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2.魔族来襲

 部屋の扉を叩く音がして、助手の女性が入ってきた。
「先生、マギーさんが帰らなければならないようなので、送ってきます」
 明るい室内に居たため気付かなかったが、日は完全に沈んでいた。
「わかった」
 ソルバーユが答えると、女性は部屋から出て扉を閉じた。
 助手の女性は、八年前とそう変わっていないように見える。人族のはずだが、女性だからそんなものだろうか。
「あの人、八年前も居たよな」
 ルカは聞いてみた。
「ここもあの時の手術室と同じ感じだし、あんたも、あの人も変わってないな」
 ソルバーユが手元にあった血液の容器を後ろの机に避けた。
「彼女は妖精族だからね」
「へ?」
「君にしたのと同じことさ。目を変えて、耳を削った。ああ、彼女の場合は歯も抜いたかな。もちろん彼女の同意は得ている。いやむしろ、彼女が希望したのかな」
 奇怪な話だ。半妖精がどちらかの種族に外見を似せるのは、生きていく上で仕方なくやっている。逆ならまだ分かるが、純粋な妖精族が人族に姿を似せて、何の得があるのだろう。
「おっと、これは他のひとには秘密だからな」
 珍しく、ソルバーユがいたずらっぽい顔で言った。
 それから、またいつものようにしかめ面に戻る。
「君は社会を憎んでいると言ったが、わたしも同じだ。この社会を憎んでいる」
「何で?」
 生きることを許されない半妖精や、奴隷としてしか生きられない人族ならば、この社会を憎むのも分かる。なぜ恵まれた立場に居る妖精族が社会を憎むのだろう。
「わたしの研究を認めないからだよ」
 研究? そう言えば、この場所のことをソルバーユは研究所と言っていたが。
 ルカは部屋を見回した。壁に設けられた棚には、いくつもの瓶が並んでいて、ソルバーユの向こう側に小さな窓が見えている。机の上には先ほどの血液が入った瓶と、それに混ぜた薬品、それに石版が何枚も立てて置いてあった。
「何の研究だ?」
 聞いてもよいものなのか分からなかったが、言いたくなければソルバーユは言わないだろうから、とりあえず聞いてみた。別に、研究内容に興味があったわけではない。単なる世間話程度に会話を続けようと思ったのだ。
 だがソルバーユの答えは、世間話とするには常軌を逸していた。
「人族を不老長寿にする研究だ。だが、実際に人族で試そうとした時に国から待ったが掛かった。体を提供したがる者は多く居た。居なかったとしても、わたしの奴隷を使えばそれで良かった。そこまで来ていたのに、わたしの研究資料と論文は全て没収されてしまった。運悪く国はカザートの侵攻を受け、国が保管していたはずのそれらの書類は行方知れずとなった」
 一体ソルバーユが何を言っているのか、ルカは一瞬理解できなかった。
 人族を不老長寿にする? 妖精族のようにか?
 それは成功すれば素晴らしいことだと思える。しかし国がそれを否定したのだという。
「何であんたが居た国は、研究を続けさせなかったんだ?」
 ルカが問うと、ソルバーユが笑った。
「君は、実験が失敗したらどうなると思う?」
「え、どうって……どんなことするのか知らねえけど、最悪死ぬんじゃねえのか?」
 ソルバーユは頷いた。
「その通りだ。実験に使った人族が死んでしまう、もちろんそれも問題だ。だがそれよりも国にとっては、実験が失敗し続ける限り使われる薬品の費用のことが問題だった。『人族はいくらでも増えるから長寿にする必要は無い。そんなことに使う予算はない』そんなことを言っていた」
 ソルバーユが遠くを見るような目をして言う。
「国がカザートに併合された後、一度イレイヤ公に会った時に、押収した品にわたしの研究資料がなかったか聞いたのだが、調べておくと言われてそれっきり何も言ってこなかった」
 聞き逃すところだった。
 ルカはソルバーユの今さっきの台詞を頭の中で反芻した。
 確かに彼は、『イレイヤ公に会った』と言った。
 『イレイヤ』は、ルカの町を滅ぼしたエルフの名だ。幼かったルカに姉から知らされたのは町を襲った軍隊を率いていたエルフの名だけだった。それがどこから来て、何のために町を襲ったのかまではその時に言わなかったし、ルカも聞かなかった。
「ソルバーユ、あんたイレイヤ公と会ったのか?」
 ルカが聞くと、ソルバーユは怪訝そうな顔を見せた。
「何か不思議か? わたしがカザートに居るのは、彼に呼ばれたからだよ。自分の専属医になれと言われてね。もっとも、彼のせいでわたしの研究成果は永遠に失われることになったのだから、彼の言いなりになるつもりはなかったがね」
 何だ? イレイヤ公っていうのは、今カザートに居るのか? カザートのどこに?
