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1.新たな町の住人

「こんにちは!」
 家の外から声が聞こえて、その後、扉を開け閉めする音が二回聞こえて、声の主がルカとセイロンが居る部屋に入ってきた。
 セイロンと同じ栗色の髪に青い瞳。一目で、セイロンの妹だとわかる。
「ルカ、さっき話した、僕の妹だよ」
 セイロンがルカに耳打ちした。
 寝台からもう一度出て、立ち上がる。
「ああっ、無理しちゃ駄目よ!」
 少女が叫んで、ルカを寝台に押し付けるように座らせた。
「君が、助けてくれたんだってね。ありがとう」
 少女に礼を言う。
「なんだ。わたしたちと同じ言葉で喋るのね」
 いきなり残念そうな顔をして、少女が言う。
 何を期待されていたというのか。ルカは困惑した。
「ごめんね、ルカ。妹のマギーだよ。マギーは、君が東の国から来たと思ってたみたいで、それで残念がってるんだ」
 セイロンが言う東の国というのは、相当遠くにある東の国のことだろう。そこには、ルカと同じように黒髪黒眼の、まったく言語が異なる人種が住んでいるらしいから、そこから来たと思われたのだろう。
「じゃあ、一体どこから来たのよ」
 マギーが口を尖らせる。
「西から来たんだ」
 一番最初にセイロンに説明した時と同じように言う。生まれた町の名前を知らないから、直前に居た国や町の名前、もしくは方角で説明するのが常だった。
 不機嫌そうな顔をしていたマギーが、今度は突然笑顔になった。
「西? 西って、海がある方でしょ? 海ってどんな所? 大きな水溜りだって聞いたわ!」
 実際に海沿いに住む人が聞いたら笑ってしまいそうな質問だが、人族は基本的に、生まれた国の外へ出ることは無い。カザートは砂漠の国で、首都であるこの町もやはり砂漠の中に無数にあるオアシスの一つだから、ここに住む人族は町の外へ出ることすら無いと思われた。
「水溜りは地面に囲まれてるけど、海は逆だな。海の中に陸地があるって感じだ」
「へぇ〜」
 マギーが真剣な顔で頷く。
「あと、海の水はしょっぱいんだ」
「それ知ってる! それに、海はいつも揺れてるの!」
 横で話を聞いていたセイロンがとうとう笑い出した。
 そのセイロンの方へ顔を向けて、マギーが言った。
「なによ。お兄ちゃんだって、海を見た事なんてないでしょ」
「そりゃ、本物を見た事はないけど。でも知ってるよ。だいたい、海が揺れてるわけじゃない。マギー、波があるから揺れてるって思ったんだろ」
「違うの? 大きな器に塩水が入ってて、それがいつもゆらゆら揺れてるんだと思ってたんだけど」
 眉をしかめて、マギーが言う。
 あながち間違いでも無いように思うが、物知りなセイロンと違って、ルカは上手く説明できる気がしないので黙っていた。
「さてと。じゃあ、わたしもう帰るね」
 セイロンと二人で海について話していたマギーが言った。
「おじさん、いつまでここに居るの?」
 ルカの方を向く。
 ルカは自分を指差した。
「『おじさん』?」
 まだ『おじさん』と呼ばれるほど歳は取っていないと、自分では思っている。
「僕らから見たら十分『おじさん』だよ」
 セイロンが笑いながら言う。その言葉を遮るように、マギーが言った。
「だって! 『お兄さん』だと、お兄ちゃんとどっちか分からなくなるじゃない。別に、おじさんが本当におじさんだからおじさんって言ってるわけじゃなくて……あれ、えーっと。だから、おじさんは多分お兄さんなんだけど、でもお兄さんじゃないから……」
 早口に言う。しかし本人も途中で何を言っているのか分からなくなったようだ。
「うん。分かったよ。もう『おじさん』でも良いから」
 ルカは困った顔をできるだけ笑顔にして言った。
「じゃあ、またね」
 マギーは二人に向かって手を振って、帰って行った。
「兄妹なのに、別々に暮らしてるのか」
 セイロンに尋ねる。
