せかいのおわりがくるまえに(仮題)

伊佐坂 眠井

7月3日(木)
SCENE4:吉川 紫


 不思議な力、人間の理解の範疇を越えたそんな力を手に入れたら、貴方は一体何をしようとするだろうか?それとも、それ以前にそんな物はあるはずがない、と鼻で笑い飛ばすのだろうか?
 実際、僕もどちらかというと鼻で笑う方の人間だった。この能力を得るまでは・・・と、こんな書き方をしている通り、僕は常人にはない力を持っている。いわゆる、超能力者、と言うやつだ。


 もちろん、信じるのも信じないのも、貴方の自由だ。僕だってもともとは現実主義的な考えの持ち主だったのだから、そちらの考え方の方がむしろスッキリとするくらいだ。だから僕は僕自身を疑っている。そして、世界を。
 世界に干渉できる能力を手に入れたら、貴方は一体どう思うだろうか?自分が神になったような気さえして笑いが止まらないだろうか?


 僕も最初はそんな気がしていた。次に起こる筈の出来事を予知する、どう考えても動かせないような重い物を軽々と宙に浮かせる、自分の行きたいところへと瞬時にして移動する・・・素敵なことに思えるだろう、だが、その能力を行使する中で、僕は、徐々に世界という物への不信感が大きくなっていくのを感じていた。


 僕の人生の主役は、僕でしかない。だが、その僕の物語は、世界という場所を与えられて、その中でのみ進行していく筈の物語だったのだ。僕は、この能力を得たことによってもう一つ外側にある別の世界の物語の主役にさせられてしまったのだ。
 何もかもが、僕の思い通りになってしまうことが、こんなにもつまらないことだとは、僕は知らなかった。人は人として、限られた力の中で生きていくから、正しかったんだと思う。


 でも、僕のその葛藤も、もうすぐ終わりを迎えるはずだ。
 一週間後、世界は滅亡する。
 その噂が何処からわいて、そして何時の間に人々の間に定着したのか、僕は知らない。だが、超能力者であるこの僕の予知能力も、その噂が真実であると告げている。そしてそれが避けようのない事実であることも。


 ただ、おかしな事に、僕の力をしても一体どのような形で世界が終末を迎えるのかが、はっきりと解らないのだ。そしてよくよく考えてみると、僕の頭の中にも予知をする前から世界が一週間後に終わるという事が刷り込まれていたような気がしないでもない。


 だが、そんな事はもうどうでも良いのかもしれない。そう思いながら、僕は頬杖をついてぼんやりとそとの景色を眺めた。体育の授業のためにグランドに出ていく生徒達の姿がちらほらと見受けられる。

「おい、ムラサキ」

 不意にそう呼ばれた。僕は緩慢に声のした方に向き直る。

「何ボーっとしているんだよ?好きな男の事でも考えていたのか?」

 いきなり失礼なことを言っておきながらニヤニヤ笑いを浮かべているのは、クラスメイトの柿崎裕史だった。

「その呼び方は止めてくれ、と何度も言っているはずだよ。学習能力がないのかい?裕史。それに、何度も言うように僕は男だ」

「ああ、悪かったよ、紫」

 裕史は大して悪びれたふうもなく、そう言い直して再び笑った。僕は、やれやれと苦笑して手を振った。

「解った。紫、って呼ぶくらいならムラサキで良いよ。どうせ吉川って呼んでくれって頼んでも無駄なんだろう?」

 僕の言葉を聞いて、裕史は勝ち誇ったような笑みを浮かべると、よろしい、と言いながらもっともらしく腕を組んで何度か頷いた。


 ・・・僕の名前は、吉川紫という。顔立ちが全然男っぽくない上に名前がユカリというおかげでしばしば、と言うよりも常に女性と間違われるけれども、僕はれっきとした男だ。
 そして、僕の横でしたり顔で頷いているのが先程も言った柿崎裕史。どちらかというと、いや、かなり人付き合いの悪い部類にはいる僕にも、こうして気軽に話しかけてくる気さくな奴で、僕の数少ない友人の一人と言っても良いだろう。

「で、何でまたボーっとしていたんだよ」

 裕史はそう言いながら僕の顔を覗き込んできた。

「別に何も・・・」

 そう答えながらも、僕は僕の心の中にずっとわだかまっていた物の正体にその時気がついた。図らずも、先程裕史が冗談混じりに呟いた、好きな男でもできたのか、という言葉によって。
 もちろん好きな男などは出来ていない。だが、僕の心の一部分を、昨日からずっと占めていたものがあったことに、今更になって僕は気がついた。


