、ワイロを受け取ってさえ働いてくれないこともある。そう、ロシアとか。だが警官の給与水準が高く、組織が発達している日本に於いては、そんな心配は少ない。差し迫った危険があるときは駆け込むことが出来るし、数は少ないがロシア語をしゃべられる警官もいる。
だが・・・なんですかこの凄絶にバランスの悪い字は。ついでに「所」ではない。この本がどうやって制作されたのかとても不思議だ。露和辞典で「警察署」という3文字ぐらい出てくるでしょうに。何故同音異義語が使われるのであろうか。ロシアに於ける日本語学科の学生の優秀さは日本の外語大生の比ではないのに、そうした学生バイトさえ携わっていないのではなかろうか。
「禁煙」である。さすがに喫煙にうるさい今の世の中、禁煙場所で一服するとトラブルの原因となる。国によっては高額な罰金刑を科せられたり、裁判所送りになった挙げ句に国外退去処分が下ることもある。この傾向は全世界的に、進むことはあっても後退することはないだろう。だから「禁煙」の表示を知ることは喫煙者には必要なのだが。もうこの字のいい加減さはなんとも言えん。
もう何だかわからん。少し考えればわかるけれども、何故この表現が出されるのかもわからない。
「地下横断路」はともかくとして、「通行無用」なんて滅多に見ない。それに「通行無用」というのは、逆に言えばどこかに通り抜けられるということだ。通り抜けられるからこそ、他人の敷地なんかを勝手に横切る人間が現れ、それを禁じる標識として「通行無用」が用いられる。だけれども、выхода нетって、「出口がない」という意味だ。つまり「通り抜けられない」ということ。これでは事情が完全に違ってくる。もっとも、「通行無用」と書くよりは、「この先行き止まり」とでも書いた方が効果的な標識となるのだが。そこまで考えてこの訳をしたとはとても思えない。
もうカンベンしてくれ。
何書いてあるのかさっぱりわからない。
「注意ペンキ塗りたて」であろうことはわからなくもないが。
以上が、日本の標識の紹介である。この本の出版はわりと新しく、1990年代後半のものと聞いている。それにしてはコトバが古すぎだ。まあコトバの新旧以上の問題が多々あるのだが。それにしても、誰がどうやってこの本を作っているのか、とても興味がありますよ。
さて、次回はこのページの右下にある「日本のジェスチャー」について取り上げます。
乞うご期待!!