1999/10/01 - 2000/12/24 作成
2001/03/26 公開
担当:カルネアデス

ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #01


『がたんがたん』

ああ、お買い物してたら遅くなっちゃった。
帰ったらどやされるかしらね。
でもあの人は、パソコンとにらめっこしだしたら‥‥。

私の名前は桐野杏子(きりのきょうこ)。
見ての通り(?)、バーゲンが偶然やっていたので‥‥ 買いすぎちゃったわ。

男の子 「はあはあはあ‥‥。」

何この子? 肩で息してるわよ。
別に本当に肩でってことじゃないわよ。
電車の中でかけっこでもしてるのかしら?

桐野杏子 「!!」

何この威圧感‥‥ 息苦しい‥‥
男の子が走ってきた方からだわ。

何あの男、刃物なんか握って歩いてるわ。
鬼ごっこにしては派手よね‥‥ってそういう事じゃないわ。

これは内閣調査室に所属していた私にとって無視できることじゃないわ。

男の子はあの男に狙われている、それも生命(いのち)そのものが。


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #02


『セントラルアベニュー、セントラルアベニュー』

車内放送がはじまって、セントラルアベニューの駅に停車したわ。
あの男の子は‥‥ やっぱり降りたわね。
そしてやっぱりあの男も降りたわ。

私も降りなきゃ。
‥‥こんなことならこんなに買い込むじゃなかった。

男の子と男は人ごみの中へ入っていったわ。
私は人ごみを迂回して先回りしなきゃ。

あ、コインロッカー。ああ、気持ちが揺らぐわ‥‥。
でも‥‥ダメよ、見失ってしまうわ。


何とか先回りに成功したわ、でもどうやって話し掛けるかよね。

『ねぇ、君。 もしかして追われているの?』

‥‥ストレートすぎるわ、これじゃ。
変な宗教でも進めているみたいよね、正面から行ってはだめだわ。

もしそうだったら‥‥多分そうなんだろうけど、
男の子の冷静さを欠いてしまう恐れもあるわよね。
それに‥‥私の方も怪しい人の仲間入りになっちゃうわ。

私のこの勘はあってるんでしょうか、先輩‥‥。


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #03


やっぱりこういう時はこれよね。

『どん!』

杏子 「あっ!」

少年 「あ‥‥ごめんなさい。」

さりげなく少年の前に立ちはだかりぶつかったわ。

少年は背後を気にしている。

杏子 「ねぇ、あそこの男の人って知り合い?
もしかしてずーっと、あなたの後を付いてきてるんじゃない?」

耳に顔を寄せて小声で話す。

少年 「!!」

杏子 「少なくとも私は君の手助け‥‥出来ると思うわ。」

少年 「‥‥おばさん誰。」

おばさん? さては私を試してるのね。
杏子、今は怒っちゃダメよ、でも後で覚えてなさいよ。

杏子 「警察関係者よ、今手元に身分証明できるものは持ってないけど。」

真剣なまなざしで見つめる杏子。
顔を背け、歩き出す少年。

少年 「‥‥わかった、信じてみるよ、おばさんを。」

杏子も歩き出す。

杏子 「ありがとう、で、あの人は誰なの?」

少年 「‥‥わからない。わからないんだ、もう何もかもが!!」

杏子 「とりあえず落ち着ける場所へ行かなきゃ‥‥。」

少年 「派出所?」

派出所? 今はもう交番に統一されているはずなのに‥‥

杏子 「‥‥駄目ね、一般の人が安心するような所でもおかまいなしよ、あの感じじゃ。」

あんな威圧感、まりな先輩と見城先輩以来だわ。

杏子 「とりあえず地上に出なきゃ。」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #04


地上に出てからこっち、私たちはがむしゃらに走ったわ。
荷物も半分男の子に持ってもらってるし。

少年 「ちょっと、荷物多すぎない?」

桐野杏子 「我慢してよ‥‥もう追ってこないかしら?」

よく考えたら私も今となっては、警察関係者じゃなかったわ。
あそこは警察権が無いから‥‥

少年 「ちょっと。」

後はまりな先輩と連絡を取ってごまかしたらいいわ、どうせ連絡とるつもりだったから。
あの男のおかげで助かっちゃったわ、交番に飛び込んだら私の方が‥‥

少年 「ちょっと、前前々ぇーーー!!」

桐野杏子 「なに‥‥きゃぁ!!」

男 「うぉぉ!?」

あっちゃー、またやっちゃった、
ああーーー、買い物袋大丈夫かしら?
中身をぶちまけてたら拾うのに時間かかっちゃって、あの男に追いつかれちゃう!

