index 1981-1985

人民中国崩壊の兆候 1981(昭和56)年4月 『中央公論』140-151 頁人民中国の病理 管子の三カ条(食糧、樹木、教育)をキーワードとして、現代中国の病根を論じた。 台北『中央日報』に中国語訳 が転載された。5月49

毛沢東のプロ文革とは何であったか 1981(昭和56)年夏号 『季刊クライシス』36-48 頁農業社会主義批判、中国無産階級論、経済外的強制の有無などをテーマとして、毛沢東時代の社会主義を批判する潮流を論じた。

人民服を着た皇帝・溥儀の晩年 1981(昭和56)年11月 『中央公論』290-301 頁。溥儀の獄中生活、釈放後の生活を紹介した沈酔の文章の翻訳である。文体に工夫をこらした。

人民中国の労働組合事情 1981(昭和56)年12月『中央公論』96-109頁。労働組合の実像 開放政策のもとで、外国資本に雇われる中国人従業員の間で労使関係をめぐるトラブルが生じた。その背景を分析した。

毛沢東の人口観 1983(昭和58)年12月 『中国研究月報』中国研究所 22-29 頁。毛沢東の人口観 毛沢東は一方では社会主義経済の可能性を過大に評価し、他方では第3次世界大戦を想定していたために、人口抑制を誤った。

ケ小平中国を揺るがす疎外論 1984(昭和59)年4月『中央公論』72-83 頁。周揚の疎外論報告を『人民日報』が掲載し、党中央からの批判にも抵抗の姿勢を示した。改革派と保守派のせめぎあいを分析した。社会主義と疎外

パンダのみの危機にあらず 1984(昭和59)年8月『世界』15-18 頁。パンダのさと・臥龍保護区での見聞を踏まえて、中国の環境問題の深刻さを指摘した。十年の計/パンダのみの危機にあらず

数字が語る建国35年の中国 1984(昭和59)年11月 『中央公論』  342-363 頁。『中国統計年鑑』の主な数字をグラフ化することによって、建国35年の中国の経済建設をレビューした。

中国におけるマルクス主義限界論 1985(昭和60)年春号 『アジア・クォタリー』アジア調査会 2-11頁。中国で「マルクス主義の限界」が論じられた背景を分析し、マルクス主義の「発展」を主張する場合に、その内容として何が想定されているかを分析した。中国における「マルクス主義限界」論

中国カサ上げ近代化の陥穽 1985(昭和60)年5月 『中央公論』116-125 頁。百年の計/「革命」は中国を教育最後進国にした 中国の非識字人口が増加している事情について、その実態を分析し、教育の立ち遅れの現状を論じた。

中国経済界を動かす実力者連関図 1985(昭和60)年5月『WILL』中央公論社138-144 頁。中国経済を動かす実力者相関図 中国政治の動向を改革派と保守派の構図としてとらえ、改革の行方を論じた。

