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2.魔族来襲

 いつものように馬屋の仕事を終えて、途中の何も植えていない畑に寄る。
「お姫さん」
 声を掛けると、イーメルと一緒に遊んでいた人族の子ども達が、イーメルより先に走ってきた。
 遊んでいる時は楽しそうなのだが、ルカが来るとルカに付いて大人しく帰る。とても良い子達だとは思うが、ひとりくらい、まだ遊びたいと言い出しても良さそうなものだ。
 人族の子達はいつも同じ顔ぶれというわけではない。いつも見かける子も居れば、初めて見る子も居た。
「またね」
 誰かがイーメルに向かって手を振ると、他の子達も手を振り始めた。
「じゃあ、行こうか。一番近いのは誰の家だ?」
 ルカが尋ね、名乗り上げた子か、指差された子の家から順に送る。
 遊びに来る子達が日に日に増えて、送るのに時間が掛かるようになった。それで、ルカはイーメルと言葉を交わす間もなく、子どもを送るのに歩き出すのだ。
「お前ら、もっと遊びたいとか思わないのか?」
 足元を騒ぎながら歩く子ども達に向かってルカが聞く。
「遊びたい! けど、早く帰らないとお母さんに叱られるし」
 一番近くに居た女の子が答えた。
「妖精族は夜になると魔族になるんだよ」
 別の女の子が、その女の子と顔を見合わせながら言う。周りの子どもも何人か頷いている。
 なんだ、それは?
 ルカは怪訝な顔をした。妖精族は妖精族で、時間帯で魔族になったりはしない。凶暴になるということもない。
 魔族はほとんどの場合夜間に出没するから、昼は何をしてるんだ、ということになって、じゃあ昼は妖精族なんだ、という連想なのだろうか。
「んなわけないだろ。どうやったら、あんな綺麗な妖精族が魔族になるってんだ」
「綺麗?」
「綺麗?」
 いくつかの声が重なる。
「でも暗くなると、眼が真っ黒になって、光るんだよ。怖いよ。あの眼は魔族と一緒だよ」
 言われて、やっとルカは子ども達の発想に納得した。妖精族の眼は猫と同じで、暗くなると丸く大きくなる。確かに、魔族の眼も同じだ。光るわけではないが。
「ま、暗くなると本物の魔族が出るかもしれないからな。明るいうちに帰るのが一番だ」
 近くに居る子どもの手を引き、ルカは道を進んだ。
 全ての子どもを送って、ルカは自分の住む場所へと急いだ。
 魔族と言っても、人族や妖精族とは異なり、ひとつの種族を指しているわけではなく、姿形も様々だ。
 人族や妖精族が集落を作っている場所まで来ることは滅多にないが、それでも集落と集落を繋ぐ人通りの少ない道を歩く時は緊張する。
 後ろから気配を感じる。
 いや、まさかな。
 子ども達と魔族の話をしたせいで、些細な事が気になる。
 少し足早に、ルカは家へと急いだ。
 後ろから足音が聞こえてくる。さすがに、気のせいとは言えなくなってきた。
 同じ方向へ向かう人だろう。きっとそうだ。
 後ろを振り返らずに歩く。
 でもこの先は、俺らの家しかないけどな。まあ、妖精族って可能性もあるし。
 ――ルカ。
 呼ばれた気がしたが、無視だ。ルカの名前を知っているのは、ここではセイロンかマギー、イーメル、ネルヴァ、パロス。せいぜいそのくらいだ。こんな声ではない。
 そっと、胸の短剣を取り出しておく。
 魔族は幽霊ではない。隙を突いて攻撃を掛ければ大抵は追い払える。
「ルカ!」
 真後ろのちょっと低い位置から声がして、肩を掴まれる。
 ルカは振り返りざまに、ナイフを上げた。
 暗闇に、眼が二つ光って……。
「あれ?」
 どうみても魔族ではなかった。暗くて良く見えないが、妖精族ではなく人族だろう。しかも、まだ十二、三歳の少女だ。
 ルカは急いでナイフを手の中に隠した。一旦背を向けて、見えないように鞘に戻す。
 それから、もう一度振り返った。
「誰?」
「サラ! おじさん、怖がりね」
 サラと名乗った少女は、白い歯を見せて笑った。
 話を聞くと、サラはマギーの友達であるらしい。セイロンの所へ向かったマギーが暗くなっても戻ってこないので、迎えに来たのだそうだ。
 ルカとは初対面だが、マギーから、片目を包帯で隠している男だと聞いていたから分かったらしい。
 家に近付いて、その明かりでやっと、サラの顔が分かった。どうりで眼だけ光って見えたはずだ。サラは南の地方の人種で、肌の色は褐色を通り過ぎて黒と言っても良いくらいだった。
 ルカが家の扉を開ける。
 マギーは台所で鍋を洗っていたが、物音に気付いて扉を見た。
「あ、おじさん、おかえりなさい」
 鍋を流しに置いて、エプロンで手を拭いてからルカを出迎える。
「マギー、居る?」
 サラがルカの後ろから、家の中を覗き込んだ。
「サラ?」
 マギーに呼ばれて、サラはルカを押しのけるように家の中に入った。
「もう。何してるのよ。おばさんも心配してたよ」
 サラが言う。
 セイロンが奥の部屋から出てきた。
「マギー、誰と話してるんだ?」
 そう言ったセイロンの視界に、マギーの向こうに立つサラの姿が飛び込んできた。見た事のない人だ。
「あっ、あなたがマギーのお兄さんのセイロン?」
 サラが言った。
 少し肉厚の唇から紡ぎだされた声は、想像通りかわいらしい。
「わたし、サラ。マギーと一緒に羊の世話してるの」
「ああ、よろしく」
 マギーからサラの名前くらいは聞いた事があったが、まさか、南大陸の移民だとは思っていなかった。
 南大陸の移民がカザートに入っていることは知っていたが、力強い彼らは、ほとんどが重労働を請け負うと聞いている。だから勝手に、大人ばかり来たのだと思い込んでいた。
「やっぱりマギーのお兄さんだけあって、かっこいいわぁ」
 サラがマギーに向かって言う。
「そんなことないよ」
 マギーは否定しているが、兄を褒められて嬉しそうだ。ついでに言うと、サラの台詞は遠まわしにマギーも褒めていることになるから、それもあるかもしれない。
「って、そんなこと話してる場合じゃないわ。もう外は真っ暗よ」
 サラが言う。
 マギーとセイロンが窓の方を見た。ルカも釣られて外を見た。確かに真っ暗だ。
 セイロンが奥の部屋に引っ込んだ。
 暫くしてから出てくる。
「ランプ貸すよ」
 台所の竈から火を取って、ランプをマギーに渡す。
「ありがとう、お兄ちゃん」
 マギーは言って、サラと一緒に帰って行った。

