「東アジアの奇跡」と中国

NHK学園『你好』1994年春号、通巻37号、0-3ページ

(1)東アジアの奇跡

世界銀行は1993年に『東アジアの奇跡----経済成長と公共政策』(英文、「要約」部分の邦訳は、イースタン・ブック・サービスから発売、1000円)と題したポリシー・リサーチ・レポートを発表した。この本は1965年から1990年にかけて東アジアが世界のどの地域よりも急速に成長したこと、この急成長は、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、シンガポール、タイ、台湾といった8つの国・地域における、奇跡的な経済成長によりもたらされたことを分析し、これら8つの高度成長を示す経済地域をHPAEs(High Performing Asian Economies)と名付けた。NICs といい、NIEsといい、世界銀行あたりのエコノミストがつくり出した新語だが、こんどはHPAEsという新語が登場したわけである。これら8つの地域は、日本プラス四小龍(韓国・台湾・香港・シンガポール)プラス三小虎 (タイ・マレーシア,インドネシア) にグループ分けできる。 60年代後半から、 70年代、 80年代にかけて、 日本の高度成長が四小龍に波及し、 さらにはアセアンの三匹の虎に波及したものとみてよい。高度成長が四小龍あたりにとどまっていた時期には、 いわゆる 「儒教文化圏」 論がにぎやかに行われた。つまりは、 高度成長が可能なのは、 日本プラス四小龍だという議論である。 しかし、 このかなりいかがわしい議論は、高度成長がアセアンの三匹の虎に波及することによって事実上破産してしまった。ヨーロッパのピューリタニズムに儒教をなぞらえるような議論は、所詮軽薄な対比にすぎなかったのである。

さて、1992〜93年の高度成長を経て、中国の姿も様変わりした。中国が新顔として、 この成長の隊列に加わったのである。前掲の『東アジアの奇跡』は、 中国を直接的に分析の対象としてはいない。 所有制構造、企業経営の方法、 市場への依存度など経済体制の基本的な点において、中国はHPAEsとは異なっているからだ。しかし、 中国はいま市場経済化ヘの方向を急ピッチで歩んでいる。この経済体制改革の過程で、中国もまたHPAEsの一員に加わりつつある。かくて、 東アジアは 「日本プラス四小龍(韓国・台湾・香港・シンガボール)プラス三匹の虎(タイ・マレーシア、インドネシア)プラス中国」の順で、成長メカニズムが転移し、あたかも雁が隊列を変えつつ飛ぶかのように、 つぎつぎに成長の主役を代えて、全体として高度成長し、 21世紀の世界経済を牽引しようとしている。

(2)「華人huaren」 とはなにか

四小龍のうち韓国を除く 3つが「華人・華僑」 を主とした地域であることは、 いうまでもない。 ここから「三つの中国」(大陸・台湾・香港) あるいは「四つの中国」 (大陸・台湾・香港・シンガポール)の俗称が生まれた。華僑の「僑」 とは、なにか。『新華字典』を調べると、 @ 「寄居在国外(従前也指寄居在外郷:僑 居.。」 A「寄居在祖国以タト的人:華僑」、 とある。 @は外国(かつては中国国内の異郷)に居住するという事実を指し、 Aは外国に居住する人びとの意である。 つまり、 外国に住む中国人なら華僑であり、 外国に住む日本人なら日僑 である.

「華人huaren」とはなにか。『世界華僑華人詞典』(周南京主編、 北京大学出版社、 1993年)で調べると、 @対具有中国血統者的泛称。A又称外籍華人或華族。英文為Ethnic Chinese、 己取得タト国国籍的原華僑及其后裔。華僑喪失或放奔中国国籍、并取得タト国国籍后、 即改変身(人分)為華人。 と説明されている。この定義は、 きわめて正しい. 特にAの定義が重要であろう。「外国の国籍を取得した元華僑」であり、「華僑が中国国籍を喪失し、外国の国籍を取得すれば、その身分は華人に変わる」 という定義が重要である.

東南アジアの大部分のエスニック・チャイニーズは、 たとえばマレーシアやインドネシア、シンガポールが独立したのち、 それぞれの国家の国籍を取得し、 「華僑」 から 「華人」 になった。彼らの「祖国」は、 中国からそれぞれの居住国に変わったわけだ。「愛国」を語るとき、 その対象は中国ではなくて、 シンガポールであり、マレーシアでなければならない。四小龍はもとより、とくにアセアンの三匹の虎の高度成長の過程で、これら華人の果たした役割はきわめて大きいことは、周知の事実である。同時に、これら華人のバイタリティに刺激されて、マレー人、 インドネシア人の経済活動も大きく発展した。

(3) 「華人資本」 の中国大陸への直接投資

中国は前述の高度成長のもとで、 その開放政策も1992年に決定的な変化を遂げた。それは中国が受け入れた直接投資に端的に示されている。1979〜91年の13年間に受け入れた直接投資(契約ベース)は、 累計で523億ドルにすぎなかった。92年は1年間で581億ドルに達した。93年は1100億ドルに達している。92−93年の両年に中国に対する外資の認識が大転換を遂げたことが分かるであろう。

