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日常

珍しく、現代物です。男性の一人称で物語は進みます。ジャンルはファンタジーというかホラーというか。ちょっと悲しい物語。短編です。

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 もうすぐ、君から電話がかかってくる時間だ。
 僕は思って、のそりと布団から起きだした。今の仕事に変わってから、寝る時間が不規則で困る。部屋の明かりも、テレビもついたまま寝てしまった。
 せっかく一緒に暮らしている彼女とも、あまり時間が合わないのが現状だ。
 パソコンの前に置いてあった携帯電話を手元に寄せる。
 23:45
 デジタル表記の時刻を見て、僕は一気に目が覚めた。
 もうこんな時間?
 いつも彼女は、仕事が終わってから電話をかけて来る約束になっている。仕事が終わった直後に電話ができない時でも、こちらの駅に着いたら電話するように言ってある。
 電話に気付かないまま僕が眠っていたとしても、駅から歩いて十分もかからないのだから、とっくに帰ってきてるはずだ。
 二つ折りの携帯電話を開き、着信履歴がないか確認するが、そんなものはどこにもなかった。
 メールも来ていない。
 また逃げたのか?
 以前にも一度、彼女は逃げ出したことがあった。あの時は僕が悪かった。前の仕事を辞めてから、ギャンブルばかりして、彼女に迷惑をかけていた。だから謝った。謝ったら、彼女は僕を許した。それから、また一緒に暮らしていたのに。
 携帯電話の送信履歴の一番上にある彼女に電話をかける。
 プルルルル……
 呼出音が繰り返されるだけで、出る様子がなかった。
 もちろん、単に乗り過ごしただけかもしれない。彼女は中途半端に真面目で、電車の中では通話しないから、かなり遠くまで行ってしまって、必至に戻って来ているところかもしれない。
 そうだと良い。もう、君が居ない生活は考えられない。
 テレビではニュース番組が流れていたが、それも終わった。
 携帯電話からメールを送ってみた。電車に乗っていても、メールくらいなら返信できるかもしれない。
 けれど、十分程度の短いスポーツニュースが終わっても、彼女から返信はなかった。
『今どこ?』
 短いメールを送る。
『怒ってる?』
 怒らせるような覚えはない。以前とは違うんだ。けれど、もしかすると自分で気付かないうちに、彼女を怒らせたかもしれない。
 三通目のメールを送ったところで、僕は不覚にも眠ってしまった。

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 携帯電話が震えている。電話だ。
 僕は携帯電話を充電器から外した。いつ、彼女から電話があって、例えそれが長電話でも大丈夫なように、充電しているのだ。
 携帯電話の画面に、トモカの名前が出ている。
 よかった。話す気になったんだ。
「どうしたの?」
「もしもし」
 電話から聞こえてきたのは、男の声だった。
 誰だ?
 しゃがれた声。声だけだからよく分からないけど、相当年もいってるように思える。
「どちらさまですか」
 携帯電話の画面にトモカの名前が出ていたことなどすっかり忘れて、僕は尋ねた。
「警察です。佐倉勇治くんですね」
 電話の相手が言った。
 電話の相手は、なんども僕の携帯電話に電話したそうだ。けれど、僕は出なかった。見知らぬ相手からの電話は取らないから。だから、トモカの携帯電話から電話してきたのだそうだ。
「トモカはどこに居るんですか」
「佐野友歌さんはお亡くなりになりました。それで昨日のことであなたに――」
 警察だと名乗った相手は、淡々と、言葉を続けている。
 トモカは、本来降りるべき駅より3つ先の駅のホームで、電車にはねられた。
 ホームから転落。
 周りの人の証言では、トモカはふらふらしながら歩いていたそうだ。
 そして、そのまま線路上へ落ちた。
 時刻が遅いせいで人は少なく、すぐ近くを歩く人は居なかった。
 離れた場所で、トモカが線路上に居るのを目撃した人が数人居たが、緊急停止装置を作動させる暇もなかった。
「話を聞かせてもらえないだろうか」
 電話の相手は、そう締めくくった。