桐野杏子 「買い物袋は‥‥無事ね。」

ほっと一息つこうとした瞬間、

男 「あのなぁ、ぶつかっといて買い物袋の心配かよ。当たられた俺様はどうなんだ?」

あ、忘れてたわ、ぶつかった人の事を‥‥

桐野杏子 「ああ、すいません。ちょっと急いでいたもの‥‥あれ?」

男 「‥‥お前、たしかどっかで見た事が。」

そこにはまりな先輩の話の肴(さかな)に使われる(?)、
天城小次郎(あまぎこじろう)さんの姿があった。


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #05


天城小次郎 「ああそうだ、確か指名手配の‥‥。」

ええええ、男の子の前でそれ言わないでよ! 信用が‥‥。

桐野杏子 「ちょっ‥‥天城さん。 こんな時にそんな事言わないで下さい!!!」

男の子の方をちらりと見る、あああ‥‥。
すごい剣幕でこっちを睨(にら)んでる。

天城さん、うらむわよ。

天城小次郎 「そうか誰に追われているのかは知らないが、まあこっちだ。」

え、やっぱりわかっちゃったのかな。 私たちが何やっているのか。

桐野杏子 「え、あ、助かります。 こっちよ。」

男の子は納得いかない顔をしているが、素直にうなずいた。


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #06


‥‥流石(さすが)に疲れたわね、でもこんな所で天城さんに会えるなんてラッキーだわ。

天城小次郎 「おい、桐野。 俺を護衛しているのか?」

桐野杏子 「え?」

天城小次郎 「護衛する奴を一番後ろに歩かせるというのはいい事なのか?」

あ、私ったらいつのまに。あの男の子のそばにいなきゃ。

桐野杏子 「‥‥そうですよね。 ねぇ君、天城さんと私の間、歩いて。」

はぁ、またぼけをかましちゃったわ‥‥。



天城さんは酒場らしき所へ入っていくわ。
でも休業中って書いてあるけど‥‥。


天城小次郎 「まあ好きな所に座れ。」

男の子と顔を見合わせ、天城さんの正面に2人ならんで椅子に座る。

天城小次郎 「で、今度はいったいどんなことになったんだ?」

男の子が私の耳に顔を寄せてきたわ。

少年 「この人、信用できるの?」

桐野杏子 「ええ、信用できるわ。」

少年 「‥‥。」

桐野杏子 「大丈夫私に任せて。」

少年 「‥‥うん。」

桐野杏子 「えっと何から話せば‥‥。」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #07


天城小次郎 「何からって桐野お前‥‥。」

え、そんな事言われたって‥‥
私が電車に乗っていたら、男の子が通り過ぎてって‥‥
私の勘でこの男の子が危ないって思って‥‥
それで男が刃物持ってて、私はコインロッカーに荷物‥‥
駄目どれから話せばいいのか‥‥。

桐野杏子 「はははは‥‥あれ?」

男の子が隣りにいない‥‥。

『がしゃん』

‥‥まさか。

桐野杏子 「ちょっと君、そんな飲み方しちゃ駄目だよ!」

あああ、お酒のラッパのみ‥‥
はじめて見た‥‥じゃ無くって!

天城小次郎 「まあ、何があったのか知らないけど結構参ってるんだろ、あの小僧?
                   やりたいようにやらしてやれ。」

桐野杏子 「え、ええ、でもこの店って‥‥。」

天城小次郎 「気にするな知り合いの店だからな。」

へぇ、お知り合いか。 なんか、天城さんに似合いそうよね、この酒場。

桐野杏子 「そうなんですか。 で、彼ですけど、知らない男に追い回されたらしいわ。」

男の子の突拍子のない行動で冷静になれたみたい。
すらすら話せるわ。

天城小次郎 「なんだそりゃ、物騒だな。」

桐野杏子 「事の始めは、自宅の車が炎上して、それから男がつけまわすようになったんですって。」

天城小次郎 「‥‥ただ進行方向が同じなだけじゃないのか?」

桐野杏子 「それがその男、ずーっと刃物持ってつけてるんです。」

天城小次郎 「刃物だと!」

机を押しつぶしそうな勢いで叩く天城さん。

桐野杏子 「え‥‥ええ、ちょっと天城さん‥‥?」

天城小次郎 「‥‥どんな刃物だ?」

ちょ‥‥なに、この迫力。
普段髪で見えない視線が私を凝視しているように感じる。

桐野杏子 「え、確か 『なた』 じゃないですけど、なにか切れ味がわるそうな。
                だから騒ぎにならなかたんですけど‥‥。」

天城小次郎 「‥‥くそ!」

椅子に派手に座り直す、天城さん。

桐野杏子 「どうしたんですか、天城さん?」

天城小次郎 「‥‥。」

なに、なにがどうなってるのよ、もう!


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #08


天城小次郎 「‥‥。」

な‥‥に。

桐野杏子 「‥‥。」

いったいどうしちゃったのよ。

天城小次郎 「‥‥。」

桐野杏子 「あ、そうだそうだ。」

先輩に連絡とって‥‥

天城小次郎 「‥‥。」

《はろはろ〜♪》

桐野杏子 「もしもし、まりな先輩ですか?」

《法条まりなはただいま留守です、用件は何か機械音みたいなのが鳴ってから話してちょうだい。》

桐野杏子 「 ‥‥留守電?」

天城小次郎 「法条か?」

桐野杏子 「ええ、留守電なんです。」

天城小次郎 「‥‥そりゃそうだろうなぁ。」

桐野杏子 「え?」

天城小次郎 「驚くなよ、桐野。」

今日は変な事の連続ね、天城さんの真剣な顔も拝めちゃうし‥‥。

桐野杏子 「な、いきなり真面目な顔しないでください。」

天城小次郎 「法条は今‥‥重体だ。」

桐野杏子 「!?」

‥‥え、今なんて言ったの?

天城小次郎 「もう一度言うぞ、法条は重体だ。 ‥‥会いに行くか?」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #09


桐野杏子 「う‥‥そ‥‥。」

そんな、冗談でしょ?

天城小次郎 「桐野、たのむからもう言わせないでくれ ‥‥。」

桐野杏子 「‥‥。」

天城小次郎 「今日はここに泊まるか?」

桐野杏子 「‥‥え、なんですか?」

天城小次郎 「しっかりしろ桐野。 お前が小僧を守るんだろ、いつまでもボーっとしてるんじゃない!」

桐野杏子 「‥‥。」

そうよ、私がしっかりしなきゃ、今は偶然天城さんがいるだけなのよ。

天城小次郎 「もう面会時間は過ぎているはずだ、だから今日はここに泊まる。
                    下手に動かない方がいいんだろ?」

桐野杏子 「そうですね、動かない方が安全そうです。」

少年 「ZZZZZ。」

天城小次郎 「ちぇ、気が早いなあいつは‥‥。」

桐野杏子 「あらあら‥‥。」

幸せそうに寝てるわ‥‥。


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #10


天城小次郎 「そうだ桐野、お前先に寝てろ。」

桐野杏子 「え?」

天城小次郎 「一応見張りをつける、まあ一種の保険だ。 誰かが来たらわかるだろ。」

見張り‥‥そうよね、必要だわ。

桐野杏子 「‥‥そうですね。それじゃあ、1時間交代で?」

天城小次郎 「うむ、時間になったら起こす。」

桐野杏子 「はい、それではお休み‥‥。」

そうね、男の子の横で寝ましょう。

天城小次郎 「ああ‥‥。」



江国雄二 「杏子、ちょっと話がある。」

桐野杏子 「なに?」

江国雄二 「その前にまだ、俺ってそんなに信用できないか?」

桐野杏子 「ごめん、あの時は‥‥ 今はそんな気持ちこれっぽっちも無いわ!」

江国雄二 「そうか‥‥ それなら言うよ。」

桐野杏子 「え‥‥ なにを?」

江国雄二 「俺は杏子とずっと一緒に居たいんだ、だから‥‥。」

桐野杏子 「実は私も‥‥なの。」

江国雄二 「杏子‥‥。」

桐野杏子 「雄二君‥‥。」

江国雄二 「杏子‥‥。」

桐野杏子 「雄二君‥‥。」

江国雄二 「杏子‥‥。」

桐野杏子 「雄二君‥‥。」



桐野杏子 「ゆうじ..く‥‥あれ?」

‥‥ここどこ、雄二君は?

