二つの顔の大学教授-----『二つの顔の日本人』を読んで

『道』1973年11月号74〜83頁

「中国ブーム」の次は「東南アジアブーム」らしく、このところ東南アジア関係の論文、書物はかなりの数にのぼる。鳥羽欽一郎『二つの顔の日本人----東南アジアの中で』(中公新書)もその一つである。本書のもとになったのは、著者が東洋経済新報社の 『書窓』および『週刊東洋経済』のために書いたエッセイだという。そしてこの新書は 「エッセイストクラブ賞」を受けた。日本と東南アジアの関係について深い関心をもつ者の一人として、私は本書をていねいに読み、いくつか気がかりな点に気づいたので、書きとめておくことにした。

(1)マレーシァンとは何か

著者はいう。「たとえばマレーシアに行くまで、ぼくはマレーシアンという言葉を知らなかった。……マレーシアンというのは、マレー国籍をもつ人々のことだ」(26頁)。

マレー国籍とはいったいどこの国籍であろうか。これはマレーシア国籍と書くべきところを誤記(あるいは誤植)したものであろう。これは不注意によるものであるから、改めればすむことだが、この引用に続く次の一節はかなり大きな問題を含んでいるといっていい。

「『君たちチャイニーズはどう思う』と僕は学生に聞く〔著者は早稲田大学教授であり、 当時はマラャ大学客員教授であった----矢吹注〕。 ……『先生、私はマレーシアンです。人種的には中国人だけれど』…マレーシアの場合、中国系の人々の大部分はもう三世代目に入っている。 かれらの大部分は、 中国語で会話はできるが、漢字は読めも書けもしなくなっている。大学生でも自分の名さえ書けない者が多い。最近の東南アジア諸国では、華僑問題は重要な政治問題でもあるので、中国人の流入を防ぐ一方、 国内の中国系の人々の同化をはかっている。 ……こうした中国系の人々は、 中国人でもなければ台湾人でもない』(二七頁)。

著者がこの学生をチャイニーズと呼んだことに対して、 学生は人種的には中国系だけれども、すでにマレーシア国籍を取得し、マレーシア公民の一人として生活しているのですよと著者に抗議しているわけである。著者はこの抗議を受けとめているかに見えて、 実はほとんど無視している。

たとえば、著者は「華僑」ということばを使っているが、「僑」とはもともと「仮住まい」の意であり、(著者がこの意味を知っていることは165頁の記述に明らか)彼らがマレーシアンであるというとき、「華僑」としてではなく、 マレーシア公民として生きる決意を語っているのであるから、 マレーシアンと「華僑」とは矛盾する概念なのである。

したがって、 この学生の主張を認めるとすれば、 われわれは「華僑」ではなく、 マレーシア華人あるいは華人系マレーシアンと呼ぶのが適当である。著者とこの学生の会話が英語で行なわれたとすれば、彼(あるいは彼女)はMalaysian (People) Chinese Origin

と答えたのであろう。この英語を中国系マレーシア人あるいはマレーシア中国人と訳すのは必ずしも適当ではない。 「華僑」から華人への道を歩みつつある彼らは、中国の中国人 (香港・台湾省の中国人と含む)と自らを区別するために、中国人ではなく華人と自己規定し、 その言葉を中国語ではなく華語と呼んでいるからである。

これは単なる呼称の問題ではない。 以上に書いたことがややこしく思われるとすれば、 それは日本人が人種・民族・国籍ともに日本という単純な社会に住んでいると誤解しているからであろう。実は日本にもアイヌ系日本人、朝鮮系日本人、中国系日本人(日本に帰化した朝鮮人、中国人のこと。この場合の朝鮮・中国は人種あるいは民族的にはの意であり、 国籍は日本である)が生活しているのであるから、この事実を直視さえすれば東南アジアの華人系住民の事情を理解するのはそうむずかしいことではないであろう。かつて中国を「シナ」「中共」 と呼び、 中国人を「シナ人」と呼ぶことが広く行なわれたが、 今はほぼ改められた。「華僑」から華人へ 「中国人」から華人へという動きは一方では中華人民共和国の成立、他方では東南アジアの旧植民地国の独立という歴史的変化に対応したものであり、東南アジアの民衆との友好を願う者は、偏見や誤解から解放された眼で相手の存在を確認することから出発しなければならない、 と私は思う。