中国を揺るがす信念の危機『現代の眼』39-47 ,1981/05, 「信念の危機」

模索する中国の社会主義建設『月刊社会党』57-67 ,1981/07,中国社会主義の苦悶

ある中国観『農業構造問題研究』129814,1981/09,

中国の経済改革『横浜市立大学論叢』人文科学系列333129-164,1982/03/経済改革の方向

調整はなぜ順調に進まなかったのか?『アジア研究』2912-11,1982/04,経済調整の背景

孫冶方のスターリン経済学批判『日高普教授還暦記念集』,1984,孫冶方の「スターリン経済学」批判

中国調査旅行報告,外務省中国課『中国情報』1639,1979/12/03,

中国経済改革の論理, 『経済学批判』7 26-38 ,1979/,

『毛沢東著作年表』上(共編)京都大学人文科学研究所1980/,

『毛沢東著作年表』下巻(語彙索引篇)単著京都大学人文科学研究所,1980/03, B5判、250頁

大内訪中団日誌1979.4.16-30, 『季刊労働者自主権管理研究』6 ,1980/03,

中国の経済改革について, 外務省中国課『中経情報』135 ,1980/04/21,

香港の租借期限、三菱総研報告,1980/08,

中国文明は生き延びられるか『季刊クライシス』6 162-163 1980/

王若水の毛沢東批判『日中経済協会会報』9258-65,1981/03,

拡大する中国の経済調整『東亜』165 13-231981/03,

地下出版物で読むもう一つの中国、地勢丹『中央公論』152-175,1981/04,

邯鄲事件の意味するもの『世界週報』30-31,1981/04/07,

溥儀の晩年、沈酔『中央公論』290-301,1981/08,

ソ連型めざす6 中全会『労働情報』100 36-37,1981/08/20,

ケ小平国家主席説の背景『中央公論』68-69,1981/11,

書評『六大以前』『東方』1-3,1981/11,

人民中国の労働組合事情『中央公論』96-109,1981/12,

毛沢東のプロ文革とは何であったか『季刊クライシス』8 36-48,1981/

中華人民共和国、台湾『最新世界現勢』50-52,1981?,

中国における『資本論』翻訳史『UP35-39,1982/03,

書評『小説張春橋』胡月偉ほか『中央公論』327-329,1982/08,

中国の新憲法草案と将来、李怡『日中経済協会会報』4-11,1982/08,

文芸面から見る今日の中国、陳若曦『日中経済協会会報』21-31,1982/09,

デタントへ向かうアジア情勢『朝鮮研究』2262-53,1982/12,座談会1982.10.2、玉城素、三尾忠志

「中国の農業集団化(1955〜58)−−再考のための覚書」単著『横浜市立大学論叢』社会科学系、34巻3号,1983/03,A4判、23〜89頁

作付面積の変化『中国の長期計画下の農業政策』82-96頁、日中経済協会,1983/03,

農村権力構造の再編『中国の長期計画下の農業政策』151-170頁、日中経済協会,1983/03,

豊作のカゲに赤信号『世界週報』22-23,1983/03/22,

中ソ対立小考『横浜市立大学論叢』社会科学系列341-2合併号1-49,1983/03/30,

中国の新憲法『百科年鑑』eye1982,1983/04,

ケ小平の監獄、方丹著『中央公論』192-204,1983/06,

どうなる返還後の香港『読売新聞』論点,1983/08/16,

今週の問題・中韓関係『週刊東洋経済』46-50,1983/09/10,

長江の第2黄河化、何迺維著『日本国土緑化技術交流団報告書−緑化と自然保護』日中経済協会126-142,1983/11,

黄土高原・西南林区の農林経済と長江の黄河化問題『日本国土緑化技術交流団報告書−緑化と自然保護』日中経済協会98-121,1983/11,

西南高山林区のハゲ山化、王長富著『日本国土緑化技術交流団報告書−緑化と自然保護』日中経済協会,1983/11 ,143-153

ホンコン、マカオ『最新世界情勢』改訂版3 ,1984/01,

中華人民共和国『最新世界情勢』改訂版352-54,1984/01,

軍の近代化『中国語』290,1984/03,

作付け決定権の移行『人民公社解体下の中国農業』日中経済協会72-81,1984/03,

水産業『人民公社解体下の中国農業』日中経済協会128-141 ,1984/03,

畜産『人民公社解体下の中国農業』日中経済協会102-115 ,1984/03,

林業『人民公社解体下の中国農業』日中経済協会116-127,1984/03,

文理学部入試問題、横浜市立大学,1984/03/,

香港97年問題『日中経済協会会報』22-351984/06,

毛沢東、いかに評価できるか『世界』40-51 ,1984/09,

数字が語る建国35年の中国『中央公論』342-363,1984/11,

「中国社会主義の農業問題」勁草書房、滝川勉編『第三世界農業の変貌』,1985/01,  A4判、233257

開放政策は今世紀不変『週刊・東洋経済』24-27 ,1985/02/09,

