せかいのおわりがくるまえに(仮題)
伊佐坂 眠井
第一回 |
また、あの夢を見た。
その所為なのか、妙に体がだるい。俺は、もぞもぞと起き上がると、トイレに行くためにベッドの脇に脱ぎ捨ててあったスリッパを足に引っかけた。
用を足し終えて、喉が渇いていることに気がついた俺は、台所に行って冷蔵庫から麦茶を取り出すと、コップに移すことをしないまま直接それを飲んだ。
「ふう」
やっと人心地ついて俺は、何気なく台所に続く居間を眺め回した。居間は当たり前だが静まりかえっている。カーテン越しとは言え、射し込んでくる光もまだ瞑く蒼い。時計を見ると、まだ四時前だった。
俺は、二度寝をするためにもう一度自分の部屋へと戻った。
今度は、あの夢を見なかった。
次に俺が目を覚ましたのは、忙しなく響くチャイムの音の所為だった。
「だーーーっ!!うるせーー!!一回押せば解る!!」
俺はベッドから飛び起きて、窓を開け放つとすかさずそう叫んだ。
「あ、やっと起きたあ」
俺の予想通り、家の玄関先では、制服に身を包んだ気の強そうなショートカットの女が、両手を腰に当てて上体を反らすようにしてこちらを見上げていた。
「一回で起きないから何回も鳴らしたんじゃない。寝坊助トモキ!」
女、月島碧は勝ち誇ったようにそう言いながら、ビシイッと俺を指さした。・・・なんかその姿が妙にはまっている。
「ねえ、早く鍵開けてよう」
「だあ〜、うっせえなあ、開いてるよ」
投げやりにそう言うと、不用心ねえ、と言いながら碧は勝手に俺の家のドアを開けて入ってきた。
「おいこら、誰が入って良いって言った!」
一応そう言いながら、俺は階段を階下に向けて降りる。
・・・自己紹介をしておこうか。
俺の名前は、水瀬智樹。何処にでもいるようなごくごく普通の高校二年生だ。身長は人並みよりは少し高い程度。勉強はさっぱりだが、体力には少々自身があって、中学まではサッカーをやっていた。高校に入ってからはかったるくて辞めちまったけれど。
両親は仕事で海外に出張している。兄弟のいない俺は、だからこの家で一人暮らしをしている。悪友の仲谷良樹あたりに言わせれば、まるで「ギャルゲーの主人公のような設定」、と言うことになるらしい。
そして良樹のその説の一番の補強材料となるのが・・・
「ちょっと、何ボーっと人の顔見てるのよ!・・・ははーん、さてはこのボクに見とれてたな♪」
こいつ、俺の幼なじみの月島碧の存在である。
家が近所だった所為もあって、お互いの家の両親同士も仲良くなった。いわゆる家族ぐるみのおつき合いと言うやつである。
二人とも私立ではなく公立の学校に通っていたため、当然のように幼稚園の時から碧とは同じ学校に通っている。どう言うわけか一緒のクラスになることも多く、それが腐れ縁に拍車をかけていた。
「馬鹿野郎!お前みたいな男女に誰が欲情するか!」
そう言った俺に、なによお!と噛みついた後で、碧はふっと穏やかな表情になると、
「さ、さっさと顔を洗ってきなさいよ」
そう言って俺を洗面所の方に追い出した。
顔を洗い終えた俺がダイニングキッチンに戻ってみると、机の上で朝御飯が湯気を立てていた。
「さ、召し上がれ」
いつの間にか制服の上にエプロンを着た碧が、食卓の向こう側の椅子に腰掛けながらそう言って微笑んでいる。
「碧、お前なあ、俺が朝は食欲無いって何回言ったら分かるんだ」
俺はいつものようにそう言いながら、食卓についた。
「もう、トモキこそ朝御飯抜いたら体に悪いって何回言ったら分かるのよ!」
碧もいつものようにそう言いながら、コーヒーをマグカップにつぐと、俺の前に置いた。そして自分にも同じようにしてついで、砂糖とミルクをたっぷり入れた後でそれを飲んだ。
「太るぞ・・・」
「大きなお世話、ボク太らない体質だもん」
俺達は何時も交わしている会話を、まるで日課のように繰り返した後で、二人並んで家を出た。
「さすがに出かけるときぐらいは鍵かけなさいよ」
碧が俺に向かって保護者のような口調でそう言う。
空は今日も何処までも続くような青空。・・・全くいつもと変わらない日常。子供達ははしゃぎながら学校への道を走り、サラリーマンは時計を気にしながら早足で俺達の横を通り過ぎる。
「ねえ、何か見えるの?」
俺が空ばっかり見ていた所為だろうか、碧は不思議そうにそう尋ねてきた。俺はゆるゆると首を振って、傍らを歩くショートカットの幼なじみの顔を覗き込んだ。
「いや・・・何も見えやしないよ。物騒な物は何も」
俺の言葉に、碧は少しだけ顔を曇らせた。そして言う。
「ねえ・・・トモキ。本当に、世界はあと一週間で終わるのかな?」
俺は出来るだけ興味無さ気な口調で、さあな、と答えた。しかし、俺の心中はその言葉ほど落ち着いてはいない。
そう、世界は一週間後に終末を迎えるのだ。
・・・To Be Continued To SCENE2