現役高校生の情報誌『ストレーツ76号』16-18頁、1999年4月1日、編集・発行/早稲田塾

大学ゼミ公開講座、矢吹晋教授、発展過程にある中国経済を研究する

10億人を超す人口を抱える中国は、世界で最後の巨大市場ともいわれ、その経済活動に世界の注目が集まっている。矢吹先生は現代中国経済分析の第一人者であり、日中の外交政策について意見を求められる存在でもある。

当代一の「チャイナ・ウォッチャー」

矢吹晋先生の研究室に入ってまず驚くのは、本棚にあふれる本、そして机や戸棚にところ狭しと積み重ねられた資料の出、山、山だ。先生はその山のなかで、中国で買ってきたという大葉の鉄観音茶をおいしそうに飲みながら、パソコンのキーボードを叩いていた。語り口は大変穏やかで、あくまで優しい。しかし、話題がこと中国情勢に向くと、声のトーンは強くなる。

それもそのはず、矢吹先生は巨大な市場をもつ成長国として、世界が一挙一動を注視している中国の経済分析における第一人者なのである。その活躍は経済評論家としてはもちろん、NHK報道特番でのコメンテーター、現地取材のコーディネーターなど多岐にわたっている。一時期、金融市場で流れた「中国通貨の切り下げが行われる」という時や、先に来日した出国の江沢民主席が行った譜慣内容の評価など、しっかりとした先行き評価が必要な中国関連情報が流れる際には、マスマミや経済界から意見を求められる存在でもある。

相手は日本各界だけでなく、英国国営放送BBC、ファイナンシャルタイムズ、中国北京週報など世界各国に及ぶ。経済問題だけでなく、日中の外交政策に提言を行うこともある。経済を専門とする大学の先生が、外交問題に対して提言を行うというのはかなり異例なことだ。

「私は外交問題の専門家ではないので、中国の経済体制を見ていて推測できる部分から、日本が対外的に取らなければならない行動について発言しているだけなのです」と、矢吹先生は穏やかに笑うが、先生の実際の行動が、″時代に必要とされている″第一人者ぶりを示しているのである。

きれいごとではない「現実」を

中国のどんなところに一番ひかれるのですか? と尋ねると、「今、中国が行おうとしている″社会主義経済からの離陸″を彼らがうまくやれるかどうかが一番の関心事なんです」と矢吹先生。たしかに今、中国は新たに導入された市場経済の発展過程にあり、日本から見ると、その社会がもつ成長のエネルギーの大きさがうらやましく思えるほどだ。

「そうですね。でも30年前の日本もそうだったのですよ。ちょうど東京オノンピックが開かれた当時、日本も高度経済成長期のまっただ中でした。 一例をあげれば、 ハイウェイを造るために夜通しの工事が行われても、それをうるさいと誰も思わなかった。盛んに上がる工場の煤煙さえ、当時は国の経済成長の証とされたのです。公害や環境破壊が問題になってきたのは、社会が豊かになってからのことなのですね」

そうだったのか。しかし、そうはいっても隣国として無視できないのが、中国が引き起こしている環境汚染だろう。現在の中国はちょうど30年前の日本と同じような道を歩いている。しかし人口の大きさひとつとってみても、当時の日本と今の巨大な中国では大きな開きがある。中国がかつての日本のように公害をまき散らし始めれば、その汚染の規模は当時の日本の比ではないのだ。

「しかし、だからといって″今のやり方では公害が出るから、公害を出さないように経済発展の速度を緩めなさい″などと彼らに進言しても、そう簡単に受け入れられるものではないのです。それは現段階では環境対策より、社会の急速な工業化を進めるほうが、彼らにははるかに重要な課題だからなのです」

それに「なんでも実感しないと、本当の痛みはわからないもの」と矢吹先生。問題の認識と把握には、プロセスと時間が必要になるのだ。

「急激な経済成長はたしかにさまざまな歪みをもたらします。しかし、歪みが生じる過程で、同時にその歪みを克服するための条件も生まれていると私は考えます。このプロセスを無視して、他の国から、きれいごとやその国の経験則や意見の押しつけをしても仕方がないのです。それは、ただの押しつけがましさ、と評価されてしまう。同じアジアの隣国として日本が取るべき立場は、他の国の生き方″を尊重しつつ、歩く道を誤らないように見守ることにしかない、と私は思います」

結局「好きな道」を選ぶしかない

このように、昨今急に世界から熱 一い注目を浴びている大国・中国であるが、逆に考えてみると、これまではこのような形での注目はされていなかった、ということになる。

実際、矢吹先生が中国経済を研究分野に選んだおよそ40年前の日本では「ほとんど見向きもされない地域」だった(文字、歴史、哲学は別ですが)というのである。なぜなら、当時(これは今でもまだ残っている風潮かもしれないが)、日本の誰もが、経済先進国である欧米に目を向けていたからである。