中国を読む『中国語』頁,1985/03,

現代中国を知るために『THIS IS112,1985/03,

雑穀・いも類『1984年の中国農業』日中経済協会196-219,1985/03,

農業土壌調査『1984年の中国農業』日中経済協会123-131 ,1985/03,

中国のビッグ・プロジェクト構想『スチール・デザイン』25-26266,1985/07,

劉国光論文を読む・上『中国語』24-25,1985/07,

劉国光論文を読む・下『中国語』24-25,1985/08,

パンダは生き延びるか?『読売新聞』大阪夕刊(『現代中国の実像』154-156,1985/08/09

長江綜合開発考察報告を読む『中国語』24-25,1985/09,

『開放経済下の中国を行く』読売テレビ放送海外研修セミナー,1985/09/29 1985/10/13,

発展途上の大国・中国の矛盾『社会主義はどこへいくか』菊地昌典編59-92,1985/10,

「中国は生態均衡を回復しうるか」中国研究所『季刊中国研究』1巻1号,1985/10,A4判、55〜72頁

中国の開放政策と人脈716日講演『まど』18-25頁サントリー社内報,1985/10,

皮包公司の花ざかり『THINKING,1985/10,

中国農業の過剰と危機『THINKING1985/12,

 index 1986-1990

ゆれ動く開放政策 1986(昭和61)年4月 『地理』古今書院14-21
開放政策の展開過程にみられた試行錯誤をあとづけ、動揺のなかで、発展した経緯を分析した。 対外開放政策の軌跡と展望

ケ小平体制の7 原載『国際問題』国際問題研究所2-14,1986/02,

第7次5カ年計画の構想と課題 1986(昭和61)年7月 『ジェトロ・センサー』30-36
1986-1990
年の第7次5カ年計画の構想と課題について、構想の内容とその問題点を分析した。 第7次5カ年計画の構想と課題

中国はどのような社会主義国か 1986(昭和61)年8月 『農村と都市をむすぶ』30-35
中国は社会主義の看板を掲げつつ、市場経済を密輸入している。その意味を考察した。 限りなく資本主義に近い社会主義

中国語の辞書紹介 『基礎中国語』創刊号69-72,1986/05,

中国語専門辞典 『基礎中国語』,1986/06,

中国紹介書の読み方 『基礎中国語』 ,1986/07,10-12

中国情報の基本的な集め方 『チャイナ・ウオッチング』 16-20,1986/10/05,書き下ろし

中国政治論文の読み方 『チャイナ・ウオッチング』21-24 ,1986/10/05,書き下ろし

中国指導者の著作集の編まれ方 『基礎中国語』,1986/08,

中国経済書「良い本」の見分け方 『基礎中国語』,1986/09,

最新出版辞書紹介 『基礎中国語』,1986/10,

中国の社会主義建設と地方自治『月刊自治研』2831660-67,1986/01

中国社会主義の農業問題『第三世界農業の変貌』勁草書房233-257,1986/01,

特区は海外への窓口『読売新聞』大阪夕刊,1986/02/22-3/01,

八五年中国を読む『中国語』12,1986/03,

町村企業の新展開『1985年の中国農業』日中経済協会184-216 ,1986/03,

書評『2001年の香港』中野謙二著、研文出版『週刊ポスト』842 93,1986/03/14,

解説「中国第7次計画の課題と展望」『大建協』,1986/05/,

イデオロギー戦線の変化『アジア時報』7-8196 ,1986/08,

書評『脱集団化へ向かう中国』『中国研究月報』,1986/11/,

「改革を促進する精神文明」『東洋経済・統計月報』,1986/11/,

コメント『サンケイ新聞』,1986/12/24,

胡耀邦中国への熱き眼差し(インタビュー)『中央公論』1986(昭和61)年7月:毛沢東から「大右派」のレッテルを得た林希翎のインタビューを通じて、中国の民主化を考察した。

パンダは生き延びるか?1986(昭和61)年8月9日 大阪『読売新聞』
臥龍保護区での見聞を踏まえて、中国の環境問題の深刻さを指摘した旧稿を敷衍して、詳論した。胡耀邦総書記が学生運動への対処の甘さを追及されて、事実上解任された。この問題について、危機深まる可能性とあり、と分析した。

1987年書いたもの

『世界』 世界の潮「中国経済改革−−矛盾はどこに」 1987/06/

『波』 日本はなぜジャパンと呼ばれるのか 1987.1講談社34-37

『東南アジア・ハンドブック』 「華語・国語・漢語・普通話・北京官話・マンダリン」1987.8

『読売新聞』 中国社会主義の行方 1987(昭和62)年1月21日 

『商工ジャーナル』北京一月政変以後の保守・改革両派の確執1987/05,

『中央公論』 「皇帝ケ小平の老い」,1987/03/,

『中国問題』 中国政治改革の潮流 1987(昭和62)10月号国際善隣協会33-39 頁  

『現代中国』中国の政治体制改革(学会報告) 1988(昭和63)年6月、第62号 18-24 19871018日の現代中国学会全国大会で報告されたものに加筆修正したものである。

