再び出発
2003年11月08日(土)夕方
来たときは東武線足利市駅だったが、出発はJR足利駅である。タクシーに乗ったときは、「JR−」まで言っただけで「北口にしますか南口にしますか」と運ちゃんは聞いてきおった。ここいらにJRの駅は足利駅しかないらしい。北口がどうなっているのかは知らないが、南口はなんというか殺風景だ。けれども、下校する高校生は多少見受けられた。
私は自衛隊車両を見ると反射的に写真撮影する習慣がある。軍事車両や兵隊にカメラを向けても、拘束されない日本はいい国だ。足利駅でも、制服を着た自衛官がこれまた自衛隊ナンバーの車で乗り付けてきたので、当然のようにカメラを向けた。しかも自衛隊には珍しいホンダ車。しかもシビックの派生車らしい古い型式。
地連か。入隊志望者の高校生らしき若者たちに説明をして、地連から駅まで送ってきたようだった。
さて。券売機で買った切符は、駅員に見せるだけである。磁器カードを差し込むという意味に於ける自動改札はない。しかしSuicaだけは取って付けたように、というか明らかな後付けで増設されているだはないか。昔(磁気カードの)イオカードでJR橋本駅から電車に乗って山梨の大月までいったら自動改札がなく、駅員を困らせたことがあった。足利にはSuicaは存在するようだが、このから先、Suicaで入って出られるのだろうか。美津濃氏は安全策として切符を買ったが、私は敢えて定期入れを押しつけて、Suicaで入札した。
これは北口側の改札だが、出札用のSuica改札機はちゃんと入札とは別に備え付けられているようである。
ここから先の駅に、こうした設備があるか否か・・・。
足利駅ホーム。どこだったか駅名は忘れたが、京王と小田急にも1駅ずつこういう、上り下りホームがそれぞれ同じ方向を向いているホームがあったはず。足利駅の場合は、本来もう一本あった線路を廃して、危険防止のため南側ホームの片方に柵を立てたというものでしょうね。京王や小田急の場合は、用地の問題だろうけど。
そしてやってきた列車は、もちろん向かい合わせのボックス座席。
足利市までの東武線は東京でよく走っているような通勤電車と変わらなかった(車両数や運行数はちょっと少ないけど)が、旅はこうでなくっちゃ!もちろん美津濃氏と二人でボックスを占有したのは言うまでもない。