高校時代の最後の記憶

 私が両国に行くということ対する彼の言からは、「怒り」を感じ取った。


 彼は幼稚な反権威的精神を持つ人間である。
 つまり、「上」からの圧力による拘束や束縛といったものを、感覚的に許せないのである。「内地的」な「非人間的管理組織」が存在すること、そして友人である私がその「非人間的管理組織」に自ら身を置こうとすること。それに対して、彼は憤りを感じていたのかも知れない。


 また、彼は自分自身が精神的に弱者であることを知っている。
 しかし、プライドの高い彼は、これを決して認めたくない。彼はその代償行動として、私を「世間知らずの坊ちゃん」だとなめ、自分の方が「キビしい現実」を認識をしているとして、私よりも精神的に上位に立とうとしていた。
 その眼前で、なめていた私が自ら進んでスパルタ式の両国予備校に行こうとしている。彼にとって、私が過酷な状況に身を置こうとしているという事実は、自分の優越意識の拠り所となる空洞的な認識が脅かされることだったのだろう。
 だからこそ彼は、稚拙なまでに私に対して「堪えられない」「死ぬぞ」との言葉を連発したのであろう。


 これは推論にすぎず、彼の本心は知らない。
 が、私にとって、彼のこのような言動は「なめられている」としか受け取れなかった。
 私は、権威に対して感覚的に反発するようなガキに世間知らず扱いされるような覚えはない。また、その場限りの優越意識にしがみつくような人間に、たかだか予備校ごときで「死ぬ」だの何だのと言われるような覚えもない。


 断っておくが、この友人とは今なお良好なつきあいを保っている。憎悪と親愛のアンビバレントな感情を持って、それをちゃんと認識していた方が、人間関係は続くというものである。


注)「坊ちゃん」
 地元で私を知る者は、多かれ少なかれ私を「坊ちゃん」だと思っている節がある。私の父が起業家であり、私の一族が会社を経営しているためだろう。
 確かに親類には金持ちもいるが、私の家は構造的暴力のために所得はまったくもって高くもなんともない。私が両国予備校に行ったのも、かなりのムリを押してのことである。
 そのへんの事情を知らないで(知るわけないのだが)人を「坊ちゃん」扱いし、あまつさえ「世間知らず」扱いされるのは憤怒を禁じ得ない。
 上記の友人のように、「家」の構造的暴力も知らず、親父の会社の景気に胃が締め付けられるような思いをしたこともない人間に、「世間知らず」扱いされることほどの屈辱はない。


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