華人系住民は東南アジアの民衆の一部分であるにはちがいないが、 著者もしばしばふれているように、彼らは日本系合弁企業のパートナーとして、 あるいはそこに働く労働者として、 日本人とは深いかかわりをもっているのであり、 彼らとどうつきあうかという問題は決して小さな問題ではない。本書が「東南アジアにたいする深い愛情とヒューマニズムに溢れた」(帯封のコマーシャル)書とされているだけにあえて書きとめておきたいのである。

ところで、著者はマレーシア華人について、かれらの大部分は、中国語〔華語と書くべし----矢吹注〕で会話はできるが、漢字は読めも書けもしなくなっている」と前の引用のなかで記しているが、この観察は皮相である。たしかに漢字を読み書きできない華人も存在するが、これは初等教育を受ける機会さえなかった文盲でなければ、幼稚園から英語だけによる教育を受けた人々であり、現実にはマレーシアは東南アジアの中では、 華語による教育が最も発展している国・地城の一つである。 さらに英語による教育を行なっている学校でも第二言語として華語の教育を含めている場合が少なくない。 マレーシア華人の大部分が漢字を読み書きできないとしたら、マレー語紙Utusan Melayu、英字紙Strait Timesと並んで大きな発行部数をもつ『南洋商報』『星洲日報』などの華字紙はいったい誰が読むのであろうか。著者が『南洋商報』という新聞の存在を別の個所(四頁)で指摘しているだけに奇妙に思われる。また華語がもし話しことばとしてのみ機能しているのだとしたら、いわゆる言語ナショナリズムの問題(10、193頁)ははるかに容易に解決できるはずである。

中国の国連復帰をめぐって

著者曰く、「現地の中国系のビジネスマンたちに質問されて困ったのは、 中国の国連加盟以後のあわただしい台湾からの日本企業のひきあげの動きであった。 〃こんなことでは信用もできない"というのがその意見であり、 政治と経済とは現実にはなかなか切り離せないとは思うが、目先の変化にすぐ反応する日本企業のろうばいぶりは、 ぼくの日にも少々あさましくさえ見えた。東南アジアの日本系企業の多くは中国系資本とのジョイント・ベンチャーであるため、この事件によって、日本企業の信用もいたく傷つけられたといっていい。……それほどあわてるくらいであったら、むしろはじめから進出すべきではなかった、とぼくは思う。一度根を下した以上は、 現地の人々と労働をともにし生死をいっしょにするくらいの気概が必要なのではなかろうか」(126頁)。

まず小さなことから始めよう。二つの「中国系」という記述は華人あるいは華人系と改めたほうがいい。この場合は特に中国との関係が問題になるだけに、明確に区別しておく必要があるだろう。次に中国の国連「加盟」という表現だが、周知のように中国の国連加盟は一九四六年であり、一九七一年の変化は中国の代表権が「中華民国」から中華人民共和国へ移ったにすぎない。したがって国連「加盟」というのは適当ではない。

さて中国の国連復帰以後、日本企業が台湾からひきあげたことによって日本企業の信用が「いたく傷つけられた」と著者はみているのであるが、はたしてそうであろうか。

華人系の「ビジネスマン」のなかに、@中国の国連復帰を望まない人々、 A日本企業の台湾からの引揚げを望まない人々が存在し、存在したことは事実であろう。 一九四九年の中国革命のとき、大資本の国有化を嫌って台湾・香港,東南アジアに逃れた中国人ブルジョアジーは少なくないし、中国での反革命・国民政府による大陸反攻を期待しつづけてきた中国人ブルジョアジーは少なくない。しかし、これらの人々は華人社会全体からみれば、ごく一握りにすぎないのではないか。 マレーシアの新興華人ブルジョァジーのなかにも同様の見解をもつ人々がいたであろうこともみやすい事実である。