「仕事場が男女別だからね。マギーは羊の世話をしてるんだ。仕事が終わったら家に帰る人もいるけど、せっかくここに寝台や暖炉も用意して貰ってるし、僕はここで暮らしてるんだ。家に帰っても仕方ないしね。マギーも、一緒に働いてる人の所で世話になってるみたい」
 家に帰っても仕方ないと言った。マギーの他に家族が居ないということなのだろう。
 それでも、話しているセイロンの表情に翳りはなかった。今に満足している証拠だ。
「そうだ。明日には役人が来て、君の居住権の審査をするから。そんなに厳しい審査はないから、ちゃんと質問に答えてれば居住権が取れるよ」
 セイロンが言った。

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 翌日の昼過ぎに、ルカの居住権の審査をする為に役人が来た。妖精族はある程度年齢を重ねるとそれ以上は老けなくなるから、年齢は分からない。それでも、なんとなく若そうに見えた。
「ネルヴァ様、お待ちしておりました」
 セイロンが畏まって言う。
 ネルヴァはセイロンに軽く頷いて、それからルカを見た。
「私はこの地域を担当しているネルヴァだ。病気だそうだね。座っていて良いよ」
 見た目には、ルカと同じくらいの年齢に見える。
 ネルヴァは本当に簡単な質問をルカに幾つかして、それで居住許可を出した。
「紛争地域出身じゃないから難民申請はできないんだ。動けるようなら、なるべく早めに仕事に就いて貰いたい。右目はどうだ? 包帯をしていれば大丈夫のようだが。君は正式な国民ではないから、多少きつい仕事になるかもしれないけれど、構わないか」
「構いません」
 栄養失調だとか、右目を光に当ててはいけないなどど医者が言ったせいで、ネルヴァに気を使わせているようだ。妖精族に気を使われるというのは、逆に居心地悪く感じた。
 ネルヴァが頷いて、石版に何かを書き始めた。書くと言っても、筆記具は必要ではなく、石版だけあれば、後は妖精族特有の力で彼らにしか読めない文字を刻むことができる。
 セイロンがネルヴァに茶を出した。
「ありがとう」
 少しだけセイロンを見て、また石版に視線を戻す。
 片手で茶碗を持って少しだけ飲むと、また石版を眺めた。
「よし、できた」
 ネルヴァが嬉しそうに言う。残っていた茶を一気に飲み干した。
 石版に文字を刻む作業は集中力が必要だが、それほど大変なことではないはずだ。何を書いたのかと肩越しに覗き見たが、やはり文字らしきものは見えなかった。
「時間が掛かっていたが、何を書いたんだ?」
 ルカが尋ねる。
 妖精族に対する言葉遣いとしては、最低の部類だろう。だがネルヴァは意に介さない様子で、嬉々として答えた。
「私のサインだ。見せられなくて残念だよ。この円の部分を繋ぐのが難しくてな」
 妖精族の力で、言葉以外に絵も伝えられる。目に見えるものではないので、読む相手が見ようとしなければ全く見えないのだが。
 ネルヴァが石版を机の上に置いたので、ルカはそれを手に取って眺めた。
 どうせ人族には読めないからか、ネルヴァは気に止めていないようだ。
「サインねぇ」
 言いながら、どうでもいいことだと、ルカは石版をネルヴァの前に置いた。
 外から複数の声が聞こえてきた。
 何事かと、ルカは窓から顔を出して外を見る。窓の外には畑が連なっているが、その一角に人族が何人か輪を作るように集まっているのが見えた。
 つられてか、セイロンとネルヴァも窓際に来た。
 人々の輪は、畑を横切る畦道にできていた。輪の中に老人がひとり。畦道には従者を連れた妖精族の男。
「あのツェータも運が悪いな。今日はパロス総督自らがお出でなすった」
 ネルヴァが言う。『ツェータ』は老人を敬って言う言葉だが、妖精族が人族に対して使うのは珍しい。そもそも妖精族には老人が存在しないのだから、老人を敬うという慣習も無いのだ。
 セイロンには、人影は見えてもそれが誰かまでは分からなかった。
「そうですね。パロス総督が相手では、あの人たちも何も言えないでしょう」