天城小次郎 「がぁぁぁぁ‥‥がぁぁぁぁ‥‥。」

‥‥あそこのカウンタ―につっぷしているのは天城さん?
‥‥ここは、酒場‥‥みたいね?

男の子 「ZZZZZZZ‥‥。」

私の横に男の子が寝ている。

たしか‥‥ああ、男の子を保護したんだったわ。
それで天城さんに助けてもらって。

‥‥あれ、見張り‥‥は?

‥‥(汗)

あ、そうだわ。 御飯作らなきゃ、材料は昨日の買い物袋にあったはずよ。


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #11


『とんとんとんとん‥‥』

天城小次郎 「ふわぁぁ‥‥。」

天城さん、起きたみたい。

桐野杏子 「あ、天城さん。 おはようございます。」

天城小次郎 「‥‥‥‥‥‥‥‥これは夢か?」

桐野杏子 「へ?」

夢って‥‥天城さんまだちゃんと起きてないのかしら?

天城小次郎 「確か法条が、『杏子はお料理の一つも出来ないのよぉ―(けらけら)』
                   ‥‥といっていた気がしたのだが。」

桐野杏子 「ひっど―い、そんなのぜんぜん嘘ですよ。」

それは昔の話、今は結婚してお料理学校へ通ったからエキスパ―トの腕なのよ。
えっへん! ‥‥ああ、愛の力って偉大よね‥‥。

天城小次郎 「そういえば小僧は?」

桐野杏子 「まだ寝てます。」

男の子 「ZZZZZZZZ。」

天城小次郎 「‥‥まあ、あれだけ飲んだんだ。 ‥‥ん? ちょっと待て、こいつ何歳だ?」

そういえばこの男の子って何歳?

桐野杏子 「え? ‥‥‥‥‥‥知らない。」

天城小次郎 「まさか急性アルコ―ル中毒じゃ!!」

桐野杏子 「それは大変!!」

天城小次郎 「しっかりしろ小僧ぉぉ――!!」

桐野杏子 「ねぇ君、目を覚ましてよぉぉ――!!」

男の子 「‥‥。」

天城小次郎 「小僧ぉぉ――!!」

桐野杏子 「返事して坊やぁぁ――!」

男の子 「‥‥うるさい(ぼそ)。」

天城小次郎 「‥‥。」

桐野杏子 「‥‥。」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #12


テ―ブルの上には私の作った食事が並べられている。
まぁ、これぐらい朝飯前だわ。 実際朝飯前だけど。 さあ、食べましょう。

メニューは何かって説明しろですって?
何って、ご飯でしょ、大根入りの味噌汁、もちろん出汁(だし)は取ったわよ。
それと目玉焼きよ。

‥‥え? 私の作ったのはほんとに大丈夫かって?
天城さんと男の子はガツガツ食べてるわ。

そりゃ初めのころは雄二君に迷惑かけたけど‥‥。



天城小次郎 「なにぃ、名前がわからないだとぉ!!」

男の子 「いったいここどこなの? ついでに頭痛いし‥‥。」

天城さんの怒鳴り声が頭に響いてるみたいね。
男の子が眉間に手を当てているわ。

桐野杏子 「‥‥お酒で記憶喪失になるのかしら?」

男の子 「‥‥お酒は昨日飲んだよな。」

天城小次郎 「何とかという記憶喪失だなそれは。」

桐野杏子 「要するに自分の名前だけ忘れちゃったの?」

天城小次郎 「どうやったらそうなるのかは詳しく知らんが、昨日の出来事が原因だろうな。」

そういえばそういう事があるって聞いた事があるわね。

男の子 「ごちそうさま。 ‥‥困ったな、名前が分からないと‥‥。」

天城小次郎 「それは俺様達の科白(せりふ)だ!」

ここは運営上仮の名前を考えないと‥‥。

桐野杏子 「ここは仕方ないので、見城(仮)と呼びましょう!」

天城小次郎 「う―ん、グレン(仮名)の方が‥‥。」

男の子 「‥‥それって、誰の名前?」

桐野杏子 「(いい)先輩(だと思ってたのあんな事に‥‥)。」

天城小次郎 「(裏切りやがった)情報屋(でも悪い奴じゃない)。」

男の子 「‥‥。」

桐野杏子 「‥‥。」

天城小次郎 「‥‥。」

男の子 「い・や!」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #13


天城小次郎 「よし、腹も膨(ふく)れたから、行くか。」

‥‥行くって?

桐野杏子 「‥‥どこへ?」

天城小次郎 「き・り・のぉ〜〜〜‥‥。」

髪の毛越しにキツイ視線を受けている気がする‥‥。

桐野杏子 「え‥‥。」

天城小次郎 「病院に‥‥だ。」

病院‥‥まりな先輩‥‥が居るんだ。

桐野杏子 「あ‥‥そうでしたね。」

天城小次郎 「ふむ、そうでした‥‥だ。」

天城さん、やっぱり昨日ずーっと見張りやってたのかしらね。
がっくしうな垂れているわ。



天城さんは車を取りに行ったわ。
そうね、さっきの事どうにかしないとね。

桐野杏子 「ねぇ、君。」

男の子 「‥‥はい?」

桐野杏子 「さっきの続きだけど、私達は君の事、なんて呼びんだら良いのかしら?」

男の子 「うーん‥‥さっきの名前は何か嫌な予感がしたんだ。」

嫌な予感‥‥もうこの世界にいないから‥‥嫌といえば嫌よね。
鋭いわこの子、だから逃げ延びられたのかもしれないわ。

‥‥は、この子私の顔をマジマジと見ているわ。

男の子 「大丈夫? 真剣な顔して‥‥。」

桐野杏子 「え‥‥。」

男の子 「本人があっけらかんとしているのに、桐野さんが考え込まなくてもいいのに、
              そんなに考えられると桐野さんに悪いから、さっきの呼び方で良いですよ。」

桐野杏子 「‥‥そう、それじゃあ一応 『君』 って言うわね、私は杏子で良いわよ。」

男の子 「はい、杏子さん。 さっきといって 『見城って呼んでいいの?』 と言われなくってよかったよ。」

‥‥だってさ、なによそれ。



天城さんが車で乗り付けてきたわ。
‥‥あ、いけない。 火の元止めるの忘れてたわ。

桐野杏子 「ごめん、ちょっと火の元見てくるわ。」

天城小次郎 「桐野ぉ‥‥ まってる間に止めとけよな。」

桐野杏子 「‥‥はぁーい。」

‥‥って、完璧に元栓止めてあるじゃないの、今日は別に足で稼がなくてもいいのよ。
あ、買い物袋忘れてるわ‥‥ もししかしてこれが引っかかってたのかしら?