しかし、 見落としてはならないのは次のことだ。 つまり、 マレーシア政府はシンガポール政府とともに、 そして日木政府とは違って、アルバニア案(中国招請案)を支持したのである。マレーシア政府がいち早く東南アジアの中立化構想を提起し、 中国との関係を改善するために必要な措置をとりはじめた理由としては、 従来のようなシンガポール経由の貿易を直接貿易とすることによって貿易を発展させようとする経済的理由のほかに、 次の政治的要因をあげることができよう。それは、 アメリカがべトナムから手を引き、中国封じ込め政策を改める以上、基本的にはアメリカの東南アジア政策を支えとして行なってきた反共第一の政策を主動的に改めることなしには現体制を維持しにくいことである。一九六九年の五・一三事件をひきあいに出すまで もなく、マレーシアのマレー人・華人間の矛盾は階級的矛盾がその背後にあるため、 解決は容易ならさるものがあるが.中国との関係を改善することが、 両民族間の矛盾を緩和させるうえで有効である、と政府は判断したものと思われる。 これはまたマラヤ共産党による武装闘争への対策としても有効である。マラャの武装闘争の全容は必ずしも明らかではあいが、 これが政府にとって頭痛のタネであることは、たとえば一九七一年の一○月に発表された『西マレーシアにおける武装共産主義の復活』からもその一端をうかがうことができる。 この武装闘争は一九四八年から六○年に至る十二年間の英軍による鎮圧作戦にもかかわらず、 根絶はできず、消長はあれ今日に至ったものである。この武装闘争に対して中国はモラル・サポートを与えてきた。そこでこのモラル・サポートをなくすことがマレーシア政府のもう一つの思惑であろう。

中国の国連復帰前後のマレーシア政府の状況対応能力には目を見はらせるものがあったが、これはマレーシア華人社会の主流が、中国の国連復帰を歓迎したことと密接な関係があるとみていい。彼らの祖国はいうまでもなくマレーシアであるが、中国は父や祖父の生まれ育った国であり、アヘン戦争以後、中国封建社会が解体する過程で、彼らは土地を失い、母国を離れることを余儀なくされ、筆舌に尽しがたい辛酸をなめたのち、ようやくマレ−シア公民となったのである。かって亡国の民であった華人、現在もさまざまな抑圧政第のもとにある華人が、中国の国際社会復帰を誇らしく思う感情は、 帝国主義国の人存には十分理解することはむずかしいのではないだろうか。

この間の事情についてここで深く立ち入る余裕はないが、状況を以上のようにスケッチしただけでも著者の接した 「中国系のビジネスマンたち」とは歴史の流れに背を向ける人々であり、 これらの人々から「信用を傷つけた」とされる日本の行為こそ華人社会の主流からは歓迎されたと断言することができる。事実日中復交以後マレーシア華字紙の日本軍国主義批判は一時かげをひそめた。日中共同声明以後の日本の東南アジア政策を注意深く見守ろうとしているからであろう。

著者は東南アジア進出が「無秩序・無計画」であり「長期的なヴィジョン」の欠如を批判する例として、 台湾からの日本企業の引き揚げを論じているのであるが、これが不用意な例証でないとすれば、事柄は重大である。「現地の人々と労働をともにするのはよいとしても「生死をいっしょにする」となると無理心中の押しつけになりかねない。私が最も恐れているのは、日本がこういう形で東南アジアに干渉することである。

(3)いわゆる「共産ゲリラ」について

著者曰く、「マレーシアでも北部国境地帯には、共産ゲリラがいるといわれる。 ……記事によれば、中国系の指導者が山村の人々を組織して武装しているのだという。 ぼくははじめ、中央の圧政に反対する人々が、とくに山村地帯で結集し、貧民大衆のためのマレーシアをつくろうとしているのかと思った。しかし、マレーシアにかぎり、これは間違いだった。マレーの山岳地帯には原住民が住んでいる。……こうした旧来の土着の少数民族の人種的な反感が組織されるのだ。しかし、こうした人々の数は、西マレーシア(マレー半島部分)では二〜三万人しかいない」(二八頁)。

