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4.恐れ

 その日は、午後から仕事に行った。セイロンはルカが言った通りに伝えていたようで、誰も午前中に何をしていたのか聞いてこなかった。もっとも、医者の所へ行っていたのは事実なので聞かれても答えは同じだが。
 仕事が終わってから、ルカはいつものようにイーメルが子ども達と遊んでいるはずの場所へ行った。
 だがイーメルは居なかった。
「あっ、お兄ちゃんだ」
 誰かが言って、子ども達がルカに駆け寄ってきた。
「お姫さんはどうしたんだ?」
 最初に走ってきた小さな女の子を抱き上げると、ルカは聞いた。
「えーっとね、来たんだけど、用事があるからって、すぐに帰っちゃった」
 女の子が答える。
 確認のために他の子どもの顔を見たら、皆が頷いていた。
「そっか。じゃあ、今日はもう帰ろうか」
「うん」
 王の結婚式を間近に控えて、イーメルも忙しいのだろうか。
 それとも、俺と会いたくないんだろうか。
 子ども達と手を繋いでぞろぞろと道を歩く。子ども達の手は暖かい。イーメルは記憶のために人族の子どもと遊ぶのだと言っていたが、実際に子どもが好きなのだろう。そうでないと、毎日続くわけがない。
 イーメルが姉ちゃんなら良いのに。
 そう思いながら、胸が痛むのはなぜだろう。ルカには分からなかった。

 

 城の中のイーメルの部屋に、何枚もの反物が運び込まれていた。
 侍女たちがそれを長椅子に並べて、あれやこれやと言い合っている。
「王女、どれがお好みです?」
 父の結婚式に出席する為の衣装選びだった。
「別に」
 好みなどない。ずっと与えられる物を使っていただけだ。
「では、こちらを使いますね」
 青い髪の侍女が反物を持って部屋から出て行った。残った反物は別の侍女が片付けていく。
 イーメルは百四十六歳。本当ならばイーメルこそ結婚しなければならないはずだ。それなのに、父は娘の結婚相手を探すのではなく、自分が妻を娶った。
 わらわは、もう父上にとって必要ないのか。
 本当は、そんなことは最初から分かっていた。ヴォルテスは野心家だ。死なない限りは自分の権力を誇示し、広げようとする。娘に譲るつもりなどないし、逆に娘であるイーメルが自分の座を狙っているのではないかと恐れている。
「王女、どの石を使いますか?」
 箱に散りばめられた宝石を見せられる。
「何じゃ?」
「耳飾と指輪をお作りいたします」
 横から、かなり前から側に居る侍女が顔を出した。
「まあ! 沢山ありますこと。王女、この際ですから、全部新しくしてはいかがでしょう? 心機一転、気分も変わりますわ」
 言われて、自分の両手の指を見る。この左手の指輪も、父がしつらえた物。父の権力を示すために、イーメルが身に着けるように言われた物だ。こちらはどうでも良い。変えろというなら変える。
 でもこっちは。
 右手の中指の指輪は外したくなかった。これは、父がカザートの王になるより前から、イーメルが持っていた物だ。いつどういう経緯で入手した物かは思い出せないが、これを失ったら全てを無くしてしまいそうだった。
 これを見て、ルカはわらわを姉ではないかと言った。これがあれば、わらわはルカと繋がっていられる。
 ルカの勘違いだろうが、どちらにせよ、ルカはもう一度確かめに来るだろう。
 いや、姉だと思われていた方が良いかもしれない。ルカはイレイヤ公を恨んでいる。その恨みが、娘であるイーメルに向くことは想像に難くない。
「王女? 私が代わりにお選びしてもよろしいですか?」
 侍女の声に、イーメルは我に返った。
「勝手に決めてくれ」
 わらわは妖精族の王女じゃ。人族はわらわと話せるだけでも泣いて喜ぶべきなのじゃ。
 ともすれば沈みそうになる気持ちを、自分なりに鼓舞する。
 妖精族の王女である自分に、逆らう人族はいない。ルカも他の奴隷と同じだ。他国から流れてきたから、カザート王女である自分に対して忠誠心が無いのだ。時が経てば、他の奴隷の中に埋没するであろう。
 勿体無い。
 そう思うのは、ルカを好きだからではない。客観的に判断しても、ルカの器は使い捨ての奴隷とするには惜しい。
 しかし、王を倒そうとしているのであれば、そもそも罪人である。奴隷に埋もれるどころか、企みが明るみに出れば即刻死刑だろう。
「オーヴィアはおるか?」
 長椅子に横たわったまま、誰にということもなく声を掛ける。
「ただいまお呼びいたします」
 侍女の誰かが言って、部屋を出て行った。
 間もなく、部屋の前で待機していたオーヴィアが来た。十五年前のカザート建国以来イーメルの警護を勤めている男で、伝統や礼節を重んじる本人曰く騎士だそうだが、カザートには騎士という称号も階級もないのだから、イーメルにはよく分からない。随分昔、それも他国で使われていた称号だと聞いている。理屈はどうあれ、イーメルの言うことを大人しく聞くので他人に頼めないことでもオーヴィアには頼める。
「先日、パロスに訴えられて城に来た人族のことを覚えておるか」
「はい。確か、ルカとか」
「その者を父に会わせたい。できるか?」
 ルカに復讐を諦めさせるのだ。正式な場での謁見であれば、王の周りには有能な兵士が揃っている。王自身も強い。ルカが何かしようとしても、即取り押さえられるだろう。
 それで手を出せないことを知り、諦めてくれればよいのだ。王に剣を向けただけであれば、大した罪には問われない。
「承知いたしました」
 オーヴィアはイーメルに頭を下げて、部屋から出て行った。

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