index>作品目次>竜の剣シリーズ>竜の剣の物語>7-3

7.竜の剣 3

 決行の日は、日曜になった。
 最初に伝えていた土曜は、敵に知られているかもしれない。その可能性を考えてのことだ。
 人族の集落からは、一斉に人が居なくなる。
 多くの男達が、中には女も子どもも混ざるかもしれないが、カザート王ヴォルテスを倒す為に、妖精族が暮らす町の中心部へと歩を進めるのだ。
 人族は全てが人族の集落に居るわけではない。
 妖精貴族の個人の奴隷として、町の中心部で働いている者も居るし、もちろん城の内部にも居る。味方となるか、敵となるかは、今の時点では分からなかった。
 なるべく被害が少なくて済むよう、仲間の人族には騒ぐことを頼んでいる。そう、ただ騒ぐだけだ。実際に敵を討つつもりで向かう必要はない。妖精族は人族の力を甘く見ている。最初は騒ぐだけにして、とにかく町の中を混乱させる。敵を殺す役は、ルカがひとりで受け持つつもりだった。
 王を見つけて倒せば、後はこっちのものだ。
 妖精族は夜目が利く。ルカ達は黒く染めた外套に身を包み、明かりを付けずに進んだ。
 妖精族の町を囲む外壁の外で待機する。
 外壁の中から爆音が聞こえて来た。
 開始の合図だ。
 有力貴族の住居を爆破するよう、指示してあった。煙が壁を越えて漂ってくる。
 中に妖精族が居れば、犠牲になったかもしれない。いや、住居なのだから、間違いなく居ただろう。
 今は考えない方がいい。
 ルカは首を横に振り、それから多くの仲間と共に外壁の中へ突入した。

 

「反乱じゃ! 奴隷どもが城に向かって来おる」
 大臣がそう言いながら、部屋に飛び込んできた。
 イーメルは窓から外を見た。
 人々が黒い塊となって、城へ向かって来るのが分かった。
「第一の門を壊された」
「入って来るぞ。早く、王と王妃をお守りするのだ!」
 外で口々に騒ぎ立てる声がする。
 始まったか。
 イーメルは隣で喚く大臣を無視して、窓から下を眺めていた。
 ルカはどこに居るのだろう。いくら視力が良くても、これ程人数が多い中からひとりを探すのは難しい。
 新しい侍女達は、皆がおろおろしているばかりで、イーメルを守ろうとするような気丈な者は居ないようだった。
「王女!」
 部屋に、また新たな客人が飛び込んできた。オーヴィアだった。大臣よりは頼りになりそうだ。だが、今は逆に、その忠誠心が邪魔だ。
「王女、ここは危険です。脱出用の通路がありますから、どうぞそちらの方へ」
「そなたらだけで逃げよ。人族の狙いは、わらわら王族であろう。わらわが一緒では、逃げ切れぬぞ」
「しかし」
「行けといっておる。ほら、大臣も」
 大臣の服を掴んで、オーヴィアの方へ向け、背中を押す。
「人族には手を出すな。人族は竜の剣を持っておる。あれを使われたら、皆死ぬぞ」
 侍女が小さく悲鳴を上げる。
 オーヴィアが顔を顰めた。
「では、大臣、この者達を頼みます。私は王女をお守りしなければ」
 オーヴィアが言うと、大臣は侍女達を連れて部屋から出て行った。
「そなたも行け」
「姫をお守りするのが、騎士の務めです」
 まだ敵が近くに居るわけもないのに、オーヴィアはそう言うと、大きな槍を構えた。
 ありがたいことだが、オーヴィア程の使い手になると、人族の方が危険すぎる。イーメルは人族の味方をしたいのだ。
「オーヴィア、そなたの忠義感謝する。だが、今は不要じゃ」
 手のひらをオーヴィアの背中に向かって突き出す。
 イーメルの言葉に振り返ろうとしたオーヴィアは、首を途中まで回したところで吹き飛ばされた。
「何をなさる」
 槍を支えにして、オーヴィアが立ち上がった。
「言うことを聞かぬからじゃ。わらわを置いて逃げよと言うておる」
「王女ひとりで残すわけには参りません」
 部屋に、また誰かが入ってきた。妖精族ではない。
 人族の子どもだ。おそらく、城で給仕をしている少年。この騒ぎで逃げ惑ううちにここに辿り着いたのだろう。
 だが、それが誰かを確認する暇もなく、オーヴィアがその槍で少年を突き刺した。
「何をする!」
 少年の腹から、血が噴出す。もう死んでいるだろう。
「人族は敵です」
「まだ子どもではないか!」
「ただの奴隷です。王女が気になさる必要はありません」
 オーヴィアは少年の腹から槍を抜き、少年を蹴飛ばした。
 イーメルが手に力を集中させ、オーヴィアに向かって放つ。先ほどよりも強い力を込めたから、オーヴィアがぶつかった壁に亀裂が走った。
 オーヴィアが咳き込みながら、また立ち上がる。
「私は王女の味方です。わたしは敵である人族を殺しただけだ。なぜ味方である私を攻撃なさるのですか」
 立てないはずだ。あれ程の力をぶつけたのだ。いくら妖精族と言えど、普通は。
「人族は敵ではない!」
「妖精族の王女ともあろうお方が、何をおっしゃいます。この世界は妖精族が支配してこそ平穏に保たれるのです。命の短い人族には、その権利はない。それを覆そうとするのであれば、我々の敵です」
 今更、イーメルを諭そうとしているのだろうか。
 オーヴィアは十五年の間イーメルに仕えてくれた。だが、それだけのことだ。非が自分達にあることは、揺ぎ無い事実。オーヴィアに言われても、イーメルの気持ちは変わらない。
 イーメルは首を横に振った。
 人族は敵ではない。
「なぜそこまで人族に肩入れするのですか」
 オーヴィアの瞳に、イーメルの眉根を寄せた顔が映っている。
「あの男ですか? ルカとかいう。王女は、あの男に会ってから変わられた」
 イーメルの表情が少し動いたのを、オーヴィアは見逃さなかった。
「そうなのですね。あの男が、王女の気持ちを変えたのですね。私には、できなかった」
 オーヴィアは言って、槍を一旦下ろした。
 利き手に持ち変える。
「ですが、あの男にできないことで、私にできることがあります。あなたは裏切り者だ」
 槍をイーメルに向かって突き出した。ルカにイーメルは殺せない。イーメルを殺せるのは、自分だけだ。
 だが、当たらない。
 イーメルの腹の横に、槍の先はあった。
 イーメルがカザートの裏切り者であることは、間違いないことだった。しかし、オーヴィアがそう判断するには、まだ早すぎる。
 裏切りというのは、カザートに対してではなく。
 頭を過ぎる考え。
 構わず、イーメルはオーヴィアにもう一度手のひらを向け、力を使った。

