『読売新聞』論点、199772

中国経済の「香港化」注視

香港返還の歴史的政治的意味

七月一日を期して香港はイギリスから中国に返還された。中国では「回帰」(祖国復帰)と呼ぶ。不幸なアヘン戦争を契機として、貧しい中国からイギリスに「里子」に出された香港が「養父」イギリスよりも豊かになって「実母」のもとに帰るイメージが分かりやすい。

昨年の統計によれば、イギリスの一人当たりGDPは一・九万ドルにとどまるが、香港は二・四万ドルを超える。ちなみに中国は、実質的な購買力をどんなに大きく評価したとしても、ゼロ一つ足りない段階であり、まだ貧しい。しかし一人当たり所得ではなく、GNPで評価すると中国はすでに大国である。

香港人の心境は複雑であろう。一方では中国人としての誇りを感じ、他方ではその政治や経済の落差が何かトラブルをもたらすのではないかと懸念する。

五月の総選挙で敗北し、労働党に政権を譲ったメジャー前首相が最後の香港総督としてパッテン氏を指名したのは五年前である。保守党の幹事長として選挙を勝利に導きながらみずからは落選の憂き目をみた失意の政治家に対するメジャー氏の思いやり人事であったとみてよい。

就任以来、パッテン氏は「レイム・ダック」(影響力を失った政治家)になることを警戒しつつ、さまざまのパフォーマンスを演じてきた。しかしそのほとんどが裏目に出て、歴史の幕間劇のクラウンの姿で舞台から消えようとしているのは皮肉である。

本来なら返還劇の一方の主役であるはずなのに、名誉ある撤退劇の演出に失敗したのは、歴史の潮流を見誤った政治家の大きな誤算というほかない。パッテン総督についてこのように辛辣な評価を予告した英・民放テレビチャネル4(九四年六月二二日。NHK衛星放送九六年一二月一一日放映)の視点こそがイギリスの良識と私は読んでいる。

内外のマスコミは、パッテン氏の引っかき回しとこれに対する北京当局のこわもて対応を脚色して返還への不安を煽った感が深い。木を見て森を見ない報道は枚挙にいとまがない。

返還後の香港では「一国両制」が行われる。中国の主権という枠組みのもとで香港の資本主義経済と中国の「社会主義」経済が有刺鉄線を残したまま共存するものと理解されている。

「一国両制」にせよ、高度な自治を意味する「港人治港」にせよ、桔弌峠氏によっておよそ一〇年前に提起されたものである。当時は中国の市場経済化の行方が曖昧模糊としていたが、その後の試行錯誤を経て、市場経済化への道は確かなものとなっている。中国では市場経済化への歩みを速めながら、今後も少なくとも一〇年、二〇年は高度成長が続く可能性が強い。一部では「社会主義」中国が資本主義・香港の活力を損ない、金の卵を生む鶏を絞め殺すことを危惧する見方もあるが、これは杞憂にすぎまい。経済的繁栄を失った香港は、単に失業者六〇〇万のスラムにすぎなくなる。スラムを返還させて何になろう。返還後の香港でそのような悲劇が演じられないように江沢民指導部は細心の対策を練りつつある。

両者は有刺鉄線で隔てられ、人々の移動にはいぜん「査証」が必要だ。司法も通貨(香港ドル)も独立である。董建華初代行政長官のもと、アンソン・チャン女史以下、主な政庁幹部をそのまま用いることによって行政の安定性、継続性を保持することなど、どこをみても北京の意図は明確である。

このような措置が貫徹されるかぎり、香港の国際金融市場としての機能が失われ、中国のローカルマーケットに変質することはありえまい。国際金融を支える条件はなに一つ失われないからだ。ロンドンや東京、そしてシンガポールと同じく、返還後の香港は中華人民共和国の主権下にあっても、その国際金融都市としての機能を果たし続けるであろう。

かつての香港はイギリスが東アジアに設けた橋頭堡であったが、今後の香港は中国の南玄関として、中国とASEAN(東南アジア諸国連合)、そして中国と西側を結ぶゲイトウェイになろう。中国が「改革・開放」の政策に転換して以後、香港経済と大陸経済との相互依存関係の広がりと深まりは刮目に値する。

人々は「香港経済の大陸化」を危惧しているが、視線はむしろ大陸経済の「香港化」現象(市場経済化)にこそ向けられるべきであろう。中国は昨年までに1770億ドルの直接投資を受け入れたが、その6割弱、すなわち一〇〇〇億ドル以上は香港資本である。中国の市場経済化を導く最も有力な牽引力は、香港資本をおいてほかにはありえい。「一国両制」の内実とは、「市場経済先進地域・香港」と「市場経済途上国・中国」との有刺鉄線に象徴される距離を置いたままの連携なのである。水と油の関係ではなく、相互補完関係がいよいよ深まってきた事実に着目すべきである。

現代中国論。著書に『巨大国家中国のゆくえ』『中国人民解放軍』『桔弌峠』など。五八歳。