では、なぜ中国を選んだのだろう。「まあ、私が異端だったのでしょうね。私は大学時代に、第二外国語として中国語を専攻しましたが、当時中国語を選ぶ学生もほんのわずかでした。

選んだ理由ですか。そうですねえ、興味があったから、でしようか。そもそも学生のうちから、自分に適した道をみつけることなんてできやしないでしょう。自分がそれを好きかどうかで選ぶしかない。時代に合っているかどうかなど、周囲の目を意識して、好きでない道を選んだりすると、かえって悲しい思いをすることもあると思うのです。

私は62年に大学を卒業しましたが、当時の花形産業は鉄鋼業界や銀行でした。しかしこれらの産業は、今みんなダメになっているでしょう。つまり、30年先のことなど誰にもわからない、ということです。そういう意味では、根本に帰って、自分がやりたいことを選ぶしかないのです。

ただし、自分が選んだ分野に日が当たることもあれば、そうでないこともある。運の要素も大きい。しかしそれでも『自分はこれを選んだ』という思いは残るのです」

受験生が志望大学を決める際について、「それも自分の興味のある分野を選ぶことを勧めますね」と矢吹先生。

「自分の人生が満点になるような選択を初めからするのは無理です。でも、その時々で自分が好きな道を選んでいけば、後々なにかが開ける可能性があると思うのです」

最後に先生は、早稲田塾生に向けて、こんなメッセージをくれた。

「受験勉強とは、もし他から押しつけられるものだとだけ感じていたら、とてもつらい労役です。プレッシャーはあるでしょうが、なんとか自分が楽しむための作戦を工夫して練って、自分の好きな方向に進めていってください。それと大学に進み、専攻を選ぶ時も、嫌いなことをずっと続けなければならないのは、知的暴力を振るわれるのと同じくらいつらいことですから、他人がどうするか、どう言うかなどを気にせず、″自分の好きなこと″を選んでください。もしかするとそれは日の当たらない分野かもしれません。それでも″好き″なら我慢できるはずです」

論文や発表した記事は、ほとんどすべてホームページに載せているという矢吹先生。机の上にもコンピュータが。「ホームページに載せておくと、どこからでも読めるので便利なんです」

緑が効果的に配された中庭。学生の憩しヽの場ともなっている

キャンパス内は、清潔で落ち着いた雰囲気。私立大学のようなアットホームな空気も漂っている

集まる多彩なゼミ生たち

矢吹ゼミには、ここ数年、毎年のように社会人ゼミ生や海外、特にアジアからの留学生が参加している。大手商社のOBや、都市銀行で実際に為替を扱っていた人がアジア通貨危機をテーマに論文を書いたり、上海の有名大学やモンゴル共和国の大学卒業生などもいる。国際交流ができるという点でも、矢吹ゼミは知的刺激にあふれている。ゼミ生の論文テーマは「日中間の経済協力評価」「中国金融事情」「中国企業改革の将来像」「郷鎮企業の弊害」など、まさにタイムリーなものばかり。そして、テーマの方向性も経済問題に限らず、外交から文化関係までさまざまだ。「ちょっと、変わったゼミですよ」と先生は笑う。興味のある塾生は、先生のホームベーン(http:〃www2.big.or.jp/〜yabuki/)にアクセスし、膨大な文献リストやリンク先の学生手作りのページをのぞいてみよう。

「ナマの中国を知る」のにオススメの1冊

1000円以下で高校生にも読みやすい本を、ということで、講談社現代新書からす3冊選んでくださった。

『上海路上探検』渡辺浩平著(講談社現代新書)

中国の中心に位置する上海は今、経済の巨大な中心地となっている。急激な発展により上海には、国際空港、林立する超高層ビルと併存して、前近代的な街並みも並んでいる。そのカオスから生まれるエネルギーを、当時博報堂上海支社の社員だった渡辺氏(現愛知大学講師)が歩いて書き留めた観察記。「中国の生きた姿」が見える。

『ケ小平』矢 吹 晋著(講談社現代新書)

社会主義体制下で遅れてしまった経済を抱えながら、政治は江沢民、経済は朱鎔基という適材適所の体制で、市場の経済化・国際化を成功させた中国。この基本路線と、イデオロギー至上主義からの脱却に道をつけたのが、身長150センチの「小さな巨人・ケ小平」だった。97年の死去のあとも評価は高まるばかりだが、矢吹先生は、同時代に生きた者の目で、彼の人物像を鮮やかに描いている。「トウガラシ風味のナポレオン」「北風よりたいよう」など、目次を見ただけでも思わず惹かれる。

『毛沢東と周恩来』矢吹晋著(講談社現代新書)

同書の表紙・紹介文から。「厳格なる父・毛沢東、寛容なる母・周恩来。田舎っぺ皇帝と気配り宰相の素顔に迫り、2つの巨星が作り上げた中国の社会主義を分析。天安門事件以後の中国を占う。この1冊でも矢吹先生が、その時々に必要とされる情報をわかりやすく書こうと努めていることが分かる。