目覚めた中国−−−市場経済へ進む中国について、矢吹晋教授に聞く

『北京週報』1998年46号27〜29頁、本誌特派員 賀雪鴻

今年は中国の改革・開放政策実施20周年に当たる。20年来、とりわけこの10年間、計画経済から市場経済へ移行する過程で中国の経済社会は、大きな変貌を遂げた。同時に経済発展に伴うさまざまな問題も生じている。このほど、記者は著名な中国経済の専門家、横浜市立大学商学部の矢吹晋教授にインタビューした。以下は、その内容である。

記者 中国が改革開放政策を実施してすでに20年の歳月を経ましたが、この20年間の中国の変化をどう見られますか。

矢吹 改革・開放の政策に転換する前、すなわち計画経済の時代には、中国は国際的に孤立した状況にあり、そのため経済的発展が立ち遅れました。しかし、1978年に改革・開放政策に転換して以来、これまで眠りに落ちていた中国経済がようやく目覚めたという印象をもっております。私はさきごろ『図説・中国の経済』という本を書きましたが、この本の英訳版のサブタイトルは「巨人が目覚めた」というものです。実はこれはフランスのナポレオン3世の警句なのです。中国はよく「眠れる獅子」と呼ばれましたが、いつか目覚めてそのときには、世界を揺るがすであろうと彼は予言したのです。中国が長い眠りから目覚め、21世紀に向かって勢いよく発展している姿は、まさにこのナポレオン3世の警句を想起させるものがあります。1949年に中華人民共和国が成立したとき、毛沢東は「中国人民は立ち上がった」と天安門上で宣言したのですが、その後、試行錯誤を重ねて、実際には、中国経済がなかなか進みませんでした。ところが、桔弌峠氏の新しい政策に転換して以後、今度こそ、中国経済は真に目覚めたのです。当初は沿海地区が目覚めただけでしたが、その後、市場経済の波は少しずつ内陸部に波及し、いまや中国大陸全体が覚醒しつつあるという印象をもっています。アジア地域全体の経済を概観すると、まず日本経済の高度成長が約30年間続きました。その後、韓国、台湾、香港、シンガポールのいわゆる「四匹の小さな龍」が高度成長期を迎えました。さらに、タイ、マレーシア、インドネシアなどのいわゆる「三匹の小さな虎」がこれに続きました。このような動きに追いつき、追い越すかのごとく、中国経済の高度成長が始まりました。改革・開放に転換して以後も、いくつかの曲折がありましたが、92年初の桔弌峠氏の「南巡講話」以後、本格的な高度成長期に入りました。この成長の波はおそらく、すくなくとも約30年程度は続くものと予想されます。これは経済の離陸期には比較的長期にわたって高度成長が続くという「経験則」による見通しです。いわば勘によるものです。この大きな流れは、昨年来のアジア通貨危機による混乱によっても変わることはないと私は見ています。

毛沢東は半植民地の中国を独立させる事業においては功績を挙げたのでずが、その後の経済建設においては大きな失敗をくり返して、結局成功できなかったと思います。これは中国だけの失敗ではなく、旧ソ連でも東欧でも、すべて失敗したわけですから、問題は計画経済体制と考え方自体にあったことがわかります。

その反省の上に各国は市場経済への転換をはかりましたが、独立国家共同体(CIS)ではその過程で大きな困難に直面しています。東欧では順調に進めている国もありますが、旧ユーゴスラビアのように、分裂状態に陥ったところもあります。割合順調なのは中国とベトナムであると評価できると思います。

記者 今年三月、朱鎔基総理が国務院の仕事を主宰するようになって以来、国有企業の改革、政府機構の行政改革、金融改革など一連の新しい改革を推進していますが、これをどう思われますか。

矢吹 私は朱鎔基総理のリーダーシップをきわめて高く評価しております。なによりも人格が清潔ですし、エコノミストとしての能力も抜群ですね。桔弌峠氏が「経済の分かる男」と評したのは、正しい評価であると思います。ですから、朱鎔基総理の陣頭指揮のもとで、中国経済の舵取りには大きな問題はないと見ています。

ただ、感想を加えるならば、これらの改革にはもっと早く著手すべきでした。市場経済の進展に対応して、その動きに遅れないように改革のプログラムを提起できればよかったのですが、さまざまな理由から、少し遅れており、その結果、改革の実行がより困難になったと見ております。朱鎔基総理が3年で改革を断行すると公約しているのは、遅れを取り戻すために、背水の陣の構えで臨む決意だと思います。エコノミストとしての朱鎔基氏の実績は、過去数年の中国の経済指標としてすでに現れています。たとえば外貨準備高は93年には約200億ドルでしたが、97年には約1400億ドルであり、7倍に増えています。貿易は93年には122億ドルの赤字でしたが、97年には400億ドル以上の黒字です。海外からの直接投資の受入額も著しく増加してきました。これらは、人民元の交換レートが安定していることによってもたらされたものです。つまり、正しい為替レートを設定することによって、中国経済と国際経済とのリンクを確実なものとすることができたわけです。国内総生産(GDP)の成長率を割合高い水準に維持しつつ、物価を安定させるというマクロ・コントロールにおいても成功したことはいうまでもありません。政府機構の改革案のなかで、私が最も注目しているのは、国家計画委員会を国家発展計画委員会に改組し、国家経済貿易委員会を大幅に拡充する構想です。計画経済を推進した時代には、国家計画委員会の役割が重要でした。いまや市場経済の時代ですから、国家発展計画委員会の役割は相対的に小さなものになり、市場経済を推進する役所としての国家経済貿易委員会の役割が大きくなります。時代の要請に合わせて断固としてた改革を行う決断力は尊敬に値します。日本では行政改革の実行があまりにものろく、中国のスピードと対照的です。