著者の見解は、マラヤ共産党=原住少数民族説らしい。私はマラヤ共産党の武装闘争に若干興味をもち、 いくつかの資料をめくったことがあるが、著者の新説(珍説)は初めて知った。マレー半島の山岳部にはなるほど、サカイ、ジャクンなどの原住民族が住んでいる。彼らからみれば、インドネシア群島から移住したマレー人はたしかに新参者にちがいない。しかしマラヤ共産党が、これらの原住少数民族のマレー人(あるいは華人やインド人)に対する「人種的な反感」を組織しているという記述は事実に合っているであろうか。マラヤの共産主義運動をこれほど矮小化した例を私は寡聞にして知らない。著者の新説はマラヤ共産党はもちろん、原住民族からも反撃を受けるにちがいない。先にふれた「西マレーシアにおける武装共産主義の復活」という名の「ゲリラ白書」が発表されたころ|(これは各紙に転載された。 もちろんStrait Timesにも、華字紙にも)著者はクアラルンプールにおられたはずである。

この白書がどこまで真実を語っているかは私は知らないが、 少なくともマレーシア政府は、マラヤ共産党の武装闘争を著者のようには見ていない。早い話がもし武装闘争の内容が著者のいうようなものであるとしたら、 わざわざ白書を出して 「陰険な戦術をあばくことによって、 それに対する国民の認識を深め、政府と協力してより効果的に対処する」(白書の結びから引用)必要などなかったであろう。現在の武装闘争の規摸はたとい小さなものにせよ、過去四半世紀にわたって存在しつづけてきたのであり、失政があれば急激にその支持者を増大する可能性をもつ政党だからこそ政府はその対策に苦慮しているのではないか。

著者は引用の次の頁でクァラルンプール・レークガーデンの戦没者慰霊塔にふれ、 「独立後十年にわたる、共産ゲリラとの激しい闘い」について語っている (29頁)。 この慰霊塔の前の銅像(著者の表現を借りれば、「銃をもった数人の兵土が、敵兵の死体に足をかけ、前方をきっとにらんでいる大きな像」)の「敵兵」を日本兵と誤解して怒った日本人の不明を著者はたしなめているのだが、この日本人の「早とちり」もさることながら、該博な知識にもかかわらず矛盾した文章を書いている著者を高く評価するわけにはいかない。 現在の「共産ゲリラ」こそ著者のいうかっての「激しい闘い」とストレー卜に つながるものである以上、「原住少数民族説」の誤りは明らかであるといわなければならない。

(4)現地人経営スタッフの登用について

日本系企業に対する批判としてよく指摘されるのは、日系企業が現地人を経営の責任ある地位に登用せず、そのための教育訓練を行わないという点である。この問題をめぐって著者は次のようにいう。 「ぼくは、この点が、現地の、たとえば大学出といったエリート層の不満の、 最も大きな原因だと思う。……日本人が、なんでも自分でやらねば気がすまない人種だということは判る。 また、現地人がまだそれだけの能力がないのも事実かもしれない。しかし根本には 〃合弁企業は現地の企業だ"という観念が日本人にはないのではないかと思う。……日本人はまた、権限委譲という考え方に弱い。他人に任せることができない、心の狭さがある」(142ページ)。

またいう。「日本人はどうも、人任せできない性格のようだ。欧米人が現地人をつかっての間接管理へ慣れているのにたいし、日本人は直接に掌握しないと満足しない。 ……可能なかぎり速かに現地人を訓練して、リプレースを図ってゆく必要があろう」(121頁)。

まず 「現地人の能力」についていえは、 欧米企業は現にその能力で十分間に合っているわけであるから、問題は能力の有無ではなく、彼らの能力が日本的経営の現実とうまく合致しない点にあることがわかる。彼らは現地の大学を卒業しており、 場合によっては欧米(あるいは日本)の大学も出ている。 日本の大学がゲタをはかせて卒業させたりするのと違って欧米の大学を卒業した東南アジアの留学生は、通常欧米人なみの英語力、その他の欧米的教養を身につけている。したがって彼らは欧米系の企業にスムーズに適応でき、能力を発揮できる。たとえばマラヤ大学にしても、もともとイギリスがマラヤの植民地支配に必要な中級官僚を養成するために設けた大学であり、現在もなおブリティッシュ・システムによって運営されているため、英連邦各国の高等教育機関に直接つながることはもちろん、この教育、訓練過程を経て、英系企業あるいはマレーシア政府官僚機構に矛盾なく接続するようになっている。

