大正時事異聞録

伊佐坂 眠井

幕間〜「鳥目男の犯罪」エピローグ・「裸の王様」プロローグ

「鳥目男は、神だったのです。」
 迷流めいるは厳かにそう告げた。
「なな、何を馬鹿なことを言っているのだ君は!!」
 つい先程まで、真っ青な顔で震えていた縁澤尚芳えにしざわなおよしが、今度は顔色を真っ赤に染めてそう怒鳴った。


 縁澤えにしざわ家、食堂。幻想的な照明の下、長机を囲むようにして縁澤の一族が席に着いている。照明の所為だけでは無しに、一様に暗く沈んで見える顔の中に、咲耶さくやの姿はない。
 つい、一昨日の夜までは、ここではぎくしゃくしながらも、確かに一つの家族の生活が執り行われていた筈なのに、一人の少女がいなくなった今、それはもろくも崩れ去り、無惨な形骸をさらけ出してしまった。


 惚けたような表情の咲間さくま、その隣で無表情に自分の睫毛を気にしている乃舞華のぶか。悲しそうな表情を装っている喜美子の横では、何も知らない尚樹なおきが、無邪気に時折笑い声を立てる。
 隆文たかふみは、頭を抱えたまま、ぶつぶつ恐らく咲耶の名前を呟き続け、そんな息子に芳香よしかが車椅子の上から冷たい視線を送っている。霧華きりかはその後ろで、つかみ所の無い表情を作って宙の一点を見据え、その隣の為助ためすけは孫娘とは対照的に、虚ろな視線を宙に泳がせている。
 そして唐花とうかは、何時も通りの目の上を覆う黒布の所為で、その表情をつかみ取ることが出来ない。


 昨日の夜、どうにか山道を下ってきた迷流と美鈴メイリンによって、咲耶の死が伝えられると、その日のうちに村の若い衆によって山狩りが行われ、それはいまだに継続されているのだが、肝心の鳥目男は杳としてその行く先がつかめずにいる。恐らく見つかることはないだろう、そう探偵は言っていた。
 首をねじ切られた咲耶の死骸は、唐花が担いで山を下りた。他の人々は、無惨な死体を直視することをはばかったためである。結局、盲目の唐花によって墓穴が掘られ、咲耶はそこに丁寧に埋葬された。


 また、鳥目男の家から発見された幾体かのやはり首をねじ切られたらしい白骨死体は、神隠しにあった子供達に間違いないであろうということも、死体の年恰好から断定されていた。そして、今回の事件の本来の目的であった五つ地蔵の首も、同様に鳥目男の家から発見されている。


「順を追って話しますから、大人しく聞いていて下さい。」
 探偵は、尚芳に向けて冷徹な視線を向けた。尚芳は、わざとらしく咳払いをした後で腕組みをして押し黙る。それを確認すると、迷流は語りだした。
「私はここに来る前に、咲耶さんから事件の概要と、鳥目男、鳥巣さんが村でどのような扱いをされているのかを聞きました。それによると、鳥巣さんは所謂「ヨソモノ」であって、村八分のような扱いを受けている、と言うことでした。」


 隆文が、それを聞いてぼんやりと顔を上げた。それ以外の一同は、居心地の悪そうな表情で探偵と目を合わせようとしない。
「しかし、私がこの影葵を訪れた次の日、村人からそれとは全く違った存在としての鳥目男を聞きました。即ち、守り神としての鳥目男です。」


「馬鹿な!!あの化け物のどこが守り神だというのだ!!現にこうして咲耶は、あいつの手によって・・・!」
 再び尚芳が声を張り上げる。探偵は、尚芳の方に向き直ると、
「尚芳さん、話によると、ヨソモノは貴方の方だという事じゃないですか。」
 そう言った。なっ、と呟いて尚芳は口ごもる。


「貴方は入り婿であって、元々この村の人間ではない。鳥目男が「ヨソモノ」として扱われるようになったのは、貴方がこの縁澤家の当主になってからです。」
「そ、それがどうしたというのだ。」
 迷流は尚芳の問いかけを無視した。
「元々鳥目男とは、生き神のような存在でした。自分たちの代わりに厄を引き受けてくれて、その厄をはるか天高くへと運んでゆく・・・丁度あの雛流しのようなものだったのです。だから、この村には不幸が起こったときに、山の奥宮にお供え物をする風習がまだ残っている。」
 いや、それどころか、と探偵は言った。
「鳥目男は本当に神そのものだった。」


 そんな馬鹿なことがあるものか!尚芳が叫ぶ。
「鳥目男は、村の老人達が子供の時分から、いや、それよりもずっと前から存在していたのです。だから、誰も彼の出自を知る者がいなかったのです。それに、貴方はこの山の奥宮のご神体を見たことがないのですか?あれは・・・鳥です。」
「鳥・・・?」
「心優しい神である鳥目男は、貴方達の手によって虐待を受けても、それすらも自分自身の役目、村人達の厄を引き受ける事の一環であると考えて、堪え忍んでいた。しかし、その抑圧は、徐々に彼を蝕んでいくことになったのです。」