農業委員会報告「農業水利」 1987(昭和62)年3月『1986年の中国農業』日中経済協会
各年版の農業動向の研究シリーズだが、ここでは農業水利に焦点を当てた。

農業委員会報告「林業」1987(昭和62)年3月 『1986年の中国農業』日中経済協会
各年版の農業動向の研究シリーズだが、ここでは林業問題に焦点を当てた。

日中関係──過去と未来をどうつなぐか 1987(昭和62)年8月『世界』25-28 34-42
小島晋治(東大名誉教授)、西川潤(早大教授)、辻康吾(東海大学教授)との座談会で、矢吹は経済協力について報告した。

17-18 世紀における中国の急速な人口増加 1987(昭和62)年9月 『国際統計協会第46回大会論文選集』国際統計協会。1987 9 8日〜16日、東京で行われた大会に招かれ、ゲスト・スピーカーとして発表したものである。

L.マクドナルド「鼠たちと巨象」1987(昭和62)10月号『中央公論』136-155
上海における学生デモをフォローしたノンフィクション翻訳である。

子々孫々の友好関係をつくるには 1987(昭和62)11月号 『正論』サンケイ新聞社
伊藤憲一(青山学院大学教授)、谷野作太郎(内閣外政審議室長)との鼎談である。

インタビュー「進まぬ自由化、危機感から街頭へ」『東京新聞』,1987 /01/?,

エッセイ「福建省を訪ねて」『本』講談社,1987/01/,

コメント「学生デモの背景に政治力学」文化放送,1987/01/06,

井上英司「現代中国出版の話題」『大阪読売新聞』1987/01/08,

座談会「中国1月政変を分析する」『毎日新聞』夕刊,1987/01/17,

エッセイ「中国社会主義の行方−−危機深まる可能性も」『読売新聞』夕刊 ,1987/01/21,『中国の政治と経済86夏〜87秋』093

座談会「ケ小平の思惑超えた中国・新人類たちの闘争」『週刊朝日』 ,1987/01/23,

講演「北京政変の背景と今後の見通し」『中国研究月報』,1987/02/,

講演「最近の中国情勢と今後の動向について」自由民主党調査局政治資料研究会議 ,1987/02/12,

「論点872」『読売新聞夕刊』,1987/02/26,

農業委員会報告「農業水利」『1986年の中国農業』日中経済協会 ,1987/03/,

農業委員会報告「林業」『1986年の中国農業』日中経済協会,1987/03/,

講演紹介『西日本新聞』,1987/03/27,

講演「北京政変と中国社会主義の行方」『東亜』,1987/04/,

「中国の経済改革は挫折したのか?」『海外事情』,1987/04/,

書評『周恩来・不倒翁波瀾の生涯』『朝日ジャーナル』,1987/04/03,

「新経済事情」古今書院、『現代中国の構図』諏訪哲郎編,1987/05, B6判、99-147

熊日講演会『熊本日日新聞』,1987/07/22,

西部「論壇時評」『東京新聞』,1987/07/28,

「論点877」『読売新聞夕刊』,1987/07/29,

「ビデオテープ」『信濃毎日新聞』,1987/07/30,

座談会「日中関係−−過去と未来をどうつなぐか」『世界』,1987/08/,

『悠久の大地に明日をさぐる』旅の備忘録,読売テレビ放送海外研修セミナー ,1987/09/301987/10/14,

国際統計協会報告(訳)「17-18世紀における中国の急速な人口増加」 『国際統計協会第46回大会論文選集』国際統計協会第46回大会運営本部 ,1987/09/8-16,東京

Rapid Population Growth in 17-18th Century China, Invited Paper 46th Session of the International Statistical Institute, 1987/09/8-16,東京

