2.魔族来襲
7 部屋の扉を叩く音がして、助手の女性が入ってきた。 |
「おかえり」 家に帰るとセイロンがごく普通に出迎えた。 「魔族と戦って無事に帰還したんだぞ。もっとこう、喜べよ」 「だいぶ前にマギーがトキメさんと一緒に来たから、ルカがソルバーユ様のとこに居るのは知ってたし、だったら別に心配する必要はないでしょ」 トキメはソルバーユの助手の女性だ。セイロンが『様』付けで呼んでいないから、セイロンは彼女を人族だと思っているらしい。 「マギーは? 先に帰って来たんだろ?」 ルカが問うと、セイロンが溜息をついた。 「今何時だと思う? マギーはもうおばさんの家に帰ったよ。大体、僕は結構長い間サラちゃんと二人で待ってたけど、マギーもルカもどこに行ったか分からないし、サラちゃんはマギーを心配してずっと泣いてるし、大変だったんだ」 「サラちゃんが飯作るとか言い出さなくて良かったじゃないか」 机の上に出ている干し肉をつまみながら、ルカは言った。 振り返ってセイロンを見ると、不機嫌そうな顔をしている。ルカは急いで話を変えることにした。 「そんなことよりセイロン、ヴォルテス王が元はイレイヤって名前だったっていうのは本当か?」 「ああ、本当だよ。ていうか、それくらいなら前ルカに渡した年表にも書いてあったでしょ」 溜息を軽く吐いて、セイロンが言った。 「そっか。ちょっと見てくるよ」 言って、ルカは寝室に入った。 ヴォルテスが元はイレイヤだったということは、機密でもなんでもなく常識らしい。 セイロンの言葉からそう思う。 巻物状になっている年表の紐を解き、それを広げた。多少は文字を読めるようになっているが、音を表す字はともかく、意味を表す字は多様で覚えきれるとは思えなかった。特に人の名前は意味を表す字を並べて音で読ますから、読み辛い。 それでもカザートが建国された年を全部読みきった。この年表をセイロンから渡された時は、建国より前のことに興味があったから、建国以降のことはあまり見ていなかったのだ。 別の資料も見てみる。こちらはヴォルテス王の活躍を宣伝する為の簡単な読み物のようだ。 カザートの貴族イレイヤ公爵家に生まれ、十代のうちから軍人になり戦場で活躍を見せたらしい。当時カザートは小国だったが、付近の同様の小国との連合を拒み、東側で隣接している大国チュンウと同盟を結んだ。チュンウの同志となり共に付近の小国を征服。しかしカザートの王は滅ぼした小国の残党に殺され、チュンウの指導でイレイヤ公がカザートの暫定代表となった。その後チュンウは北にある別の大国との戦争になり、カザート付近の侵攻を進めることができなくなった。その際、チュンウから、征服した西地域の統治を命じられたのがイレイヤ公だった。 カザート代表として統治するのではなく新しい国家の王となるため、イレイヤ公は数百年前蛮族に滅ぼされたとされるヴォルテス家こそが自分の祖先であると言い、名前をヴォルテスと変えた。 それが十五年前のことだ。 ルカが生まれた町が滅ぼされたのは十六年前のこと。 あれ? ってことは、俺が生まれた町は、今はカザートの一部になってるってことか……? イレイヤ公が町を滅ぼしたのは領土拡大の為だろうから、その可能性が高い。 「セイロン」 寝室から台所へ戻って、セイロンに声を掛ける。 「何?」 「地図とかって持ってないか?」 セイロンは少し考えていたが、首を横に振った。 「ルカに見せて良いものにはないよ。というか、僕には見えないから、それがどんなものなのか分からないんだけどね」 ルカに見せてはいけない、セイロンは内容を確認できない。セイロンも見てはいけないという物ではない。見ても良いが、見ることができないということだ。 「妖精族の石版か」 呟いて、確認の為にセイロンを見たが、セイロンは何の反応も返してこなかった。どうせルカにも見ることができないのだからと気軽に見せてくれるかと思っていたが、そういうわけにもいかないようだ。 「なんだよ。地図くらいいいじゃないか」 「そんなに見たいんだったら、パロス総督に聞いてみればいい。総督ならこの辺りの地図を持ってるよ。だって一応総督だからね」 「なるほどね」 納得したようにルカは言ったが、パロスがルカの頼みを聞いてくれるとは到底思えなかった。 そうなると、やはりセイロンが持っている石版の地図を盗み見るのが早そうだ。しかし、ルカにその石版を読めるとは思えない。とすると、ソルバーユか誰かに頼んで紙に書き写してもらわなければならない。 ソルバーユが盗んだ石版を写すということをやってくれるだろうか。 ソルバーユが地図を持っていれば何のことはないんだが……。 ルカは考える。 「あっ」 ルカが声を出したので、セイロンがルカを見た。 「何でもない」 セイロンに言う。 明日、仕事が終わったらお姫さんに会えるじゃないか。お姫さんなら地図持ってそうだ。 セイロンが預かっている石版に手を出す必要はなさそうだった。 |