桐野杏子 「はぁはぁ‥‥お待たせしました。」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #14


ブロロロロロロ‥‥。

桐野杏子 「へぇ、天城さんって車の運転出来たんだ。」

天城さんの車に乗り込んだ私たち。

天城小次郎 「探偵たるもの車ぐらい運転できなければ、話にならないぜ。
                   まあ探偵免許を取るときに一緒に運転訓練をやらされるのだが。」

桐野杏子 「そうなんですか。」

天城小次郎 「そういう内調の捜査官は運転できないのか?」

桐野杏子 「必修ではなかったですから‥‥。」



うーん‥‥この子、先に内調に連れていった方がいいかしらね?
この子は内調に預けた方が良いわ、やっぱり。

桐野杏子 「そうだ天城さん、内調に寄ってください。」

天城小次郎 「‥‥そうだな、ところで内調はどこにあるんだ?」

桐野杏子 「セントラルアベニュ―の西です。」

天城小次郎 「わかった。」



天城小次郎 「ついたぜ、内調に。」

桐野杏子 「さあ、入りましょ。」

天城小次郎 「は、俺様もか?」

桐野杏子 「もちろん、天城さんもです。」

天城小次郎 「‥‥。」

桐野杏子 「どうしたんですか? せっかくだから行きましょうよ、こんなところ滅多に入れませんよ。」

桐野杏子 「ほら、行きますよ。」

何、だだこねてるのかしら?



結局、天城さんはついてこないようね。 何か嫌な思い出あったのかしら?
私の嫌な思い出といえば、まりな先輩だったりしてね。

桐野杏子 「‥‥。」

本当にまりな先輩‥‥どんな状態なのかしら?

男の子も頭が痛いそうなのでおいてきちゃったわ。
もしかしてまりな先輩を当てにしてったのかしら、私って‥‥。

‥‥さあ、着いたわよ。 全部話してもらうんだから!



桐野杏子 「こんにちは。」

甲野三郎 「ややや、杏子君。 君の席はここにはないはずだが。」

このいきなり嫌な事を言った人は、甲野三郎
まりな先輩のおかげで『本部長』って呼んでるわ。何で本部長なのかしら?

桐野杏子 「そんなことはわかってますよ。」

甲野三郎 「ふふふ‥‥。」

桐野杏子 「なんですか?」

甲野三郎 「いやぁ、なにねぇ。
                私はてっきり前の職場へ間違えて出勤してきたのかと思ったのだが‥‥。」

桐野杏子 「‥‥本部長。」

甲野三郎 「ああ、ごめんごめん。 ついまりな君と話をしていた時の癖が‥‥。」

ラッキ―だわ、どうやって切りだそうかと思ってたけど。

桐野杏子 「そういえばまりな先輩、入院されたそうですが‥‥。」

甲野三郎 「杏子君‥‥どこでそれを。」

本部長の顔から笑(え)みが消えたわ。

桐野杏子 「そんなことはどうでもいいでしょ、一体どうして‥‥。」

甲野三郎 「‥‥。」

天城小次郎 「よう、ヒゲのおっさん。」

天城さんと男の子がやってきたわ、何かしら?
‥‥ちょっと待って、ヒゲのおっさんって面識あるのかしら?

甲野三郎 「君は‥‥天城君? そうか、いらない事を吹き込んだのは君か。」

‥‥なによ、いらない事って。

天城小次郎 「べっつに〜、どうせ桐野は内調に来るしか選択肢はなかったんだ。
                  それにここに来ればいずればれることだ。 だから構わないだろ?」

選択肢‥‥そういえばここに来るしか選択肢はなかったのよね、
なによ、どうせ私はここに来る以外、気づきませんでしたよ!

甲野三郎 「‥‥そうか。 それで杏子君、何でわざわざ昔の職場へ来たのかね?
                その手の事件だとは思うんだけどね。」

桐野杏子 「実は‥‥。」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #15


佐久間裕一 「あれ、桐野‥‥君?」

桐野杏子 「え? 佐久間さん?」

この人は佐久間裕一さん、私の新しい勤め先、教育監視機構の大先輩。
すっごく古株で事件もいっぱい解決しているそうよ。

‥‥何で内調に来てるのかしら?