解説「中国政治改革の潮流」『中国問題』,1987/10,

鼎談「誰も語らなかった中国賠償問題」『ビジネス・インテリジェンス』 ,1987/10,

訳 L.マクドナルド「鼠たちと巨象」『中央公論』,1987/10,

鼎談「子々孫々の友好関係をつくるには」『正論』,1987/11,

座談会「中国党大会専門家座談会」『サンケイ新聞』,1987/11/01,

コメント「小平の資本主義導入中国」『週刊朝日』,1987/11/20,

中国指導部の若返りと経済協力『政経週報』共同通信社,1987/11/30,

コメント「江青、特赦か」『大阪新聞』,1987/12/24,

大内力「限りなく資本主義に近い社会主義」『社会労働評論』,1987/4 /,

「それでも胡耀邦は復活する」『ビジネス・インテリジェンス』 ,1987/テスト版

[書いたもの1988年]

王琢的中国经济体制模式《特区与港澳经济1988年第一期1-9

『読売新聞』 事実は小説より奇なり/中国現代史最大の謎/林彪事件の真相1988.9.16

『世界』 ポストケ小平の地鳴りが聞こえる1988.12

横浜市立大学市民講座 改革10年、建国40周年の中国『世界の政治と経済』485106 ,1988/10/31

『中央公論』訳・解説「趙紫陽も危うかった」1988/01,

肢ネ寧「所有制改革こそ中国経済改革の“導きの糸” 1988(昭和63)11月7日『エコノミスト』65周年記念臨時増刊号178-182 頁  1988(昭和63)11月7日 『エコノミスト』181

『現代中国』中国の政治体制改革(学会報告) 1988(昭和63)年6月、第62号 18-24 19871018日の現代中国学会全国大会で報告されたものに加筆修正したものである。

趙紫陽も危うかった 1988(昭和63)年1月号 『中央公論』160-174 頁。中共中央書記処「若干の理論問題についての資料」「若干の言論の対照」を邦訳し、解説したものである。

中共の開放政策と韓国経済 1988(昭和63)年6月18日 『韓国経済日報』ハングル訳 ソウル金星研究所にて報告した要旨を韓国語に訳して掲載したものである。

外貨獲得農業をめぐって 1988(昭和63)年4月 『1987年の中国農業』日中経済協会 「外貨獲得農業」というキーワードのもと、中国では輸出振興が行われている。農業面における輸出振興策の現状を分析した。

《中共政智囊》 矢吹晋著林振辉译 台北故出版公司

1988625日刊中国指導部の新しい構図 1988(昭和63)年6月号 『世界』224-228 第8期全人代がスタートした機会に、新指導部の陣容とその課題を検討した。

S.R.シュラム「ケ小平政治 四つの前提」1988(昭和63)年8月 『中央公論』 96-1051988年1月18日に国際文化会館(六本木)で行われた講演の記録である。

日中経済関係の新段階 1988(昭和63)11月号 『東亜』12-22 竹下首相の訪中により、第3次円借款の供与が約束され、日中関係は新たな段階に入った。今後の課題はなにかを分析した。

図説「中国──改革と開放の10年」1988(昭和63)12月号『世界』169-189 改革と開放の10年をグラフで説いたものである。

コメント「趙紫陽のゴルフ」『タッチ』,1988/01/19,『中国の政治と経済 86夏〜87秋』383

中国カリカリ『信濃毎日新聞』,1988/01/19,『中国の政治と経済 86夏〜87秋』

講演「日・中・台・香の経済比較と社会主義の初級段階論の意味」 『平民会議』,1988/01/30

講演「全国人民代表大会をむかえる中国」国際関係基礎研究所,1988/02/12,

「世界経済に眼を開いた中国」京大人文科学研究所『転形期の中国』竹内実編 ,1988/03,A4判、201〜227頁

外貨獲得農業をめぐって『1987年の中国農業』日中経済協会 ,1988/04,

講演「党大会とポストケ小平体制」『日外協・国際問題研究シリーズ』 ,1988/04,

書評『現代中国の基本問題について』『東方』,1988/04,

川名晃「魔性の都市で」『日本経済新聞』,1988/05/18,

学会報告「中国の政治体制改革」『現代中国』第62,1988/06,

世界の潮「中国指導部の新しい構図」『世界』,1988/06,

書評『漂泊中国』『朝日ジャーナル』,1988/06/03,

Promotion of Economic Cooperation with China, 韓国報告 ,1988/06/17,

「中共の開放政策と韓国経済」『韓国経済日報』 (ハングル,1988/06/18,

書評『多民族国家中国の基礎構造』『エコノミスト』,1988/07/26,

訳・S.R.シュラム「ケ小平政治 四つの前提」『中央公論』 ,1988/08,

コメント「上海列車事故」『SPA!』,1988/08/11,

『東京新聞』1988/10/5P 「この人」560

「日中経済関係の新段階」『東亜』,1988/11,

図説「中国−−改革と開放の10年」『世界』,1988/12,

1989 [天安門事件]