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 警察が帰っていってから、部屋の真中で、僕はボーっと座っていた。
 テレビは騒がしく音を立て、部屋の明かりは昼間の太陽のように眩しい。
 リモコンが見つからなくて、テレビの主電源を落とした。
 うるさい。
 いや、それよりも、ニュースが流れるのが怖い。
 死体の確認?
 そんなこと、できるわけがない。確認には、トモカの両親が急ぎ向っているそうだ。
 戸籍上は赤の他人なのだ。
「もう寝よう」
 呟いて、僕は布団に入った。
 しばらくして目が覚めた。
 携帯電話が震えている。事情を知らない友達だろう。取る気にはならなかった。でもいつか、親友である彼には、伝えなければならないだろう。彼は、トモカの共通の友人でもあるのだから。
 プルルルル……
 家の電話が鳴った。
 やがて、電話の音がやむ。それからまた、携帯電話が震え始めた。携帯電話に電話して取らなかったら、寝ているんだろうから、音がなる家の電話にかける。それでも出なければ携帯に。
 トモカや親しい友人達が使う手段だった。
 電源を切ってしまおう。
 そう思って携帯電話を手に取る。
 画面には、トモカの名前が出ていた。
 また、警察?
 国家権力に逆らうようなことはしたくない。仕方なく、電話に出る。
「もしもし」
「あ、今、駅に着いたよー」
 電話の向こうからは、若い女性の声がした。
「トモカ?」
「はい?」
「え、トモカじゃないよね?」
「はぁ? 何言ってるの、ユウジくん。てか、もしかして、わたし電話掛け間違っちゃったかな……」
「いや、俺だよ。何で、トモカ、生きてるじゃん」
 言葉が支離滅裂になってしまった。トモカだ。トモカは生きてる。夢だったんだ。昨日だと思ってたことが、全部。
「そりゃ生きてるよぉ。いつわたしが死んだっての?」
「いやいや、トモカが死んだ夢見てさ、心配してたんだ」
「あはは、んなわけないじゃん。あ、晩御飯どうする? わたし今日はファミレスがいいなぁ」
 珍しく、トモカから希望を言った。丁度、僕もあの店のハンバーグセットが食べたいと思ってたとこだ。
「いいよ。一回帰ってからチャリで行く?」
「わかったー。じゃね」
 電話が切れた。
 今日はえらく物分りがいいな。いつもなら、駅まで来いとか言うんだけど。
 トモカが帰ってくるまでの五分が、偉く長く感じる。夢だと分かっていても、あんなにリアルな夢を見て、不安にならないほうがおかしい。
 もっとも、トモカは極普通に戻ってきた。
「ただいまー。じゃあ行こうか」
「待って」
 仕事のバッグを置いてまた出かけようとするトモカを呼び止める。
「ちょっと休んでから行こうよ」
 トモカは少し不思議そうな顔をしたけど、コートを横に置いて僕のところへ来た。
 外から帰ってきたばかりのトモカの手足が冷たくて、気持ちよかった。

