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1 天気の良い日だった。 |
「あ、そのひと、さっき家に来て、」 少女が視界の奥で言っている。 「フリード。来たのはお前一人か」 クレイスが言う。 「ええ。他の者は、村の外で待機してもらってます。村の人に刺激を与えるといけませんから」 「さすがだな」 「若を探すのに手間取りましたよ。まさか先にここへ来ているとは思わず、山中を探し回ったのです。ところで、探していた人は見つかりましたか?」 「ああ。この家に住んでる人が、竜殺しだ」 「ほう」 フリードは振り返って、家の中に居た二人の女性に目をやった。 「女性だったのですか」 「リリーと言ったら、女の名前だろう」 「ごもっともで。それで、どちらがその竜殺しなんですか?」 「見れば分かるだろう。あの背の高い方に決まっているではないか」 「なるほど。でもあの大きな女性は、あまり『リリー』という愛らしい名前には見えませんけどね」 「フリード、お前は言い方に気をつけろ。名は親がくれるものだ」 言って、クレイスはフリードの後ろに立つ二人の前に移動した。 「すまない。フリードはわたしの家臣……ああ、いや、部下でな。多少口が悪いが、敵ではない」 「迷子になった若が、ご迷惑をお掛けしました」 フリードが言って、二人に向かって頭を下げた。 「あの、」 少女が口を開く。 「ん、なんだ?」 「怪我はもう良いんですか?」 「ん、ああ。この通り、もうほとんど治ったよ。女神のおかげだ」 「女神?」 今度はフリードが尋ねて、また少女は事情を説明し始めた。 話をしている少女とフリードを横に、クレイスは竜殺しのリリーに、さきほどの話の続きをしようとした。 「リリー殿に、是非来て欲しいのだ。さっきも言ったかもしれないが、金ならできる限りのことはする。もし残る女神が心配だというのなら、一緒にクーボワまで来てもらって、わたしの屋敷で客人としてもてなすこともできる」 「金の問題じゃないんだよ。行きたくないって言ってるだろう。大体、あんたは隣の国のエルフじゃないか。わたしがあんたの言うことを聞く義理はないってもんだよ」 人族はエルフ族の所有物として扱われる。領主のエルフが言うことなら聞かなければならないが、他所のエルフの言う事は聞かなくても良いというのが、常識だ。 少女と話していたフリードが、クレイスの隣に立って、女性を見下ろした。 「生意気な人族の女ですね。若に対してその口の聞き方はなんですか。若は今でこそただの鍛冶師ですが、元は――」 「将来は世界一の鍛冶師になるんだからな」 言いかけたフリードを遮って、クレイスが言った。 「若!」 「フリード、口出しは無用だ。リリー殿、わたしはこの土地の領主から、許可を得て来たのだ。この村の住人を好きにしてよい、という許可を」 そう言って、クレイスが石版を取り出した。 石版には何も書かれていないように見えるが、それにはエルフ族にしか見えない文字が刻まれている。 「っと、人族には読めないのであったな。まあそういう訳で、わたしがここの住人に何をしようと、わたしの自由ということだ。丁度、わたしの仲間がこのフリード以外にも九人居てな。今は村の外で待機してもらっているのだが、わたしが呼べばすぐに来てくれる、頼れる仲間なのだ」 女性と少女の表情が強張った。クレイスが言っているのは、つまり、言う事を聞かなければ本人ではなく他の村人にも危害を加えるということだ。 「わかったよ。役に立てるかどうかは知らないけど、どうしてもって言うなら」 女性がしぶしぶ言った。 クレイスの方はエルフにしてはバカそうな顔をしているから、脅しを掛けてきても、何かに言いくるめれば実行には移さないように思える。しかし隣に居るフリードは、平気で村人を殺しそうだ。 「だめっ!」 少女が叫んだ。 「だめよ、義姉さん。義姉さんにはまだ小さな男の子が居るじゃない。わたしよりも若い弟だって居る。義姉さんは行っちゃだめ!」 「女神……」 愛想良くいつも笑っていた少女の悲痛な叫びに、クレイスは決心が鈍りそうになる。 「義姉さんは残って。わたしが行くから!」 「え?」 クレイスは少女を見た。 「ああ、いや。竜殺しに来ていただかないと。あなたのような普通の人族では」 「だから、わたしが行くって言ってるのよ」 少女は続けた。 「わたしが、竜殺しのリリーなの!」 「へ?」 間の抜けた顔で、クレイスが言う。 女性は少女の隣で頭を抱えて呟く。 「ああ、もう。言わなきゃわかんないのに」 「さっき義姉さんが言ってた事は嘘よ。ねえさんの腕の火傷は、一昨年の山火事の時のものなの。こっちが本物よ」 少女は言って、袖を捲り上げた。 少女の白い肌に、色の違う部分がべったりと張り付くように残っている。色黒の義姉と違い、白い肌に対してえらく目立っていた。 「だから、連れて行くなら、わたしを連れて行かなきゃだめなの」 「嘘ではないようですね」 フリードが言う。 「まあ、お前が言うなら。えぇっと、じゃあ、リリー殿、明日になったらまた迎えに来るから、適当に準備しておいてくれ。町に着くまでの食料と服だけで良い。そっから先は町で補充して行くから」 クレイスとフリードは、家を出て行った。 「言わなきゃわからなかったのに」 女性が少女――リリーに言った。 「義姉さんには、まだ小さな男の子が居るし、弟だって居るし。それに、嘘はやっぱりいけないわ。今はばれなくても、いつかはばれる。本物の竜殺しじゃないって」 リリーの肩が小さく震える。 「ごめんよ、リリー」 義姉は、リリーに謝った。 |