「おおイーメル、まだこんな所に居たのか?」
 すでに壊れた扉から、ヴォルテスが顔を出した。
 それに気を取られ、イーメルの力はオーヴィアに命中しなかった。だがオーヴィアは力の影響を受けて、ヴォルテスの足元で気を失っているようだった。
 オーヴィアに槍を向けられたときよりも恐ろしい、背筋が凍るような思いが、イーメルを駆け巡った。
 先ほどの台詞は、別にイーメルを傷つけようとする物ではなかったというのに。
「他の者はおらぬのか」
 横目でオーヴィアが倒れているのを見てから、イーメルに視線を戻す。
「それは丁度よかった」
 ヴォルテスが唇の端を上げた。
「やっとお前を殺せる。今なら、お前が死んでも人族がやったと思われるからな」
 逃げなければ。
 人族に殺されるのならば構わない。ルカが決めたことだ。
 だが、王に殺されるのは嫌だ。
 戦うという選択肢は、イーメルにはなかった。父の強さと残酷さは、よく知っている。イーメルが勝てるわけがない。
 王が手を、イーメルの方へ向かって掲げた。
 力の波動が、イーメルの真横を通ったのを感じた。
「王女、お逃げください!」
 オーヴィアが、ヴォルテスの体にしがみ付いていた。
 震える足を自分で殴りつけて、イーメルは別の出口を通って部屋を出た。
 オーヴィアが暫くの間なら時間を稼いでくれるだろう。
 走れ。
 走れ。
 自分の足音。息を吐く音。一杯に。もっとうるさく。
 嫌だ。
 オーヴィアが。
 妖精族の聴力が優れていることを、この時ほど呪ったことはない。
 オーヴィアの悲鳴が聞こえてくる。何度も、何度も。何をしているのだろう。一息に殺せばいいのに。なぜ、わざと苦しめるようなことをするのだろう。
 イーメルがオーヴィアを心配して戻るとでも思っているのだろうか。
 イーメルは脱出用の通路に走りこんだ。

next

表紙へ戻る 作品目次へ 作品紹介へ

index>作品目次>竜の剣シリーズ>竜の剣の物語>7-3