 ルカは服の上からナイフを握り締めた。
 居場所はおそらくソルバーユが知っている。イレイヤ公の方はルカのことを知らないだろうから、こっそり近付いて復讐を果たすこともできるはずだ。
 いきなり居場所を聞いたりしたら、ソルバーユに不審に思われるか? いや、何か言ってきても昔やってたことを暴露すると言えば黙るはずだ。
「イレイヤ公は、今どこに……?」
 声を絞り出す。
「ん、今は戦争に出てるんじゃないかな? 彼は戦争が好きらしい。難民を救う為だとか言っているが、そのせいで余計難民が増えていることは気にならないようだしね」
 ソルバーユが答える。
 イレイヤ公はカザートでは相当な階級にあるのだということが、ソルバーユの話ぶりから分かる。
 ソルバーユが言葉を続けた。
「君がなぜイレイヤ公を探しているのかは知らないが、もしそれが復讐のためだと言うのなら諦めるべきだ」
 ルカが考えていたことをそのまま当てられて、ルカはソルバーユを凝視したまま、何も言えなかった。
「イレイヤ公は十五年前、カザートを建国した。つまり、ヴォルテス王がイレイヤ公なのだ。君は王を殺せると思うか?」
 ソルバーユが言う言葉は、ルカの耳にひとつ残らず入っていた。しかし、にわかには信じ難かった。いや、ソルバーユの言葉を疑う必要は無い。けれど、信じたくない。
 ソルバーユが言う通り、王は厳重に警護されているだろうし、ルカがこっそり近付くことは不可能だ。第一、王を倒すということは国を滅ぼす事と同義だ。
 せめて、もっと普通の階級のエルフだったら。
 脳裏に、ルカの町が焼かれている情景が浮かぶ。炎を背景に、戦車の黒い影が軋んだ音を響かせて走っていく。
 そうだ。王でも関係ない。俺が生き残ったのは、町の皆の仇討ちをするためだ。俺しか居ないんだ。
「ありがとう、ソルバーユ」
 ルカは立ち上がった。
「あんたがやってたことは、誰にも言わない」
 そう言って、ルカは診療室から出て行った。
 ソルバーユがルカの後姿を頼もしそうに見送る。
 ルカが、ソルバーユの分まで復讐を果たしてくれるだろう。そう思えば、残りの生涯をカザートで暮らすのが楽しみになる。
「先生、今戻りました」
 研究所の入り口から、助手の声が聞こえてきた。

 
「おかえり」
 家に帰るとセイロンがごく普通に出迎えた。
「魔族と戦って無事に帰還したんだぞ。もっとこう、喜べよ」
「だいぶ前にマギーがトキメさんと一緒に来たから、ルカがソルバーユ様のとこに居るのは知ってたし、だったら別に心配する必要はないでしょ」
 トキメはソルバーユの助手の女性だ。セイロンが『様』付けで呼んでいないから、セイロンは彼女を人族だと思っているらしい。
「マギーは? 先に帰って来たんだろ?」
 ルカが問うと、セイロンが溜息をついた。
「今何時だと思う? マギーはもうおばさんの家に帰ったよ。大体、僕は結構長い間サラちゃんと二人で待ってたけど、マギーもルカもどこに行ったか分からないし、サラちゃんはマギーを心配してずっと泣いてるし、大変だったんだ」
「サラちゃんが飯作るとか言い出さなくて良かったじゃないか」
 机の上に出ている干し肉をつまみながら、ルカは言った。
 振り返ってセイロンを見ると、不機嫌そうな顔をしている。ルカは急いで話を変えることにした。
「そんなことよりセイロン、ヴォルテス王が元はイレイヤって名前だったっていうのは本当か?」
「ああ、本当だよ。ていうか、それくらいなら前ルカに渡した年表にも書いてあったでしょ」
 溜息を軽く吐いて、セイロンが言った。
「そっか。ちょっと見てくるよ」
 言って、ルカは寝室に入った。