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 翌日、目覚ましが鳴って目を覚ますと、もう昼前だった。
 トモカは居ない。仕事に出かけたのだろう。
 充電中の携帯電話が、時々光っている。誰かから電話があったのだろうと思って、僕は携帯電話を手に取った。
 開いて見ると、親友のタイチからだった。
 今日は平日だけど、タイチも休みなのかな。
 僕はそう思って、着信履歴からそのまま電話を掛けた。
「もしもーし」
「もしもし、ユウジか」
 タイチが電話に出た。
「今日休みなのか? だったらどっか行こう」
 僕が言うと、タイチが反論した。
「どっかって、それどころじゃないだろ?」
「何が?」
「何がじゃないよ。トモカちゃん亡くなって、荷物とか、どうすんだよ。通夜とかも行かなくていいのか?」
 咄嗟に返す言葉が見つからなかった。
 昨日、トモカが帰ってきたのは、夢。
 そうだ。トモカが死んだって聞いて警察から電話があって、あっちが現実で、昨日のトモカが夢なんだ。
「え、ああ。うん、でも俺、なんていうか、まだ信じられなくて」
「……そうだろうな。けど、わざわざご両親から俺の所にまで電話があったんだ。ユウジのとこにも電話あっただろ? 一緒に暮らしてたんだし、ショックでかいってわかるけど、ご両親だってショックなんだよ。一度会ってやれよ。ずっと田舎帰ってなかったから、最近のトモカちゃんの話を聞きたいって、言ってたぞ」
「電話? 気付かなかった。いつもマナーモードだから。今度電話あったら、絶対取るよ。ああ、荷物、荷物な。トモカの分、どうするんだろう。それも親に相談しないと……」
 僕と、トモカが二人で暮らしていた部屋。
 僕の荷物、トモカの荷物がごっちゃになっている。二人で半分ずつお金を出して買ったゲーム機はどうするんだろう。トモカが使っていたパソコンは?
「あのな、俺が言うのもなんだけど、トモカちゃんの持ち物は、全部手放した方がいいよ」
 電話のタイチが言う。
「そうじゃなきゃ、ふっきれないだろ。お前の性格だからさ。俺も手伝うから。……まあ、今すぐに答えなくてもいいだろうから、トモカちゃんが大切にしていた小物とかあれば、それだけ一緒に入れてあげなよ」
 一緒に、棺桶に……か。
 トモカは何を大切にしてたんだろう。
 部屋を見回しても、思い当たるものがない。僕の次に大切なのはPCの中のデータだと、トモカは言ってた。しかしハードディスクドライブを棺桶に入れるなんて話は聞いたことがない。
 自分の考えがおかしくて、笑った。
 電話の向こうでタイチが、どうしたのか、と不安げに声を掛けてくれている。
「ん。いや、ごめん、ちょっとテレビ見てたから」
 僕は言い訳した。
 トモカが居ないなんて、信じられない。
 なぜ、棺に入れるものを考えなければならないのか。
 なぜ、彼女の両親と会わなければならないのか。
 何もかもがばかげた事に思えて笑えて来る。
 いや、おかしいのは、僕自身。

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「ただいまー」
 突然、玄関のドアが開いて、トモカが帰ってきた。
 寝ていた僕はゆっくりと起き上がる。
「どしたの? 電話は」
「かけたよー。でも、出てくれないんだもん」
 トモカが口を尖らせて言う。
「あー、ほんとだ。寝てたよ」
 携帯電話を眺めながら、僕は言った。
 それにしても、リアルな夢だったな。
 タイチまで出てきたぞ。
 なんでトモカの棺桶に入れるもん考えにゃならんのだ。まったく。ばかげた夢だ。
 今日の着信履歴に、タイチの番号はなかった。
「なあ、トモカ、結婚しよう」
 おもむろに言ってみる。
 さすがに、トモカが死ぬ夢を続けてみると、気分が悪い。正夢になってしまうんじゃないかと。
 トモカは目を丸くした。
「んん? なんでぇ? いや、良いけどさ。今までそんなこと言わなかったじゃない。どうせ一緒に住んでるんだから結婚してもしてなくても一緒とか言って」
「いやぁ、もういい歳だしな」
 トモカが死ぬ夢を見て不安になったから、とは言い辛い。
「ふぅん。まあ、そんなに急がなくてもいいよ」
 思ったより、冷めてるんだな、トモカ。もっと喜ぶかと思ってたんだけど。
「よし、そうと決まれば、ホームページで結婚情報集めよう。トモカこっち来て」
 PCの前にトモカを呼んで、二人で検索した。
「結婚式はどうしようか」
「しなくていいよ。今お金ないし」
 トモカが答える。
 披露宴を開くようなお金が手元にないことは確かだけど、トモカはやけにリアリストだ。
 明日はトモカも僕も仕事が休みだ。どこかへ一緒に出かけよう。どこがいいかな。まあレンタルビデオでも借りて……

