プロは自分の役割をキッチリ果たす!

by 都倉主任
「SUPER JUMP」2001年20号読み切り「アドバンス」より
作・渡辺獏人


<文脈>
 総合印刷会社に勤める営業主任・都倉。彼はいつも製版部に過酷なスケジュール進行を強要するなど、社内での評判はあまりよくない。そんな都倉は新人営業マン・矢部とともにクライアントの太陽ビールを訪問する。ビールの販促ポスターの打ち合わせのためだ。
 太陽ビールの宣伝担当者は、ポスターの空の色を校正刷りよりも明るい色にするように求め、矢部はそれを了承する。しかし都倉は宣伝担当者に言う。空の色を明るくしすぎると、商品自体のインパクトも薄れてしまうので、むしろ空色を濃くするようにと。大口クライアントに意見する都倉に、矢部は度肝を抜かれ、都倉に不信感を強める。都倉は自分が希望していない営業部に回されたから、憂さ晴らしのために、社内で衝突を頻繁に起こし、しまいには得意先にも憂さ晴らしのために刃向かっているのではないか、と。社内でも、そういう噂はあった。
 太陽ビールからの帰り道、矢部は都倉に抗議する。得意先の担当者に逆らったことを。しかし都倉は言う。
「印刷に関してはあちらは専門家じゃない・・・単なるイメージだけで修正を口にされる事だってある・・・でも、それが明らかに専門家の立場から見てマズいと思ったら、まずは提言すべきだろう」
 実際、都倉の言うとおりに濃い空色にしたポスターの方が、仕上がりはよかった。3日後、再び訪れた太陽ビールでも、できあがったポスターの評価は高かった。
 しかし、印刷直前になってから、太陽ビールの担当者は、ポスターの文字にミスを発見した。ミスは太陽ビール側のものなのだが、太陽ビールの担当者は急ぎの修正を迫る。こうした文字の修正には時間がかかる。しかし納期は迫っている。矢部は、「マズいと思ったら、まずは提言すべき」との都倉の言葉を思い出し、太陽ビール側に修正の分だけ納期をずらすよう求める。だが、返答は「納期は絶対にずらせない」の一点張り。ここで都倉が口を開く。矢部は都倉がうまく反論してくれることを期待するが、都倉は納期に間に合うように修正すると約束するだけであった。
 太陽ビールからの帰り道、矢部は再び都倉に反論する。
「ボクは言われた通りに必死に反論していたのに・・・都倉主任は矛盾しています。先日は反論しろと言い、今日は逆に・・・」
 これに対して都倉は言う。
「納期は絶対に延びない・・・これは避けられない現実なんだ。ならば1秒たりとも無駄にはしない方法をとるべきだろう!決められた時間内でより良いものを作る!その進行管理をキッチリやるのもオレ達の仕事なんだよ!!」
 矢部の不安はもう一つあった。こんな急ぎの仕事を、製版部がすぐにやってくれるか、ということ。都倉はいつも製版部に怒鳴り散らし、衝突し、評判は悪かった。だが、都倉に販促ポスターの修正を頼まれた製版部の杉沢主任は、この仕事を優先する。他の仕事にはまだ余裕が少しあるが、この太陽ビールの仕事には時間がない。杉沢主任があっさり修正を引き受けたことに、矢部は驚く。
 これに対して都倉は言う。


「杉沢主任がプロだからさ。
 プロは自分の役割はキッチリ果たす!


<コメント>
 営業部の都倉主任も、製版部の杉沢主任も、太陽ビールの宣伝部担当も、好き勝手に時間やカネや労力を投入できるわけではない。誰もが限られた条件の中で仕事をしている。不条理な要求も、過酷な条件もある。だが、それでも自分の役割は果たさねばならない。果たさなければ、何事も前進できない。物事を前進させること、そのための役割を果たすことが仕事だ。