 人族の何倍も目の良い妖精族が言うことだ。あそこに居るのはパロス総督で間違い無いのだろうと、セイロンは思う。
 パロスは代々続く貴族の家系で、そのくせ人奴隷は食費が勿体無いからと自分の奴隷を持たず、見かねた親類が貸した奴隷を、食事を与えるのは自分の仕事では無いと言い切り、死ぬまで扱使ったそうだ。
 その噂が一言一句真実かと言われると定かでは無いが、それでも、そう言われるに値するだけのことはしているのだろう。
 今も、年老いて歩くことすらままならなくなった老人に、「休むな」と言って鞭を打っているのだ。
 周りを囲んだ人族は、パロスの仕返しを恐れて、何も言えない。
 鞭の音は、離れた所に居るルカにも聞こえてきた。
 あんなに弱った老人に鞭を打つなんて、何を考えているんだ? どうして誰も何も言わない。
 ルカは、動き出した。
「ねえ、ルカ」
 セイロンがルカに声を掛けた時、すでにルカはその場に居なかった。
「あのバカ」
 ネルヴァが窓から下を見下ろして呟く。
 セイロンもネルヴァの視線の先を追った。
 ルカが走っている。窓から飛び降りたのだ。
 人族が作った輪に、割って入る。
 痩せた老人にさらに打ちつけようとした鞭を、ルカはパロスの手首を掴んで止めた。
「もうやめろ。このひとに必要なのは、罰じゃない。休憩だ」
 ルカはパロスに向かって言った。
 口髭を伸ばし、後ろに倒れそうなくらいに踏ん反り返ったパロスは、ルカが居る畑よりも一段高い畦道から、ルカを見下ろした。
「何を言ってるのだ? 休みたいなら休めば良いが、その分、食事が減るだけだぞ」
 パロスが言うと、老人はふらふらと立ち上がり、仕事に戻ろうとした。
 人族の輪が解けて、それぞれの仕事場に戻り始める。
「そうじゃないだろう。働かせるなと言ってるわけじゃない。ちゃんと休憩を取らせるべきだと言ってるんだ」
 ルカが言った。適度な休憩を入れた方が効率が良いことは、多々ある。
 しかしパロスは、踏ん反り返った姿勢を崩すことなく言った。
「この男だけ年取っているからと休んで、ちゃんと働く他の人族と同じだけの報酬を貰ったとして、それで他の人族が納得するかね?」
「それは」
 確かにそうかもしれない。けれど何か、根本的に間違っているような気がする。
 ルカが生まれた町では、老人と若者は別の仕事をしていた。重労働は若者が引き受け、老人は知識と知恵で町民を導く。それで皆が納得していた。
「だから、働くにしてももっと別の、ほら、男女は別の仕事をしてるだろ、そんな感じでそれぞれの力量に合わせた仕事をした方が良いんじゃないか?」
 ルカが言っている間に、パロスはもう踵を返し、自分の従者が担ぐ輿に乗り込んでいた。
「誰か、この煩い蠅を余所へ連れて行け」
 ルカに向かって手を払いながら、パロスが言う。
 残った二人の従者がルカの腕をそれぞれ掴んで、畑に突き倒した。
「ふん。人族は奴隷らしく、そうやって泥にまみれて暮らせば良いのだ」
 鼻で笑って、パロスが言った。
 輿を担いだ従者の妖精族が、掛け声を上げて進み始める。
 畑から起き上がったルカは、進み始めたパロスの袖を掴んだ。
 進む方向と逆に引っ張られたパロスが輿から畦道に落ちた。パロスが大きく呻いて、畑仕事に戻っていた人族がルカ達の方を見た。
 従者の妖精族達も驚いた顔で見ているが、パロスを助け起こそうとする者は居なかった。
 パロスが従者を振り返るが、それでも助けは無い。
 パロスは起き上がると、ルカを指差した。
「誰か、こいつを捕らえよ!」
 パロスの従者が、ルカの両手首を後ろで縛る。
 パロスは畦道をゆっくりと歩き始めた。さすがに、もう一度輿に乗る気にはならないようだ。
「わしは先に城へ行く」
 別の従者にそう告げて、パロスは残りの従者と共に畦道を進んだ。

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