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 休日が終わった。トモカと一緒に楽しく遊んだ。トモカは先に仕事に出かけている。
 そう思っていた。
 携帯電話が鳴り出した。タイチからだ。
「今から、トモカちゃんのご両親連れて、そっち行くからな。お前、全然電話出ないんだって? 困ってたぞ」
 何の話だ? 結婚の前にトモカの両親には会わなきゃいけないとは思うけど、何でタイチが?
「おーい、聞こえてるかー? でな、もうそこのコンビニの前まで来てるから、じゃあな」
 電話が切れた。
 コンコン
 玄関のドアが叩かれている。
「はーい」
 返事をした。
 急いで服を着て、ドアを少し開いた。
 ドアの向こうには、見知らぬ人が立っていた。
「はじめまして。トモカがお世話になりました」
 ドアの向こうの二人が、深々と頭を下げた。
「あ、いえ、こちらこそ」
 反射的に言葉を返して、僕も御辞儀する。
 トモカの母親と思われる人は、トモカにそっくりだった。もう一人、父親らしき人は、かなりの年齢に見えた。
 その後ろに、タイチが居る。
「お正月にもトモカはうちに帰ってこなかった。それは、ユウジさんが居たからなんですね」
 トモカに似た母親が言う。
「きっと、いつもユウジさんと一緒に居たかったんでしょう。トモカは、きっと幸せだったと思います」
 そう言って、母親は涙を流した。
 なんで、言葉が全て過去形なんだ?
 疑問が頭をよぎって、すぐに答えが浮かんだ。
 こっちが現実だからだ。
 トモカが生きている夢を見て、そっちが本当に思えるなんて。トモカが死んだのが、自分にとって、そんなにもショックだったのか。
 自分のことながら驚く。
 トモカの両親は、出棺の時刻を告げて、帰っていった。
 通夜にも出なかった僕だから、葬式にも出ないと思ったのかもしれない。
 出棺……見送り……それくらい、してあげなきゃ。
 思うことは簡単だった。
 けれど、トモカの母親が告げた時刻、僕は自分の部屋でじっとしていた。

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 結局、トモカとは一度も会わなかった。……いや、トモカの死体を見ることはなかった。
 別に構わない。死んでしまったら最後なんだ。
 そう思っていると、携帯電話が鳴った。
「はい」
 ろくに電話の主も確認せずに、僕は電話に出た。
「ユウジー。今日の晩御飯何にする?」
 電話の向こうからは、いつも通りの、トモカの声が聞こえてきた。
 トモカは死んだんだ。
 いつまで経っても吹っ切れない自分が腹立たしい。
「なんだよ、どうせ夢なんだろ」
 電話口で叫ぶ。叫べば、夢が覚めるだろうと思った。
「〜〜〜うー。うるさいよ、ユウジ。何、夢って?」
 トモカが怒っている。
「トモカは死んだんだ。だから、俺の夢にもう出てくるな」
 電話の向こうが静かになった。
 やっぱり、夢だったんだ。
 少し寂しい気がした。
「……何よぉっ。人を勝手に殺さないでよ。まだ生きてるわよ!」
 電話の向こうで、トモカが早口に言った。
 え?
 と思っている間にも、トモカはごちゃごちゃと何かわめいている。
 部屋のドアが開いた。
 僕が振り返ると、携帯電話を握り締めたトモカが立っていた。
「どこが夢よ! ねえ!?」
 どうやら、駅を出た後、電話をしながらそのままうちに辿り着いてしまったらしい。
 元気なトモカを目の前にして、これが現実だと認めないわけにはいかなかった。
「いや、最近変な夢ばっか見てたから。続きものの夢って珍しいだろ?」
「寝すぎよ」
 トモカは一言返してきた。
 翌日は、珍しく僕の方が先に家を出た。
「いってらっしゃい」
 僕はそういう挨拶はしないけど、トモカは必ず声を掛けてくれる。
「あ、PCの電源落としといて」
 僕はトモカに頼んだ。さっき、結婚式場の紹介サイトを見ていたのだ。
「わかった。じゃあ、このページはお気に入りにいれとくね」
 トモカはそう言った。