Tiananmen Incidentat Japan-EC Conference Oct. 6, 1989

『日中経済協会報』 呉敬l教授インタビューまえがき198939 (893月号、4月号)

『アジア時報』 中国人留学生をめぐって発生している諸問題19893月号6468

『経セミ』 中国の経済改革と市場開放1989/05

『東洋経済』 中国を動かす100万人デモ1989/06/03,  

『東洋経済』 意図的に作り上げられた暴乱1989/06/24

『世界』 ケ小平体制とは何だったのか1989/08,

『中国時報』シンポジウム 中国的民主化前途研討会1989/08,

一時的戒厳令から「戒厳体制」へ『東洋経済』1989/09/23,

ケ小平「正式引退」の内幕『東洋経済』1989/11/25,

Japan Calm About Renewed Sino-Soviet Ties, The Christian Science Monitor,1989/05/15,

ケ氏権威、確実に低下『読売新聞』,1989/05/21,

戒厳令コメント『東京新聞』,1989/05/21,戒厳令コメント『読売新聞』,1989/05/21,戒厳令コメント『スポーツ・ニッポン』1989/05/22,

赤い資本主義の咆哮『週刊宝石』,1989/05/25,

民主化の波動続く中国『公明新聞』1989/05/25,

学者、記者、留学生的民主運動観『留学生新聞』1989/06/01,

趙紫陽解任後の中国『福島民報』,1989/06/04,

機動隊なき中国の悲劇『日経ビジネス』,1989/06/07,

香港情報の真偽『東京新聞』1989/06/07,

戒厳令コメント『日刊ゲンダイ』1989/06/08,

腐敗を怒る『週刊新潮』1989/06/08,

戒厳令支持表明コメント『週刊現代』1989/06/10,

胡耀邦の死と民主化「動乱」『蒼蒼』第26,1989/06/10,

鎮圧コメント『日刊ゲンダイ』1989/06/10

中国権力闘争再燃は必至『読売新聞』1989/06/11,

鎮圧コメント『日刊ゲンダイ』1989/06/14

中国動乱・見通し立たぬ「改革と開放」『エコノミスト』67 ,1989/06/20,

横浜中国セミナー『東京新聞』1989/06/22,

喬石コメント『日刊ゲンダイ』1989/06/22,

処刑コメント『東京新聞』,1989/06/22,

長老支配『日刊ゲンダイ』1989/06/22,

神奈川政経懇話会『神奈川新聞』1989/06/24,

鎮圧以後『週刊現代』,1989/06/24,

四中全会『日刊ゲンダイ』1989/06/25,

四中全会コメント『朝日新聞』1989/06/25,

四中全会コメント『読売新聞』1989/06/25,

鎮圧以後『週刊読売』1989/06/25,

経済封鎖には反対『日経産業新聞』1989/06/26,

激動する中国情勢『綜研速報』1989/06/30,

南日本政経懇話会講演『南日本新聞』1989/07/08,

列車爆破コメント『週刊現代』1989/07/15,

熊日情報文化懇話会講演『熊本日日新聞』1989/07/19,

中国はどこへ行くのか?『月刊社会党』11837,1989/08,  

『中国時報』社説『中国時報』1989/08/16/19,  

自民党的惨敗対国民党的啓示『工商時報』,1989/08/18,

不一様的一党独大『中国時報』1989/08/18,

石見政経懇談会講演『山陰中央新報』1989/08/26,

危篤説流れるケ氏の次『日経ビジネス』1989/08/28,

「天安門事件」以後の中国と日本『外交フォーラム』1989/09,座談会、粕谷一希、中江要介、岡部達味

社会主義の変容・中国(上下)共同通信文化部配信,1989/09, 『日本海新聞』 922日(上)、『徳島新聞』 923日(上)、『高知新聞』927日(上) 28日(下)『中国新聞』928日(上) 29()『神奈川新聞』928()10 3() 『長崎新聞』929()、『北海タイムス』929日日夕刊(上) 『福島民報』102()『信濃毎日新聞』102() 『山梨日日新聞』103日(上)4日(下)、 『四国新聞』10日、12