佐久間裕一 「君、今日は授業じゃなかったっけ?」

‥‥しまった、そうだったわ。

桐野杏子 「ははは、すっかり忘れてました。」

佐久間裕一 「君の授業は面白くて生徒に大人気らしいね。」

桐野杏子 「‥‥そうなのかな?」

佐久間裕一 「ふふふ‥‥。」

桐野杏子 「?」

佐久間裕一 「普通の教師なら絶対にやらない様な事も、模範演技しているそうじゃないか。」

桐野杏子 「‥‥。」

ぐっ‥‥言い返せない‥‥。

甲野三郎 「‥‥ぷっ。」

桐野杏子 「‥‥本部長。」

甲野三郎 「いやぁ、悪い悪い。」

佐久間裕一 「‥‥っと、それじゃあ甲野さん、また後で来ます。」

甲野三郎 「ああ、そうしてくれると助かる。 なんせいきなりの来客だ。 悪いね。」

佐久間裕一 「ええ、今度はこちらがここを間借りできるように、
                   すみからすみまで巡回してきますよ。」

甲野三郎 「たはぁ、手厳しいねぇ。」



桐野杏子 「‥‥佐久間さんとお知り合いなんですか?」

甲野三郎 「んんん――。 もちろん‥‥っと君は部外者だから、秘密だよ。」

桐野杏子 「まさか青島さんと和久さんみたいな関係?」

甲野三郎 「この作品は踊る大捜査線じゃないよ、杏子君。」

桐野杏子 「‥‥で、本部長。」

甲野三郎 「なんだい、杏子君?」

桐野杏子 「まりな先輩のことですけど‥‥。」

甲野三郎 「ああ、アレね。 まりな君、入院しちゃったのよ。」

桐野杏子 「なんでまりな先輩がそんなことに‥‥。」

甲野三郎 「今回の事件はかなりデカくてね、只では済まなかった‥‥
                まぁ、そういう事だよ‥‥。」

桐野杏子 「そうですか、生きてるんですね?」

甲野三郎 「まぁ、一応は。」

桐野杏子 「一応?」

甲野三郎 「直接会いに行ったらどうだい?」

桐野杏子 「そうします‥‥ああ、そうだ。忘れてました。」

甲野三郎 「んんん‥‥まだ何かあるのかい?」

桐野杏子 「天城さんと一緒にいた男の子のことなんですが‥‥。」

甲野三郎 「ふむ、普通の男の子だったみたいだけど。」

桐野杏子 「変な男に付け回されたそうです。」

甲野三郎 「つけまわすとわ‥‥ただ単に進行方向が同じなだけじゃないのかい?」

桐野杏子 「天城さんと同じ事を言うんですね。」

甲野三郎 「一般論でしょ、今の。」

桐野杏子 「でもその前に、両親が車の炎上事故に巻き込まれて‥‥。」

甲野三郎 「そういえば昨日そんな事件あったよ。 まてよ確か少年が行方不明だった。」

桐野杏子 「さっきのがその子です。」

甲野三郎 「へぇ、杏子君。 そんな事も知らずに保護したのかい? それも夜通し。」

桐野杏子 「天城と途中で偶然逢って、今日はもう動かない方がいいと言ったんです。」

甲野三郎 「それは、お楽しみでしたね。」

桐野杏子 「?」

甲野三郎 「あ、ごほん。」

桐野杏子 「それであの子を保護してほしいんですけど。」

甲野三郎 「気になる点が一つ、最寄りの交番に立ち寄らなかった理由を聞こうか。」

桐野杏子 「それはまりな先輩と同質の威圧感を感じたからで、
                交番へ駆け込んだとしても、お構い無しで行動に出ると思ったからです。」

甲野三郎 「なるほど、もしかしてその男は刃物を持っていなかったかね?」

桐野杏子 「ええ、『なた』 じゃないですけど、なにか切れ味がわるそうなモノを。」

甲野三郎 「『なた』? それはすごい表現だね。 もしかしてこれかい?」

本部長が差し出した写真、その『なた』がうつっている。

桐野杏子 「あ、これです、この 『なた』 です。」

甲野三郎 「杏子君、『なた』 って見たことあるの?」

桐野杏子 「見たこと無いです‥‥。」

甲野三郎 「‥‥あ、そうなの?」

桐野杏子 「ええ‥‥でも直感で!」

甲野三郎 「直感って君ねぇ‥‥。」

桐野杏子 「それと嫌な気分だったんです。
                別に殺気とか感じられるほど訓練してないんですけど‥‥。」

甲野三郎 「‥‥へぇ、杏子君がねぇ。」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #16


桐野杏子「‥‥またまた本部長。」

甲野三郎「なんだいその言い方は‥‥。」

桐野杏子「ところで本部長‥‥の方がいいですか?。」

甲野三郎「君が何が言いたいのか良く判らないのだが‥‥。」

なにって、ところで本部長ばっかりで切り出すのもあれかと思っただけよ。

桐野杏子「天城さんとはどのようなご関係なんですか?。」

甲野三郎「ああ、彼のこと?。」

桐野杏子「同じ事言う辺り‥‥隠し子なんでしょ。」

甲野三郎「‥‥桐野君、いくら僕でも怒るよ。」

あら、いつもと違う反応よね?

桐野杏子「教えて下さいよ。」

甲野三郎「内調に引き抜きたい逸材。」

桐野杏子「‥‥へ?。」

甲野三郎「言うほど良い逸材がいないのよ、ここにはね。」

桐野杏子「‥‥‥‥。」

甲野三郎「教官になっちゃうわ、ストレスで暴走しちゃうわ、世界は救っちゃうわ‥‥
               結局、何かと問題がある人材ばかりまわって来るみたいなのよね。」

桐野杏子「あ、あの‥‥。」

甲野三郎「天城君‥‥まあ彼もこの口だろうけど、なんにしても人が居ないからねぇ。」

桐野杏子「もしもし?。」

甲野三郎「いきなり問題起こしてくれたからね、部外者だけど‥‥。」

桐野杏子「おーい。」

甲野三郎「まぁ、協力者だったからね彼、もみ消したけど‥‥ということで、帰ってこないかい?。」

桐野杏子「‥‥あそこ紹介してくれたの本部長じゃないですか。」

甲野三郎「君にだって原因があったじゃないの、いきなりあんな事言ったんだからさ。」

桐野杏子「あ、あの時は‥‥。」

甲野三郎「‥‥別に良いけどさ。」

桐野杏子「すいません。」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #17


どかかぁぁぁぁん!!

桐野杏子「きゃぁ!?」

どかかぁぁぁぁん!!

甲野三郎「む!?」

どかかかかあかあかぁん!!!!!

桐野杏子「本部長!!」

甲野三郎「何かね?」

桐野杏子「何かね? ‥‥じゃないわよ、この髭おやじ。」

本部長の髭(ひげ)を思いっきり引っ張る。

びいいいいいぃぃぃぃぃぃん。

甲野三郎「いだだだだ、止めてくれたまえ。」

ばちぃぃっぃん。

はい、離したわよ。

甲野三郎「うぐ‥‥桐野君キミね、誰かさんにそっくりだよ‥‥。」

桐野杏子「今の爆発音、この内部でしょ!?」

そう、今の爆音は私が内閣調査室へ初出勤する前に巻き込まれた爆発に似ていた。
だから‥‥だから絶対に爆発物が爆発した音なのよ!!

