NHK視点論点2002年3月11日

朱鎔基内閣総仕上げの課題

北京では日本の国会に相当する全国人民代表大会が開かれ、朱鎔基首相が「政府工作報告」などが行われ、現在は各分化会で討議が行われています。朱鎔基首相が国務院総理に就任したのは1998年3月であります。国務院総理の任期は5年ですから、今年は任期の最後の年、朱鎔基内閣「総仕上げ」の年になります。朱鎔基氏は1928年10月生まれなので、現在満73歳です。中国共産党政治局は、70歳未満の人々を選ぶ慣行が出来ていますので、秋に予定されている第一六回党大会で政治局常務委員に再任されない見通しです。国務院総理には政治局常務委員のポストを持つ人物が選ばれる規則なので、朱鎔基氏が来年3月に引退することは確実です(表1)。

1. 政治局常務委員会の7名

江沢民

1926年8月

75歳2月

引退

総書記・軍委・国家主席

李鵬

1928年10月

73歳8月

引退

全人代常務委員長

朱鎔基

1928年10月

73歳8月

引退

国務院総理

李瑞環

1934年9月

67歳9月

留任

政協主席

胡錦濤

1942年12月

59歳6月

留任

軍委副主席・国家副主席

尉健行

1931年1月

71歳6月

引退

政法委員会書記

李嵐清

1932年5月

70歳1月*

留任

国務院副総理

(注)年齢は2002年6月30日現在。*70歳を1カ月超えるが、許容範囲内と見る。

朱鎔基内閣は、アジア通貨危機が発生した翌年に、逆風のなかでスタートしました。朱鎔基氏が取り組んできた大きな仕事を敢えて二つだけにしぼるとすれば、「経済の舵取り」と「汚職退治」であります。二つとも難題ですが、彼はいわば逆風を逆手にとって、大胆に仕事を進めてきました。

「経済の舵取り」とは、計画経済のシステムを市場経済のシステムに変えることです。これは、国有企業を民営企業に改革すること。行政を市場経済に対応したものに改革すること。対外関係から見ると、鎖国経済をやめて世界経済に門戸を開くことでした。WTO加盟は、門戸開放の象徴でしたが、昨年秋、ついに実現したことはご承知の通りです。この分厚い「公報」はWTO加盟関連の法律をまとめたものです。冒頭に批准書が掲げられています。

朱鎔基内閣5年間の経済成長は(図2の通りであり)、激動する世界経済のなかで、的確な舵取りを進めてきたことがこのグラフから読み取ることができます。どの年も7〜8%の成長率を確保することに成功しています。輸出の伸び悩みは積極的財政による内需拡大でカバーしてきました。

2 中国の高度成長(GNP成長率)

中国の貿易と外貨準備高を見ましょう。貿易黒字は(図3の)折れ線グラフのように、400億ドル台から200億ドル台に伸び悩んでいますが、外国からの直接投資は400億ドル台の水準にあり、この結果、昨年末、外貨準備高は2100億ドルを超えました。

3.中国の貿易黒字と外貨準備高

これは、日本、欧州連合についで世界第3位です。ついでに申しますが、中国・香港・台湾の外貨準備高を合計すると、日本とほぼ同じく、約4000億ドルになります。

さて、今回の朱鎔基報告の読後感をいくつか指摘したいと思います。

一つは、WTO加盟を慎重に受け止めていることです。「WTO加盟は全体として、長期的にみればプラスだが、短期では競争力の弱い業種、企業はかなり大きな打撃をこうむる」と述べました。

国内市場の開放によって影響を受ける産業のうち、特に注目されているのは農業部門であります。中国は国土面積は大きいのですが、人口も大きいので、一人当たり耕地面積は限られており、そのため労働生産性は低いのです。つまり中国農業は労働生産性の低さを高い土地生産性によってカバーしていることになります。中国農業のうち、輸入農産物に直撃されるのは、主として沿海地域ですが、競争力の弱い小麦などは作付を転換して、競争力の強い野菜やその加工品に特化しようとしています。こうして、農産物の輸出入自体では、なんとか貿易黒字を確保できることを目指しています。

事情は中国経済全体についても同じです。輸出競争力の強い繊維や電機産品などで「獲得する外貨増」と、国内市場の開放の結果、競争に敗れ増加する輸入によって生ずる「外貨の支払い増」。中国経済全体としては、両者を相殺して、貿易黒字を維持できるればよいわけです。これはおそらく可能と思われます。

二つは失業問題です。国際競争に敗れたことによって生まれる失業者をどのように吸収するかは、大きな課題です。中国の失業率の統計は、対象の範囲が小さすぎると見られるのですが、その控え目も統計でも、失業率は4.5%に増加すると予想されています。実質的には、潜在失業者を含めて約1割以上と見る向きもあります。ただし、中国では食糧備蓄には余裕があり、低所得層も餓死することはなく、なんとか食べていける条件のあることが重要です。

朱鎔基内閣のもとで、中国経済に高度成長がもたらされ、所得を増やし、雇用を増やしたことは特筆すべき貢献であると見てよいでしょう。改革開放の路線に切り換えた功績はケ小平氏のものですが、この路線を実際に推進した功労者は朱鎔基氏であるとみてよいわけです。

朱鎔基氏の取り組んだもう一つの大きな課題は、「政治の腐敗を正して、汚職を退治すること」でした。1995年4月、首都北京市のナンバーワン陳希同書記が汚職のために解任されましたが、摘発のきっかけになったのは、当時副首相であった朱鎔基氏の決断といわれています。有名な「百個の棺桶」物語は、この事件で有名になりました。「腐敗退治には、百個の棺桶を準備せよ。そのうちの一つは、私の分だ。汚職犯人と連れ立って地獄へ行き、それと引き替えに国家を繁栄させ、庶民の支持を獲得するのだ」。

まるで高倉健の映画のようなかっこよさです。総理2年目には、密輸取締りに辣腕を振るいました。2000年11月に14人が死刑になったアモイの大密輸事件摘発は代表的な事件でしたが、これは規模の大きなことで世間を騒がせました(表4)。

4. 腐敗による経済的損失の推計(1995〜99年)

腐敗の種類

GDPに占める比重

脱税など

7.6〜9.1%

国有企業・財政からの流出

3.4〜4.5%

密輸など

0.4〜0.5%

独占的業界のムダ

1.7〜2.7%

13.1〜16.8%

資料:胡鞍鋼主編『中国—-挑戦腐敗』浙江人民出版社、2001年、61ページ。

中国では、古来「水は舟を浮かべるが、舟を転覆させるの水である」(水可載舟、亦可覆舟)といいます。これは人民を水に、政権を舟にたとえたです。腐敗した政権が倒されるのは古今東西の歴史によくみられることです。

朱鎔基氏の行政によって、中国の執政党のイメージが大きく改善されたことは、確かなことですが、市場経済の秩序整頓も汚職退治もこれからが正念場です。朱鎔基氏が引退したあと、朱鎔基路線が継承されるかどうかが問題です。この意味で秋の党大会の人事が注目されます。

 


 

胡錦濤

1942年12月

59歳6月

留任

総書記・軍委・国家主席

李瑞環

1934年9月

67歳9月

留任

全人代常務委員長(有力)

温家宝

1942年9月

59歳9月

昇格

国務院総理(有力)

李嵐清

1932年5月

70歳1月

留任

政協主席(有力)

空 席

 

 

 

 

空 席

 

 

 

 

空 席

 

 

 

 

(注)年齢は2002年6月30日現在