 
 
 その日は、朝からマギーが家に来ていた。サラも一緒だ。
 時折、サラがマギーに何か耳打ちをしているが、女の子同士の会話だろうし、ルカはそれについて聞こうとは思わなかった。
「ごはん、わたしが作るね」
 マギーが腕捲くりして言う。
「この前みたいに焦がさないでくれよ」
 セイロンが困り顔で言った。
 先日マギーが遅くまでここに居たのは、セイロンの夕食を作ると言って料理を始めたは良いが酷く焦がしてしまい、鍋にこびりついた焦げを取るのに四苦八苦していたからだった。
「生のまま食べるよりいいじゃない」
 サラが隣で、しれっとした顔で言う。
 サラは、焦げた料理に慣れているのかもしれない……。
「わたしも手伝うわ」
「ありがとう、サラちゃん」
 セイロンが泣きそうな顔で感謝の言葉を述べている。
 この前の料理とやらをルカは食べていないが、セイロンがサラの手伝いを泣いて喜ぶくらいだ。おそらく他人に食べさせられない程のできだったのだろう、と今になって思う。
 あん時居なくて良かった。
 ほっと胸を撫で下ろす。この後、やはり地獄が待っているわけだが、この時はまだ知らなかった。

 地獄からの生還おめでとう。
 と、セイロンが言ったかどうかは分からないが、少なくともこの時に飲んだ水はまさに奇跡の水。今までに飲んだどの酒よりも旨かった。
「あの世が見えた」
 台所で後片付けに励む二人の後ろ姿を遠目に見ながら、ルカが言う。
「気のせいだよ」
 セイロンが隣で空笑いしている。
 何をどうしたらあの味になったのか、ルカには検討が付かない。焦げているのが最大の原因だろうが、あれは炭の味ですらなかった。
 まだ十代前半の子どもが作る料理だから、ある程度下手でも仕方ない。ある程度ならば。
「おい、お前ら」
 ルカが立ち上がる。
「次作る時は、俺も混ぜろ。いいな?」
 お前らが作る料理は、料理じゃねえ。料理は粘土こねるのとは違うんだ。
 と続けて言いたかったが、さすがにそこまで言うのはまずい。まだ子どもだが、女性である。こんな早いうちから自信をなくしてもらっては困る。
「あのさ、マギー、……次から僕達に出す前に、味見してみなよ」
 セイロンが力なく言う。
「自分で作ってるんだから、味見なんかしなくても分かってるわよ」
 何を分かっているのだろうか。まずいと分かっているというのだろうか。ありえない。
「次もし来たら俺が教えるから、心配すんな」
 ルカはセイロンに言った。
 セイロンはマギーの兄だから、マギーの料理から逃げ出す術がない。残念ながら、助けになるかに思えたサラにも料理の知識が無いようだ。
 繰り返すうちに上手くなると言うが、放置していてはその前に殺されかねない。
「でもまあ、生のまま食うよりは死ぬ確率低そうだよな」
 うっかり口に出してしまったが、少女二人には聞こえなかったようだ。
 セイロンとルカの手には、水が入ったカップが握り締められている。これが命の水だ。水が無くて死にかけていた時に貰った水よりも、この水の方がおいしい。何か間違っている気もするが、それがルカが感じたことだった。
 後片付けを終わらせた二人が戻ってくる。
 サラがマギーを肘で突付いて、マギーがおずおずと、ルカの前に歩いて来た。
「あのね、おじさん。おじさんに、これあげる」
 マギーが両手で持っているのは革でできた何かのようだった。
「ん?」
 ルカはそれを手に取る。
 広げてみて、それが眼帯だと分かった。
「ありがとう」
 世辞ではなく、素直に礼を言う。
 マギーが嬉しそうに微笑んだ。
 ルカの右目は、怪我か何かで光に当ててはいけないということにしている。実際は怪我も病気もしていないわけだから、いちいち包帯を巻くのも面倒なものだった。これがあれば、かなり楽になるだろう。
 料理は下手だけど、
「マギーは親切だな」
 最初の言葉は言わないでおくことにした。

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