2.魔族来襲
4 いつものように馬屋の仕事を終えて、途中の何も植えていない畑に寄る。 |
その日は、朝からマギーが家に来ていた。サラも一緒だ。 時折、サラがマギーに何か耳打ちをしているが、女の子同士の会話だろうし、ルカはそれについて聞こうとは思わなかった。 「ごはん、わたしが作るね」 マギーが腕捲くりして言う。 「この前みたいに焦がさないでくれよ」 セイロンが困り顔で言った。 先日マギーが遅くまでここに居たのは、セイロンの夕食を作ると言って料理を始めたは良いが酷く焦がしてしまい、鍋にこびりついた焦げを取るのに四苦八苦していたからだった。 「生のまま食べるよりいいじゃない」 サラが隣で、しれっとした顔で言う。 サラは、焦げた料理に慣れているのかもしれない……。 「わたしも手伝うわ」 「ありがとう、サラちゃん」 セイロンが泣きそうな顔で感謝の言葉を述べている。 この前の料理とやらをルカは食べていないが、セイロンがサラの手伝いを泣いて喜ぶくらいだ。おそらく他人に食べさせられない程のできだったのだろう、と今になって思う。 あん時居なくて良かった。 ほっと胸を撫で下ろす。この後、やはり地獄が待っているわけだが、この時はまだ知らなかった。 地獄からの生還おめでとう。 と、セイロンが言ったかどうかは分からないが、少なくともこの時に飲んだ水はまさに奇跡の水。今までに飲んだどの酒よりも旨かった。 「あの世が見えた」 台所で後片付けに励む二人の後ろ姿を遠目に見ながら、ルカが言う。 「気のせいだよ」 セイロンが隣で空笑いしている。 何をどうしたらあの味になったのか、ルカには検討が付かない。焦げているのが最大の原因だろうが、あれは炭の味ですらなかった。 まだ十代前半の子どもが作る料理だから、ある程度下手でも仕方ない。ある程度ならば。 「おい、お前ら」 ルカが立ち上がる。 「次作る時は、俺も混ぜろ。いいな?」 お前らが作る料理は、料理じゃねえ。料理は粘土こねるのとは違うんだ。 と続けて言いたかったが、さすがにそこまで言うのはまずい。まだ子どもだが、女性である。こんな早いうちから自信をなくしてもらっては困る。 「あのさ、マギー、……次から僕達に出す前に、味見してみなよ」 セイロンが力なく言う。 「自分で作ってるんだから、味見なんかしなくても分かってるわよ」 何を分かっているのだろうか。まずいと分かっているというのだろうか。ありえない。 「次もし来たら俺が教えるから、心配すんな」 ルカはセイロンに言った。 セイロンはマギーの兄だから、マギーの料理から逃げ出す術がない。残念ながら、助けになるかに思えたサラにも料理の知識が無いようだ。 繰り返すうちに上手くなると言うが、放置していてはその前に殺されかねない。 「でもまあ、生のまま食うよりは死ぬ確率低そうだよな」 うっかり口に出してしまったが、少女二人には聞こえなかったようだ。 セイロンとルカの手には、水が入ったカップが握り締められている。これが命の水だ。水が無くて死にかけていた時に貰った水よりも、この水の方がおいしい。何か間違っている気もするが、それがルカが感じたことだった。 後片付けを終わらせた二人が戻ってくる。 サラがマギーを肘で突付いて、マギーがおずおずと、ルカの前に歩いて来た。 「あのね、おじさん。おじさんに、これあげる」 マギーが両手で持っているのは革でできた何かのようだった。 「ん?」 ルカはそれを手に取る。 広げてみて、それが眼帯だと分かった。 「ありがとう」 世辞ではなく、素直に礼を言う。 マギーが嬉しそうに微笑んだ。 ルカの右目は、怪我か何かで光に当ててはいけないということにしている。実際は怪我も病気もしていないわけだから、いちいち包帯を巻くのも面倒なものだった。これがあれば、かなり楽になるだろう。 料理は下手だけど、 「マギーは親切だな」 最初の言葉は言わないでおくことにした。 |