セイロンがいくつかの石版をソルバーユに渡したのは、セイロンが仲間になってすぐのことだった。
前働いていた妖精族が残した物で、中には重要な文書も混ざっていた。
今まで仕事に無関係で開かなかった巻物も全部見た。セイロンが生まれるよりも昔、カザートがまだその名前でなかった頃の情報もある。
人族の暮らしを豊かにする為の、農具の開発。
元より妖精族よりも人口の多かった人族は、五百年程前を境にさらに人口を増やし、現在カザートの総人口の九割を占めている。魔族討伐は妖精族の仕事だが、足りない部分を補う為に、開発された武器もある。
「これ、そっちで作れる?」
セイロンの仕事場である家も、人の出入りを管理するという性質上、人族が多く出入りしていても違和感のない場所だ。
農具を作る仕事をする男に、セイロンは武器も作れないかと尋ねてみた。
「やってみないとな。こういうのは型から作らなきゃならねえから。まあうちのとこは妖精族も滅多に来ないし、大丈夫だと思うよ」
「頼むよ」
木と骨で作る武器だ。現在の農具は固い土を掘る為に金属を使っていることが多いが、逆に古い時代の物が今は役立つ。
妖精族は金属を溶かしてしまうから。
「ちょっと寄って来た。セイロン、がんばってるな」
ネルヴァが馬屋に来て、ルカに言った。
先日のパロス総督の起こした不祥事で、暫くの間、以前ここで働いていたネルヴァが監督役に来ることになったのだ。
「だろ。ちょっと頑張りすぎな気もするけどな」
寝室の屋根裏に保管してあった沢山の巻物の内容を、全て見直したのだ。時間の掛かることだし、ルカが家に帰った時はいつもその作業をしていたのを思い出す。
「ルカ、武器のことは……」
武器があった方が良いと言ったのはネルヴァ自身だ。だが、その製造の指揮をセイロンが執ることになるとは思っていなかった。
まだセイロンは子どもだ。
自分が戦えないから、他のことで協力したいという気持ちは分かるが、武器はかなり直接的だ。
「分からない。俺はセイロンに言ってない。もしかしたら、自発的に気付いたのかもしれない。誰だって分かる。俺達が妖精族を倒すのに、素手じゃマズイってことくらいな」
「他の大人にやらせることはできないのか?」
ネルヴァの問いに、ルカは首を横に振った。
「セイロンから仕事を取り上げるのは拙い。今あいつは、何かに必死になってないと駄目なんだろう」
サラが死んだ時から、まだ消えない痛み。
ネルヴァが溜息を吐いた。
「セイロンみたいな子が、普通に笑える世界にしたいものだ」
「ああ」
妖精族が皆ネルヴァのようなひとだったら、この社会をルカが今変える必要はなかったのだろうと思う。
「仕事に戻らないと」
ルカが言うと、ネルヴァが頷いた。
馬屋で働いていた皆が殺され、残ったのはルカだけになった。足りない人数は他の仕事場から来た手伝いでまかなわれている。皆慣れない仕事で、ルカやネルヴァが居ないと仕事にならないのだ。
「ルカは王を倒した後に、どんな世界にするつもりだ」
ネルヴァがルカの後姿に向かって言った。
振り返ってネルヴァを見る。
「いや、いい。今より良くなれば、私はそれで構わない」
ネルヴァが手を振って言う。
王を倒した後のこと、それは漠然としたイメージしかない。もしかしたら、ネルヴァにはもっと明確な未来像があるのかもしれない。
俺は、王を倒せれば満足だから。
ソルバーユに、反乱軍……軍と言えるような物ではないが……のリーダーにされてしまったが、反乱が成功した後までリーダーに留まっているつもりはない。王に復讐したいだけの自分が、国まで纏められるとは到底思えないのだ。
でももし、そこにネルヴァやセイロン、イーメルが居てくれたら。
何とかなりそうな気もする。
あ、でもそれなら、俺居なくても成り立つよな。
ルカは苦笑した。
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