「秋老虎」をめぐって

『月刊健康』96年5月号第445号、54〜55頁

大学の教師には試験問題作りという仕事があり、結構神経を使う。入試問題作りならなおさらだ。小論文であれ、最近流行の「総合問題」であれ、現代日本語の標準的な文章探しに骨を折る。安易なのは、権威にすがる方法であり、『朝日新聞』のコラム「天声人語」あたりは、出題源としてしばしば用いられる。そこで老婆心ながら苦言を一つ。

一九九五年一一月一八日付「天声人語」で中国語「秋老虎」について妙な講釈が見えたので、つい教師稼業の職業病が起こり、新聞社宛にFAXを書いた。──今朝の冒頭に、「秋老虎」を「小春日和」のこと、とありますが、「残暑」のことです。立秋後の「残暑」だから、トラのように激しいのです。「小春日和」なら、「小陽春」あたりが適当でしょう。一日置いて一一月二〇日付の弁明はこうであった。──「先日、小春日和のことを<中国の気象学用語では「秋老虎」と呼ぶそうだ>と書いたら、それは間違い、との指摘を多数いただいた。「秋老虎」とは残暑の意味であり、小春日和にあたる中国語は「小陽春」だ、という内容である。なるほど、辞典には、その通りの記載がある。一方で、私が参照したのは中国科学院編集の『気象学名詞』だ。これには「インディアンサマー(小春日和)」の訳として「秋老虎」のみが挙げられている。科学出版社発行の『英漢気象学詞匯』も、同じだった。<気象学用語では>と、ことばを添えたのは、そういう事情からである。ただし、「秋老虎」の語感は、小春日和には、あまり似つかわしくはなさそうだ。猛々しい感じもする。「小陽春」の方が、おだやかだ。専門用語は、専門用語の範囲を出ないのかもしれない──。

『気象学名詞』も『英漢気象学詞匯』もインディアン・サマーの訳語として「秋老虎」を挙げられているが、これは杜撰を絵に書いた形であり、間違いなのだ。科学院や科学出版社の権威に騙されてはいけない。権威にすがり「専門用語ならば、秋老虎=小春日和が許されるかのごとき書き方は、牽強付会である。秋老虎に普通用語、専門用語といった使われ方の区別などありはしない。「専門用語は、専門用語の範囲を出ないのかもしれない」といったグチで終わるのは、実に情けない。往生際が悪い。

このようなエッセイをミニコミ誌(『蒼蒼』九五年十二月号)に書いたところ、畏友丸尾常喜教授(東大文学部)が早速「秋老虎」を考察してくれた(『蒼蒼』九六年二月号)。「残暑」を「秋老虎」というのは、もともと北方の方言であっただろうが、今ではほとんど標準語化している。「小春日和」は「小陽春」がそれに当たるが、もともと「小春」自体が中国語であった(典拠は『徒然草』百五十五段)。丸尾教授の博引旁証を得て、私の曖昧な語感が確かめられた。畏友の啓発はまことにありがたい。