甲野三郎「多分ね。」

机の上においてある湯飲みに手を伸ばす本部長。

桐野杏子「何くつろいでるんですか!?」

甲野三郎「そうだね、見てみるか‥‥。」

本部長がずずず‥‥とお茶を啜(すす)りながら机にある端末を操作する。
画面に、内調内部の光景が映し出される。

‥‥ん? これって‥‥。

桐野杏子「ああああああああ!?」

甲野三郎「今度は何?」

桐野杏子「この人です尾行犯!!」

私は射撃場を映している画面を指差した。

甲野三郎「‥‥そうか。」

桐野杏子「早く捕まえないと‥‥館内放送を!!」

甲野三郎「うーん、それは無理な相談だよ。」

髭を弄(もてあそ)ぶ本部長。

桐野杏子「どうしてですか!?」

机を思いっきり叩く私。そんな私の行動もいつもの通り
のほほんと躱(かわ)している様に見えた本部長は一言ショックな事を言った。

甲野三郎「‥‥さっき言ったじゃない、人がいないって。」

桐野杏子「そっ‥‥そこまでいないんですか?」

甲野三郎「それと手伝って、今日はみんな外に出てるのよ。」

なんてこと‥‥私たちだけで捕まえないといけないの!?

本部長は席を立ち部屋の隅においてある外套(がいとう)を身に纏(まと)っているわ‥‥。
そして私に向きかえり、目深(まぶか)に被(かぶ)りすぎた帽子を少し上げながら私に言った。

甲野三郎「あんまり気は進まないんだけどねぇ‥‥しかたないねぇ。行こうか桐野杏子君。」

私は初めて見たかもしれない本部長の本当の真剣な顔に見惚(みと)れた。



どれだけそうしていたのか分からないけど‥‥本部長に肩を叩かれて
我に返った私に本部長が一言囁(ささや)いた。

甲野三郎「買い物袋‥‥此処(ここに)に置いて帰らないでね。」


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #18


私は本部長の後を追う様に歩いている。あの尾行犯を
捕まえるにしても逃げるにしても、歩かなくちゃイケナイのよ。

桐野杏子「‥‥あれ?」

氷室恭子「‥‥あら?」

曲がり角から出てきた二人組、佐久間さんと氷室さんに出会った。
だからと言って誰の歩みも止まらない。

佐久間裕一「奇遇ですね、甲野さん。」

甲野三郎「それはこちらの科白だよぉ〜佐久間君。」

桐野杏子「爆発しましたよね?」

佐久間裕一「ああ‥‥射撃場の方からだな、多分。」

氷室恭子「‥‥そうでしょうね。」

二人の会話には正直驚いた、二人ともまだ一日もここには居ないのに
内調の構造を覚えてしまったのかと、私は‥‥全然覚えられなかったのに‥‥。

佐久間裕一「ホントはそんな用でこっちの方に来たんじゃなかったんですけどね。」

甲野三郎「そういえばそんな事もあったねぇ〜。」

佐久間裕一「内調の新人捜査官氷室恭子‥‥お借りしても良いですよね?」

甲野三郎「君ねぇ、折角(せっかく)私が苦労してて手に入れた
                『優秀すぎる人材』を着任した直後に横取りしなくてもいいじゃないか。」

佐久間裕一「元々俺の紹介ですよ。」

甲野三郎「まぁ‥‥ね。別に構わないけどね。そういう事だ氷室君、短い付き合いだったがサヨナラだ。」

氷室恭子「さっ、サヨナラってオーバーな。特殊機関ってこんな人材ばっかりなのかしら?」

甲野三郎「さあ‥‥そうかもしれないねぇ。優秀さとの落差と言った所かな?」

緊張感の欠片(かけら)も無いわね‥‥。

佐久間裕一「あーあ、折角覚えたのに‥‥これじゃあ間借りできませんよ、甲野さん。」

甲野三郎「ぐっ‥‥それは言わないでくれたまえ。」

桐野杏子「内調が爆破されたのってこれで二回目ですよね‥‥。」

甲野三郎「そうだねぇ、それも桐野君が『急ぎで入ってきた時』ばっかりだねぇ。」

あぐぅ‥‥そ、そんなのって‥‥。

氷室恭子「佐久間さん‥‥あなた‥‥。」

佐久間裕一「もう俺も若くないんでね、こいつに頼る事にしたのさ。モデルガンだけどね。」

佐久間さんの方を見ると右手に銃が握られていた。
確か警官に携帯許可が下りる「ニューナンブ」という銃よ。
普段見たことがない眼鏡も掛けているわ‥‥。

氷室恭子「それとまったく同じ事を言って、実は本物だったという人が居たけど?」

佐久間裕一「例の王子さまかい?」

氷室恭子「‥‥‥‥。」

氷室さん黙り込んじゃったわ‥‥。

甲野三郎「次の曲がり角だ、そろそろおしゃべりは止めにしたいとね。相手はプロの殺し屋さんだからねぇ〜。」

いつもの調子で言い放つ本部長‥‥えええ、殺し屋ってそんなに軽く言わなくても!?

佐久間裕一「ふ‥‥やはりそうですか。それにしても今まで緊張感がまるでなかったですね。」

甲野三郎「桐野君ががちんがちんじゃ困るから君達も乗ってくれたじゃないのよぉ〜さてっと、行こうか?」

‥‥私の為だけにあんな会話を?

佐久間裕一「ま、モノは違いますけど‥‥行けますよね?」

佐久間さんが眼鏡の位置を直して銃を眺め、本部長に一瞥(いちべつ)して言った。

甲野三郎「ふふん、それは私の科白だよ、佐久間君。」

帽子の鍔(つば)をあげて言う本部長。

佐久間裕一「じゃあ、二人の事は任せたよ、きょうこ君。」

甲野三郎「無理しないでやってくれたまえ、きょうこ君。」

氷室恭子「ホントに無理しないでよ。」

ちょっと、任せたって何をですか!?と訊こうとするのを見越したように、
氷室さんが私の耳元で囁(ささや)く。

氷室恭子「殺し屋さんは俺様達に任せて、きょうこさん達は天城、少年両名を連れて逃げろってことよ。」

私は次元の違いというべき能力の差に、ただただ愕然(がくぜん)とするだけだった‥‥。

これから瞳に映る光景に比べたら子供だましも良い所だったんだけどね‥‥。


天城小次郎の視点へ - 戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #19


本部長と佐久間さんが射撃場へ入ろうとする少し前、何かが射撃場より飛び出してきたわ。
更にその何かの頭上を光る何かが――あの本部長に笑われてしまった
私の中の『なた』が‥‥通りすぎ壁へ突き刺さった。

それが今、目の前の壁に突き刺さっているわ。
『なた』が通り過ぎた下に居るのはあの男の子!?

