『AERA Mook』

環境学がわかる、131〜133頁

黒龍天を舞い、黒雨顔を打つ

九四年七月四日、環境庁は「第二次酸性雨対策調査(八八〜九二年度)」の結果を発表した。これによると、硫酸イオン濃度が日本海側の利尻(北海道)、佐渡(新潟)、隠岐(島根)、対馬(長崎)において毎年秋から冬にかけて高い事実が判明した。この時期には季節風が大陸から日本に向かって吹く。つまり酸性雨の原因物質が大陸から季節風に乗って運ばれてきている可能性の強いことが確認されたわけである。専門家はかねてこのように指摘してきたが、その危惧が裏付けられたことになる。東アジア地域の高度成長はいままさに最後のフロンティア中国に波及しようとしている。中国のエネルギー・環境問題に近隣の人びとは強い関心を持たざるをえない。九二年の夏休み、私は広州に招かれ、「華南経済圏と日本」というシンポジウムに出席した。その会場で何博伝氏(中山大学科学哲学教研室副教授)を紹介され、後日改めて同氏と一夕語り合ったが、その時に出た話を繰り返したい。重慶の酸性雨は六〇年代、ヨーロッパで酸性雨が最も騒がれた時期のものに近い。重慶の長江大橋の錆び具合はひどいものだ。八六年には宜賓から上海まで揚子江以南の一八都市で強い酸性雨が降った。私は彼の話にうなずき、日本のテレビ画像で四川省楽山の摩崖仏が酸性雨のために溶解しつつある姿を見たことがあると応じた。彼はさらにこう付け加えた。「冬の中国を訪ねてごらんなさい。ひどいスモッグを体験できるはず。まさに“黒龍が天を舞い、黒雨が顔を打つ”といったところですね。そして南方へ行けば、酸性雨をたっぷりと味わうことができるというわけです」。

八三〜八四年の酸性雨調査(第一次、国家環境保護局)によると、全国一八九都市のうち、四五都市に酸性雨が出現している。地理的分布を見ると、西南地区の被害が著しく、中南地区と華東地区がこれに次いでいる。pHの最小値が四・〇より小さい都市は、蘇州・広州の三・八、南昌・貴陽の三・七、重慶の三・六、貴州省都均(−土)の三・一などである。北方地区の酸性雨が軽微であり、四川省や貴州省のそれがひどいのはなぜか。北方地区の場合は、黄砂に代表されるようなpH七〜八のアルカリ性土壌が酸性物質を中和しているためと見る説が有力である。これに対して南方地区の酸性雨被害が著しいのは、これらの地域はpH五〜六の酸性土壌であること、さらに南方の石炭の硫黄分が高いことが指摘できよう。南方の酸性雨については実は、このほかにいわゆる「国防三線建設」の問題がある。文化大革命期に毛沢東は第三次世界大戦を生き延びるために、四川省南端の攀枝花地区の鉄鋼コンビナートを中心とし、雲南省、貴州省にまたがる重工業地区を建設した。結果論だが、これは壮大なムダであったばかりでなく、いまはなはだしい酸性雨を降らせることによって、大きな後遺症を残している。武器工場として役立たなかったばかりでなく、人民に大きな被害を与えた負の教訓として、記憶さるべきであろう。

日中のエネルギー構造を比較してみると、日本では戦前すなわち一九三五年には石炭がエネルギーの七三%を占めていたが、高度成長期には石油への転換が進み、七〇年には石油が七割、石炭二割であった。これに対して中国の一次エネルギー生産(括弧内は消費)構造は、石炭七四・三%(七四・九%)、原油一八・九%(一八・〇%)、天然ガス二%(二%)、水力発電四・八%(五・一%)である(『中国統計年鑑九三』中国統計出版社、四七七頁)。生産面でも消費面でも石炭の比重が圧倒的に高い。原油はピーク時には二五%弱まで伸びたが、近年は一八%台に落ち込んでいる。クリーン・エネルギーとして知られる天然ガスは生産、消費ともに二%である。これは九二年時点における実績である。九三年の中国の一次エネルギー生産量は標準炭換算で一〇・六一億トンであり、種類別にみると、石炭(原文=原煤)一一・四一億トン、原油一・四四億トン、発電量八二〇〇億kwhであった(『人民日報』九四年三月一日国家統計局公報)。中国のエネルギー消費の四分の三が石炭である事実のもつ意味は大きい。石油は脱硫、脱硝しやすいが、石炭のそれは技術的にはるかに困難だからだ。加えて次のような制約がある。1)中国の石炭の硫黄含有量は平均一・七二%である。したがって一四億トンの石炭なら二四〇〇万トンの硫黄、四八〇〇万トンの二酸化硫黄を生み出す。一四億トンという数字は二〇〇〇年の生産目標にほかならない。現在採掘している石炭のうち硫黄分二%以上を占めるものが二割弱を占める。四川省、貴州省、広西自治区、山東省などの石炭の硫黄含有量は特に高く、なかには五%に達するものさえある。2)石炭量のうち、九割が燃料として用いられる。民間用石炭の大部分が直接燃焼される。燃焼前に「洗炭」を行なっているものは、全体の二割にすぎない。3)中国のエネルギー利用効率は、先進国と比べて著しく低い。日本五七%、アメリカ五一%、EC四〇%、中国三〇%である。分野別に見ると、火力発電所では先進国三五〜四〇%に対して、中国は二八%。工業用ボイラーでは先進国七〇〜八〇%に対して、中国五五%。鉄鋼コンビナートでは先進国五〇〜六〇%に対して、中国二八%である(曲格平『中国環境問題及対策』中国環境出版社、八四年、二〇八頁以下。二一〇頁以下)。

