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竜の剣のはじまりの物語

14

 リリーが気づくと、最初にフリードたちと別れた浜辺に居た。
 辺りは夕焼け色に染まっている。
「フリード様、リリーが気づきましたあっ」
 頭の上で、レナの声が聞こえた。
「若は?」
「クレイス様はまだ寝てます」
 リリーは起き上がった。砂の上に直接寝ていたのではなく、何か敷物の上に寝ていた。
 隣のクレイスを覗き込む。
 出血はもう止まっているようだ。まだ生きているということは、竜の毒は死に至るほどの毒ではなかったということだろう。
「フリード様、あれをリリーに見せても構いませんか?」
「若が目覚めてからにしろ」
「はい」
 レナがリリーに向かって、笑った。
「フリード様、自分が手に入れた気になってるのよ。リリーのおかげなのに」
 何のことか分からない。何か良い物を手に入れたようだ。
 夕日が沈んでいくのを眺めていると、クレイスが目を覚ました。
 隣にリリーが居るのを見て、クレイスが目を細める。
「おはよう、リリー」
 リリーはクレイスを見下ろした。
「おはよう、クレイス。もう起きられる?」
「ああ」
 クレイスは頭を振って起き上がった。服は新しいものと変わっている。
「なぜわたしは生きている」
 クレイスが言った。
「それは」
「クレイス様、リリーも。フリード様がお呼びです」
 レナがにこにこしながら、クレイスの前に立った。
 クレイスと顔を見合わせて、リリーはレナについてフリードの待つテントへ行った。
「病み上がりの主人を歩かせるな」
 クレイスがぶつぶつ言いながら、テントに入る。
「レナ」
 フリードがレナに指示すると、レナは大きな箱を二人の前に差し出した。
「なに、これ?」
 リリーが言う。レナが開けてみろという顔で見ていたので、リリーは箱を開けた。
 箱の中には、白い大きな牙が入っていた。
「これは……竜の牙?」
 レナが頷く。
「赤い竜が来て、丁度生え変わったから、昔のをやると」
 フリードが言った。
「リリーの友達だと、言っていた」
「テレス?」
 リリーは呟く。子どもの頃に助けようとした、火竜の子。
「ああ、そんな名前だと言っていたような気がする」
 リリーは白い牙を撫でてみた。特別な感触があるわけではない。動物の骨とあまり変わりはないように思える。
「竜と話したのか?」
 クレイスが目を輝かせて、フリードに聞いている。
「はあ。レナも聞いてましたけど」
「良いなあ。わたしも話してみたかった」
 青い竜に殺されそうになっていたことなど、もう忘れてしまっているかのようだ。
「竜族は、エルフ族が嫌いなんですって」
 レナが言う。
「だから最初、わたしとしか話したくないって言ってたのですけど、わたしではもうどうしたら良いのか分からなくって。無理言ってフリード様とお話頂く様お願いしたのです」
 フリードがレナの隣で頷いている。
 クレイスは竜との会話の内容をフリードに細かく確認して、感心したり喜んだりしていた。
 そうしているうちに、日も完全に沈んで、辺りは暗くなっていた。
「話の続きは、船でしますよ」
 フリードが言う。
「ああ、そうだな。わたしも早く帰って、剣を作りたい」
 四人は小舟に乗って、船に戻った。
 船長に歓迎されて、船員に挨拶されて、フリードは死にそうな顔をして、船は卵の島から出航した。
 クレイスは船に乗ってから暫くフリードに竜の話を聞いていたようだが、途中でフリードの方が降参したようで、ぶつぶつと文句を言いながらリリーの部屋に入ってきた。
「竜の牙は、わたしが触っても大丈夫なのか?」
 クレイスが聞く。
「傷口から入る毒だから、怪我してたりしなければ大丈夫だけど、できれば直接触らない方がいいんじゃない?」
 リリーが言うと、クレイスは竜の牙が入った箱を持ってきて開けた。
「美しいな」
 さすがに直に触るのは躊躇われたようで、手袋をして竜の牙を箱から取り出した。