 ヴォルテスが元はイレイヤだったということは、機密でもなんでもなく常識らしい。
 セイロンの言葉からそう思う。
 巻物状になっている年表の紐を解き、それを広げた。多少は文字を読めるようになっているが、音を表す字はともかく、意味を表す字は多様で覚えきれるとは思えなかった。特に人の名前は意味を表す字を並べて音で読ますから、読み辛い。
 それでもカザートが建国された年を全部読みきった。この年表をセイロンから渡された時は、建国より前のことに興味があったから、建国以降のことはあまり見ていなかったのだ。
 別の資料も見てみる。こちらはヴォルテス王の活躍を宣伝する為の簡単な読み物のようだ。
 カザートの貴族イレイヤ公爵家に生まれ、十代のうちから軍人になり戦場で活躍を見せたらしい。当時カザートは小国だったが、付近の同様の小国との連合を拒み、東側で隣接している大国チュンウと同盟を結んだ。チュンウの同志となり共に付近の小国を征服。しかしカザートの王は滅ぼした小国の残党に殺され、チュンウの指導でイレイヤ公がカザートの暫定代表となった。その後チュンウは北にある別の大国との戦争になり、カザート付近の侵攻を進めることができなくなった。その際、チュンウから、征服した西地域の統治を命じられたのがイレイヤ公だった。
 カザート代表として統治するのではなく新しい国家の王となるため、イレイヤ公は数百年前蛮族に滅ぼされたとされるヴォルテス家こそが自分の祖先であると言い、名前をヴォルテスと変えた。
 それが十五年前のことだ。
 ルカが生まれた町が滅ぼされたのは十六年前のこと。
 あれ? ってことは、俺が生まれた町は、今はカザートの一部になってるってことか……?
 イレイヤ公が町を滅ぼしたのは領土拡大の為だろうから、その可能性が高い。
「セイロン」
 寝室から台所へ戻って、セイロンに声を掛ける。
「何?」
「地図とかって持ってないか?」
 セイロンは少し考えていたが、首を横に振った。
「ルカに見せて良いものにはないよ。というか、僕には見えないから、それがどんなものなのか分からないんだけどね」
 ルカに見せてはいけない、セイロンは内容を確認できない。セイロンも見てはいけないという物ではない。見ても良いが、見ることができないということだ。
「妖精族の石版か」
 呟いて、確認の為にセイロンを見たが、セイロンは何の反応も返してこなかった。どうせルカにも見ることができないのだからと気軽に見せてくれるかと思っていたが、そういうわけにもいかないようだ。
「なんだよ。地図くらいいいじゃないか」
「そんなに見たいんだったら、パロス総督に聞いてみればいい。総督ならこの辺りの地図を持ってるよ。だって一応総督だからね」
「なるほどね」
 納得したようにルカは言ったが、パロスがルカの頼みを聞いてくれるとは到底思えなかった。
 そうなると、やはりセイロンが持っている石版の地図を盗み見るのが早そうだ。しかし、ルカにその石版を読めるとは思えない。とすると、ソルバーユか誰かに頼んで紙に書き写してもらわなければならない。
 ソルバーユが盗んだ石版を写すということをやってくれるだろうか。
 ソルバーユが地図を持っていれば何のことはないんだが……。
 ルカは考える。
「あっ」
 ルカが声を出したので、セイロンがルカを見た。
「何でもない」
 セイロンに言う。
 明日、仕事が終わったらお姫さんに会えるじゃないか。お姫さんなら地図持ってそうだ。
 セイロンが預かっている石版に手を出す必要はなさそうだった。

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