 どういう事です、と隆文が力のない声で訊いた。
「昼の間の、優しい「鳥巣」と、夜の間の荒ぶる神「鳥目男」とに彼は、彼の精神は別れていったのです。「鳥巣」は、「鳥目男」としての記憶を持たず、また、「鳥目男」も「鳥巣」としての記憶を持っていない。鳥巣は人々の虐待を甘んじて受け入れ、荒ぶる鳥目男は孤独に耐えかねて卵を探す・・・」


『卵?』
 その場にいた人々から一斉に疑問の声があがる。しかし探偵は、それには構わずに続けた。
「初めに私が、鳥巣さんを『ノベリング』したとき、彼が五つ地蔵での首をもぎ取った犯人であることに私は気がつかなかった。なぜなら、五つ地蔵の首を持ち去ったのは「鳥目男」であって、「鳥巣」ではなかったからです。鳥巣さんの記憶の中には、地蔵の首をもぎ取ったという記憶はない。彼の記憶はぼんやりとしていて、ただ、夜が来るのを恐れていた。そして、尚芳さん、咲耶さんを助けて村に連れていったときに貴方に殴られたことだけを、彼は妙にはっきりと覚えていた。これは後で解ったことなのですが、どうやら彼はその時に、「鳥巣」と「鳥目男」とに分かたれたらしい。」


「そ、そんな馬鹿なことがあるものか!!」
「いいえ、あるのです。だから神隠しは、その事件の後から起こるようになった。」
「何を言っている、それとこれとがどう関係があるというのだ!?」
 尚芳は再び真っ赤になって怒鳴る。探偵は、それは後で説明します、と言った。
「鳥巣さんの家を出て、五つ地蔵についた私は、そこで再び『ノベリング』を行いました。そこで私が見た光景は、人とは思えないような形相をした鳥巣さんが地蔵の首をもぎ取っているものでした。慌てた私が、鳥巣さんの家に戻ったとき、日は既に暮れており、鳥巣さんは「鳥目男」になってしまっていた。そして彼が叫んだとき、私の頭の中に物凄い勢いで、彼の思考が雪崩れ込んできたのです。憤りと孤独、忘れられかけた神の悲哀が、「鳥目男」の生まれたわけが。」


「探偵さん!」
 迷流がそこまで語ったとき、不意に隆文がそう叫んだ。
「鳥目男が神で、そうして生まれたことは信じましょう。自らの境遇に怒り、荒ぶっていたことも。しかし、鳥目男は何故、咲耶君や五つ地蔵の首をもぎ取る必要があったのですか!?」
 隆文の目は、真っ赤に充血している。今も涙が目の縁に張り付いている。
「神としての鳥目男は、狂ってしまっていたのです。」
 探偵は、悲しそうにそう言った。


「鳥目男は、孤独に耐えられなくなっていたのです。彼は仲間が欲しかったのです。私の頭の中に流れ込んできた、彼の思考はそう告げていました。だから、彼は、仲間の卵が欲しかった。」
「だからその卵というのは何なんです!!」
 席から立ち上がりながら、隆文は叫んだ。探偵は、目を伏せた。


「ご存じのように、鳥は夜になってしまうと、その目が殆ど見えなくなってしまいます。」
「それが何の関係があるのですか!?」
「そして、狂った鳥目男にとって、手頃な大きさの丸いものは、全て卵だったのです。」


 一瞬にして、隆文の表情がひきつる。
「た、探偵さん、まさか・・・わ、解った、言わなくても良い!」
 しかし、すっかり青ざめ、凄惨な表情をした探偵はなおも続けた。
「五つ地蔵の首も、神隠しにあった子供達の首も、咲耶さんの首も鳥目男にとっては卵だったのです。そして彼は、孵ることのない卵を納屋に作った巣の中で、毎晩暖め続けた。」
「人の、頭を・・・?」
 言いながら、霧華が口を押さえた。探偵はゆっくりと立ち上がった。


「尚芳さん、貴方は新たな因習を作り上げてしまうことによって、一人の神を狂わせたのです。」
 貴方が考えを改めない限り、と、探偵は言った。
「きっと、鳥目男は捕まること無いでしょう。」
 言い終わった途端、探偵は大きな音を立てて、地面に倒れ込んだ。


「迷流様!!」
 驚く人々の中、いち早く美鈴が探偵に駆け寄る。
 ・・・無理もない。
 人の身でありながら、神の思考に晒されたのだ。常人なら発狂していてもおかしくはない。今までこうして話していられたのが不思議なくらいだ。
 しかし、探偵の言っていたことは確かに正しい。鳥目男は捕まりはしない。そして、犯した罪は消えることがない。


 そう、何故なら縁澤家を取り巻く事件は、まだ幕を開けたばかりなのだから。


「裸の王様」に続く


正録の間に戻る
伊佐坂部屋ラウンジに戻る