新書紹介『現代中国国有企業II』(東京・白桃書房、308頁、1999年3月1日刊)

このたび吉備国際大学学長萬成博教授から『現代中国国有企業II』(東京・白桃書房、308頁、1999年3月1日刊)を贈っていただいた。

昨年10月14日、私は内外情勢調査会の招きで倉敷のアイビー・スクェアで中国経済についての講演を行った。私の未熟な議論に熱心に耳を傾けて下さった聴衆のなかに萬成学長がおられた。その席で、『現代中国国有企業』(東京・白桃書房、300頁、1997年9月26日刊)を頂戴したが、今回の本は、その続編である。

これら2冊の本は、吉備大学社会学部と中国広東省中山大学社会学系、中国人民大学社会学系、中国国家科学技術委員会に所属する研究者の共同研究に基づく報告書である。

今回の第2報告書の冒頭に萬成学長は「改革下の中国国有企業」と題した「序論」(1〜24頁)を執筆している。その第2節は、「II 対立する評価と研究仮説」(8〜13頁)を扱っているが、そこで、楽観的見解の一例として、矢吹の見解を検討している。

私の見解をこのような形で検討していただいたことに感謝の意を表しつつ、その紹介部分を抜き書きしておく。

『現代中国国有企業II』(東京・白桃書房、308頁、1999年3月1日刊)

萬成博「改革下の中国国有企業」

II 対立する評価と研究仮説」(8〜13頁)

これまで国有企業の改革についての国家政策を記述してきた。社会主義体制のもとで国有企業を市場経済化し,資本主義化し,また民営化するという中国の大ベンチャーの成否は,世界の注目の的である。ところが中国国有企業の市場経済化の試みに対する評価は中国国有企業の専門研究者のあいだでも分かれている。

伝統的な共産党主義体制(計画・命令経済)から,市場商品生産体制への移行をロシアと中国において研究したギルバート・ロズマン(Gilbert Roz‐man,1992)は,政治。経済体制の変化について2つの研究仮説を設定した。

ひとつは楽観的モデルであり,他は悲観的モデルである。仮説(1)は,「政治指導者が上からの改革によって市場経済化を開始し,企業が国家機関に協力して,その後に時代遅れとなった国家指導と保護を縮小し,経営者が企業家精神をもち,労働者も近代的な勤労の価値観を持つことによって新しい市場経済に適応して,最終的に経済的成功の報酬を享受する」というモデルである。

仮説(2)は,その反対である。「上からの命令による市場経済化は,実際には企業における政治的指導をますます強化し,経営者も労働者も新しい市場的価値観に曖昧な態度をとり,市場経済を混乱させる」。ロズマンはこの2つのモデルをもって1990年前後に始まったロシアと中国の市場経済化を対比・分析しようとした。

われわれは以下においてロズマンの仮説に基づきながら,中国国家国有企業の市場化政策と現実を評価してみる。

楽観的見解:矢吹晋教授

矢吹教授は中国の政治と経済の動きを分析する多くの研究著作を発表している。同教授は第15回党大会における江沢民主席の政治報告を次のように論評している。

「今回の報告は過去10年にわたって模索してきた市場経済化への移行の道筋を集大成したものである。株式制についての議論であれ,それを裏付ける公有制についての解釈であれ,これまで幾つかの都市で,幾つかの国有企業で実験してきたものを総括し,これを党大会で正式に追認し,実験段階から全面的移行の段階へ移そうとするものである。………この意味で目新しい提案はないとしても,中国共産党が国有企業の“安楽死作戦”に着手することは大きな試みであり,その成否は刮目に値する」(矢吹晋「国有企業の安楽死作戦に本格着手」『世界週報』時事通信社、1997年10月14日号、9-10頁)。

仮説1にしたがいながら,矢吹教授の中国国有企業の改革にたいする評価を考察する。1978年の改革開放の開始以来,中国国有工業企業の総生産額に占める割合は,年ごとに減少している。1995年には32.6%に減っている。つまり3分の2がすでに市場経済に転換していることを指摘した。さらに国有企業は他の企業形態にくらべて過剰な労働力を雇用していることは,中国の内部でもまた外部でも広く信じられている。