射撃場は薄暗い‥‥さっきの爆発で照明も少しは駄目になっているかもしれないけど。

男の声「ぐわああああぁぁぁぁぁ!!!!

その直後、男性のモノと思わしき叫び声が内調全館へ響くんじゃないの?‥‥というぐらいに聞こえたわ。

私たちが――佐久間さん、本部長、氷室さん、私の順番に部屋に入ると、
天城さんが液体――血と思わしき赤きモノの中央に座り込んでいる光景が展開されていた。
それが血であると語るが如く、赤き血潮はその勢力を広げ、射撃場を飲み込もうと
じりじりとその染みの勢力を広げていく‥‥。

甲野三郎「天城君!?」

氷室恭子「小次郎!?」

桐野杏子「天城さん!?」

私たちの呼び声が掻(か)き消されるほどの天城さんの声‥‥。
その呼び声に向き返った天城さんは吠えるのを止め、前のめりに倒れた。

殺し屋さん「‥‥また邪魔者か。」

声に向き直ると射撃場中に人影を見た。
人影はゆっくりと顔を上げ、こちらに向き直る殺し屋さん‥‥よね。
その刹那、左目の辺りを負傷していたのか、両目に血飛沫(ちしぶき)が迫る。

殺し屋さん「く‥‥血か!?」

その好機に、本部長と佐久間さんが動いた。
殺し屋さんは血が目に入っているにもかかわらず『なた』を佐久間さんへ向かって振った。

その『なた』を『モデルガン』で受ける佐久間さん。
その隙に本部長が殺し屋さんの顔目掛けて腕を一閃した。
本部長の手が通り過ぎた軌跡には一筋の血筋が現われ、血飛沫が上がる。

甲野三郎/佐久間裕一「きょうこ君!!」

桐野杏子/氷室恭子「は、はいぃ!!」

そうよ、ぼけっとしている暇じゃないの。
氷室さんが天城さんへ駆け寄る、私は射撃場の外で倒れている男の子へ駆け寄る事にした。

桐野杏子「ちょっと君、しっかりして!!」

男の子の肩を掴み、がくがくと揺らす‥‥駄目だわ、心ここにあらずって感じよ。
痛みを持ってこちらの世界へ呼び戻す?‥‥いえ、逆効果な気がするわ。

判らない‥‥どうすれば、私は男の子を力一杯抱きしめた。



    臨時の視点、氷室恭子。

    私は再び小次郎に再会した‥‥変わり果てた小次郎と。
    左手首より湧き出した鮮血は小次郎を真っ赤に染め上げていた。
    昔の小次郎だったらこうはなっていなかたの?‥‥と思う気持ちを押さえつける。

    今、そんな事を考えている余裕はないのよ。
    私は小次郎の右に屈み、小次郎の腋(わき)に肩を入れ、起こそうとした。

    天城小次郎「‥‥ってくれ、‥‥むろ。」

    その行動は小次郎の呻(うめ)き声にも似た‥‥いいえ、
    呻き声そのものかもしれない言葉に中断させられた。

    氷室恭子「‥‥‥‥。」

    天城小次郎「ひだり‥‥て‥‥び‥‥きられち‥‥った‥‥ってか‥‥と。」

    氷室恭子「!?」

    左手に視線をやると‥‥小次郎の左手首はなかった。
    失われた左手はすぐ側にあった‥‥けど、流石の私もこの時ばかりは固まった。


私は天城さんと氷室さんに魅(み)入っていた、どうすればいいのか途方に暮れていたから。
不意に「うぶ‥‥。」と何かが聴こえた、それも近くから。

突如左胸に何かが被(かぶ)さり、私を押し除けようとするような感覚を覚えた。
よそ見をやめて、前に向き直ると‥‥男の子が私の胸でもがいていた。
すぐさま腕を緩めてを解放すると、堰(せき)を切ったように噎(む)せはじめる男の子。

‥‥まぁ、終りよければ全て良しよね!(注:もう少しで犯罪者でしたよ、桐野さん。)

男の子「ごほごほ‥‥きょ、杏子‥‥さん?」

完全に意識を取り戻させることに成功したみたいね!
私に再開出来た嬉しさのあまり涙なんか流しちゃって‥‥可愛いんだから!(違うって。)

桐野杏子「大丈夫だった?」

男の子「‥‥うん、小次郎さんは?」

私は天城さんのいる方を一瞥した、それに従い男の子も視線を走らせる。

氷室さんの膝の上に上半身をうつ伏せにしている天城さんの姿があった。
あら、何か様子が変じゃない? 全然動こうとしてないような‥‥?

桐野杏子「氷室さん!」

私達がボケっとしている時間は皆無‥‥と気付いた時、自然とその科白が声帯を振るわせた。
氷室さんの顔が驚きと困惑に支配されていた‥‥様に見えたんだけど、
私に向き直った時は初めに顔を合わせた時の表情に切り替わっていた。

未だに私の腕から解放されていない男の子の鼓膜を私の呼び声が強襲してしまい、
再び涙腺を刺激してしまった事になってしまったんだけど‥‥。


戻る


ADAM の続き (仮名)

桐野杏子 #20


助手席の人影「‥‥そこの交差点右折です。」

運転席の人影「はい、右折‥‥ね。」

朝の通勤ラッシュをの過ぎ去った主要道路を一台の車が疾走する。

明らかに法定速度はオーバーしているが、その走りには「危険だ」と
思わせるべき不安要素が存在しない。そこに存在しているものは「優雅」と
言う名の芸術品を賞賛する為に用いられる言葉のみが存在していた。
実際、その場に居合わせた者の口からは「ほぉ‥‥」と言った類の溜息が溢れていた。

朝日を受ける白き車体は優雅に疾走する。運転手は女性だった。
そしてオープンカーの宿命は外気を搭乗者に直接影響を及ぼすこと。
現に搭乗者の髪は風にもてあそばれている。

