NHK視点論点2002年2月6日

中国経済と脅威論

中国経済脅威論が流行しています。昨年の中国GNPは7.3%成長し、今年も7%成長は堅いと思われます。ゼロ成長あるいはマイナス成長に悩む日本経済と鮮やかな対照を示しています。

---躍進する中国経済が「世界の工場」となり、安い産品を日本に輸出し、日本の雇用を奪い、失業者をあふれさせている。諸悪の根源は中国経済の躍進にあり---

これが中国経済脅威論の論拠です。この議論を検討してみたいと思います。

中国経済はいま発育盛りであり、高度成長期の日本経済に酷似しています。たとえば次のパネルをご覧下さい。北京オリンピックは2008年に予定されていますが、これは東京オリンピックの34年後です。通貨の交換性への第1歩である「国際通貨基金(IMF)8条国移行」は、日本は1964年、中国は1996年、32年遅れています。ある通貨が外国通貨と自由に交換できる場合に、この通貨をハードカレンシーと俗称しますが、円は73年にハードカレンシーになりました。中国の人民元は、早ければ2005年、遅くともオリンピックまでにはそれを実現すると予想されます。そのとき初めて、中国経済はいわば一人前になるわけで、それまではまだ「半人前」です(表1)。

1 高度成長期の日本と高度成長期の中国

 

日本

中国

日本と比べて

オリンピック主催

1964(東京)

2008(北京)

44年遅れ

万国博覧会

1970(大阪)

2010(上海)

40年遅れ

IMF8条国移行

1964

1996

32年遅れ

ハードカレンシー化

1973

2005〜2008

32〜35年遅れ

 

中国のGNPは為替レートで換算すると、およそ一兆ドルであり、日本の四兆ドルの四分の一です。中国の人口は日本のおよそ一〇倍なので、一人当たりGNPは、四〇分の一になります。購買力平価で比較する場合、買い物籠の中身をどう見るかについて、諸説ありますが、仮に中国のGNPがすでに日本経済と同じ規模になっているとしても、一人当たりで比較すると日本の約一〇分の一にとどまります(表2)。

2 一人当たりGNP比較

 

GNP

人口

一人当たりGNP

日本

4兆ドル

1

40

中国

1兆ドル

10

1

 

1990年代の高度成長のなかで、中国の人々の生活水準は著しく向上しました。都市では家電製品が一巡し、近年は農村にもそれが普及し初めています。しかしカラーテレビや冷蔵庫など主な家電製品の普及率は、30年前の日本の水準に相当するレベルです。マイホームやマイカーを持ち、旅行を楽しみ、一人っ子に大学教育を受けさせようとする中産階級も続々生まれていますが、まだ世帯数の1割にとどまります。中国のいまの姿は概して30年前の日本の姿によく似ています。

日中貿易を見ると、昨年の日本の中国向け輸出は三一〇億ドル、中国からの輸入は五八〇億ドル、すなわち二七〇億ドルの入超であり、日本から見て最大の貿易赤字国です。しかし中国の輸出品の内訳を見ると、輸入部品に小さな付加価値をつけたものが少なくないのです。これらの輸入コンテンツは香港経由で輸入されるものが多いので日中貿易だけではなく、日本・中国・香港の三者を全体として見る必要があります。日本・香港貿易は二一九億ドルの出超なので、中国・香港をまとめて考えると輸出入はほぼバランスしており、五一億ドルの赤字にとどまるわけです(表3)。

3 日本と中国・香港貿易は均衡している

 

輸出

輸入

収支

対中国

310

580

270

対香港

234

14

219

中国+香港

544

594

51

資料:財務省「貿易統計」、2001年速報値。(単位:億ドル)

 

こうして中国経済は、GNPレベルでも、一人当たりGNPにおいても、貿易構造から見ても、日本にとって脅威であるとはいいにくいのが現実です。

かつて中国製品は粗悪品の代名詞のように受け取られた時期もありますが、日本企業など外国企業が直接投資を行い、技術移転に努めた結果、メイドインチャイナは「安くて品質もよい」という評価を獲得しました。今日、日本人の日常生活からメイドインチャイナを追放したら、生活が成り立たないほどに深く愛用されるに至っていることは、消費者にとって周知の事柄であります。

とはいえ、中国からの輸入品との競争に敗れて、廃業や生産品目の調整を余儀なくされている一部の業界から見ると、中国産品が脅威と受け取られることも確かです。昨年はネギ、生シイタケ、藺草に対する輸入制限の問題が発生し、中国側は自動車や携帯電話などの輸入制限で対抗し、「日中経済摩擦」が話題になりました。しかし、中国製品の対日輸出に大いに貢献しているのは、実は日本企業なのであり、その現地生産が根付いた結果なのです。この意味では、「日本と中国の摩擦」というよりは、むしろ「日日摩擦」、中国に進出した日本企業と出遅れた日本企業の摩擦でもあります。

冷静に観察すると、途上国・中国との競争に敗れるのは、先進国の衰退産業です。衰退産業を保護して成功した経験は、古今東西の貿易史にないことを銘記すべきであります。日中経済関係を展望すると、基本的には「競合部分」よりは、「補完関係にある部分」が多いことに気づきます。中国で生産できるものは、むしろ極力輸入して、補完関係をさらに発展させ、日本の高いコストを引下げる努力こそが必要です。こうして初めて世界一の「高物価国」、「高コスト国」から脱却すること可能になり、真の構造改革が可能になると思われます。

実は日本経済の「空洞化現象」のほんとうの問題は、農業や中小企業などいわゆる衰退産業の問題ではなく、日本の基幹産業自体が世界的に見て衰退産業化していることではないでしょうか。日本が培ってきた豊かな技術力や資本力を活用するならば、途上国・中国はもとより、先進国の追随をも許さない産業を構築すること、産業構造を高度化することは可能であると私は考えます。たとえばハイテクを駆使した環境に優しい自動車などはその典型というべきでありましょう。いま必要なことは、まさに基幹産業における技術開発であり、この点で日本は大いに「アメリカに学ぶ」必要があると思います。

少し前にレスターブラウン氏の著書『誰が中国を養うか』が大いにもてはやされ、中国の「食糧不足」が話題になりました。実は当時の時点でも中国の食糧は、基本的に自給できる状況にありました。アジア通貨危機以後、「人民元の切下げは必至である」、という憶測が絶えませんでした。皮肉なことにいまは「人民元切上げ論」の大合唱です。

「食糧不足」論、人民元「切上げ」論、中国「脅威」論、これらの議論はいずれも中国経済の実態を見極めた上での根拠の確かな議論ではなく、自信喪失した日本人の心に浮かぶ幻影ではないでしょうか。空洞化の真の原因は、「中国の追い上げ」という外因にあるのではなく、むしろコスト高という日本経済の体質、つまり内因にあると私は考えています。