 牙の大きさはクレイスの腕よりも少し短いくらいで、太さもあるのでさすがに重い。
「これだけの大きさがあれば、十分に剣が作れる」
 クレイスは嬉しそうだ。
 しばらくそうして眺めていたが、牙を箱に戻すと、クレイスはリリーを見て言った。
「毒消しを使ったそうだな。レナから聞いた」
「ああ、うん。使ったけど」
「おかげで、わたしは生きているわけだ。あなたには二度も命を救われた。でも、わたしの命よりも、あなたの命を大切にして欲しい」
 クレイスがリリーを抱きしめる。
「わたしのせいでリリーが死んでしまったら、わたしは生きて行けない」
 クレイスの気持ちが嬉しくて、重かった。
「そんなこと言わないで。わたしは、わたしがやりたいようにやっただけだから」
 目の前で、自分のために血を流す者が居たら、それがエルフであろうと人であろうと、放っておけるわけがない。
 リリーはクレイスに口付けした。
「竜の剣が完成したら、どうするの?」
「ああ、別に何も考えていなかった。ただ最強の剣を作りたいと思ってただけだから」
「わたし、クレイスが生まれた所に行ってみたい」
 クレイスが頭を掻いた。あまり行きたくない場所だろうということは分かる。
「行っても、多分何もないぞ? 元から荒れた土地だったし。誰も住んでないだろうし」
「それでも、見てみたい。あと、わたしが生まれた村も……」
 捨ててきた場所を、取り戻したいとは思っていない。
 ただもう一度見て、現状に納得できたら、クレイスと生活したいと思っている。
 エルフ族と共に生きるということは、世界の理に反すること。それだけのことをするのに、お互いの過去を知らないまま居るというのも、居心地が悪いはずだ。
「まあ、リリーが望むなら」
 クレイスが答えた。
「クレイス、愛してる」
 初めて、言葉にして伝えた。怖ろしくて口にすることのできなかった言葉も、今は平気で言える。心の底から、本当に愛しているから。
 視線が重なって、抱きしめられる。長い口付けをした。
「クレイス様っ」
 部屋の扉が勢い良く開いて、二人は飛びのいた。
「鼠が出たそうです」
「は?」
 怪訝な顔でクレイスが聞き返す。
「そう言えと、フリード様が」
 レナの後ろにフリードが立っていた。
「目を離すとすぐそれですか。近頃の若者は節操がない」
「フリード、まさか……」
 クレイスが怒っている。
「お前はわたしの邪魔をして楽しいのか?」
「わたしは船に弱くて」
 フリードはそれには答えず、わざとらしく気分悪そうにして、隣でレナも頷いている。
「レナは部屋に戻って、食事の準備をしていてくれ」
 フリードがレナに指示して、レナは部屋を出て行った。
「今は随分気分も良いようだな」
 クレイスが嫌味たっぷりに言う。
 フリードは気に留めない様子で、部屋の真ん中に居たリリーの側に歩み寄った。
「仲が良いのは良いことだが、もう少し周りを見て行動してくれ。レナの教育にもよくない」
 リリーの耳元で言う。
 リリーは耳まで真っ赤になった。
 小声だったが、クレイスには聞こえているだろう。
「もうっ、出て行ってよ!」
 リリーはフリードを追い出した。
 クレイスを睨み付ける。クレイスは何故睨まれているのか分からず、困った顔をしてみせた。
「フリードの性格が悪いのは元からだが、あそこまで捻くれているとは思わなかった」
 クレイスが言う。
「クレイスのせいでしょ!」
 涙目になりながら、リリーはクレイスにシーツや枕を投げつけた。
 恥ずかしかったが、嬉しかった。
 仲が良いのは良いことだとフリードは言った。やっと二人の関係を認めてくれたのだ。
 クレイスと結婚できたとしても、神からの祝福は受けられないかもしれない。けれど友からの祝福が受けられれば、それは数多の神からの祝福よりも素晴らしいものになるだろう。
 リリーはそう信じている。

End 

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