その影響を断ち切る為が故か二人ともサングラスを掛けている為に表情は読めない。
だが、その口元には何かに裏付けられた自信と言うべきモノを感じさせた。

助手席の人影「‥‥次の信号、多分捉(ひ)っかかります。スピードを‥‥。」

運転席の女性「‥‥判ったわ。」

法定速度を遥(はる)かにオーバー続けた車体に制動を掛ける女性。
そのスピードを殺ぐ動作さえも優雅だ、車体は悲鳴をあげることなく確実に
スピードを殺いでいき、助手席の人影が予告した通り信号が点滅を始めた。
先ほどの疾走が嘘だったかの如く、横断歩道の前で停止する白きオープンカー。

助手席の人影「‥‥後二つ行った所を左折で目的地ですよ。」







先ほどの爆破によって悲鳴をあげはじめた内調内部から外へ向かって駆ける私達。

氷室恭子「表へ出る最短のル−トはこっちね?」

天城さんの左腕を肩に回している氷室さんが尋ねてくる。
私は右腕を肩に通している、男の子は天城さんを背中から押してくれているわ。

桐野杏子「ちょっと待ってください‥‥そちらは確かエレベーターだけです。」

氷室恭子「‥‥そうね、こういう状況下(とき)は無難に階段を選ぶべきよね。」

遥か彼方に見えてしまいそうな分かれ道へ急ぐ私達。
天城さんは左手首を切断されてしまった‥‥だからこそ急がないと。

桐野杏子「表といっても正面玄関に出てください、天城さんの車があるんです。」

氷室恭子「車‥‥全員乗れるの?」

桐野杏子「私に男の子に天城さんに氷室さん、それに佐久間さんと本部長‥‥きついかな。」

氷室恭子「‥‥‥‥。」

佐久間裕一「ほらほら、早く外へ!」

いきなり後ろから声が聞こえた‥‥けど振り返るまでも無く私達の前を走る佐久間さん。

甲野三郎「くぅぅ‥‥もっと鍛えとくんだった。」

それに情けない悲鳴をあげながら佐久間さんに引っ張られて仕方が無く
私達の前を走っている本部長を目撃した時(?)はみんなで少し笑ってしまった。

本部長の悲鳴に共感するように内調も更に悲鳴をあげ、
天井を形造っていた物が音をたてて崩壊し始めた‥‥。



私達が内調から飛び出したと同時に内調の正面に車が停車した。
白いオープンカー‥‥運転席には女性が助手席には男性が座っている。
二人ともサングラスを掛けている為、表情は読み取れない‥‥だけど。
私はこの二人が誰であるかを知っている気がしたの。

車に乗っている二人は内調を見上げ、呆れているようなそんな様子よ。
運転手の女性と助手席の男性がサングラスを取って私達を見つめているようだけど‥‥。

桐野杏子「‥‥雄二君!?」

助手席に乗っていた男性は私の最愛の人――雄二君だった‥‥
じゃあこの運転席に居る女性はもしかして‥‥。

氷室恭子「松乃さん!?」

私の発言は氷室さんによって掻き消されちゃったわ。

江国雄二「‥‥やぁ、また派手にやったんだな。」

雄二君が空を見ている‥‥視線を追うと内調が崩れていく様があったんだけど‥‥。

松乃広美「ただ、氷室さんの顔を見に来ただけだったんですけど‥‥ねぇ。」

特に慌てた様子も無く何時ものように笑顔を振りまきながら言ってのける松乃さん、
えっと松乃さんは佐久間さんのお嫁さんで‥‥はっ、今は説明している余裕なんかなかったんだわ。

甲野三郎「‥‥流石にこれだけの大人数は乗れないね。」

佐久間裕一「‥‥これは参ったな。」

全然緊張感の無い会話なんだけど‥‥。

男の子「お兄さん、これ!!」

佐久間裕一「これが天城くんの車の鍵だな。」

がちゃり。

佐久間裕一「桐野君こっちだ、君も‥‥だ。」

桐野杏子「‥‥え、天城さん達はどうするんですか!!」

甲野三郎「‥‥この車、ちょっと借りようかな。」

がちゃり。

桐野杏子「はい?」

本部長の独り言に振り返ると外車と思われる――左ハンドルの車の運転席に
ちょこんと座っている本部長を見た。

甲野三郎「さあこの車に天城君を‥‥。」

氷室恭子「了解。」

天城さんを肩で支えた氷室さんが本部長が拝借した車に向かって歩いていく。

氷室恭子「‥‥あ、ちょっと桐野さん、来てくれない。」

天城さんを車に乗せながら私に呼びかける氷室さん。

桐野杏子「何ですか‥‥ってこ、こここここ!?」

甲野三郎「杏子君、深呼吸したまえ。」

桐野杏子「あわわわ‥‥。」

氷室さんが私に差し出したもの、それは天城さんの左手だった。
切断されて今も尚、銃を握り締めている左手‥‥。

本部長が氷室さんからその左手を奪い取った、
用事が終わった氷室さんは天城さんを車に乗せる作業を再開した。

甲野三郎「白のオープンカーに携帯冷蔵庫が積んであったようだからそこへ持っていきたまえ。」

本部長に右手を取られ、天城さんの手を掴まされる私。

桐野杏子「あわわわ‥‥。」

甲野三郎「大丈夫だよ、桐野君。ちゃんとビニール袋に入っているから。」

桐野杏子「そっ‥‥そういう問題じゃ!!」

その刹那、本部長の表情が緩(ゆる)くなった気がした。

甲野三郎「大丈夫だよ‥‥だけどね、早くしないと天城君の左手は永遠にそのままなんだよ。」

桐野杏子「え、永遠‥‥はっ。」

私はやっと理解した、本部長は天城さんの腕を元に戻す可能性の事を言っているのだと。
こんな事態が混沌としている状況下において、みんなは的確に行動している。

私が足を引っ張るわけにはいかない‥‥そう感じた瞬間。

どかかかかかかかっかん!!!!!

内調からすざましい音がした、外観を形作っていた物も崩れはじめたみたいよ。
一刻も早くここを立ち去らなければ私達に危険が及ぶわ。

私達は内調を背に出発をした‥‥けど、どこへ?


to be continued .......









































fin







































































But, It Lasts To The Next Story.

Please, Click On The Text.


感想等々は掲示板メールまでお願いします。
感想やご意見は書き手の力の源です!


戻る