記者 アジア通貨危機という嵐のなかで中国の開放政策は軌道修正が必要だとお考えですか。

矢吹 中国の人民元が資本取引を含まない、経常収支ベースで外国通貨と自由に交換できるようになったのは、96年12月にIMF(国際通貨基金)規約の「第8条」適用国になったときです。中国の開放政策は、まだドアを半分開いただけの状態にたとえることができます。このため、中国は嵐の襲撃に対して巧みにこれを防ぎ、被害を最小限にできたと思います。問題は今後の対応です。ヘッジ・ファンドの暗躍のように、世界経済を攪乱させる要素はいろいろありますが、だからといって開放政策を遅らせるのは、賢明な措置であるとは思えないのです。中国が人民元を資本取引をも含むレベルで自由化し、またWTOにも積極的に参加していく方向は、世界経済にとっても、中国経済にとっても、ぜひとも必要な道です。だから結論は、一方では世界経済の秩序作りの再検討を進めつつ、他方で十分な国内対策を用意しつつ、着実に開放政策を進めることこそが唯一の選択肢であることを確認することだと思います。いいかえれば、鎖国経済への逆戻りは、中国をふたたび孤立化させる道であり、孤立化した時代に中国経済が大きく立ち遅れた事実をかみしめるべきでしょう。だから、この選択肢はありえないでしょう。

記者 市場経済への歩みのなかで、中国にはさまざまな問題が現れていますが、これらの問題を先生はどう見られますか。

矢吹 中国は人口大国であり、歴史大国ですから、問題も山積しています。ただし、多くの問題を単に列挙するだけでは、解決への道を探ることは不可能です。私の考えでは、問題を現実的に提起すべきであり、そのような問題提起によってこそ現実的解決が可能なのです。人々の生活にとって最大の問題は雇用を確保し、失業者を減らすことではないでしょうか。そのためには経済成長のテンポを高く維持することが必要です。ハイテクだけではなく、時にはむしろロウテクによって雇用を可能なかぎりふやし、人々の生活を保証することが肝要ですね。中国政治においては、中国共産党が指導する体制のもとで、「民主集中制」のうち「集中」はやりやすい。これはメリットですが、その反面として汚職や腐敗の危険性は大きいことに着目すべきですね。政治の民主化の問題は「敏感な問題」ですが、私は経済的条件が整わない段階で政治改革を急ぐのは賢明ではないと考えています。韓国や台湾、シンガポールでは高度成長期を経たあとで、経済的社会的条件の成熟を待って段階的に民主化を進めたので、成功しています。これに対して旧ソ連では、「ショック療法」あるいは「ビッグ・バン・アプローチ」のような形で一挙に民主化を進めようとした結果、混乱に陥りました。私は韓国や台湾の経験は「正面教師」であり、旧ソ連の経験は「反面教師」であるはみています。中国はこれら二つの経験と教訓から多くのものを学べると思います。地球環境問題や地域環境問題は、それぞれに軽視できない問題です。これらの問題は経済成長の過程でのみ、解決への道を模索できるはずです。経済成長が問題を発生させるから、経済成長自体を止めるべきだという議論には私は賛成できません。経済成長は問題を発生させると同時に問題を解決する条件をも作ることに着目すべきだと思います。「持続的発展の道」というコンセプトを私はこのように考えています。

記者 近年の中日関係についてどうお考えでしょうか。

矢吹 日中経済協力が広まり、深まりつつあることは、周知のとおりですが、私は最近、日中間の相互誤解の大きさに衝撃を受けました。日本経済の不況が深刻であり、そのために日本から中国への直接投資は今年は、近年来初めて実行ベースで対前年同期比減少になります。直接投資と貿易は深くかかわっており、日中貿易も今年は対前年同期比で減少確実ですね。これは基本的に日本経済が苦境にあるためです。その結果、日本円が売られ、円安になっています。この現実について、中国側には、日本が意識的に円安を政策として実行していると誤解したり、あるいは中国から日本への輸出(日本の輸入)が増えないのは、意図的な政策のためだと誤解している向きがあります。国交正常化以来25年以上経て、中国側の日本経済に対する理解は深まったはずだと私は解釈していたのですが、いくつかの現象をすべて日本の政府や大企業の意図的な政策によるものとみるような誤解は、市場経済体制のもとでは、政府の機能に限界があることを忘れた議論ですね。計画経済の要素をまだ残している「中国経済を見る眼」で日本経済を見ることは大きな誤解につながります。同じことは日本側の中国理解についてもいえます。過去1年、日本のマスコミは「人民元切下げは必至」と間違った観測を書き続けました。彼らは朱鎔基氏の舵取りのもとで、中国のデット・サービスレシオがどのように改善されたのか、中国の外貨準備高と対外債務残高との関係はどうなっているのか、アジア通貨危機以後の環境で中国の輸出商品の競争力はどうなっているのか、といった具体的な条件を検証することなしに、中国経済の実力あるいは底力をみくびって、間違った記事を書き続けたのは、きわめて遺憾だと感じています。中国経済の実情に疎い若い日本記者たちは、不況のなかで疑心暗鬼になっている日本読者の願望に合わせて中国を描いており、それは中国経済の実像からはるかに遠いのです。21世紀の日中関係を豊かなものにするためには、日中双方とも、自国の物差しに合わせて相手を測るような愚行を避けるべきだと思います。私の尊敬する先達朝河貫一(1873〜1948、比較法制史家)はかつてこう指摘しました。「外交とは、相手の精神の理解をとおして、自分の目的を達成することである」と(『朝河貫一書簡集』所収)。日本は中国の人々の考え方をもっとよく理解すべきですし、中国の友人にもまた日本理解を深めて欲しいと希望しています。