エピローグ
竜の剣は再び元の洞窟に封印された。途中の通路を塞ぎ、簡単には出入りできないようにした。後の世でルカは、自分だけがその力を利用し他者には力を行使させなかったとして、誹りを受けることになるかもしれない。そうだとしても、今は平和を大切にしたかった。 ルカは人々に請われて、カザートの王となった。イーメルはその補佐として城に残っていたが、二人の関係は遅々として進まなかった。 改革の日から一年経つ。 「ルカ、そなた二日前にセイロンから渡された書状を見たのか?」 「は? 何だそれ。そんなのあったっけ」 「ふざけるな。重要な書類だと書いてあっただろう。わたしが直接セイロンから預かったのだぞ。それでそなたが見ておらぬ、では話にならないではないか」 イーメルに言われ、ルカは自室に戻って書状を探した。 文字を全ての国民を対象に教えるようになってから、ルカの机の上は感謝の礼状や、地方で未だに終わらぬ小競り合いについての情報など、色々な書状がごった返す状態になっていた。 その中から、セイロンの書状を探し出して広げる。 「ああ、結婚式か。いや婚約式? ま、どっちでも似たようなもんだな」 それはマギーの婚約式の案内だった。 ただでさえ忙しいセイロンは、この準備でさらに忙しくなったそうだ。 「マギーはまだ子どもだろ? もう婚約するのか」 話を聞いたネルヴァが言った。 ルカにはセイロンから直接、早めに知らせが来たが、他のひとにはまだのようだ。 「うーん。国によっても違うけどな。この辺だと、女は早いうちに結婚相手を決めた方が幸せだって考えがあるみたいだ。妖精族なら違うんだろうけど」 「いくら妖精族でも、あまり遅すぎると困るぞ。長い長いと言っても二百年も生きるのは稀なんだから。あまり待たせると、先にぽっくりと」 言い終わったわけではなかったのだろうが、ネルヴァは口を閉じることにしたようだ。 ルカの後ろにイーメルが来るのが見えたからだ。 「じゃあな」 爽やかに言って、去っていく。 ルカが振り返ると、丁度イーメルが来た。 「あ、イーメル」 イーメルがルカを見る。 「何歳くらいまで生きる予定だ?」 「ふざけるな」 ひとことで返されたが、それは予想の範囲内だ。 「俺が一番近くで看取ってやるよ」 ルカが言うと、イーメルが眉根を寄せた。嫌味な奴だと思ったのだろう。 だが暫くして気付いたようで、ぽかんとした表情になった。 「なんだ、それは。それが求婚の台詞か? そんな言い方、初めて聞いたぞ」 それから、イーメルはまた眉根を寄せた。今度は、何か考えているようだ。 「なあ、返事は?」 ルカが促す。 断られる可能性は考えていない。考えたくもない。 「何を言うか」 一瞬、断られたのかと思った。 「わたしがルカを看取るんだ。だから、それまでわたしがそなたの一番近くに居させてもらう」 「よっし、じゃあ、さっさと結婚の段取りを済ませちまおう」 イーメルの腕を取って、引っ張る。 「え、今からか?」 ルカはイーメルに向かって頷いた。 「だって、あんたとなるべく長い間夫婦でいたいから」 「仕方ないな」 満面の笑みを浮かべるルカを見て、イーメルが諦めたように呟く。困ったような顔で、けれど本当に嬉しそうに。 「ルカ、見てみろ」 イーメルが指差す方へ、ルカは目をやった。 虹だ。 窓の外に、大きな虹が掛かっているのが見える。 「綺麗だな」 「あの日も、こんなふうに虹が掛かっていた」 イーメルが虹に向かって手を伸ばした。 「カザートを、もっともっと良い国にしよう。奴隷制の完全廃止だろ。あと貴族階級ももっと減らさないと。学校もまだ足りないな。病院も……」 まだまだ続きそうだったので、急いでルカは言った。 「分かった分かった。実現させよう、な」 「当然だ」 イーメルが笑う。 ルカが守りたかった笑顔だ。 見ているだけで、幸せになれる。笑顔を持続させるには、イーメルが望むように、カザートをもっと良い国にしなければならない。 大仕事だが、絶対にやり遂げる。 ひとりでは無理でも、セイロンやネルヴァや、一緒に改革を起こした仲間が居る。何よりも、イーメルが居るのだ。 明るい未来が、虹の向こうに見えた気がした。 〜End〜 |