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 それから大体1ヶ月間、変な夢と現実を彷徨っていた。
 トモカは死んだと告げられる夢、生きている夢。トモカが死んだ現実、生きている現実。
 僕にとっては、夢かもしれなくても、トモカが生きている方が大事だった。
「ねえ、ユウジ」
 トモカが言った。
 最近よく結婚式の費用なんかを検索して見ていたのだが、今日も同じように過ごしていた。
「何?」
 トモカの表情が暗い。こういうことは前にもあった。トモカが僕と別れると騒いだ時だ。
「わたし、やっぱりユウジと結婚できない」
「何を今更?」
 前もって用意していた言葉を放つ。トモカの暗い表情を見れば、大体何を言いたいのか分かったからだ。
「あのね、わたし、田舎に帰るの。それで、ちゃんと、挨拶、『さよなら』って、言わないといけないと思って」
「帰りたいじゃなくて、帰るの? 決まってるのか?」
 トモカから次に出た言葉が、僕の予想と違っていた。
「うん。だから、じゃあね」
 急に、トモカは立ち上がった。
 部屋を出ようとするトモカの腕を、僕は掴もうとした。
 けれど、トモカの腕は僕の手に捕まることはなかった。そのまますっと、抜けていってしまった。
 部屋のドアを開けたところで、トモカは振り返った。
「本当は、ちょっとだけのつもりだったの。挨拶だけして、それで行くつもりだった。でも、ユウジと一緒に居るのが楽しくて、長居しちゃった」
「トモカ?」
「ちゃんとさよならと、それから、お礼、言えなくてごめんね。遅くなっちゃったけど、ちゃんと言ったからね。じゃあ、バイバイ」
 トモカの姿が見えなくなった。
 ドアから出たわけでもなく、そのまま空気に溶けるように。
 部屋が寒い。
 トモカがいつも会社へ行く時に持って行く荷物がなかった。さっきトモカが持っていったわけではない。
 そう、あれは、随分前からここにないんだ。
 トモカが死んでから、彼女が持っていたバッグは、この部屋に戻ってこなかったから。
 夢であっても、どこへも行って欲しくなかったのに。

 携帯電話が震えている。
 タイチからだった。
「もしもし」
「お、ユウジ、ちゃんと電話に出たな。まあ、もう一ヶ月以上経ったもんな」
 トモカが現実に居なくなってから、もう一ヶ月以上経ったということ。
 トモカは居ないのだ。
 タイチが言うように一ヶ月前に死んだのが現実だろうと、さっき僕の目の前で「バイバイ」を告げたのが現実だろうと。
「ああ、分かった。今日は暇だから、今日来てくれるか」
 僕は言った。
 電話の向こうでタイチが、ほっとしたように、僕に声を掛けた。
「まかせとけって」
 二時間ほど経ってから、タイチが来た。
 二人で部屋を片付けながら、トモカの持ち物を全部ダンボール箱に詰めた。壁に掛かっていたトモカの服がなくなって、部屋が広く見える。
「これで全部かな」
 僕が言うと、タイチがダンボール箱の蓋をガムテープで止め始めた。
 箱にまとまったトモカの思い出が、緑の服を来た宅配便の業者の手で、部屋から出て行く。
 まだ、もう一度眠って目が覚めれば、その時にトモカが居るような気がした。
 荷物の整理を手伝ってくれたお礼に、レストランでタイチに夕飯をおごって、家に帰り着いた時にはもう辺りは暗くなっていた。
 荷物がすっかり減って広くなった部屋を見ると、トモカがもう居ないのだと、強く感じる。
 違う。トモカは田舎に帰ったんだ。
 死んだというのが事実であっても、田舎に帰ったという表現は間違っていないだろう。だから、トモカは言ったんだ。「田舎に帰る」と。
 とりあえず、いつものようにパソコンの電源を入れて、ブラウザを起動する。
 別に何かしたいわけではなかった。
 ただ、テレビをつける気にすらなれなかったから、今日のニュースを、ニュースサイトで見ておこう、そう思った。
 お気に入りからニュースサイトのリンクを探す。
 必要以上に多いお気に入りの中に、『★★★ウェディングセレモニー★★★』などという、やけに目立つタイトルが入っていた。
 なんだ、これ?
 要らないものだったら削除しようと、僕はそれをクリックしてみた。
 表示されたのは、かなり前にトモカと一緒に見ていた、結婚式場の総合情報サイトだった。前にトモカがお気に入りに入れるとか言っていたやつだ。
 確か、これはトモカが死んだ後に見たサイト。お気に入りに登録したのは、トモカ。
 夢じゃなかったんだ。
 誰も信じてくれないとしても、それは、僕にとっての真実だった。

End   

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