日本の高度成長期と中国を比較してみよう。一九六五年当時、日本の一人当りGNPはおよそ一〇〇〇米ドル程度であった。中国のGNPは『世界銀行アトラス』では九二年四四二三億ドルである。これは為替レートで換算したものだが、これを購買力平価で評価すれば一・二兆ドル台を超える。人口が約一二億人弱であるから、一人当りはおよそ一〇〇〇米ドル強になる。こうして一人当りGNPをモノサシとすれば、中国の一九九二年の水準は、日本の一九六五年当時に相当するとみてよいわけだ。むろん、大まかな比較にとどまることはいうまでもない。六五年当時の米ドルの価値と九二年の価値との間には大きな差がある。にもかかわらず、かつてのW・ロストウのテイクオフ説のように「一〇〇〇ドル程度で離陸できる」とする説は、意外に有効かもしれない。ちなみに、二〇〇〇ドルを超えるとオートバイが売れ、四〇〇〇ドルを超えると四輪車が売れると業界筋では分析しているが、中国ではいまオートバイがブームであり、四輪車は量産体制を整備中の段階である。

中国は基本的にはまだ重化学工業の時代、すなわち「日本の六〇〜七〇年代」に相当するとみてよい。中国はこれから本格的な「公害の時代」を迎えようとしている。とはいえ中国経済はすでにもう一つの顔をもっている。さきごろ中国政府は「九〇年代の産業政策要綱」(『人民日報』九四年六月二三日)を公表したが、そのなかで二一世紀にかけての「支柱産業」とされているのは、機械工業、電子工業、石油化学、自動車、建設業の五つの業種である。基本的には「重厚長大」を発展させながら、一部では「軽薄短小」の分野でもキャッチアップの努力が必死に行なわれていることを理解できよう。

「社会主義に環境汚染は存在しないとみなしていた」

中国が環境保護の必要性に目覚めたのは七〇年代初頭である。七三年に第一次環境保護会議を開いている。その後毛沢東時代から小平時代への過渡期の空白ののち八三年一二月に第二次環境保護会議を開いた。そして第三次環境保護会議が開かれたのは、八九年四月二八日〜五月一日のことである。一連の会議を通じて中国の公害認識が深化してきたが、それを裏付けるものとして『中国環境状況公報』が継続的に公表されるようになった事実を指摘できよう。すなわち『中国環境状況公報一九八九』(『人民日報』九〇年六月三日)を初公表したのに続いて、九〇年版(『中国環境報』九一年六月四日)、九一年版(『中国環境報』九二年六月二日)が九二年版(『中国環境報』九三年六月一五日)が公表されている。中国における環境保護行政の責任者・曲格平氏(国務院国家環境保護局局長)は、『中国を救え──環境の発する警戒信号』(韓国剛主編、求実出版社、八九年)に寄せた序文でこう自己批判したことがある。「わが国はこれまで環境問題への認識を欠いていた。とりわけ動脈硬化した思想の影響のもとで、環境問題を資本主義に特有のものとみなし、社会主義社会には環境汚染問題は存在しないとみなしていた。(資本主義の環境問題を)対岸の火災視して、自己陶酔していた」「その結果、タイミングを失い、取返しのつかない環境汚染の局面を作り出し、痛ましい教訓を残した」。

中国は発展途上国であり、一人当りエネルギー利用は五九八キログラム(九〇年、石油換算)にとどまる。アメリカ七八二二キロの七・六%、日本三五六三キロの一六・八の水準にすぎない(『世界銀行アトラス』一九九二)。しかし、SOx の排出量は、アメリカの二〇七〇万トンに対して一九七〇万トンであり、世界第二位である。日本は約一〇〇万トンであるから、日本のざっと二〇倍近い量である。科学技術庁の報告『アジア地域のエネルギー利用と地球環境影響物質排出量の将来予測』(平成五年三月)によって、SOx 排出量を各省ごとに見ると、二〇一〇年に排出量一〇〇万トン以上の省が一四省になる見通しである。アジア地域のSOx にとって、中国のシェアがとてつもなく大きいことがよく理解できよう。中国政府は西暦二〇〇〇年のエネルギー源を一四億トン(石炭換算)とし、SOx 排出量を二〇〇〇万トンに押さえる目標を立てているが、現在の時点ですでに二〇〇〇万トンを超えており、二〇〇〇年にはその二倍以上になるという推定も行なわれている。本格的な日中環境協力はいまや喫緊の課題である。