92年の直接投資の内訳を兇ると、 香港・マカオ400.4億ドル(68.9%)、 台湾55,4億ドル (9.5%)、 アメリカは312億ドル(5.4%)、 日本21.7億ドル(3.7%)、シンガポール10.0億ドル(1.7%)、イギリス2.9億ドル(0.5%)、フランス2.9億ドル(0.5%)、 イタリア1.0億ドル(0.2%) となっている。イギリス、フランス、 イタリアは合計で6.8億ドル(1.2%)にすぎず、 シンガポールの10億ドルにおよばず、 台湾の8分の1、 香港の60分の1にすぎないのである.これは「実行ベース」ではなく、 「契約ベース」であるから、 実際に契約が履行される歩留り率は別である。 しかし、契約ベースのほうが「先行指標」として役立つ。この数字は、「斜陽のEC」 と「東アジアの奇跡」の対照を鮮明に浮かびあがらせている。 香港や台湾、さらにはシンガポールからの投資には、それぞれの 「地場資本」のほかに、 これらの地域を経由した(あるいはこれらの地域で投資対象を選別するノウハウを学んだ)華人資本が大量に含まれている。では華人資本はなぜ中国に向かったのか。

(4)華人ナショナリズムか、中華ナショナリズムか

ケ小平は1990年4月17日、訪中したタイ国のチャロン・ポカパン集団菫事長謝国民に対して、 こう語っている。「中国人は立ち上がらなければならない。大陸にはすでにかなりの基礎がある。われわれにはさらに数千万人の愛国華僑が海外にあり、 彼らは中国の発展を希望している」(『ケ小平文選』 第3巻、 人民出版社、 1993年、 358頁).タイ人たる謝国民の 「愛国」 の対象は、 当然タイでなければならない。ケ小平が中国に対する 「愛国」 を語るのは、 対象を間違えている。天安門事件後の切Group7 (先進7カ国)の経済制裁のなかで、華人資本に頼るほかないケ小平の苦境は理解できるが、 彼らはすでに居住国の国民であり、祖国は中国ではない。華人資本の側からみても、投資対象として有利だから投資するまでのこと、 損得を無視して投資することはありえまい。

1990年9月I5日、 ケ小平はマレーシアの郭氏兄弟集団董事長ロバート ・コック (郭鶴年)に対して、 こう語っている。「大陸同胞、 台湾・香港・マカオの同胞、このほか海外華僑は、 みな中華民族の子孫である」(『ケ小平文選』 362頁)。いかにも彼らは人種的には「中華民族の子孫」だが、愛国の対象が中華人民共和国であるとは限らない。桔弌峠がここで「愛国華僑」 「海外華僑」の語をもちいるばかりであり、「華人」を用いないのは、見識が疑われる。ここには天安門事件後の経済制裁めなかで、ケ小平が東南アジアの「同胞」 (と誤認し、 相手側もその誤認をおそらくは受け入れた) に緊急支援を求めた経緯がよく示されている。つまり、危急時に際して「華人・華僑の区別」を忘れてしまったのではないか。 タテマエが崩れてホンネが出たとみることもできよう。しかし、これは見逃せない問題を含んでいる。ちなみに1986年6月18日に、 アメリカ・カナダ・オーストラリア・旧西ドイツ・ブラジルなどから観光に訪れた栄毅仁一族と会見したときには「海外の華人・華僑」「国外の華人・華僑」として 「華人」と「華僑」を明確に区別している(『ケ小平文選』162ページ)。要するに、「華僑」たる中国人と、「華人」たる非中国人を明確に峻別するのがタテマエなのであり、その原則は前掲の『世界華僑華人詞典』の教える通りである。

(5) 「関係クワンシー」か、華夷思想か

1993年11月に香港で「世界華商大会」が開かれた。シンガポールの元首相李光耀氏は、エスニック・チャイニーズであり、 かつシンガポール共和国人であるみずからと中国との関係を説明した英語の演説のなかで、「関係」(クワンシー)という中国語を用いて表現し、英語のaffiliateという単語でその意味を説明した。またNHKのインタビューに対しては日本語の「義理」みたいなものと補足した。エスニック・チャイニーズとしての親近感があるという意味である。血は水よりも濃い」とは、人間の情であるから、 これは理解できないことはない。しかし「華夷思想」 に犯されて、 東南アジア諸国への内政干渉を行うならば、 反発を買うだけでなく、 黄禍論yellow perilの悪夢を想起させるかもしれない。これによって最も被害をこうむるのは、だれよりもまず東南アジアの華人たちであり、ついで中国自身のはずである。「系列keiretsu」が日米摩擦を引き起こしたように、中国語の「関係(クワンシー)」と「自己人」意識(仲間意識)とが貿易摩擦のタネになるのは、遠くないかもしれない(樋泉克夫氏の談話、『東京新聞』1994年1月1日)とみるコメントに私も同感である。私は70年代初頭にシンガポール南洋大学と香港大学に学び、 東南アジアを放浪したので、インドネシアの1965年9.30事件の悲劇やマレーシアの1969年の5・13人種衝突の記憶を忘れられない。中華人民共和国人たちが「華人」と「華僑」を峻別し、 華夷思想の眼鏡を放棄しないかぎり、中国と東南アジア諸国との友好関係はありえまい。この視点が確立することは、世界各地に住むエスニック・オリジンとしてのチャイニーズと中華人民共和国人とを区別する視点が設定されることと同義である.ここからより大きな視点が生まれる。中華人民共和国人内部の多様性を認めること、 とくにいわゆる漢民族のなかに多様性を認める視点を確立することである。 かつて文革期に「海外関係haiwai guanxi」は、 スパイと同義であった。市場経済のなかで、「関係戸guanxi hu」「関係網guanxi wang」「関係学guanxi xue」が流行語となった(『新語詞大詞典』韓明安主編、 黒龍江人民出版社、1991年7月)。 中国人が「拉関係la guanxi」を行うのは、好みの問題にすぎまいが、ひとたびこれが「華夷思想」に結びつくと、 世界から袋たたきにされにおそれがある。