ところが中国雇用統計を正確に調べた上で,矢吹教授は国有企業の1995年の人員は,すでに31.6%まで減少していることを最近の著作で報告した(矢吹晋、S.M.ハーナー著『図説・中国の経済(第2版)』東京、蒼蒼社、1998年、144頁)。したがって国有企業の地位は,他の所有制企業(集団,私営,個人,連合,経営,株式,外資系)にくらべて,総生産額も従業員数もすでに大幅に後退している。

国有企業部門における赤字経営は,1989年の天安門事件以降に顕著になった現象である。国有企業の多くがなぜ赤字に転落したかについては,その経営の不能率に帰せられるのが常識であるが,矢吹教授は1995年の第3次全国工業センサスに基づいて中国工業の赤字状況を記述している。国有企業8.8万社のうち赤字企業は,1995年には約3万社である。すなわち全体の3分の1である。中国では3社に1社が赤字である。

これを企業規模別に見ると大型は3割弱,中型と小型は3割強である。金額ベースで見ると大型企業の赤字は中小型企業にくらべて少ない。同教授は中国固有企業の赤字問題は主として中型以下の企業の問題であるとしている(上掲書、148頁)。

外資企業や郷鎮企業とくらべて国有企業の経営を困難にさせる理由として,矢吹教授は中国社会主義の特殊事情をあげる。固有企業では,住宅,医療,学校などの費用が,総投資額の1割5分から2割を占めている。退職した労働者も社宅に居住している。約3割の余剰人員を抱え,さらに職員・労働者総数の25%に相当する離職者(元幹部)と退職者(元労働者)の人件費を負担している。

現役労働者に対する賃金は,余乗1人員と退職者に対するそれと半々である。これでは国有企業の経営は困難にならざるをえない1つ。これらの費用は市場経済社会では国や地方政府の負担である。国有企業の赤字は市場化路線の進行につれて現在進められている国の社会保障政策によって解決されるべき問題である。

国有企業改革は政府の計画通りに進行しているか。矢吹教授の国有企業の改革のシナリオは,別の研究報告とも一致しているのでそれを引用しておく。

1995年10月には選別淘汰(抓大放小)の方針が打ち出された。基幹部門の大型国有企業(1,000社)については,強力な改革と支援措置を実施し経営活性化を図る。他方,一般中型は資産混合制所有企業に,小型企業は段階的に非国有化,斜陽企業は整理されることとなった。

この結果,大型企業では政府の支援と外資との提携をテコに経営改善が進むが,中小は経営困難に直面し、大方は民営化の方向となるとみられる。国有企業の再編,改組(非国有化)の中で,国有企業のシェア低下はいっそう進んでいくと考えられる(経済企画庁経済研究所編『21世紀中国のシナリオ』中国の将来とアジア太平洋経済研究会報告、大蔵省印刷局、1997年、51頁)。 |

中国の国有企業の前途には,多くの不確実性が存在するが,上に引用した「21世紀の中国のシナリオ』を描いた経済企画庁経済研究所編「中国の将来とアジア太平洋経済」研究報告書においても,また矢吹教授も中国は今後2010年までは市場経済への移行を達成すると展望している。

悲観的見解:上原慶教授

上原教授は最近の研究報告(日中経済協会編『中国国有企業改革研究会報告』5-9頁)において,第15回党大会における江沢民国家主席の国有企業改革のシナリオには実現を困難にする要因があるという見解を述べている。同教授は国有企業の改革が本格的に開始された1993年以降に,国有企業の経営業績が悪化していることに着目して,その原因を分析した。

初めに改革・開放以来の国有独立採算企業の利潤額,赤字額,純利潤額の動向を調べて,1994年以降,赤字の増大が顕著になり,利潤額が減少し,その結果,純利潤額が低下していることを指摘した。そして独立採算工業企業における利潤額および赤字企業数を大中型と小型企業を規模別に分析した結果,「固有企業の経営悪化は規模にかかわりなく全般的に起こっているが,時系列的にみると,小型企業,中型企業よりも大型企業の方が厳しい」(10頁)ことを見出した。1996年には大中型企業数のうち39.9%が赤字に陥っており,1995年以降,小型赤字企業の比率を上廻るに至っている。