 昨日屋上で出会った女の人。
 長い黒髪が風の中に揺れていた。切り揃えた前髪、凛とした表情。そして、眼鏡越しのなぜだろう、少しだけ冷たい光を湛えた瞳。
 名前も知らない転校生。何故だろう、どう言うわけか懐かしい気がして、気がつけばあんな事を話していた。いつも心の奥底にしまい込んでいた思いを打ち明けていた。


 彼女は僕を見て、確かトモキ、と呟いていた。僕がどうやらその男の人(トモキと言うからには多分男なのだろう)に似ていたためらしい。
 それにしても僕に似ているなんて、きっとその男の人もしょっちゅう女の人と間違われていたことだろう。トモキ、と言う名前はどちらかと言えばありふれた名前に属する。去年同じクラスだった知り合いに水瀬智樹と言う奴がいるけど、彼は、僕とは似てもにつかない逞しいタイプだから多分彼女の知っているトモキではあり得ないだろうな。ぼんやりと、僕はそんな事を考えた。

「そういえばさあ・・・」

 その時、裕史が唐突に口を開いた。

「B組に転校生が来たって話知ってるか?ムラサキ?」

「えっ?」

 まるで考えを見透かされたような気がして、僕はちょっと驚いた風にそう言った。裕史は僕のそんな内心の動揺に気づいた素振りも見せずに、かなりの美人らしいぜ、と言って笑った。どうやら僕の考え過ぎだったらしい。誰もが皆僕と同じ様な能力を持っているはずはないのだ。
 それにしても転校生というのは、きっと彼女のことだろう。僕は気のない素振りを装いながら、

「名前はなんて言うの?」

 と、取り敢えずそう訊いてみた。すると裕史は、ちょっと首を傾げて考える素振りをした後で、確か早瀬美咲とか言う名前だったな、と言った。

「呆れた、もうそんな事まで調べているのかよ」

「何だよ、そっちが訊いてきたんじゃないか」

 僕が、試しに訊いてみただけだよ、と言うと、裕史はそれなら訊くなよ、と言ってむくれた。そして、気を取り直したように、

「それにしても、後一週間で世界が終わるって時に転校してくるとは物好きな話だね」

 そう言った。僕はちょっとだけ意外に思って尋ねてみる。

「あれ、天下の裕史様ともあろうお方が、終末が来ることを信じているの?」

「いんにゃ、ぜんぜん」

 裕史はそう言って笑った。僕も笑い返しながら、一応尋ねてみることにした。

「ところでさ、今日クラスを眺めてみて、何か気になること無い?」

 裕史は首を回して、クラスを眺め回すと、

「いんにゃ、ぜんぜん」

 もう一度そう言った。僕は、そっか、ならいいんだ、と答える。裕史は、何だよ、変な奴だなあ、と苦笑した。
 やはり、やはりそうだ。
 僕が今朝教室に来たときに感じた違和感。その正体に、どうやら誰も気がついていないのだ。


 教室の机の数が減っていた。そして授業が始まってから、机の分だけ生徒が減っていることに僕は気がついた。減っていた机はせいぜい二つか三つぐらいの物だったから、減った生徒もせいぜい二、三人なのだろうけども、奇妙なことに、果たして誰がいなくなったのかそれが僕には解らないのだった。


 もちろん、それは僕がクラス全員の顔を最初から知らなかったからと言う理由などではない。幾ら人付き合いが苦手と言っても、自分のクラスの連中の顔ぐらいは覚えている。もし、誰かがいなくなっていたらすぐに気がつくはずだ。
 しかも、今の裕史の反応を見ても解るとおり、どうやら僕以外のクラスメイト達は、人がいなくなったことにすら気がついていないようだ。消えていた人達は、まるで僕達の記憶の中からその存在をすっぽりと抜け落ちさせていったかのようだった。


 彼らは、一体何処に消えてしまったというのだろうか?
 ・・・それとも、彼らは最初から存在してなどおらず、僕がおかしくなってしまっただけだとでも言うのだろうか?
 僕は、軽い眩暈を覚えた。


・・・To Be Continued To SCENE5


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