こうした教育を受けてきた学生を日本系企業が受け入れにくいのは、ある意味では当然であり、この矛盾を解決する道は次の三つの可能性しかない。 日本的経営をブリティッシュ・システムに改めるか、逆に日本的経営にふさわしいよう学生を教育するか、あるいは、第一と第二の折衷型である。

東南アジアの日系企業の経営のやり方は、日本国内のそれをそのまま持ち込んだものであり、派遣社員はたえず本社を意識して働いている以上、〃出先〃 だけをブリティッシュ・システムに改めることはできない。たとえば、最も先進的な日系企業では役員会を英語で行なっているが、その英語による報告を日本の本社は認めず、日本語訳を要求する。電話連絡となると、日本語以外には考えられない。日本経済の国際化が進展するなかで、英語の流通度が高まるとしても、経営全体のブリティッシュ化など考えられないし、その必要もないから第一の道の可能性はゼロに等しい。第二についていえば、現地の大学教育に日本が干渉することなぞできない相談であるから、日本としてなしうることは日本留学生の教育を改めることであろう。欧米系企業が自国の留学生に与えているような、卒業後は十分仕事を委せられるような留学生教育(その後の企業内教育を含めて)を行なうことである。

実はこの留学生教育もかなり困難な事情をかかえている。彼らは小学なり中学から英語教育を受けているのに対し、日本語となるとせいぜい高卒後あるいは大学入学後であるから、 日本人なみの日本語力を要求するのはムリであるし、他方、留学生教育をすべて英語によって行なうための条件は、日本の大学にはない。一方で、日本語教育の普及に限界があり、他方、日本人の英語使用にも限界がある-----この辺に「後発先進国」日本の矛盾が集中的にあらわれているといえよう。

このように見てくると、現地人スタッフの登用問題は深いひろがりをもつむずかしい問題であって、著者のように「日本人の性格」に帰着させるわけにはいかないことがわかる。「他人に任せることができない、 心の狭さ」以前に、たとい希望したとしても 「他人に任せることができない」日本的経営のあり方、幹部登用政策の欠如を指摘する必要があろう。筆者は問題の根源が「日本企業全体の在り方」「これを動かしている日本政府・企業の本社」にあり、「つまるところは、そうしたものの総体である日本社会のシステムにある」(127頁) と正しく指摘していながら、具体的な問題を論ずる賜合には、いつも「日本人の性格」で説明してみたり、「ドギツイ」「ケバケバしい」広告の自粛を求める (111頁)といったように問題を矮小化してしまうことに対して不満を感じるのは私だけではあるまい。

(5)労働者の教育訓練について

著者曰く、「労働者の質と訓練の上で問題になっているのは、企業規模が大きくなった場合、フォァマン、アシスタントといった現場での下層管理者の育成に時間がかかり、どの工場でも苦情をいう。……日本ならこれを見て憶えるのだが、現地ではただ見ているだけで積極的に憶えないし、憶えたとしても応用力がないので、ちょっと違った問題になると、もうどうしていいか判らなくなる。……もっと時間をかけ、それぞれの社会と労働者の立場を考えて訓練してゆかねばならないのだが、えてして日本人はあまりにも同質社会に育ったせいか、人種問題、宗教問題など多くの問題をかかえる現地側の条件をあまり考慮せず、きわめて自己本位に解決をはかろうとする」(136頁)。

日本企業の教育訓練はたしかに著者のいうように「見て憶える」やり方であり、通常on the job training(OJT)と呼ばれるものだ。つまり教育訓練のためにマニュァルを作成したり、プログラム訓練を組織的に行なってはいない。これは欧米系のそれと比べて著しい特色である。