 矢部ら営業の役割は、クライアントに対して、自分たちの会社が為せる範囲で最良の商品を提供することだ。そのために、制作進行の管理をすることも仕事だ。矢部が反感を持つ都倉の行動基準はこのことに尽きる。だから、得意先でもより良いものの提供のためにポスター作りに提案をし、納期の範囲内でポスターの修正をすることを約束し、無茶だが可能だからポスターの修正を急ぐように製版部に頼んだ。
 だが、矢部にとっては都倉のこうした行動は、一貫した行動理念がないむちゃくちゃな行動に見えるらしい。都倉が強い態度で製版部に当たり、クライアントに提言するのも憂さ晴らしではないか、と疑う始末。結局それは、矢部にプロとしての行動理念、都倉や杉沢、太陽ビール担当者の目的とするところが見えないということに尽きる。
 矢部の言うことは、自分にしか意味のない文言ばかりだ。
「都倉は、得意先に憂さ晴らしのために刃向かっているのではないか」
「ボクは言われた通りに必死に反論していたのに・・・」
「都倉主任は矛盾しています」
「ボクらは製版部に嫌われていますよ、こんなに急ぎの仕事、引き受けてくれるんでしょうか」


 だからどうしたと言うんだ。
 都倉の行動に憂さ晴らしとしての面があろうと、都倉は自分の役割を果たしている。
 「必死に反論していたのに・・・」というのも、反論してどうなる場面ではなかったはずだ。
 「都倉主任は矛盾しています」・・・先日と今日とで、言っている内容が違うから何だと言うのだ。仕事に差し障りがあるような差異なのか。状況に応じて、最適と思われる行動をとるのは適切。それを矛盾と称して何か生産的な結果を出すというのか。
 製版部に嫌われている・・・感情は決して無視できない要素だが、ここで大口クライアントの太陽ビールの依頼を損なうようなことがあれば、営業の顔がつぶれるどころか、製版部も含めた会社自体が危うくなる。それがわからないような製版部ではなかった。
 結局、矢部の考えはガキのものであって、プロのものではないということ。こうした自分にしか意味を為さない発想を離れ、他者にとって・・市場や自社や部内にとっての価値に基づいて行動する支店を養わなければ、彼は仕事もうまくいかないだろうし、またやり甲斐を得ることもないであろう。


 矢部に限らず、そうした視点を持たない人間にはしばしば出会う。「頑張ったからそれでいいだろう」「これだけ一生懸命やったのに、貴様はオレのやってきたことを無下にするのか」「オレも30年40年と生きて考え続けてきた。お前はオレを否定するのか」・・・だからどうしたと言うのだ。他者にとって、相手にとって、自分が属する集団・組織にとって、市場にとって、意味がなければどんな艱難辛苦も文言も、他者にとってはただの遊びにすぎない。
 「これはすばらしい商品だ、だから市場でも必ず受け入れられるはずだ」というのも考え物だ。自分がすばらしい商品だと思っても、相手が、市場がそう判断するとは限らない。自社内部での価値にとらわれず、市場の価値を求めよ。企業にとっては当たり前の言葉だが、勘違いした商品というのは街にあふれている。
 もちろん、必勝策というものはない。他者に価値を認められる言葉・行為・商品というものが決まり切っていれば、誰も苦労はしない。ただ、自分にとっての意味・価値にとらわれすぎず、他者にとっての意味・価値は問い続ける必要はある。確かな結論が出ることはないであろう。


 ここまでは学部時代に書いた文言である。多少なりとも実務経験とやらを持つようになった読み返してみても、別に自分のコトバに問題や稚拙さは覚えない。ただ。実際に会社に所属し、社内や社外の人間と当たって仕事を動かしカネをもらっている人間で、都倉主任程度の見解を持てるような人間は少ないということ。そして、矢部のような極めて近視眼的な気分とか、自分にしか意味のない価値判断でしか考えられない人間は溢れているということは肌でわかってきた。
 自分の責任とやらについて見通す能力さえない人間のなんて多いことか。ただ、セクション間や個人間のくだらん感情的軋轢でしかものを考えられない。あるいは「嫌なこと」「苦労」をすればよれでよく、それらを避けるのは無責任だというようなオカルト的二元論でしかものを見られない。ハウツー本的な必勝策を振りかざすばかりで、実際的なことにそうした文言を繋げられない。さらに言えば、仕事をきっちりとやることよりも、ただ就業時間が過ぎること、他者と向き合う場が終わることだけを待ち望み、可能な限り責任をスルーしてぶんなげるアホ野郎まで珍しくはない。
 自分のごく限定された経験で大きなことは言えないが、日本の勤め人が矢部や矢部以下な人ばかりだとしたら、日本は長きに渡って経済的にもっと沈んでいくことであろうね。


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