では政府の諸政策にもかかわらず,国有企業とりわけ大中型企業の悪化の程度が進んだのはなぜか。現代企業制度が確立され,企業の株式化と集団化が始まったのちの1994年以降に国有企業の業績が悪化してきた原因は,所有権と経営権の分離が政府の計画通りに進展していないか,あるいは改革が効果を発揮していないことに基づくのではないかと考え,以下の原因を指摘した。

経営悪化の第1の原因として,上原教授は,経営権による所有権の侵害,すなわちインサイダー・コントロール(国有企業内部の経営陣および労働者,職員による国有資産の食いつぶし現象)がおこったとみなした。このインサイダー・コントロールは所有制構造の進展によって誘発され,激化したと考えた。

この見方は,国有企業における所有権と経営権の分離,経営者への権限の委譲が,所有国家機関の側に企業を監督するメカニズムの確立ができない以前に進んだために,国有企業の内部にインサイダー・コントロールが生まれたことを意味する。つまり国家による国有企業の経営者への経営権の委譲の詳細が企業側に明白に伝達されないうちに経営者は改革に着手したわけである。

このために起こったと思われる所有権に対する経営権の侵害(13頁)の一例は次の通りである。1994年以降国有企業における賃金増加率は,利潤と賃金増力田率を大幅に上回るようになった。つまり国有企業側に賃金増加率を抑制する機能がなくなり,従業員の賃金が企業利潤と税金(所有者収入)の食いつぶしを起こさせた。国有企業の経営悪化は,所有制構造改革,株式制化,所有権と経営権の分離,経営権の企業への委譲などの改革が具体化された時期と一致している。国有企業の経営悪化の原因をインサイダー・コントロールとみることは妥当な見解と思われる。

2に,国有企業の成果を困難にしている原因には,所有主体が明確に確立されていないことも理由である(18頁)。国有資産の所有主体が公式には国務院にあることは明らかであった。しかし従来から実際の所有権の行使は,中央,地方の各行政部門に分割されていた。ところがこれらの部門は所有主体として企業経営に全面的に責任を持つという意識に乏しかった。所有制構造の改革は,各行政部門から所有権を切り離し,所有権の行使に全面的に責任を負う体制の形成が不可欠であったにもかかわらず,この管理体制の形成の遅れが,インサイダー・コントロールを許した他の要因であった。

3に,国有企業には所有権による経営権の侵害が合法化されている。企業内の党組織によって国有企業をコントロールしようとする党中央の方針については,国有企業の改革の新しい動きとしてすでにぶれた。この方針は国有企業内の党の建設を強化しようとする措置であり,党が国有企業の経営方針や発展計画の決定,管理者の任免など,あらゆる重要な意志決定に参画を規定化するものである。これは企業内の党が経営のインサイダー・コントールを行使する例である。上原教授は企業内党組織が経営権を侵害すること「国有企業の改革に逆効果であると述べている(『世界週報』98年6月16日号、12頁)。

仮説(2)を適用して,上原教授の国有企業改革についての悲観的シナリオを要約してみる。政府の上から始まった国有企業の改革は,大中型企業にたいする国家の監督と保護をますます強化するようになっている。国有企業の経営者の自主性と積極性は党の政治権力と政府の所有権によってチェックされるようになっている。その結果,経営者の責任は曖昧となり,従業員の経営参加意識も醸成できず,経営の成功報酬も獲得できないことになる。

最後に上原教授は国有企業改革の最も重要な問題として,新しい経営者層の育成をあげている。国有企業の求める経営者とは,「市場の変化に敏感に反応し,ただ定型化した生産活動を反復的に行うのではなく,積極的な新機軸革新を行うことによって企業の利益をもたらすことを,自分自身の目的とするような経営者をどれだけ準備するかという問題である」(20頁)と結論している。