労務管理の二つの方式は、それぞれの歴史的社会的背景のもとで形成されたものであって、それ自体の功罪についてはすでに多くの研究があるが、ここで問題なのは、それらのシステムを外国に「移植」する場合の摩擦である。欧米系の企業は自らのシステムをそのまま現地に持込むために、さまざまの技術を開発してきた。ここではっきりしているのは彼らが自らのシステムの正しさについては疑いをもたず、もっぱらそれをいかに導入するかに関心を集中し、そのための技術開発に努力してきたことである。

これに対し日本の場合は、一方では日本的労務管理の適用可能性について不安を感じながらも、他方これに代わる方式を発見しえず、試行錯誤的に、あるいは腰だめ的に、 押し付けと譲歩の間を行きつ戻りつしているように思われる。

比較的単純な労働の場合には、日本的「手とり足とり式」訓練のほうが、威力を発揮することも多いようだが、「応用力がないので、ちょっと違った問題となると、もうどうしていいか判らなくなる」状況にある。

ここで著者は「自己本位の解決」をいましめ、 「もっと時間をかけて」訓練していくよう説いているわけであるが、問題は訓練の「方法」であり、日本でなら「以心伝心」 で伝わるべき内容を、いかに明確に論理的に説明するかであろう。

「みて憶える」という一見単純なことを異なる文化をもつ外国人にコトバで説明することは実はとてつもなくむずかしいことなのであるが、この手続きはどうしても必要である。

これによって初めて日本人は自己の長所・欠点を論理的に自覚しうるし、 外国人もまた日本なり日本人をよりよく理解できるようになるはずだ。

私はある日系企業のマネージャーの次のような話を興味深く聞いた。彼はヨット乗りのベテランなのだが、ヨット繰従法を脱明したイギリスの本にはロープの結び方がすべて文章で書いてあって図解や写真は全くない。日本の本なら、だいたい図解を基本として簡単な説明がついている。器用な日本人は簡単な図をみただけで、さっと結んでしまうので、ロ−プの持ち方から始まるくだくだしい説明など全く無用の長物。ところが、この文章による長々しい説明をていねいに読むと、どんな不器用な人でも間違いなく結べるし、その後も、その手順に従いさえすれば絶対に忘れることはない、という事実に気づいて驚いたという。

「みて憶える」文化と対照的な文化がそこにはあるようだ。このような一例をあげただけでも、日系企業が教育訓練を行なわないといわれる背景には、しようとしても容易にはできない事情のあることがわかる。

にもかかわらず、日本人が外国人とつきあうことをやめるわけにはいかないとすれば、ロープの結び方に関する日本的方法をだれにもわかるように説明する努力を続けるほかないであろう。こうした試みを続ける過程でのみ、より普遍的な方法に近づきうるように思われる。正鵠を射ない議論によっては問題の処在さえわからず、まして正しく解決することは できないであろう。

以上、5点について私の感想を記した。私にとって納得できない個所だけをあげたわけであるが、本書は「エッセイストクラブ賞」を受けただけあって実に読みやすい本であり、全体としてみればおもしろいこともたくさん書いてある。ただ、あれやこれやのエピソードを未整理のまま並べているために、問題点がかえってわからなくなる結果となっている。〃白い顔〃 と 〃黄色い顔〃 という二つの顔として日本人をとらえる着想はおもしろいが、東南アジアとの関係では、基本的には〃白い顔〃 として接しているのであって、さまざまの摩擦はそこから生じているとみることができる。

東南アジアの日本人が 〃二つの顔〃をそう器用に使いわけたいるわけではなく、それをうまくやってのけているのは、むしろ著者その人であろう。つまり、一方では東南アジアの声を使って日本・日本人を「告発」し、他方〃白い顔〃にもどって日本・日本人を弁護するというように。俗なことばでいえば、要するにマッチ・ポンプ論といってもいい。いいかえれば、良識的日本人のポーズで日本人を批判するかにみえて、進歩的な学者を反批判し現状を肯定・擁護するのが著者の立場であり、私はそこに「二つの顔の大学教授」を発見するのである。