中国とのつきあい方『コンコース』1989/09,

社会主義諸国の改革・開放と西側の対応『朝雲』1989/09/21,

難民問題コメント『産経新聞』1989/09/3  

社会主義諸国の改革・開放と西側の対応『国防』1989/10,

天安門事件関連の書物を読む『週刊読書人』1989/10/09,  

われわれにとっての天安門事件『産経新聞』1989/10/21,

最近の中国情勢『経団連クラブ会報』236,1989/10/30,

南洋大学留学の回想『海外子女教育研究』1989/11/01,

著者に聞く『東京新聞』1989/11/09,

東欧の衝撃『日刊ゲンダイ』1989/11/14,

コメント『フォーカス』1989/11/24,

われわれにとっての天安門事件『正論』40561989/12,座談会

戴國W書評『東洋経済』1989/12/02,

天安門広場での虐殺はなかった『読売新聞』夕刊1989/12/04,

『読売新聞』大阪版、12月12日、13日  

ハイジャック『夕刊フジ』1989/12/19,

Notes on Recent Studies of China's Modern History in Japan, CCP Research Newsletter No. 2,1989/Spring ,

1990年[天安門事件後遺症]

他山之石、社会主国家改革的连锁《留学生新199011

『公明』 問われる改革と開放の本質1990/02

『東洋経済』 八方塞がりの中国1990/02/17

『東洋経済』 後遺症に深く蝕まれる中国 1990/06/09

『世界』 中国経済の長く深い低迷−−複合的重層的危機の現況1990/05

『日本貿易会会報』 中国情勢とこれからの日中関係1990/04

『中国経済』 全人代以後の中国政治ジェトロ,1990/05

『協同セミナー』 天安門事件から一年1990/05

『月刊自由民主』 天安門事件後の中国情勢// 1990(平成2)年8月 28-43 天安門事件1周年後の中国情勢を分析したものである。

『週刊文春』 『人民日報』が捏造した私の対談119901227 //2 //3 //4

『セミナー・ハウス』 建国40年、改革10年の中国経済 / 1990(平成2)年7月25(119 号大学セミナー・ハウスで行われたセミナーでの基調報告の要旨をまとめたもの)

訳書解題 『天安門よ、世界に語れ--中国の危機と希望の真実』劉賓雁ほか著

コメント『日刊ゲンダイ』1990/01/10,

戒厳令解除の影響と今後『東京新聞』1990/01/11,

天安門後の中国経済、戒厳令は解除されたが『世界週報』1990/02/20,

Promotion of Economic Cooperation with China: Lessons learned by Japan 『横浜市立大学論叢』人文科学系40巻3号,1990/03,A4判、73〜114頁

三省農業事情『1989年の中国農業』1990/03,

天安門事件1周年『週刊新潮』1990/04/12,

ハイジャック犯引渡し『日刊ゲンダイ』1990/04/22,

論壇時評の紹介『朝日新聞』1990/04/26,

孤塁を守る中国の行方『情報資料』384号1990/05,

似て非なる隣国・中国『インフォーダイヤ』1990/06,

天安門事件の武力鎮圧『アジア時報』7-9,1990/06,

検証天安門事件から1年『東京新聞』1990/06/04,

朝鮮問題『日刊ゲンダイ』1990/06/08,

政治社会動向分析『サピオ』1990/06/14,

インタビュー、儒教問題『聯合早報・星期刊』1990/06/24,

「対外開放政策の展開−−「経済特区」から「沿海地区発展戦略」まで」 アジア経済研究所『中国の世界認識と開発戦略−視座の転換と開発の課題小林弘二編90/09,4131-160

《北京周编辑部和何新氏的抗议书(第一抗议书)香港『九十年代』1991年2期 「揭示『何新与日教授谈话录』真相